2025.08.31

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第60回「溢れんばかりの志を~ある人に思いを馳せて~」
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
こもった熱気の吐口が見当たらない残暑が厳しい。長距離ランナーにとって高温多湿は体力だけでなく気力をも削り取ってしまう。
それでも、秋のトラックシーズンから駅伝マラソンへと向かうためには、夏で鍛えなければならないところだ。冷涼さを求めて緯度を上げて北に向かうか、標高を上げて高地に向かうしかない。今年は求めた涼しさからは程遠い暑さが待ち受けている8月であった。
今夏の高気圧は9月を迎えようとしている今でも衰えない。それでも夜明けが遅くなり、日暮が早くなる。秋の気配を懸命に探さなければならぬ晩夏であるが、それでも日に日に早くなる日没の朱色に染まった夕日を眺めると、ある人を偲び想いを馳せてしまう。
広島・熊野中教員時代に尾方剛選手(現・広島経大監督)を3年間指導し、その後熊野高へと所属を移し、尾方選手を6年間、手塩にかけて育成。高校駅伝では不滅の強さと伝統を誇る世羅高と鎬を削る接戦を制して、熊野高を全国高校駅伝に6回導いた中田一吉先生が73歳で去る8月1日にご逝去されたとの訃報を受けたからだ。
ガンを患い化学療法を受けつつ、回復に向けて頑張ってますよとの話をつい数日前にしたばかりのことであった。いつもの口調で携帯電話を通して「キンキンに冷えたビールで乾杯できる日を心待ちにしていますよ! 治療、大変かもしれませんが頑張って下さいね!」などと呑気な会話をしていたことが嘘のような突然の訃報であった。
療養を始めた頃には、教え子たちがご自宅に集まって中田先生を囲む会をしていたそう。その席で中田先生が「今日はみんなが集まってくれてコップに3杯しかビールが飲めんかったけんど、次の機会にはしっかり回復してえっと(たくさん)飲むけー、楽しみにしてつかーさい」との挨拶をしている動画が私の元に届いた。その矢先のことで言葉を失ってしまった。
平安時代の歌人である在原業平が詠んだとされる詩が詩がある。「ついにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日けふとは思はざりしを」が思い浮かんだ。古今和歌集に収められているこの詩は、伊勢物語の結びの歌でもある。
在原業平の辞世の詩であり、“誰もが最後には死ぬ道(死出の旅)へ行くことは知っていた。だが、それが昨日や今日といった突然のできごととして訪れるとは思ってもみなかった”という意味と受け止めている。
私が中田先生と出会ったのは1990年の中国駅伝の前日であった。中国駅伝は福山から広島まで8区間107.5km 第1回1931年から開催され、1995年の62回大会を最後に翌年より都道府県対抗男子駅伝となった。当時の福山市の宿舎近くの飲食店で出会い、全国高校駅伝初出場を目指す熱量に意気投合し、話し込んだことを思い出す。
その流れで春の強化合宿を合同でやることになった。その当時は宮崎で春の強化合宿を行っていたが、なんと熊野高の選手たちは広島から自転車でやって来たのだった。私たちのチームも箱根に初出場した時は甲府から長野の車山高原まで自転車で集合させた―という話を受けてのことだった。
8月の夏の強化合宿は車山高原で合同合宿を行ったのだが、部員たちは当時の“青春18き切符”で普通列車を乗り継ぎ、最終到着駅の茅野駅で下車。走って車山高原の宿舎である車山プレザントホテルまでやってきた。
中田先生曰く、「選手たちに不自由や困難な状況を体験しつつ、それを乗り越える工夫やその状況さえも楽しめる工夫を自ら見出す力をまずは身に付けさせたいんですよ!」と語られた声が甦る。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第60回「溢れんばかりの志を~ある人に思いを馳せて~」
