2020.03.21
1月の全国都道府県対抗男子駅伝で長野県チームのアンカーとして優勝に貢献した中谷雄飛(早大)
学生長距離界の2020-2021年シーズンが始まろうとしている。各校のエースたちはインカレや日本選手権、その先にある東京五輪や来年の世界選手権(米国・ユージン)を見据え、着々と準備を重ねている。
なかでも注目なのは、高校時代に“世代最速ランナー”として君臨した中谷雄飛(早大2年)と田澤廉(駒大1年)だ。中谷は大学進学後に、田澤は高校3年時にそれぞれスランプを経験したものの、ここにきて再び世代トップの実力者として学生長距離界の頂点に立とうとしている。
お互いを「ライバル」と認め合う2人は、いかにして現在地に至るのか。そして、その先に見据えるものとは――。
高校時代は同期の日本人に無敗を誇った中谷
2017年、長野・佐久長聖高3年時の中谷はまさに「世代最強」の称号にふさわしい活躍ぶりだった。
8月のインターハイと10月の国体で、それぞれケニア人留学生に次ぐ日本人トップの4位、2位。5000mの自己記録も高校歴代5位の13分47秒22を誇り、12月の全国高校駅伝ではエース区間の1区で区間賞を獲得した。
「3年からは日本人選手に負けなしで充実したシーズンを過ごすことができました。ただ、周囲からは『勝って当然』という評価をされていましたので、1試合ごとに『負けたらやばい』というプレッシャーがものすごかったです」
そんな中でも勝ち続けた中谷だが、早大進学後は苦しんだ。レースに出ても結果が出ない。2018年5月の関東インカレでは5000m25位で、自己記録よりも1分近く遅い14分45秒31も要した。
「なぜ走れなかったのか、原因はわからないんです。高校時代に貧血を持っていたのですが、検査をしても貧血ではなく……。6月以降は走れない原因を探し続けていました」
それでも夏合宿を経て状態が上向き、11月の記録会では5000mで1年ぶり自己新の13分45秒49をマーク。全日本大学駅伝3区区間2位、箱根駅伝1区4位と1年生ながら名門・早大の主軸として活躍した。
2019年は3月にケニアへ単身修行に行くなど、さらなる高みを目指して新シーズンを迎えたが、2年目は長らく不調やケガに苦しんだ。前半シーズンは記録を狙って連戦したことで疲労が積み重なり、「継続した練習ができなかった」と中谷は振り返る。
そんな中で7月のレース中に左脚ふくらはぎを痛め、その後も左脚の故障が相次いだ。
「練習しては痛め、を繰り返していました。そのせいで10月の箱根駅伝予選会も出られませんでしたし、チームには迷惑をかけました」
ただ、そこで無理をしなかったのが奏功した。11月からは練習を継続して行えるようになると、1月の箱根駅伝では1区区間6位。区間順位こそ前年より落としたが、自ら先頭に立って高速レースを演出し、区間タイムは1分12秒も伸ばした。
高校時代から世代のトップをひた走る中谷。大学4年生で迎える来年のユージン世界選手権出場を目指す
その後、勢いは加速する。1月の全国都道府県対抗男子駅伝では長野県チームのアンカーを任され、後ろから迫るマラソン前日本記録保持者の設楽悠太(埼玉/Honda)らの追い上げをかわしてVテープを切った。区間賞こそ福島の相澤晃(東洋大)に譲ったものの、区間記録にあと9秒と迫る区間歴代5位の快走だった。
2月には10000mで大幅自己新となる28分27秒71をマーク。これで中谷は5000mと10000mで再び日本人の世代トップに躍り出たことになるが、もちろん、それに満足しているわけではない。
「この世代ではトップかもしれませんが、他の学年を見れば自分よりも速い選手はたくさんいます。特に意識するのは駒大の田澤廉。1学年後輩ですが、トラックの記録は自分よりも上なので、負けられません」
