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編集部コラム「プレッシャーとの向き合い方」
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第73回「プレッシャーとの向き合い方」(山本慎一郎)

 いよいよ年末年始が近づいてきました。12月後半からお正月にかけて、陸上界は駅伝シーズンの最盛期となります。

 残念ながら今年は全国中学校駅伝が中止となりましたが、全国高校駅伝、全日本実業団対抗駅伝、箱根駅伝は開催する方向で準備が進められています。

 これらの駅伝の存在感は長距離ランナーにとっては非常に大きなもので、これを3年間、4年間の集大成と考える選手も少なくないでしょう。ましてや箱根駅伝などはこれを最後に陸上競技を引退するという選手がたびたび紹介され、その熱走に心を打たれる方も多いと思います。

 一方で、大きな大会になると実力を発揮できないという選手も見られます。単に調子の波が合わなかったり、大会前にケガをしてトレーニングが不足していたというのがほとんどですが、なかには慣れない舞台で緊張し、プレッシャーに押し潰されたという選手もいます。

 実力はあるはずなのに、プレッシャーによってそれが発揮できないというのは厄介です。ケガをしていたなら治せばいいですし、トレーニングが不足していたなら練習を積む、と課題が明確な時とは違って、本来の実力を試合で発揮する方法は明確な解決策がありません。

「練習通りにやろう」と思っても、練習とは心理状況もフィジカルの仕上がりも違うため、うまくいくとは限りません。しかも、実力が発揮できない状況が続いてしまうと余計に「もう失敗したくない」と硬くなり、結果が出ないという悪循環に陥りがちです。そうして苦しんでいるアスリートも中にはいるのではないでしょうか。

 実は私も大学時代は、ただでさえ遅いのにレースに出るたびに凡走……ということを繰り返してきました。もちろん失敗の原因はいくつもありましたが、「自分史上最高レベルの練習ができた!」と思って出場したレースでシーズンの自己ワースト記録を叩き出した時は、もうこのまま陸上をやめたほうがいいんじゃないかと思うほどでした(苦笑)。

 私は典型的なプレッシャーに弱い選手だったらしく、準備が万全であるほど本番が不発に終わるケースが多かったと思います。結果が良いのはたいてい何らかの不安要素を抱えている時で、完璧な状態な時ほど「ここで失敗するわけにはいかない」と考えすぎて結果が出ないことがよくありました。

 そんな中、現役を引退して教員になったばかりだった苅部俊二監督の授業を聴講する機会がありました。「スポーツ心理学」という科目で、苅部監督はとても印象に残る現役時代のエピソードを明かしてくれました。

 2000年シドニー五輪の最終選考会となった南部記念。苅部さんは本職の400mハードルでは代表内定が得られず、4×400mリレーの追加代表入りを狙って400mに出場しました。

 しかし、この時苅部さんはケガを抱えていて満身創痍。年齢も31歳と、次の五輪を狙うのは難しい状況でした。ただ、ここでは内定選手以外でトップを取らないと代表入りはありません。

 それでも、苅部さんはこの大一番を前にしても「緊張はしなかった」と言います。そして、見事に最後の代表キップをつかみました。人生最大のプレッシャーがかかるはずの場面で、どうしてそんな心境になれたのか。すると、苅部監督は「失敗しても死ぬわけじゃない、と思うようにしていた」と自身のプレッシャーを克服術を明かしてくれました。

 陸上競技で「失敗しても死ぬわけじゃない」というのは、ある意味当たり前のことです。しかし、そんな当たり前のことが当時の私には妙にしっくりきました。私は結局、箱根駅伝を走ることなく大学を卒業しましたが、あの時に苅部監督が話した「失敗しても死ぬわけじゃない」という一言は、私の大学生活の中でも特に強く印象に残っています。あの言葉を聞いて以降、変に自分にプレッシャーをかけて自滅するようなレースは少なくなったように感じます。

 もちろん、陸上競技の成績によってその後の人生を決めるような選手もいると思います。そういう意味でこの年末年始の駅伝をプレッシャーに感じている選手は多いかもしれません。

 でも、そんな時はこそ自分を追い込みすぎず、思い切って試合に臨んでもらえたらと思います。陸上競技は「失敗しても死ぬわけじゃない」から――。
2000年南部記念の男子400mで力走する苅部俊二さん(現・法大監督、右)。当時の月陸には「ラストは死んだ」というご本人のコメントが残されています

