2020.03.30
【Web特別記事】
インターハイPlayBack
“世界”を意識し続ける女子投てき黄金世代の競演

今春、多くの陸上トップ選手たちが大学を卒業した。トップアスリートとして挑戦を続ける者もいれば、ひと区切りして社会人として巣立つ者もいる。
この世代が高校3年時のインターハイは、人々の心に深く刻み込まれている。SNSやニュースで彼らの卒業の知らせを見ると、あの時の記憶が呼び起こされ、2015年のインターハイを今一度、振り返り、刻みたいと思った。
世界一・北口VS高校記録保持者・山下
勝つのは「ユース世界一」のディフェンディング・チャンピオンか、それとも「高校記録保持者」か。女子やり投は、和歌山インターハイにおける注目の的だった。
1年前。高校から陸上部に入り、わずか1年半で2年生ながら日本一の座を得た北口榛花(旭川東高)。しかも、助走が苦手で最後はたった数歩だけの助走で逆転優勝をもぎ取った。そのインパクトは絶大だった。
3年目を迎えてもその勢いは止まらない。和歌山インターハイ直前に行われた18歳未満の世界一を決める世界ユース選手権(コロンビア)で、北口は世界一に輝いた。国際陸連(当時・IAAF)主催大会の日本女子投てき種目で金メダルを獲得するのは初。世界に「KITAGUCHI」の名を轟かせた。
だが、北口がコロンビアに入って「世界一」を勝ち取る直前、日本ではライバルが快記録を投げた。山下実花子(京都共栄高)が、58m59の高校新。佐藤友佳(東大阪大敬愛高)が2010年に作った記録を塗り替えてみせた。もちろん、その知らせはコロンビアの北口にも届いていた。
連日猛暑日が続く灼熱の和歌山。女子やり投の頂上決戦は大会2日目に行われた。
1投目は山下が53m39とまずまずの記録を投げたものの、北口は自己新となる56m59で先手を取る。トップ8に進んでからの4投目は、山下が54m24を投げると、続く北口が56m63のまたも自己新。山下も尻上がりに記録を伸し、5回目に55m40を投げたものの、逆転はできず。北口は5回目56m53、6回目55m97と、高校生レベルを超越したハイアベレージで2連覇を飾った。
勝った北口は涙。「他の選手はあまり気にしない」タイプだが、勝って当たり前というプレッシャーの中で勝ち切った安堵感だった。一方の山下も「58mを投げられる自信があった」と大粒の涙が頬を伝う。
高校生が同一試合で複数55m以上を投げ合ったのは初めてのこと(※日本ジュニア・日本ユースで同一日は前例あり)。まさに過去最高の投げ合いだった。
郡が砲丸・円盤の16年ぶり投てき2冠
そう臨んだのが女子砲丸投と円盤投の郡菜々佳(東大阪大敬愛高)。同級生の石塚晴子とともにインターハイ総合連覇を目指すチームの大黒柱として和歌山に乗り込んだ。
173cmの長身で、抜群の投てきセンスを持つ郡。中学時代からその存在感は際立ち、将来を期待されていた。
砲丸投・日本記録保持者の森千夏(故人)を高校時代に指導していた小林隆雄先生(東京高)が初めて郡の砲丸投を見たとき、「森を超える逸材がついに現れた」と全身に鳥肌が立ったというほどだ。
円盤投では3回目に自己記録を1cm更新する49m15の大会新記録で圧勝。砲丸投は「記録を意識し過ぎて感情をコントロールできなかった」と14m96で制しても目頭を抑えた。だが、中西美代子(埼玉栄高)以来、16年ぶりの投てき2冠。東大阪大敬愛高の2年連続5回目の総合優勝に大きく貢献した。
世界から遠いと言われる種目。茨の道だと覚悟しながら「世界に通用する選手になりたい」と夢を語った。
その後、郡は国体で15m70の高校新を樹立。1997年の市岡寿実(津商高)の記録(15m53)を18年ぶりに更新した。また、北口は10月の日本ジュニア選手権で58m90の高校新を樹立。