早大を選んだのは、学生時代から日の丸を背負い、卒業後も日本のトップで活躍するOBの大迫傑(Nike)に憧れたから。今後の目標は「2021年のユージン世界選手権に出場すること。そのためには今年の日本選手権(5000m)で勝負できるようにしたい」と意気込む。
それでも「自分がチームのエースだという感覚はあまり持っていない」と口にするのは、過度なプレッシャーを自らに課さないため。あくまでも自然体に。さらなる強さを追い求めていく。
「自信」を取り戻した田澤
19歳ながら10000mで日本選手権優勝を目論む田澤廉(駒大)
そんな中谷から「ライバル」として指名された田澤もまた、青森山田高時代から世代最速をひた走ってきた。中学時代は3000mで全国大会18位が最高成績だったものの、高校入学後は5000mで1年目に14分04秒92、2年目で13分53秒61と学年別歴代上位の記録を次々とマーク。全国高校駅伝では2年時に1区4位と好走している。
順調に見えた高校生活だが、“勝負”においては同学年の井川龍人(九州学院高・熊本/現・早大)の後塵を拝し、特に3年目はそれまでの勢いが途絶えてしまった。
「2年目以降は直接対決で(井川に)全敗です。それまでは上級生だろうが、外国人だろうが、どんな相手でも食らいついていくのが自分の持ち味だったのですが、3年目は『井川以外に負けないようにしよう』と考えるようになってしまったんです」
そのため、インターハイ(7位)や国体(6位)など全国大会では入賞を重ねるものの、いまひとつ突き抜けられないまま高校を卒業していくことになった。
転機が訪れたのは駒大に進学した昨年の夏合宿だ。名将・大八木弘明監督による地獄の夏合宿は、上級生でも完璧にこなせる選手が少ないが、田澤は1年生ながら約3週間にわたるメニューをすべて消化。マラソン元日本記録保持者でOBの藤田敦史コーチから「3週間すべてAチームでこなせたのは片手で数えるくらいしかいない」と言われ、自信をつけた。
その“自信”が、ダイヤモンドを再び光り輝かせた。
9月の記録会5000mで2年ぶり自己新となる13分41秒82で走ると、10月の出雲駅伝では3区で先頭争いから抜け出してトップ中継を果たす快走。11月の全日本大学駅伝では2番目に長い7区(17.6km)で区間賞を獲得した。
「それまでは10kmまでしかレース経験がありませんでしたが、全国規模の大会で初めての区間賞を獲得できてうれしかったですね」
全日本大学駅伝7区で区間賞の快走を見せるなど、ルーキーイヤーから大躍進を遂げた田澤
その3週間後には10000mで2019年日本人学生トップの28分13秒21(U20日本歴代5位)をマーク。1月の箱根駅伝では3区で従来の区間記録を1秒上回る7人抜きの区間3位と好走するなど、瞬く間に学生長距離界の主役候補に躍り出た。
1年目を終え、「入学時の目標は5000m13分45秒、10000m28分30秒だったので、想定以上のシーズンでした」と振り返る田澤。2月には約3週間、駒大OBで東京五輪男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)とともに米国ニューメキシコ州アルバカーキで高地合宿を実施し、「匠吾さんのような強い選手と一緒に練習をすることで、より成長できるのだと実感しました」と、さらにワンランク上のレベルに触れた。
昨年末から大八木監督に「お前がエースだ」と言われていたという。他校では2学年先輩の青学大・吉田圭太、1学年先輩の早大・中谷を意識し、特に高校時代から飛び抜けた実績を誇っていた中谷については「練習に対する意欲が高く、ポテンシャルはナンバーワン。高校時代から相当強かったので、ずっと勝ちたかった存在です。まだ大学では直接対決がないので、勝ってみたいですね」と対抗意識を燃やす。
