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2019.12.13

編集部コラム「〝がんばれ〟という言葉の力と呪縛」
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第21「〝がんばれ〟という言葉の力と呪縛(船越陽一郎)

 私は、「がんばれ」という言葉が好きではありませんでした。必要以上にプレッシャーを与え、何と無責任な言葉であろうかと思っていました。あの時までは……。

 これは私がラグビーをやっていた時の話。高校2年生の冬、卒業を前にした3年生が部を去り、繰り上げでそのままレギュラーとなって新人戦に臨んだ私は、その時は勢いがあり、水を得た魚のように大暴れできました。ちなみに、ウイングというポジションだったのですが パスを受けてからのトライ率は9割を超えていたと思います。

 その際に言われる「がんばれ」という言葉のなんと心地良かったことか。私は心の中で〝もっと期待してくれ〟と調子に乗り、自分は特別な人間なのだと勘違いしていました。でも、「がんばれ」が心地良く感じたのは、この大会だけでした。

 3年生に上がる前の春休みに、九州の強化合宿に呼ばれるようになりました。それが現実の始まりです。この合宿で、嫌と言うほど自分が〝凡人〟であることを突きつけられました。本当に何もできなかったのです。

 しかし、それでも私は現実と向き合うことができました。努力を続けていく覚悟ができたのです。

 そんな矢先に春の大会でケガをしました。〝なんてことない〟捻挫です。その〝なんてことない〟捻挫に苦しめられるとは、思ってもいませんでした。

 その後は走る度に捻挫するようになり、最後は捻ってもいないのに激痛が走るほどになりました。しかし、病院に行っても湿布を渡されるだけ。それを何回も繰り返し、病院をいくつも転々として、ようやく捻挫と診断を下さない病院にたどり着きました。診断結果は、間接の骨が欠けて動いているとのこと。

「今、手術をすれば、きっと花園には間に合うよ」

 当時の私にとって〝花園〟がすべてでした。どうしても花園でプレーがしてみたかった。もはや選択の余地はありません。手術を受けることにしました。

 手術は無事に終わり、夏の合宿には一度も参加できず。リハビリをしながらも、焦りだけが募りました。

 9月に入る頃、ようやく別メニューでの練習を再開。ですが、なかなか自分のベストの状態には程遠かったです。花園の予選が始まったのにもかかわらず、練習についていけず、足をケイレンした時にはあまりのショックで練習中にこっそりトイレにいって泣いていました。

 チームメイトは助けてくれました。それも、同じポジション。彼らにとってはチャンスでもあるだろうに。

 あきらめずに練習の成果が出たのかどうかはわかりませんが、準決勝で何とかレギュラーに戻れました。

 そこで言われるあの言葉。

「がんばれ」

 私は心の中で思っていました。もうこれ以上、何をがんばれというんだ!?

 期待に応えられるだけの力はないのに。ただただ、必死にガムシャラにがんばりました。試合感が戻らなかったですが、何とか優勝して花園に行くことできました。

 当時のチームには目標がありました。それは花園で正月を過ごすこと。3回戦まで勝ち進めればそれが達成できます。

 しかし、よりによって2回戦でAシード(ラグビーの花園にはA・Bシードがあり、Aシードはいわゆる優勝候補、Bシードは有力校)と激突となります。

 その試合の前にやっぱりあの言葉。

「俺たちの分までがんばってくれ」

 何とか勝ちたかった。色々自分に協力してくれた仲間のためにも。それでも、「がんばれ」という言葉は重かったです。

 対戦相手どうこうよりも、自分がミスをすることが怖かったのです。入場の時、足が震えてちゃんと歩くことさえできませんでした。

 しかし、先制トライを奪ったのは私たちでした。それも、自分のトライ。これは、行けるぞ! と、思ったのですが高校日本代表候補5人擁するAシード校に逆転を許し、結果的には17-22で敗れてしまいました。