山本慎一郎(やまもとしんいちろう)
月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長
1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。シューズマニアの一面も持ち、月陸Onlineでは「シューズレポ」を連載中。

編集部コラム第72回「陸上競技のイメージを変えたい」(向永)
編集部コラム第71回「2020年ラストスパート!!」(小川)
編集部コラム第70回「理不尽なこと」(船越)
編集部コラム第69回「這い上がる」(松永)
編集部コラム第68回「都道府県対抗 男子十種競技選手権」(大久保)
編集部コラム第67回「都大路も高速レースの予感」(井上)
編集部コラム第66回「陸上競技を続けると……?」(山本)
編集部コラム第65回「強い選手の共通点?パート2」(向永)
編集部コラム第64回「2020年シーズンはまだこれから!!」(小川)
編集部コラム第63回「質と量」(船越)
編集部コラム第62回「たかが2cm、されど2cm」(松永)
編集部コラム第61回「都道府県対抗 女子七種競技選手権」(大久保)
編集部コラム第60回「キソの大切さ」(井上)
編集部コラム第59回「思い込みを捨てる」(山本)
編集部コラム第58回「それ、ドーピングだよ」(向永)
編集部コラム第57回「東京五輪へ“もう1度”あと1年」(小川)
編集部コラム第56回「魔法の言葉」(船越)
編集部コラム第55回「月陸ってどんな雑誌?」(松永)
編集部コラム第54回「インターハイ種目別学校対抗(女子編)」(大久保)
編集部コラム第53回「明確なビジョン」(井上)
編集部コラム第52回「人間性を磨く」(山本)
編集部コラム第51回「指が痛い。」(向永)
編集部コラム第50回「温故知新」(小川)
編集部コラム第49回「対面取材」(船越)
編集部コラム第48回「日本選手権優勝者を世代別にまとめてみた」(松永)
編集部コラム第47回「インターハイ種目別学校対抗(男子編)」(大久保)
編集部コラム第46回「月陸に自分が載った」(井上)
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編集部コラム第44回「逃げるとどうなる?」(向永)
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編集部コラム第40回「葛藤」(船越)
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編集部コラム第33回「日本記録アラカルト」(大久保)
編集部コラム第32回「独断で選ぶ2019年度高校陸上界5選」(井上)
編集部コラム第31回「記録と順位」(山本)
編集部コラム第30回「答えを見つけ出す面白さ」(向永)
編集部コラム第29回「初めてのオリンピック」(小川)
編集部コラム第28回「人生意気に感ず」(船越)
編集部コラム第27回「学生駅伝〝区間賞〟に関するアレコレ」(松永)
編集部コラム第26回「2019年度 陸上界ナンバーワン都道府県は?」(大久保)
編集部コラム第25回「全国男子駅伝の〝私見〟大会展望」(井上)
編集部コラム第24回「箱根駅伝の高速化を検証」(山本)
編集部コラム番外編「勝負師の顔」(山本)
編集部コラム第23回「みんなキラキラ」(向永)
編集部コラム第22回「国立競技場」(小川)
編集部コラム第21回「〝がんばれ〟という言葉の力と呪縛」(船越)
編集部コラム第20回「日本記録樹立者を世代別にまとめてみた」(松永)
編集部コラム第19回「高校陸上界史上最強校は?(女子編)」(大久保)
編集部コラム第18回「独断で選ぶ全国高校駅伝5選」(井上)
編集部コラム第17回「リクジョウクエスト2~そして月陸へ~」(山本)
編集部コラム第16回「強い選手の共通点?」(向永)
編集部コラム第15回「続・ドーハの喜劇?」(小川)
編集部コラム第14回「初陣」(船越)
編集部コラム第13回「どうなる東京五輪マラソン&競歩!?」(松永)
編集部コラム第12回「高校陸上界史上最強校は?(男子編)」(大久保)
編集部コラム第11回「羽ばたけ日本の中距離!」(井上)
編集部コラム第10回「心を動かすもの」(山本)
編集部コラム第9回「混成競技のアレコレ」(向永)
編集部コラム第8回「アナウンス」(小川)
編集部コラム第7回「ジンクス」(船越)
編集部コラム第6回「学生駅伝を支える主務の存在」(松永)
編集部コラム第5回「他競技で活躍する陸上競技経験者」(大久保)
編集部コラム第4回「とらんすふぁ~」(井上)
編集部コラム第3回「リクジョウクエスト」(山本)
編集部コラム第2回「あんな選手を目指しなさい」(向永)
編集部コラム第1回「締め切りとIHと五輪」(小川)

