
◇全日本実業団対抗(9月24~26日/大阪・ヤンマースタジアム長居)2日目
全日本実業団対抗の2日目、男子棒高跳に澤野大地(富士通)が出場。5m20で7位タイだった。
日本陸上界のレジェンドが、ついに現役生活に別れを告げた。棒高跳の澤野大地(富士通)、41歳。最後の舞台は、「思い出深い」という大阪だった。最初の高さである5m20をクリアした時には、会場から温かな拍手が送られた。続く5m30は3度失敗。ついにポールを置く時が来た。溢れるものが止まることはなかった。
「中学から始めて28年間、たくさんの方々の支えのお陰で41歳まで現役を続けられました。バーを超えられて、若い選手と戦えた。感謝しています」
中1で棒高跳のキャリアをスタートさせ、千葉・成田高時代にはインターハイを連覇。高校記録・ジュニア日本記録樹立と実績を残した。その後の活躍は挙げればきりがない。2003年には5m75の日本記録を樹立。同年パリ世界選手権に出場した。04年アテネ五輪で13位。05年ヘルシンキ世界選手権では8位入賞を果たした。04年に日本人初の5m80をクリアすると、05年には現日本記録となる5m83を樹立した。16年リオ五輪では日本人64年ぶりの入賞となる7位。さらに、19年ドーハ世界選手権には39歳で出場した。近年は日大の専任講師・コーチを務め、日本オリンピック委員会理事など役職も歴任しながらの現役を続けてきた。
この大阪は、忘れられない場所。「2007年大阪世界選手権では全身ケイレンをしましたし、12年ロンドン五輪のかかった日本選手権は大雨の中で(山本)聖途と2、3時間跳び合った。それがあったからリオにつながったし、東京五輪を目指せました」。苦い記憶だったが、今年、東京五輪選考会もここ大阪・長居、そして最後の舞台もこの地だった。
若手選手が育っていることについて、「棒高跳の全国の指導者の方々の努力、そして選手が高く跳びたいという気持ちがあって、形になっている」と語る。だが、世界と渡り合ってきたからこそ、伝えたいこともある。
「記録を跳ぶことも大事ですが、五輪、世界選手権、ダイヤモンドリーグなどを通して『強さ』を身につけてほしい。私もダイヤモンドリーグなど転戦し、スーツケースを持って空港をうろうろしたりしました。そういった中で強さを身につければ、私の日本記録を超える記録、アジア記録、6mに届くと思います。アジア記録を出したフィリピンのオビエナ選手はそういったヨーロッパのスタンダードにいる」。高く、高く、そして強く。澤野がずっと追いかけてきたことだ。
長い競技人生。振り返るのは時間がかかる。「競技人生は幸せの一言。全部が思い出に残っています」。日本人初の6m、そして世界のメダルという見果てぬ夢は、レジェンドの背中を追って成長してきた頼もしい後輩たちに託し、澤野大地は競技場を去った。
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日本陸上界のレジェンドが、ついに現役生活に別れを告げた。棒高跳の澤野大地(富士通)、41歳。最後の舞台は、「思い出深い」という大阪だった。最初の高さである5m20をクリアした時には、会場から温かな拍手が送られた。続く5m30は3度失敗。ついにポールを置く時が来た。溢れるものが止まることはなかった。
「中学から始めて28年間、たくさんの方々の支えのお陰で41歳まで現役を続けられました。バーを超えられて、若い選手と戦えた。感謝しています」
中1で棒高跳のキャリアをスタートさせ、千葉・成田高時代にはインターハイを連覇。高校記録・ジュニア日本記録樹立と実績を残した。その後の活躍は挙げればきりがない。2003年には5m75の日本記録を樹立。同年パリ世界選手権に出場した。04年アテネ五輪で13位。05年ヘルシンキ世界選手権では8位入賞を果たした。04年に日本人初の5m80をクリアすると、05年には現日本記録となる5m83を樹立した。16年リオ五輪では日本人64年ぶりの入賞となる7位。さらに、19年ドーハ世界選手権には39歳で出場した。近年は日大の専任講師・コーチを務め、日本オリンピック委員会理事など役職も歴任しながらの現役を続けてきた。
この大阪は、忘れられない場所。「2007年大阪世界選手権では全身ケイレンをしましたし、12年ロンドン五輪のかかった日本選手権は大雨の中で(山本)聖途と2、3時間跳び合った。それがあったからリオにつながったし、東京五輪を目指せました」。苦い記憶だったが、今年、東京五輪選考会もここ大阪・長居、そして最後の舞台もこの地だった。
若手選手が育っていることについて、「棒高跳の全国の指導者の方々の努力、そして選手が高く跳びたいという気持ちがあって、形になっている」と語る。だが、世界と渡り合ってきたからこそ、伝えたいこともある。
「記録を跳ぶことも大事ですが、五輪、世界選手権、ダイヤモンドリーグなどを通して『強さ』を身につけてほしい。私もダイヤモンドリーグなど転戦し、スーツケースを持って空港をうろうろしたりしました。そういった中で強さを身につければ、私の日本記録を超える記録、アジア記録、6mに届くと思います。アジア記録を出したフィリピンのオビエナ選手はそういったヨーロッパのスタンダードにいる」。高く、高く、そして強く。澤野がずっと追いかけてきたことだ。
長い競技人生。振り返るのは時間がかかる。「競技人生は幸せの一言。全部が思い出に残っています」。日本人初の6m、そして世界のメダルという見果てぬ夢は、レジェンドの背中を追って成長してきた頼もしい後輩たちに託し、澤野大地は競技場を去った。
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