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2022.07.01

編集部コラム「五輪選手の育て方」
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第152回五輪選手の育て方(山本慎一郎)

少し前の話になりますが、弊社が制作を担当していた『関東インカレ100回記念誌』が関東学連から発行されました。関東インカレ(正式名称:関東学生陸上競技対校選手権大会)は1919年に第1回大会が開催され、太平洋戦争による中断を挟んで2021年に100回大会を迎えています。記念誌には第1回大会からのハイライト記事や各大会の入賞者一覧、活躍した選手のインタビューなどが掲載され、100回の歴史を振り返る貴重な資料となっています(※購入ご希望の方は関東学連にお問い合わせください)。

そのインタビューの中では男子三段跳の山下訓史先生(現在は福島・橘高に勤務)が登場しています。山下先生と言えば“最古の日本記録保持者”であり、1986年に樹立した17m15の日本記録は破られることなく36年が経過しました。選手としての偉大な実績もさることながら、2人の息子がともに陸上競技でオリンピアンとなったのも特筆すべき点ではないでしょうか。

日本の陸上競技でオリンピックに親子2代で出場した例はハンマー投の室伏重信さん、広治さん(現・スポーツ庁長官)、由佳さんという偉大な一家が有名ですが、山下家も負けてはいません。訓史先生は三段跳で1988年ソウル大会、92年バルセロナ大会と2大会連続で代表入り。そして時は流れ、長男の航平選手(ANA)は三段跳で2016年リオデジャネイロ大会に、次男の潤選手(ANA)は21年東京大会の200mに出場しました。長女の桐子選手(つくばツインピークス)も昨年の関東インカレで2位に入賞したトップアスリートです。

左から山下訓史先生、航平選手、潤選手

私はインターハイ路線で東北大会を取材することが多く、山下先生からは航平選手、潤選手について何度もお話をうかがいました。もっとも、山下先生は高校の教員ですが、息子たちとは違う学校に勤務していたこともあり、陸上競技の専門的な指導はあまりしていなかったそうです。もちろんアドバイス程度はあったと思いますが、航平選手に話を聞いても、手取り足取り英才教育をして……という感じではなかったと認識しています。

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それなのに、子供2人が五輪選手。1人なら偶然でそういうこともあるかもしれませんが(いや、多分ない)、2人となればこれはもう“必然”ではないでしょうか。

そうなるとまず考えられるのは遺伝による影響です。山下先生が日本の陸上競技史上で見ても偉大な選手であることに疑問の余地はありません。

ただ、陸上界には他にも素晴らしい選手はいたはずです。トップアスリート同士で結婚した例も多いですし、それなら他にもっと“二世選手”のオリンピアンが出現しても不思議ではないでしょう。

ちなみに、山下先生の奥様である美穂子さんも陸上競技(走幅跳)の経験はありますが、全国レベルの選手ではなかったそうです(筑波大では体操をやっていたとのことです)。ということは、遺伝的要因が他の二世選手に比べて圧倒的に優れているとまでは言えないような気もします。

そういう中で山下家から2人もオリンピアンが生まれたのはなぜなのか。それはやはり、オリンピアンが育つ“土壌”があったからではないでしょうか。

生まれながらにして『日本記録保持者の子』だった2人は、物心がついた時から父の偉大さを理解していたそうです。まず、それは普通の家庭にはない環境です。ただ、私が山下先生を取材していて感じたのは、山下先生が子供たちにかける言葉がとても思慮深く、それが子供たちの成長に大きく影響したのではないかということです。

航平選手も潤選手も、高校時代はインターハイの上位候補だったため、その能力や仕上がり具合について他の記者とともに山下先生によく話を聞きました。すると、山下先生は状況を的確に教えてくれるのですが、

「インターハイでは15m○○は跳べる」
「私と比べて能力的には△△△」
「将来は私の日本記録を破れると思う」

みたいなことは決して口にはしませんでした。

また、航平選手が高3だった2011年に国体で優勝した後も、

「近いうちに16mは跳べるでしょう。しかし、将来日本記録を破れるか、とまでは言えない。そんなに簡単なものではないし、先のことは誰にもわからない」

と慎重に言葉を選んでいました。

ここで重要なのは、山下先生は「できる」とも「できない」とも言っていないということです。

山下先生ほどの方が「君はこういう選手だよ」と声をかけたら、きっと選手はその言葉に大きな影響を受けます。それは子供たちも同じはずです。

だから、もし「できない」と言われたら、できることもできなくなってしまうかもしれない。
逆に、「ここまではできる」と言われたら、本当はもっとできたはずのところまで到達せずに満足してしまうかもしれない。

山下先生はそういう「言葉が与える影響」について、常に配慮をしていたのではないでしょうか。

この「オリンピアンの育て方」については、山下先生に詳しくお話を聞いたわけではないので、あくまでも私の推察になりますが、みなさんはどう感じられますか?

『月刊陸上競技』2016年7月号では航平選手の特集で大学時代に潤選手と一緒に住んでいたアパートに“潜入取材”をしています。興味のある方はチェック!