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第73回「プレッシャーとの向き合い方」(山本慎一郎)

 いよいよ年末年始が近づいてきました。12月後半からお正月にかけて、陸上界は駅伝シーズンの最盛期となります。 残念ながら今年は全国中学校駅伝が中止となりましたが、全国高校駅伝、全日本実業団対抗駅伝、箱根駅伝は開催する方向で準備が進められています。 これらの駅伝の存在感は長距離ランナーにとっては非常に大きなもので、これを3年間、4年間の集大成と考える選手も少なくないでしょう。ましてや箱根駅伝などはこれを最後に陸上競技を引退するという選手がたびたび紹介され、その熱走に心を打たれる方も多いと思います。 一方で、大きな大会になると実力を発揮できないという選手も見られます。単に調子の波が合わなかったり、大会前にケガをしてトレーニングが不足していたというのがほとんどですが、なかには慣れない舞台で緊張し、プレッシャーに押し潰されたという選手もいます。 実力はあるはずなのに、プレッシャーによってそれが発揮できないというのは厄介です。ケガをしていたなら治せばいいですし、トレーニングが不足していたなら練習を積む、と課題が明確な時とは違って、本来の実力を試合で発揮する方法は明確な解決策がありません。「練習通りにやろう」と思っても、練習とは心理状況もフィジカルの仕上がりも違うため、うまくいくとは限りません。しかも、実力が発揮できない状況が続いてしまうと余計に「もう失敗したくない」と硬くなり、結果が出ないという悪循環に陥りがちです。そうして苦しんでいるアスリートも中にはいるのではないでしょうか。 実は私も大学時代は、ただでさえ遅いのにレースに出るたびに凡走……ということを繰り返してきました。もちろん失敗の原因はいくつもありましたが、「自分史上最高レベルの練習ができた!」と思って出場したレースでシーズンの自己ワースト記録を叩き出した時は、もうこのまま陸上をやめたほうがいいんじゃないかと思うほどでした(苦笑)。 私は典型的なプレッシャーに弱い選手だったらしく、準備が万全であるほど本番が不発に終わるケースが多かったと思います。結果が良いのはたいてい何らかの不安要素を抱えている時で、完璧な状態な時ほど「ここで失敗するわけにはいかない」と考えすぎて結果が出ないことがよくありました。 そんな中、現役を引退して教員になったばかりだった苅部俊二監督の授業を聴講する機会がありました。「スポーツ心理学」という科目で、苅部監督はとても印象に残る現役時代のエピソードを明かしてくれました。 2000年シドニー五輪の最終選考会となった南部記念。苅部さんは本職の400mハードルでは代表内定が得られず、4×400mリレーの追加代表入りを狙って400mに出場しました。 しかし、この時苅部さんはケガを抱えていて満身創痍。年齢も31歳と、次の五輪を狙うのは難しい状況でした。ただ、ここでは内定選手以外でトップを取らないと代表入りはありません。 それでも、苅部さんはこの大一番を前にしても「緊張はしなかった」と言います。そして、見事に最後の代表キップをつかみました。人生最大のプレッシャーがかかるはずの場面で、どうしてそんな心境になれたのか。すると、苅部監督は「失敗しても死ぬわけじゃない、と思うようにしていた」と自身のプレッシャーを克服術を明かしてくれました。 陸上競技で「失敗しても死ぬわけじゃない」というのは、ある意味当たり前のことです。しかし、そんな当たり前のことが当時の私には妙にしっくりきました。私は結局、箱根駅伝を走ることなく大学を卒業しましたが、あの時に苅部監督が話した「失敗しても死ぬわけじゃない」という一言は、私の大学生活の中でも特に強く印象に残っています。あの言葉を聞いて以降、変に自分にプレッシャーをかけて自滅するようなレースは少なくなったように感じます。 もちろん、陸上競技の成績によってその後の人生を決めるような選手もいると思います。そういう意味でこの年末年始の駅伝をプレッシャーに感じている選手は多いかもしれません。 でも、そんな時はこそ自分を追い込みすぎず、思い切って試合に臨んでもらえたらと思います。陸上競技は「失敗しても死ぬわけじゃない」から――。 2000年南部記念の男子400mで力走する苅部俊二さん(現・法大監督、右)。当時の月陸には「ラストは死んだ」というご本人のコメントが残されています
山本慎一郎(やまもとしんいちろう) 月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長 1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。シューズマニアの一面も持ち、月陸Onlineでは「シューズレポ」を連載中。
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