【Web特別記事】躍進する東洋大競歩陣に根づく 〝1秒をけずりだす〟スピリット

【Web特別記事】
躍進する東洋大競歩陣に根づく
〝1秒をけずりだす〟スピリット


東洋大競歩陣が活躍を続けている。20km競歩では、池田向希が7月のユニバーシアードで金メダルを獲得し、続くドーハ世界選手権では6位入賞。同級生の活躍に刺激を受け、10月の全日本50km競歩高畠大会で川野将虎が日本新記録で優勝し、2020年東京五輪代表に内定した。競歩陣の躍進。そこには、学生長距離界で歴史を塗り替え続ける長距離ブロックが大きな影響を与えていた。

池田、川野が次々と結果を残す

 10月27日の全日本50km競歩高畠大会で、東洋大3年の川野将虎が3時間36分45秒の日本新記録で優勝し、2020年東京五輪代表に内定した。東洋大は12年ロンドン大会50km競歩の西塔拓己(現・愛知製鋼)、16年20km競歩の松永大介(現・富士通)に続き、3大会連続で競歩五輪代表を送り込むことになる。

 今季は川野と同級生の池田向希も活躍。2月の日本選手権20km競歩で2位に入ってドーハ世界選手権代表に選出された。池田は7月のユニバーシアード(イタリア・ナポリ)20km競歩で金メダルを獲得。勢いをつけてドーハに臨み、6位入賞を果たした。

「池田の存在が本当に大きいです。普段から仲良し。池田が結果を出せばうれしいし、自分もがんばろうって思える。一番身近にいる大切な存在です」(川野)

 活躍を続ける先輩たちを追いかけ、同年代のライバルたちと切磋琢磨し、東洋大競歩陣は躍進を遂げている。

 東洋大といえば、今や陸上界の〝超強豪大学〟だ。日本人初の100m9秒台を果たした桐生祥秀(現・日本生命)や400mのウォルシュ・ジュリアン(現・富士通)ら卒業生が今も練習拠点とし、現役でも短距離の宮本大輔(2年)、走幅跳の津波響樹(4年)など、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

 そして何と言っても〝駅伝〟の影響力は大きい。箱根駅伝では総合優勝4回を誇り、柏原竜二(富士通、現役引退)を筆頭に、設楽啓太(日立物流)・悠太(Honda)といった名ランナーを次々と輩出。今年度も相澤晃(4年)らを擁し、正月の大一番に向けて調整を続けている。
競歩ブロックは長距離とともに活動している

18年に瑞穂さんが競歩コーチに就任

 駅伝を指揮するのは名将・酒井俊幸監督。競歩の選手たちは長距離ブロックに組み込まれ、酒井監督の妻・瑞穂さんが18年から正式に競歩コーチを務めている。

「最初に川野や池田を見た時、世界を目指せる素材だと感じました。2人は同部屋になるんですが、性格は違いますがとても素直で仲が良くていい子たち。川野は愛されるキャラクターで、常に負けた原因を自分に向けられますし、気持ちを切り替えることができます。池田は自分の意思がハッキリしていて、トレーニング面でも器用なんです」

 瑞穂コーチも現役時代は競歩が専門で、福島西女高(現・福島西高)時代には国体入賞など実績を持つ。日女体大卒業後に地元に戻り教員となった。光南高で指導した選手のなかには、2003年世界選手権20km競歩代表の松崎彰徳らがいる。松崎もまた、東洋大のOBだ。
18年から瑞穂さんが競歩コーチに就任した

 指導するようになり、瑞穂コーチがまず取り組んだのがフォームの改善。「しっかりお腹周り、コアの部分を作って、背中を立てて骨盤を使って歩く」ことを徹底した。シンプルだが、それが一番大切だと言う。

「高校生を見ていた経験は大きいです。高校生は初心者がほとんどで、そこからインターハイに行くような選手に対するトレーニングの組み立て方が、今に生きています」

衝撃だった箱根駅伝の大会新

 だが、50km競歩は「これまで歩いたことも、指導経験もなかった」と未知の領域だったと言う。そんな瑞穂コーチには、ずっと頭の中に残っている出来事がある。

 酒井監督は2009年に長距離ブロックの監督に就任して以降、ある想いを瑞穂コーチに語っていたという。

「1km3分ペースではなく、2分50秒や55秒で入る。それがこれからの箱根駅伝なんだ」

 2012年正月。第88回の箱根駅伝で、東洋大は3度目の総合優勝を果たす。記録は10時間51分36秒――前年に早大が作った大会記録を8分15秒も更新した。酒井監督の描いていたものが現実となった。

「衝撃を受けました。そこから長距離が変わり、学生のレベルも大幅に向上しました。誰かが、どこかで変えなきゃいけない。私もそういう感覚で指導に向き合っていこう、と」
高畠に向けてはリズムチェンジを意識した練習を多く取り入れたという

 50kmというこれまでの経験則が通じないからこそ、新しい発想で臨んだ。それまでイーブンペースで行ってラストの粘り勝負だったが、前半からスピードを出し、積極的なリズムチェンジを意識したスタミナ練習を取り入れた。

「50kmを知らない私がおこがましいのですが、監督と2人で相談して新しい発想で練習メニューを組み立てました。2人はこれまでの常識を変えられるような逸材だからこそできたチャレンジでもあります」

 高畠で川野が日本新を樹立し、東洋大が駅伝で成し遂げたように〝常識〟を打ち破った。

競歩界の〝レジェンド〟になってほしい

「高畠が終わったあと、いろいろな他チームのコーチ陣が『おめでとう』と声をかけてくださいました。それがうれしかったです。ライバルでも終わったら称え合って祝福できる。競歩はそういう人が多くて、さすが強い競技だなって思いました。ウチの選手たちも負けても『おめでとう』と言える選手ですし、これからもそうあってほしいです」
決めポーズを求めるとはにかむ川野。高校時代から変わらない人柄も魅力だ

 川野も池田も、誰に言われるでもなく、自ら人より少し長く歩く。指導陣が歩き過ぎだと止めるくらいだという。酒井監督は「最近、そんな選手はなかなかいないよ」と言うほど。

「競歩界の〝レジェンド〟と呼ばれるような選手になってほしい。競技実績だけでなく、振る舞いも含めて。2人ならそうなれると思っています。東京五輪も含めて、今はまだその土台作りです」

 東京五輪に内定した川野に負けじと、池田ももちろん20kmで残り2枠となった代表入りを勝ち取るつもりだ。脈々と受け継がれる東洋大スピリットで、長距離・競歩陣がまた新しい歴史を切り拓いていく。

「高校時代から50km競歩で東京五輪に出ることが目標でした。そのチャンスをつかみ取ることができたので、次は世界にチャレンジしていきます。僕は小さい頃から運動が苦手でしたが、本気で打ち込める競歩に出合って、ひたむきに努力を続けて実らせることができました。自分も先輩たちに続いて、競歩界に影響を与えられる存在になりたいです」(川野)

 2020年に向けた抱負を聞くと、2人から別々に受け取った色紙には、この言葉がしたためられていた。

「その1秒をけずりだせ」

文/向永拓史

2019年12月号「川野将虎インタビュー」転載記事

川野将虎選手インタビュー掲載「月刊陸上競技12月号」

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