年が明けた2016年。高校3年生が大学に入学する直前の3月には、女子ハンマー投で関口清乃(進修館高)が56m84の高校新を投げた。「砲丸投、やり投で高校記録が出て、乗り遅れてしまった感じがした」と最後まで記録を求め続けた結果の快挙だ」と言える。
女子のハンマー投がインターハイ正式種目になるのは17年から。普及から年々、全体の記録は向上しているが、この記録もまだ破られていない。
これで、この世代は砲丸投、ハンマー投、やり投で高校記録を塗り替えた。残すは円盤投だけだった。郡は高校記録更新を目指して、3月末に奈良で行われる記録会に出場するかどうか悩み、進学先である九州共立大の疋田晃久監督に相談した。
「無理して出る必要はない」という考えもあったが、「これから先、記録を狙わないといけない試合もある」と疋田監督の助言で出場を決意。「円盤投だけ(更新できない)、というのは悔しくて燃えた」。結果は、51m25の高校新記録。16年度は女子投てき種目すべての高校記録が塗り変わる歴史的なシーズンだった。
歴史を塗り替えた選手たちの4年後
それから4年が経ち、選手たちは大学卒業を迎えた。
北口は日大に進学してすぐにU20日本記録を樹立。その後はケガや練習環境の変化で自己ベスト更新から遠ざかったが、チェコ留学を経て覚醒した。大学4年目には日本記録を2度更新。66m00という世界基準の記録を持つまでに成長を遂げた。すでに東京五輪の参加標準記録を突破し、陸上界のみならず、スポーツ界全体でも注目を集める存在になっている。卒業後はJAL所属で競技を続ける。
郡と同じ九州共立大に進んだ山下の前には、いつも北口がいた。その幻影を感じているがごとく、記録を狙ったり、競技会になったりすると持ち味の投げが影を潜めた。
それでも、最終学年の日本インカレでは58m39を投げて初優勝。ようやく狙った大舞台で山下らしい投てきを見せた。「焦らずこれからも積み上げていくだけ」。自己記録は59m94。次に60mの大台を突破する可能性を秘める一番手と言える。同大学の大学院へ進学し、さらに己を磨いていく。
ハンマー投の関口は筑波大へ。ケガに泣かされた部分も多かったが、学生歴代4位の60m89まで自己記録を更新。卒業後も競技を続けていく構えだ。
郡は円盤投で昨年、59m03を投げ、室伏由佳(ミズノ)が2007年に樹立した日本記録を12年ぶりに更新した。ドーハ世界選手権には、招待枠ではあるものの開催国枠を除いてはこの種目で初めて出場。砲丸投でも日本選手権3連覇、日本インカレ37年ぶり3連覇と次々と結果を残した。
しかし、期待された円盤投では、日本選手権やインカレで敗れるなど、ここ一番で思うような結果を残せなかった。日本記録を出したことでのプレッシャーや、記録を狙ってしまうとう課題を突きつけられた。また、レベルが上がれば上がるほど、技術は繊細になり、2種目挑戦の難易度は上がることも影響した。
郡は19年シーズンで砲丸投にひと区切りをつけ、九州共立大の大学院に進学し、20年度から円盤投に重点を置いていくことを表明している。中学時代から取り組んできた思い入れのある砲丸投。日本インカレの後は「どちらも好きで選べませんでした。砲丸投げをやってきてよかった」と涙を浮かべた。
砲丸投の可能性を見限ったわけではない。自身も、そして郡の投げを見てきた全員が、砲丸投で大きな記録を残す力があることを疑っていない。ただ、どちらがより世界に近いか――すべては「世界に通用する選手になるため」の選択だ。
種目は異なるものの、互いに刺激し合いながら、高校記録、学生記録、そして日本記録、世界大会への飛躍・・・数々の金字塔を打ち立ててきた「女子投てき黄金世代」。新たな舞台でも、次々と歴史を切り拓いていくことだろう。
向永拓史/月刊陸上競技
インターハイPlayBack “世界”を意識し続ける女子投てき黄金世代の競演
