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2021.07.30

クローズアップ/橋岡優輝 走幅跳で85年ぶりメダルへ「やるべきことをやれば結果はついてくる」
クローズアップ/橋岡優輝 走幅跳で85年ぶりメダルへ「やるべきことをやれば結果はついてくる」


東京五輪・陸上競技の2日目(8月1日)のイブニングセッションに始まる男子走幅跳には、橋岡優輝(富士通)、津波響樹(大塚製薬)、城山正太郎(ゼンリン)が出場する。

これまで走幅跳で数々の金字塔を打ち立ててきた橋岡は「最低メダル」を目標に、初のオリンピックへと挑む。

今季はファウルが続くもしっかり修正

この男はどこまで遠くに跳び、どれだけ強くなるのだろうか。男子走幅跳の橋岡優輝(富士通)は、毎年のように進化を遂げ、今季は日本選手権で8m36の自己ベストをマーク。満を持して地元開催となる初のオリンピックへ挑む。

「一度、その記録を跳べば再現できて、安定させることができる」。これが橋岡の大きな強み。東京・八王子高から日大に進学し、早々に8mジャンパーに。その後は優勝したU20世界選手権、アジア選手権、ユニバーシアードなど、大舞台でしっかり8mを跳んできた。

19年には8m32をマークし、日大に入ってから現在も指導を受ける森長正樹コーチの持っていた日本記録(8m25)を27年ぶりに更新(※直後に城山正太郎が8m40を記録=日本記録)。そして昨年、自身が「これで一つステージが上がった。世界と戦える」と口にしたほど手応えをつかんだのが日本インカレで跳んだ8m29だった。

だが、この感覚と記録の“安定”にはこれまでで最も時間を要したと言える。この冬は例年通り「ほとんど跳躍練習はしていない」。スピード強化や課題だった体幹の安定に基礎を積み上げた。その結果、助走スピードは格段に上がったが、「助走が1段階上がれば、踏み切りは2、3段階上げなければいけない」。今季はこの部分に苦労した。

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3月の日本選手権室内では8m19の室内日本新を跳んでいるが、6回中5回でファウル。4月の織田記念、5月のREADY STEADY TOKYOでもファウルが多かった。これまで必ず試合の中で修正してきていた橋岡をもってしても、自身のスピードアップ、そして踏み切りのズレを修正し切れなかった。

しかし、そのファウルでは8m50を超える跳躍を何本も見せている。春先に「助走と踏み切りが噛み合えば8m50は軽く跳べる」と話していた言葉が現実のものになり始めていた。

そして東京五輪に合わせるように代表選考会だった6月の日本選手権で圧巻の試技を見せる。1、2回目はファウル。1回目は百戦錬磨の橋岡でも「オリンピックを意識して緊張してしまった」。2回目は「助走を修正し過ぎた」ことによるファウル。追い込まれた3回目は、通常ならファウルを恐れて安全第一の踏み切り、いわゆる“置きに行く”。実際、織田記念の3回目はそういった跳躍だった。

だが橋岡は恐れるどころか「織田記念は消極的になってしまったのですが、今回は助走のスタート位置を下げて攻めにいくことにしました」。力強い助走からジャンプ。8m27(+0.6)の大会新記録をマークした。5回目に8m29(+1.1)、最後は8m36(+0.6)を跳ぶなど“らしさ”を見せて五輪切符をつかんだ。

森長コーチの元で練習に励む橋岡

東京五輪は「大きなターニングポイント」

父・利行氏は棒高跳で、母・直美さんは100mハードルと三段跳で、それぞれ元日本記録保持者。アスリートになるために生まれてきたような橋岡は、中学まで四種競技や走高跳がメイン種目だった。

「高校では走幅跳をしたい」と直感的に思った橋岡は、八王子高に進学して叔父に当たる渡邉大輔先生(走幅跳・シドニー五輪代表)の元でロングジャンパーとしてのキャリアをスタートさせた。

活躍するたびに両親の話題が出て、その努力を差し置いて“血”だけがクローズアップされることもあった。その類い稀な接地の感性、身体能力など、間違いなく両親から特別な才能は受け継いでいるだろう。

しかし橋岡本人は、「“血”で強くなるわけじゃないですし、それも自分の特徴の一つです」。渡邉先生、森長コーチの元で基礎をおろそかにせず、その才能に磨きをかけて積み上げてきたからこそ、今の橋岡がある。

中3の全中で四種競技3位となった直後に2020年五輪の開催地が東京に決まった。「オリンピックに出てよ」。そんな友達の言葉に、橋岡は「よっしゃ! 出るぞ」と返している。トップアスリートだった両親はオリンピックに届かなかった。「私たちは出ていないからね」という両親に「そこは任せてよ」。

過去3大会の五輪のメダルラインは、16年リオ8m29、12年ロンドン8m12、08年北京8m20。19年ドーハ世界選手権は8m34だった。オリンピックでは南部忠平が32年ロスで、36年ベルリンで田島直人がそれぞれ銅メダルを獲得している。

しかし、84年ロス五輪で臼井淳一が7位に入って以降入賞から遠ざかっている。メダル獲得なれば85年ぶりの快挙だ。いとこの橋岡大樹(シントトロイデン)もサッカーで東京五輪に出場。ともにメダルを目指している。