将来は「マラソンで五輪出場」を見据えるが、今年は5月の日本選手権10000mで優勝を目指す。19歳で同種目を制すれば、2004年の大野龍二(旭化成)以来の快挙となる。
格上相手にも物怖じしない“チャレンジ精神”で学生長距離界のトップ、そして一気に日本の頂点を目指す。
大学や学年の垣根を越え、切磋琢磨を続ける2人の学生ランナーの動向から目が離せない。
文/松永貴允
高校時代は同期の日本人に無敗を誇った中谷
2017年、長野・佐久長聖高3年時の中谷はまさに「世代最強」の称号にふさわしい活躍ぶりだった。 8月のインターハイと10月の国体で、それぞれケニア人留学生に次ぐ日本人トップの4位、2位。5000mの自己記録も高校歴代5位の13分47秒22を誇り、12月の全国高校駅伝ではエース区間の1区で区間賞を獲得した。 「3年からは日本人選手に負けなしで充実したシーズンを過ごすことができました。ただ、周囲からは『勝って当然』という評価をされていましたので、1試合ごとに『負けたらやばい』というプレッシャーがものすごかったです」 そんな中でも勝ち続けた中谷だが、早大進学後は苦しんだ。レースに出ても結果が出ない。2018年5月の関東インカレでは5000m25位で、自己記録よりも1分近く遅い14分45秒31も要した。 「なぜ走れなかったのか、原因はわからないんです。高校時代に貧血を持っていたのですが、検査をしても貧血ではなく……。6月以降は走れない原因を探し続けていました」 それでも夏合宿を経て状態が上向き、11月の記録会では5000mで1年ぶり自己新の13分45秒49をマーク。全日本大学駅伝3区区間2位、箱根駅伝1区4位と1年生ながら名門・早大の主軸として活躍した。 2019年は3月にケニアへ単身修行に行くなど、さらなる高みを目指して新シーズンを迎えたが、2年目は長らく不調やケガに苦しんだ。前半シーズンは記録を狙って連戦したことで疲労が積み重なり、「継続した練習ができなかった」と中谷は振り返る。 そんな中で7月のレース中に左脚ふくらはぎを痛め、その後も左脚の故障が相次いだ。 「練習しては痛め、を繰り返していました。そのせいで10月の箱根駅伝予選会も出られませんでしたし、チームには迷惑をかけました」 ただ、そこで無理をしなかったのが奏功した。11月からは練習を継続して行えるようになると、1月の箱根駅伝では1区区間6位。区間順位こそ前年より落としたが、自ら先頭に立って高速レースを演出し、区間タイムは1分12秒も伸ばした。 高校時代から世代のトップをひた走る中谷。大学4年生で迎える来年のユージン世界選手権出場を目指す その後、勢いは加速する。1月の全国都道府県対抗男子駅伝では長野県チームのアンカーを任され、後ろから迫るマラソン前日本記録保持者の設楽悠太(埼玉/Honda)らの追い上げをかわしてVテープを切った。区間賞こそ福島の相澤晃(東洋大)に譲ったものの、区間記録にあと9秒と迫る区間歴代5位の快走だった。 2月には10000mで大幅自己新となる28分27秒71をマーク。これで中谷は5000mと10000mで再び日本人の世代トップに躍り出たことになるが、もちろん、それに満足しているわけではない。 「この世代ではトップかもしれませんが、他の学年を見れば自分よりも速い選手はたくさんいます。特に意識するのは駒大の田澤廉。1学年後輩ですが、トラックの記録は自分よりも上なので、負けられません」 早大を選んだのは、学生時代から日の丸を背負い、卒業後も日本のトップで活躍するOBの大迫傑(Nike)に憧れたから。今後の目標は「2021年のユージン世界選手権に出場すること。そのためには今年の日本選手権(5000m)で勝負できるようにしたい」と意気込む。 それでも「自分がチームのエースだという感覚はあまり持っていない」と口にするのは、過度なプレッシャーを自らに課さないため。あくまでも自然体に。さらなる強さを追い求めていく。「自信」を取り戻した田澤