 試合のあと、心のどっかで「やっぱりダメだったか」という気持ちがありました。その〝やっぱり〟のせいでかはわかりませんが、涙が出ませんでした。

 そして、報告をするためにスタンドで応援してくれていた仲間のもとへ。
私が「ごめん。負けてしまった」と言うと彼らはこう言いました。

「そんなのどうでもいいよ。それよりナイストライ!」

 私は馬鹿でした。チームの勝ち負けも もちろん大事ですが、それ以上に彼らは私個人のことを応援してくれていました。この時に悔しくて、悔しくてたまらなくなったのを今でも忘れません。

 もし、「がんばれ」という言葉が苦しいという人がいるならば、あまり深く考えなくていいのかもしれません。

 きっと、ミスをしても、負けても、最後まで応援してくれるだろうから。自分の良いところも悪いところも、すべて包み込んだ上で、きっと彼らはこう言ってくれる。「がんばれ」と

船越陽一郎(ふなこし・よういちろう)
月刊陸上競技写真部
1974年12月生まれ。172cm、○0kg。福岡県春日市出身。小学生の時に身体が弱く、喘息持ちだったため、鍛えるためにラグビーを始め「走れば治る」が口癖のドSのコーチに肉体改造される。大学までラグビーを続けるも卒業と同時に引退。何を思ったか社会人でボクシングを始める。戦績3戦3敗(3KO負け)。秘密兵器の左フックを編み出すも、秘密のまま引退。なんじゃかんじゃあって現在に至る。

編集部コラム第20回「日本記録樹立者を世代別にまとめてみた」(松永)
編集部コラム第19回「高校陸上界史上最強校は?(女子編)」(大久保)
編集部コラム第18回「独断で選ぶ全国高校駅伝5選」(井上)
編集部コラム第17回「リクジョウクエスト2~そして月陸へ~」(山本)
編集部コラム第16回「強い選手の共通点?」(向永)
編集部コラム第15回「続・ドーハの喜劇?」(小川)
編集部コラム第14回「初陣」(船越)
編集部コラム第13回「どうなる東京五輪マラソン&競歩!?」(松永)
編集部コラム第12回「高校陸上界史上最強校は?(男子編)」(大久保)
編集部コラム第11回「羽ばたけ日本の中距離!」(井上)
編集部コラム第10回「心を動かすもの」(山本)
編集部コラム第9回「混成競技のアレコレ」(向永)
編集部コラム第8回「アナウンス」(小川)
編集部コラム第7回「ジンクス」(船越)
編集部コラム第6回「学生駅伝を支える主務の存在」(松永)
編集部コラム第5回「他競技で活躍する陸上競技経験者」(大久保)
編集部コラム第4回「とらんすふぁ~」(井上)
編集部コラム第3回「リクジョウクエスト」(山本)
編集部コラム第2回「あんな選手を目指しなさい」(向永)
編集部コラム第1回「締め切りとIHと五輪」(小川)