「東京五輪の結果で競技人生がどうなるか決まる、大きなターニングポイントだと思っています。最低、メダル獲得が目標です。やるべきことをやれば結果はついてくる」

ドーハ世界選手権で史上初の8位入賞を果たしながら「実力不足」と悔しさを味わってから2年。進化した橋岡が自分の力を発揮すれば、目標に到達できる。

橋岡の夢は、誰よりも遠くに跳ぶこと。そして世界一になること。その夢へと続く第一歩を育ってきた「TOKYO」で刻む。

文/向永拓史

東京五輪・陸上競技の2日目(8月1日)のイブニングセッションに始まる男子走幅跳には、橋岡優輝(富士通)、津波響樹(大塚製薬)、城山正太郎(ゼンリン)が出場する。 これまで走幅跳で数々の金字塔を打ち立ててきた橋岡は「最低メダル」を目標に、初のオリンピックへと挑む。

今季はファウルが続くもしっかり修正

この男はどこまで遠くに跳び、どれだけ強くなるのだろうか。男子走幅跳の橋岡優輝(富士通)は、毎年のように進化を遂げ、今季は日本選手権で8m36の自己ベストをマーク。満を持して地元開催となる初のオリンピックへ挑む。 「一度、その記録を跳べば再現できて、安定させることができる」。これが橋岡の大きな強み。東京・八王子高から日大に進学し、早々に8mジャンパーに。その後は優勝したU20世界選手権、アジア選手権、ユニバーシアードなど、大舞台でしっかり8mを跳んできた。 19年には8m32をマークし、日大に入ってから現在も指導を受ける森長正樹コーチの持っていた日本記録(8m25)を27年ぶりに更新(※直後に城山正太郎が8m40を記録=日本記録)。そして昨年、自身が「これで一つステージが上がった。世界と戦える」と口にしたほど手応えをつかんだのが日本インカレで跳んだ8m29だった。 だが、この感覚と記録の“安定”にはこれまでで最も時間を要したと言える。この冬は例年通り「ほとんど跳躍練習はしていない」。スピード強化や課題だった体幹の安定に基礎を積み上げた。その結果、助走スピードは格段に上がったが、「助走が1段階上がれば、踏み切りは2、3段階上げなければいけない」。今季はこの部分に苦労した。 3月の日本選手権室内では8m19の室内日本新を跳んでいるが、6回中5回でファウル。4月の織田記念、5月のREADY STEADY TOKYOでもファウルが多かった。これまで必ず試合の中で修正してきていた橋岡をもってしても、自身のスピードアップ、そして踏み切りのズレを修正し切れなかった。 しかし、そのファウルでは8m50を超える跳躍を何本も見せている。春先に「助走と踏み切りが噛み合えば8m50は軽く跳べる」と話していた言葉が現実のものになり始めていた。 そして東京五輪に合わせるように代表選考会だった6月の日本選手権で圧巻の試技を見せる。1、2回目はファウル。1回目は百戦錬磨の橋岡でも「オリンピックを意識して緊張してしまった」。2回目は「助走を修正し過ぎた」ことによるファウル。追い込まれた3回目は、通常ならファウルを恐れて安全第一の踏み切り、いわゆる“置きに行く”。実際、織田記念の3回目はそういった跳躍だった。 だが橋岡は恐れるどころか「織田記念は消極的になってしまったのですが、今回は助走のスタート位置を下げて攻めにいくことにしました」。力強い助走からジャンプ。8m27(+0.6)の大会新記録をマークした。5回目に8m29(+1.1)、最後は8m36(+0.6)を跳ぶなど“らしさ”を見せて五輪切符をつかんだ。 森長コーチの元で練習に励む橋岡

東京五輪は「大きなターニングポイント」

父・利行氏は棒高跳で、母・直美さんは100mハードルと三段跳で、それぞれ元日本記録保持者。アスリートになるために生まれてきたような橋岡は、中学まで四種競技や走高跳がメイン種目だった。 「高校では走幅跳をしたい」と直感的に思った橋岡は、八王子高に進学して叔父に当たる渡邉大輔先生(走幅跳・シドニー五輪代表)の元でロングジャンパーとしてのキャリアをスタートさせた。 活躍するたびに両親の話題が出て、その努力を差し置いて“血”だけがクローズアップされることもあった。その類い稀な接地の感性、身体能力など、間違いなく両親から特別な才能は受け継いでいるだろう。 しかし橋岡本人は、「“血”で強くなるわけじゃないですし、それも自分の特徴の一つです」。渡邉先生、森長コーチの元で基礎をおろそかにせず、その才能に磨きをかけて積み上げてきたからこそ、今の橋岡がある。 中3の全中で四種競技3位となった直後に2020年五輪の開催地が東京に決まった。「オリンピックに出てよ」。そんな友達の言葉に、橋岡は「よっしゃ! 出るぞ」と返している。トップアスリートだった両親はオリンピックに届かなかった。「私たちは出ていないからね」という両親に「そこは任せてよ」。 過去3大会の五輪のメダルラインは、16年リオ8m29、12年ロンドン8m12、08年北京8m20。19年ドーハ世界選手権は8m34だった。オリンピックでは南部忠平が32年ロスで、36年ベルリンで田島直人がそれぞれ銅メダルを獲得している。 しかし、84年ロス五輪で臼井淳一が7位に入って以降入賞から遠ざかっている。メダル獲得なれば85年ぶりの快挙だ。いとこの橋岡大樹(シントトロイデン)もサッカーで東京五輪に出場。ともにメダルを目指している。 「東京五輪の結果で競技人生がどうなるか決まる、大きなターニングポイントだと思っています。最低、メダル獲得が目標です。やるべきことをやれば結果はついてくる」 ドーハ世界選手権で史上初の8位入賞を果たしながら「実力不足」と悔しさを味わってから2年。進化した橋岡が自分の力を発揮すれば、目標に到達できる。 橋岡の夢は、誰よりも遠くに跳ぶこと。そして世界一になること。その夢へと続く第一歩を育ってきた「TOKYO」で刻む。 文/向永拓史

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