今春、多くの陸上トップ選手たちが大学を卒業した。トップアスリートとして挑戦を続ける者もいれば、ひと区切りして社会人として巣立つ者もいる。
この世代が高校3年時のインターハイは、人々の心に深く刻み込まれている。SNSやニュースで彼らの卒業の知らせを見ると、あの時の記憶が呼び起こされ、2015年のインターハイを今一度、振り返り、刻みたいと思った。
世界一・北口VS高校記録保持者・山下
勝つのは「ユース世界一」のディフェンディング・チャンピオンか、それとも「高校記録保持者」か。女子やり投は、和歌山インターハイにおける注目の的だった。 1年前。高校から陸上部に入り、わずか1年半で2年生ながら日本一の座を得た北口榛花(旭川東高)。しかも、助走が苦手で最後はたった数歩だけの助走で逆転優勝をもぎ取った。そのインパクトは絶大だった。 3年目を迎えてもその勢いは止まらない。和歌山インターハイ直前に行われた18歳未満の世界一を決める世界ユース選手権(コロンビア)で、北口は世界一に輝いた。国際陸連(当時・IAAF)主催大会の日本女子投てき種目で金メダルを獲得するのは初。世界に「KITAGUCHI」の名を轟かせた。 だが、北口がコロンビアに入って「世界一」を勝ち取る直前、日本ではライバルが快記録を投げた。山下実花子(京都共栄高)が、58m59の高校新。佐藤友佳(東大阪大敬愛高)が2010年に作った記録を塗り替えてみせた。もちろん、その知らせはコロンビアの北口にも届いていた。 連日猛暑日が続く灼熱の和歌山。女子やり投の頂上決戦は大会2日目に行われた。 1投目は山下が53m39とまずまずの記録を投げたものの、北口は自己新となる56m59で先手を取る。トップ8に進んでからの4投目は、山下が54m24を投げると、続く北口が56m63のまたも自己新。山下も尻上がりに記録を伸し、5回目に55m40を投げたものの、逆転はできず。北口は5回目56m53、6回目55m97と、高校生レベルを超越したハイアベレージで2連覇を飾った。 勝った北口は涙。「他の選手はあまり気にしない」タイプだが、勝って当たり前というプレッシャーの中で勝ち切った安堵感だった。一方の山下も「58mを投げられる自信があった」と大粒の涙が頬を伝う。 高校生が同一試合で複数55m以上を投げ合ったのは初めてのこと(※日本ジュニア・日本ユースで同一日は前例あり)。まさに過去最高の投げ合いだった。郡が砲丸・円盤の16年ぶり投てき2冠
「インターハイで高校記録を出す」
そう臨んだのが女子砲丸投と円盤投の郡菜々佳(東大阪大敬愛高)。同級生の石塚晴子とともにインターハイ総合連覇を目指すチームの大黒柱として和歌山に乗り込んだ。
173cmの長身で、抜群の投てきセンスを持つ郡。中学時代からその存在感は際立ち、将来を期待されていた。
砲丸投・日本記録保持者の森千夏(故人)を高校時代に指導していた小林隆雄先生(東京高)が初めて郡の砲丸投を見たとき、「森を超える逸材がついに現れた」と全身に鳥肌が立ったというほどだ。
円盤投では3回目に自己記録を1cm更新する49m15の大会新記録で圧勝。砲丸投は「記録を意識し過ぎて感情をコントロールできなかった」と14m96で制しても目頭を抑えた。だが、中西美代子(埼玉栄高)以来、16年ぶりの投てき2冠。東大阪大敬愛高の2年連続5回目の総合優勝に大きく貢献した。
世界から遠いと言われる種目。茨の道だと覚悟しながら「世界に通用する選手になりたい」と夢を語った。
その後、郡は国体で15m70の高校新を樹立。1997年の市岡寿実(津商高)の記録(15m53)を18年ぶりに更新した。また、北口は10月の日本ジュニア選手権で58m90の高校新を樹立。