19歳ながら10000mで日本選手権優勝を目論む田澤廉(駒大) そんな中谷から「ライバル」として指名された田澤もまた、青森山田高時代から世代最速をひた走ってきた。中学時代は3000mで全国大会18位が最高成績だったものの、高校入学後は5000mで1年目に14分04秒92、2年目で13分53秒61と学年別歴代上位の記録を次々とマーク。全国高校駅伝では2年時に1区4位と好走している。 順調に見えた高校生活だが、“勝負”においては同学年の井川龍人(九州学院高・熊本/現・早大)の後塵を拝し、特に3年目はそれまでの勢いが途絶えてしまった。 「2年目以降は直接対決で(井川に)全敗です。それまでは上級生だろうが、外国人だろうが、どんな相手でも食らいついていくのが自分の持ち味だったのですが、3年目は『井川以外に負けないようにしよう』と考えるようになってしまったんです」 そのため、インターハイ(7位)や国体(6位)など全国大会では入賞を重ねるものの、いまひとつ突き抜けられないまま高校を卒業していくことになった。 転機が訪れたのは駒大に進学した昨年の夏合宿だ。名将・大八木弘明監督による地獄の夏合宿は、上級生でも完璧にこなせる選手が少ないが、田澤は1年生ながら約3週間にわたるメニューをすべて消化。マラソン元日本記録保持者でOBの藤田敦史コーチから「3週間すべてAチームでこなせたのは片手で数えるくらいしかいない」と言われ、自信をつけた。 その“自信”が、ダイヤモンドを再び光り輝かせた。 9月の記録会5000mで2年ぶり自己新となる13分41秒82で走ると、10月の出雲駅伝では3区で先頭争いから抜け出してトップ中継を果たす快走。11月の全日本大学駅伝では2番目に長い7区(17.6km)で区間賞を獲得した。 「それまでは10kmまでしかレース経験がありませんでしたが、全国規模の大会で初めての区間賞を獲得できてうれしかったですね」 全日本大学駅伝7区で区間賞の快走を見せるなど、ルーキーイヤーから大躍進を遂げた田澤 その3週間後には10000mで2019年日本人学生トップの28分13秒21(U20日本歴代5位)をマーク。1月の箱根駅伝では3区で従来の区間記録を1秒上回る7人抜きの区間3位と好走するなど、瞬く間に学生長距離界の主役候補に躍り出た。 1年目を終え、「入学時の目標は5000m13分45秒、10000m28分30秒だったので、想定以上のシーズンでした」と振り返る田澤。2月には約3週間、駒大OBで東京五輪男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)とともに米国ニューメキシコ州アルバカーキで高地合宿を実施し、「匠吾さんのような強い選手と一緒に練習をすることで、より成長できるのだと実感しました」と、さらにワンランク上のレベルに触れた。 昨年末から大八木監督に「お前がエースだ」と言われていたという。他校では2学年先輩の青学大・吉田圭太、1学年先輩の早大・中谷を意識し、特に高校時代から飛び抜けた実績を誇っていた中谷については「練習に対する意欲が高く、ポテンシャルはナンバーワン。高校時代から相当強かったので、ずっと勝ちたかった存在です。まだ大学では直接対決がないので、勝ってみたいですね」と対抗意識を燃やす。 将来は「マラソンで五輪出場」を見据えるが、今年は5月の日本選手権10000mで優勝を目指す。19歳で同種目を制すれば、2004年の大野龍二(旭化成)以来の快挙となる。 格上相手にも物怖じしない“チャレンジ精神”で学生長距離界のトップ、そして一気に日本の頂点を目指す。 大学や学年の垣根を越え、切磋琢磨を続ける2人の学生ランナーの動向から目が離せない。 文/松永貴允
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