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 私は、「がんばれ」という言葉が好きではありませんでした。必要以上にプレッシャーを与え、何と無責任な言葉であろうかと思っていました。あの時までは……。  これは私がラグビーをやっていた時の話。高校2年生の冬、卒業を前にした3年生が部を去り、繰り上げでそのままレギュラーとなって新人戦に臨んだ私は、その時は勢いがあり、水を得た魚のように大暴れできました。ちなみに、ウイングというポジションだったのですが パスを受けてからのトライ率は9割を超えていたと思います。  その際に言われる「がんばれ」という言葉のなんと心地良かったことか。私は心の中で〝もっと期待してくれ〟と調子に乗り、自分は特別な人間なのだと勘違いしていました。でも、「がんばれ」が心地良く感じたのは、この大会だけでした。  3年生に上がる前の春休みに、九州の強化合宿に呼ばれるようになりました。それが現実の始まりです。この合宿で、嫌と言うほど自分が〝凡人〟であることを突きつけられました。本当に何もできなかったのです。  しかし、それでも私は現実と向き合うことができました。努力を続けていく覚悟ができたのです。  そんな矢先に春の大会でケガをしました。〝なんてことない〟捻挫です。その〝なんてことない〟捻挫に苦しめられるとは、思ってもいませんでした。  その後は走る度に捻挫するようになり、最後は捻ってもいないのに激痛が走るほどになりました。しかし、病院に行っても湿布を渡されるだけ。それを何回も繰り返し、病院をいくつも転々として、ようやく捻挫と診断を下さない病院にたどり着きました。診断結果は、間接の骨が欠けて動いているとのこと。 「今、手術をすれば、きっと花園には間に合うよ」  当時の私にとって〝花園〟がすべてでした。どうしても花園でプレーがしてみたかった。もはや選択の余地はありません。手術を受けることにしました。  手術は無事に終わり、夏の合宿には一度も参加できず。リハビリをしながらも、焦りだけが募りました。  9月に入る頃、ようやく別メニューでの練習を再開。ですが、なかなか自分のベストの状態には程遠かったです。花園の予選が始まったのにもかかわらず、練習についていけず、足をケイレンした時にはあまりのショックで練習中にこっそりトイレにいって泣いていました。  チームメイトは助けてくれました。それも、同じポジション。彼らにとってはチャンスでもあるだろうに。  あきらめずに練習の成果が出たのかどうかはわかりませんが、準決勝で何とかレギュラーに戻れました。  そこで言われるあの言葉。 「がんばれ」  私は心の中で思っていました。もうこれ以上、何をがんばれというんだ!?  期待に応えられるだけの力はないのに。ただただ、必死にガムシャラにがんばりました。試合感が戻らなかったですが、何とか優勝して花園に行くことできました。  当時のチームには目標がありました。それは花園で正月を過ごすこと。3回戦まで勝ち進めればそれが達成できます。  しかし、よりによって2回戦でAシード(ラグビーの花園にはA・Bシードがあり、Aシードはいわゆる優勝候補、Bシードは有力校)と激突となります。  その試合の前にやっぱりあの言葉。 「俺たちの分までがんばってくれ」  何とか勝ちたかった。色々自分に協力してくれた仲間のためにも。それでも、「がんばれ」という言葉は重かったです。  対戦相手どうこうよりも、自分がミスをすることが怖かったのです。入場の時、足が震えてちゃんと歩くことさえできませんでした。  しかし、先制トライを奪ったのは私たちでした。それも、自分のトライ。これは、行けるぞ! と、思ったのですが高校日本代表候補5人擁するAシード校に逆転を許し、結果的には17-22で敗れてしまいました。  試合のあと、心のどっかで「やっぱりダメだったか」という気持ちがありました。その〝やっぱり〟のせいでかはわかりませんが、涙が出ませんでした。  そして、報告をするためにスタンドで応援してくれていた仲間のもとへ。 私が「ごめん。負けてしまった」と言うと彼らはこう言いました。 「そんなのどうでもいいよ。それよりナイストライ!」  私は馬鹿でした。チームの勝ち負けも もちろん大事ですが、それ以上に彼らは私個人のことを応援してくれていました。この時に悔しくて、悔しくてたまらなくなったのを今でも忘れません。  もし、「がんばれ」という言葉が苦しいという人がいるならば、あまり深く考えなくていいのかもしれません。  きっと、ミスをしても、負けても、最後まで応援してくれるだろうから。自分の良いところも悪いところも、すべて包み込んだ上で、きっと彼らはこう言ってくれる。「がんばれ」と
船越陽一郎(ふなこし・よういちろう) 月刊陸上競技写真部 1974年12月生まれ。172cm、○0kg。福岡県春日市出身。小学生の時に身体が弱く、喘息持ちだったため、鍛えるためにラグビーを始め「走れば治る」が口癖のドSのコーチに肉体改造される。大学までラグビーを続けるも卒業と同時に引退。何を思ったか社会人でボクシングを始める。戦績3戦3敗(3KO負け)。秘密兵器の左フックを編み出すも、秘密のまま引退。なんじゃかんじゃあって現在に至る。
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