年が明けた2016年。高校3年生が大学に入学する直前の3月には、女子ハンマー投で関口清乃(進修館高)が56m84の高校新を投げた。「砲丸投、やり投で高校記録が出て、乗り遅れてしまった感じがした」と最後まで記録を求め続けた結果の快挙だ」と言える。
女子のハンマー投がインターハイ正式種目になるのは17年から。普及から年々、全体の記録は向上しているが、この記録もまだ破られていない。
これで、この世代は砲丸投、ハンマー投、やり投で高校記録を塗り替えた。残すは円盤投だけだった。郡は高校記録更新を目指して、3月末に奈良で行われる記録会に出場するかどうか悩み、進学先である九州共立大の疋田晃久監督に相談した。
「無理して出る必要はない」という考えもあったが、「これから先、記録を狙わないといけない試合もある」と疋田監督の助言で出場を決意。「円盤投だけ(更新できない)、というのは悔しくて燃えた」。結果は、51m25の高校新記録。16年度は女子投てき種目すべての高校記録が塗り変わる歴史的なシーズンだった。
歴史を塗り替えた選手たちの4年後
それから4年が経ち、選手たちは大学卒業を迎えた。 北口は日大に進学してすぐにU20日本記録を樹立。その後はケガや練習環境の変化で自己ベスト更新から遠ざかったが、チェコ留学を経て覚醒した。大学4年目には日本記録を2度更新。66m00という世界基準の記録を持つまでに成長を遂げた。すでに東京五輪の参加標準記録を突破し、陸上界のみならず、スポーツ界全体でも注目を集める存在になっている。卒業後はJAL所属で競技を続ける。 郡と同じ九州共立大に進んだ山下の前には、いつも北口がいた。その幻影を感じているがごとく、記録を狙ったり、競技会になったりすると持ち味の投げが影を潜めた。 それでも、最終学年の日本インカレでは58m39を投げて初優勝。ようやく狙った大舞台で山下らしい投てきを見せた。「焦らずこれからも積み上げていくだけ」。自己記録は59m94。次に60mの大台を突破する可能性を秘める一番手と言える。同大学の大学院へ進学し、さらに己を磨いていく。 ハンマー投の関口は筑波大へ。ケガに泣かされた部分も多かったが、学生歴代4位の60m89まで自己記録を更新。卒業後も競技を続けていく構えだ。 郡は円盤投で昨年、59m03を投げ、室伏由佳(ミズノ)が2007年に樹立した日本記録を12年ぶりに更新した。ドーハ世界選手権には、招待枠ではあるものの開催国枠を除いてはこの種目で初めて出場。砲丸投でも日本選手権3連覇、日本インカレ37年ぶり3連覇と次々と結果を残した。 しかし、期待された円盤投では、日本選手権やインカレで敗れるなど、ここ一番で思うような結果を残せなかった。日本記録を出したことでのプレッシャーや、記録を狙ってしまうとう課題を突きつけられた。また、レベルが上がれば上がるほど、技術は繊細になり、2種目挑戦の難易度は上がることも影響した。 郡は19年シーズンで砲丸投にひと区切りをつけ、九州共立大の大学院に進学し、20年度から円盤投に重点を置いていくことを表明している。中学時代から取り組んできた思い入れのある砲丸投。日本インカレの後は「どちらも好きで選べませんでした。砲丸投げをやってきてよかった」と涙を浮かべた。 砲丸投の可能性を見限ったわけではない。自身も、そして郡の投げを見てきた全員が、砲丸投で大きな記録を残す力があることを疑っていない。ただ、どちらがより世界に近いか――すべては「世界に通用する選手になるため」の選択だ。 種目は異なるものの、互いに刺激し合いながら、高校記録、学生記録、そして日本記録、世界大会への飛躍・・・数々の金字塔を打ち立ててきた「女子投てき黄金世代」。新たな舞台でも、次々と歴史を切り拓いていくことだろう。 向永拓史/月刊陸上競技RECOMMENDED おすすめの記事
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