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます! こもった熱気の吐口が見当たらない残暑が厳しい。長距離ランナーにとって高温多湿は体力だけでなく気力をも削り取ってしまう。 それでも、秋のトラックシーズンから駅伝マラソンへと向かうためには、夏で鍛えなければならないところだ。冷涼さを求めて緯度を上げて北に向かうか、標高を上げて高地に向かうしかない。今年は求めた涼しさからは程遠い暑さが待ち受けている8月であった。 今夏の高気圧は9月を迎えようとしている今でも衰えない。それでも夜明けが遅くなり、日暮が早くなる。秋の気配を懸命に探さなければならぬ晩夏であるが、それでも日に日に早くなる日没の朱色に染まった夕日を眺めると、ある人を偲び想いを馳せてしまう。 広島・熊野中教員時代に尾方剛選手(現・広島経大監督)を3年間指導し、その後熊野高へと所属を移し、尾方選手を6年間、手塩にかけて育成。高校駅伝では不滅の強さと伝統を誇る世羅高と鎬を削る接戦を制して、熊野高を全国高校駅伝に6回導いた中田一吉先生が73歳で去る8月1日にご逝去されたとの訃報を受けたからだ。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
中田一吉先生[/caption]
ガンを患い化学療法を受けつつ、回復に向けて頑張ってますよとの話をつい数日前にしたばかりのことであった。いつもの口調で携帯電話を通して「キンキンに冷えたビールで乾杯できる日を心待ちにしていますよ! 治療、大変かもしれませんが頑張って下さいね!」などと呑気な会話をしていたことが嘘のような突然の訃報であった。
療養を始めた頃には、教え子たちがご自宅に集まって中田先生を囲む会をしていたそう。その席で中田先生が「今日はみんなが集まってくれてコップに3杯しかビールが飲めんかったけんど、次の機会にはしっかり回復してえっと(たくさん)飲むけー、楽しみにしてつかーさい」との挨拶をしている動画が私の元に届いた。その矢先のことで言葉を失ってしまった。
平安時代の歌人である在原業平が詠んだとされる詩が詩がある。「ついにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日けふとは思はざりしを」が思い浮かんだ。古今和歌集に収められているこの詩は、伊勢物語の結びの歌でもある。
在原業平の辞世の詩であり、“誰もが最後には死ぬ道(死出の旅)へ行くことは知っていた。だが、それが昨日や今日といった突然のできごととして訪れるとは思ってもみなかった”という意味と受け止めている。
私が中田先生と出会ったのは1990年の中国駅伝の前日であった。中国駅伝は福山から広島まで8区間107.5km 第1回1931年から開催され、1995年の62回大会を最後に翌年より都道府県対抗男子駅伝となった。当時の福山市の宿舎近くの飲食店で出会い、全国高校駅伝初出場を目指す熱量に意気投合し、話し込んだことを思い出す。
その流れで春の強化合宿を合同でやることになった。その当時は宮崎で春の強化合宿を行っていたが、なんと熊野高の選手たちは広島から自転車でやって来たのだった。私たちのチームも箱根に初出場した時は甲府から長野の車山高原まで自転車で集合させた―という話を受けてのことだった。
8月の夏の強化合宿は車山高原で合同合宿を行ったのだが、部員たちは当時の“青春18き切符”で普通列車を乗り継ぎ、最終到着駅の茅野駅で下車。走って車山高原の宿舎である車山プレザントホテルまでやってきた。
中田先生曰く、「選手たちに不自由や困難な状況を体験しつつ、それを乗り越える工夫やその状況さえも楽しめる工夫を自ら見出す力をまずは身に付けさせたいんですよ!」と語られた声が甦る。
広島から稚内まで電車移動
そんなこんなで、春と夏の合宿をともにしながら、尾方選手を3年で迎えたその年のインターハイは静岡開催であった。部員たち全員が応援に駆け付けていたのだが、自分たちでお寺や保育園・公民館など電話をかけて宿泊させていただける施設を探し、手配して移動してきたという。 使用した施設は当然のごとく、きれいに掃除をして移動。事後のお礼の手紙など、きちんと感謝の気持ちや競技結果も伝えるなどその点の指導も徹底したそうだ。 圧巻は、広島県海田市駅から日本最北端駅の稚内駅まで2,080kmを男子部員は青春18切符で移動。中田先生はマイクロバスで女子部員と荷物を積んで移動したという。 稚内からは、ユースホテルなどを利用しながら北海道を縦断し、苫小牧までの384kmを走破。その後フェリーで東京に移動し、前回の東京世界選手権が開催中であったので、チーム全員で観戦に来ていた。 この時、私は各国選手のフィニッシュ直後のコメントを聞く「フラッシュインタビュー」を担当した記憶を遡る(第18回)。 