山本慎一郎(やまもとしんいちろう)
月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長
1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。シューズマニアの一面も持ち、月陸Onlineでは「シューズレポ」を連載中。

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少し前の話になりますが、弊社が制作を担当していた『関東インカレ100回記念誌』が関東学連から発行されました。関東インカレ(正式名称:関東学生陸上競技対校選手権大会)は1919年に第1回大会が開催され、太平洋戦争による中断を挟んで2021年に100回大会を迎えています。記念誌には第1回大会からのハイライト記事や各大会の入賞者一覧、活躍した選手のインタビューなどが掲載され、100回の歴史を振り返る貴重な資料となっています(※購入ご希望の方は関東学連にお問い合わせください)。 そのインタビューの中では男子三段跳の山下訓史先生(現在は福島・橘高に勤務)が登場しています。山下先生と言えば“最古の日本記録保持者”であり、1986年に樹立した17m15の日本記録は破られることなく36年が経過しました。選手としての偉大な実績もさることながら、2人の息子がともに陸上競技でオリンピアンとなったのも特筆すべき点ではないでしょうか。 日本の陸上競技でオリンピックに親子2代で出場した例はハンマー投の室伏重信さん、広治さん(現・スポーツ庁長官)、由佳さんという偉大な一家が有名ですが、山下家も負けてはいません。訓史先生は三段跳で1988年ソウル大会、92年バルセロナ大会と2大会連続で代表入り。そして時は流れ、長男の航平選手(ANA)は三段跳で2016年リオデジャネイロ大会に、次男の潤選手(ANA)は21年東京大会の200mに出場しました。長女の桐子選手(つくばツインピークス)も昨年の関東インカレで2位に入賞したトップアスリートです。 左から山下訓史先生、航平選手、潤選手 私はインターハイ路線で東北大会を取材することが多く、山下先生からは航平選手、潤選手について何度もお話をうかがいました。もっとも、山下先生は高校の教員ですが、息子たちとは違う学校に勤務していたこともあり、陸上競技の専門的な指導はあまりしていなかったそうです。もちろんアドバイス程度はあったと思いますが、航平選手に話を聞いても、手取り足取り英才教育をして……という感じではなかったと認識しています。 それなのに、子供2人が五輪選手。1人なら偶然でそういうこともあるかもしれませんが(いや、多分ない)、2人となればこれはもう“必然”ではないでしょうか。 そうなるとまず考えられるのは遺伝による影響です。山下先生が日本の陸上競技史上で見ても偉大な選手であることに疑問の余地はありません。 ただ、陸上界には他にも素晴らしい選手はいたはずです。トップアスリート同士で結婚した例も多いですし、それなら他にもっと“二世選手”のオリンピアンが出現しても不思議ではないでしょう。 ちなみに、山下先生の奥様である美穂子さんも陸上競技(走幅跳)の経験はありますが、全国レベルの選手ではなかったそうです(筑波大では体操をやっていたとのことです)。ということは、遺伝的要因が他の二世選手に比べて圧倒的に優れているとまでは言えないような気もします。 そういう中で山下家から2人もオリンピアンが生まれたのはなぜなのか。それはやはり、オリンピアンが育つ“土壌”があったからではないでしょうか。 生まれながらにして『日本記録保持者の子』だった2人は、物心がついた時から父の偉大さを理解していたそうです。まず、それは普通の家庭にはない環境です。ただ、私が山下先生を取材していて感じたのは、山下先生が子供たちにかける言葉がとても思慮深く、それが子供たちの成長に大きく影響したのではないかということです。 航平選手も潤選手も、高校時代はインターハイの上位候補だったため、その能力や仕上がり具合について他の記者とともに山下先生によく話を聞きました。すると、山下先生は状況を的確に教えてくれるのですが、 「インターハイでは15m○○は跳べる」 「私と比べて能力的には△△△」 「将来は私の日本記録を破れると思う」 みたいなことは決して口にはしませんでした。 また、航平選手が高3だった2011年に国体で優勝した後も、 「近いうちに16mは跳べるでしょう。しかし、将来日本記録を破れるか、とまでは言えない。そんなに簡単なものではないし、先のことは誰にもわからない」 と慎重に言葉を選んでいました。 ここで重要なのは、山下先生は「できる」とも「できない」とも言っていないということです。 山下先生ほどの方が「君はこういう選手だよ」と声をかけたら、きっと選手はその言葉に大きな影響を受けます。それは子供たちも同じはずです。 だから、もし「できない」と言われたら、できることもできなくなってしまうかもしれない。 逆に、「ここまではできる」と言われたら、本当はもっとできたはずのところまで到達せずに満足してしまうかもしれない。 山下先生はそういう「言葉が与える影響」について、常に配慮をしていたのではないでしょうか。 この「オリンピアンの育て方」については、山下先生に詳しくお話を聞いたわけではないので、あくまでも私の推察になりますが、みなさんはどう感じられますか? 『月刊陸上競技』2016年7月号では航平選手の特集で大学時代に潤選手と一緒に住んでいたアパートに“潜入取材”をしています。興味のある方はチェック!
山本慎一郎(やまもとしんいちろう) 月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長 1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。シューズマニアの一面も持ち、月陸Onlineでは「シューズレポ」を連載中。
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