そのようなこともあって、旧国立競技場のバックスタンドに陣取っていた熊野高陸上部に飲み物など差し入れに行き、しばらく一緒に観戦した。折りしも男子走幅跳決勝の真最中で、スタンドの熱視線はバックスタンド側の走幅跳のピットに注がれていた。 1968年メキシコオリンピックでボブ・ビーモン選手(米国)が樹立した8m90の世界記録をマイク・パウエル選手(同)が5cm更新する8m95という世界新記録を樹立。ライバルのカール・ルイス選手(米国)が4回目の跳躍で追い風参考記録ながら8m91の跳躍を披露した直後の逆転で、手に汗握る激戦を制した瞬間を共有できたことは鮮明に甦る。 熊野高からマネージャーとして山梨学大に入学し、今は甲府市内でトレーナーとして活動している片川敦史氏(2000年卒)は、高校時代に中田先生は常々「溢れんばかりの志をもっとかにゃーいけんけー」と語られたと言う。 「その“志”の漢字一文字を横断幕に部員たちで書いていました。『人のやったことのないことに挑戦してみようよ!」の声がいつも背中を押してくれていた気がします』と語ってくれた。 そんな溢れんばかりの志を持つ原点は、高校卒業後2年間はIHI(旧・石川島播磨工業)に勤務しながら、呉市体育協会で中国駅伝やマラソンに向けて走っていそうだ。 この時日体大を卒業し、地元で教師をしながらも日本のトップマラソンランナーとして活躍していた采谷義秋氏(1944〜2022/ミュンヘン五輪マラソン代表)の勧めで、日体大に進学。大学3年時に当時佐渡島で結成された劇作和太鼓集団・鬼太鼓座の故田耕(でん・たがやす)氏からランニングコーチの依頼が日体大にあり、派遣されたのが大学3年の中田先生であった。 この機会が運命的な出会いをもたらしたと中田先生の奥様の明美さんが教えてくれた。鬼太鼓座の田耕氏の活動の根源にある考えは「走ることと音楽は一体であり、それは人生のエネルギーの反映だ」という独自の“走楽論”を展開しつつ、和太鼓の演奏活動を世界展開したことでも知られている。 鬼太鼓座のメンバーが1975年ボストンマラソン完走直後にそのまま舞台に駆け上がり、大太鼓を演奏するという衝撃的なデビューをしている。その時中田先生も同行しており、その姿を目の当たりにしている。その後、1990年代に鬼太鼓座はアメリカ大陸一周マラソンツアーを行うなど、独創的なパフォーマンスを展開した。 このような縁もあり、中田先生と知り合った直後に私は鬼太鼓座の田耕氏を紹介されることとなった。さらにこの縁をきっかけに、夏合宿でお世話になっている車山プレザントホテルで鬼太鼓座の一座のみなさんが、厨房で働きながら走り込みと演奏練習を夏の間行うこととなった。 仕事をこなし、空き時間に走り込んで、演奏練習もするというハードスケジュールをこなす姿を見ながら、我々も夏合宿に励んだ思い出がある。このような感性や実行力と、とてつもない夢を語りながらその夢に向かって日常の散歩のように一歩を踏み出す人に出会えた幸せが、私の中での中田先生を追悼する思い出でもある。 広島県の熊野町は筆の名産地でもある。熊野を訪れた際に、筆を1本完成させるためのあらゆる工程の職人さんの工房を紹介していただいた。地味な手作業ながらその熟練の技に驚嘆したものだ。 中田先生は「丹精をこめること、手を抜かないこと、妥協しないこと、技を磨き続けること、常に良きものを目指すこと。その思いがこの一本に込められているんですよ。駅伝も同じですよ」と教えてくれた。 我が家には熊野の筆職人が手がけてくださった箱根駅伝優勝時の名を掘り込んだ大筆を中田先生より贈っていただいている。子供の胎毛筆3本とともにかけがえのない宝物である。 学生たちに真っ赤に燃えるような熱い情熱と、溢れんばかりの志を持ってほしいという願いを込めて、駅伝監督時代の2019年までは“志”の一文字を真っ赤な色紙に、熊野中出身の中井佳絵氏に揮毫していただき、クラブハウスの正面に掲げていた。 朱色の夕日が赤く染まるたびに中田先生のことを思い出す事だろう。合掌。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
「志」と揮毫していただいた色紙[/caption]
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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