2020.02.20
箱根駅伝2区出走前にライバルの相澤晃(東洋大、左)と談笑する伊藤達彦(東京国際大)
学生ランナーにとって最高の舞台となる1月の箱根駅伝。なかでもエースたちが集結する「花の2区」は特別だ。数々の名勝負が繰り返されてきたエースたちの聖域で、今年は過去最高の名勝負が生まれた。
東洋大・相澤晃 vs.東京国際大・伊藤達彦。2人の対決は見る者を魅了した。
結果は相澤が区間トップとなる1時間5分57秒(区間新)、伊藤が1時間6分18秒で区間2位タイ。ともに2区の日本人最高記録(1時間6分45秒)を大幅に上回った。
史上初の1時間5分台をマークした相澤は大会MVPを獲得するなどスポットライトを浴びたが、それを引き立てた伊藤の走りも見事だった。
激闘から1ヵ月経った2月上旬、“もうひとりの主役”にレースの舞台裏と東京国際大での4年間を振り返ってもらった。
“リアル相澤”との勝負に自然と笑みがこぼれた
東京国際大は1区をトップと1分49秒差の13位で発進して、エースが走り出す。伊藤がライバル視してきた東洋大・相澤晃は13秒遅れでスタートを切った。
「個人的には2区の区間賞が目標でした。そのためには相澤に勝たないといけません。相澤が前にいたら追いつくつもりでしたが、比較的少ないタイム差で相澤が後ろにいたので、監督からは『一緒に行けばいい』と言われていました」
伊藤はかねてから相澤を強く意識してきた。昨年3月の日本学生ハーフマラソンと7月のユニバーシアード(ハーフマラソン)では、ともに優勝した相澤の後塵を拝する3位。直接対決のなかった10月の箱根駅伝予選会と11月の全日本大学駅伝(2区)では、「ライバルの姿を思い浮かべて、自身の力を引き出した」と言う。
今回は「リアル相澤」が相手。伊藤の胸は高鳴っていた。
「監督からは『後ろにつくように』と指示を受けたのですが、それでは自分のほうが弱いと認めているようなものなので、正々堂々勝つという意味で並走しました」
こうして約15kmにも渡る相澤とのバトルがスタート。道中、伊藤の顔からは時折笑みがこぼれていた。
「笑顔だった理由ですか? 純粋に楽しかったということもありますし、大舞台で戦うことができたので、ワクワクしながら走っていました」
単独走となる駅伝は一定ペースで体力消耗を抑える走りが基本となる。しかし、2人はお互いに揺さぶりをかけながら、ハイペースを刻んだ。
伊藤は13km付近から始まる権太坂の上りで数m引き離されたが、下りで挽回。並ぶのではなく、今度は相澤の前に出た。
「でも、相澤は苦しい表情を一切見せませんでしたね。とにかく休むところがありませんでした」
そして、残り3kmでスパートをかけた相澤に伊藤はついていけず、2人の勝負に決着がついた。
勝負に敗れた伊藤だが、タイムは想像以上だった。大志田秀次監督は当初、「1時間7分30秒」を設定タイムにしていたが、伊藤が「1時間6分台」を希望していたため、目標を上方修正していた。
しかし、その記録をも大幅に上回ったことになる。
「タイムは驚きましたね。1時間6分台前半で走れるとは思っていませんでしたから」
お互いの存在が彼らのポテンシャルを最大限まで引き出した。
「一緒に走れて良かった」
レース後に相澤から声をかけられ、伊藤は充実の笑顔を見せた。
大学2年生から花の2区に出走
4月からは実業団のHondaで競技を続ける伊藤。「将来はマラソンで勝負したい」と話す
伊藤は中学時代までサッカー部に所属し、静岡・浜松商高で本格的に陸上をスタート。2年生の冬までは、卒業後に就職するか、調理師専門学校に進学するかで迷っていたという。
しかし、東京国際大・大志田秀次監督から声をかけられ、人生が一変することになる。
「実は他の選手を狙っていたんですけど、強豪校とのスカウト合戦が激しかったので、静岡勢は達彦に絞って積極的に声をかけたんです。まだ目立つ存在ではありませんでしたが、彼はレースや練習でも、最後は倒れ込むくらいに自分を追い込むことができたのが魅力でしたね」(大志田監督)
伊藤は3年時の春に5000mで14分33秒10をマークし、インターハイ県大会は5000mで4位に入った。その時には東京国際大への進学を決めていたという。
「入学した当初は箱根を走れればいいかなと思っていました」と当時を振り返る伊藤だが、負けず嫌いな性格もあり、すぐにエースへの階段を駆け上がっていく。2年時で箱根駅伝の2区を任されると、3年時には10000mでその年の日本人学生ランキング7位となる28分28秒62をマークした。
そして4年目には大躍進を遂げるチームの絶対的存在として、ユニバーシアード出場など結果を残し続けた。
最後の箱根駅伝に向けては、「打倒・相澤」を目指して、距離を走り込んできた。
「自分は10kmが得意で、ロードの長い距離は自信がなかったんです。箱根2区を短く感じられるように、ジョグの日は朝と午後に23kmずつ走るなど、長い距離に耐えられる身体とメンタルを養ってきました。朝練習では自分が戻る頃に監督やマネージャーがいないことも多かったですね(笑)」
また、昨年4月に強い留学生が入学してきたことも成長できた大きな要因だという。箱根駅伝3区で驚異的な区間新記録を樹立したイェゴン・ヴィンセントと、全日本大学駅伝8区で区間賞を獲得したルカ・ムセンビの2人だ。
「これまでチームに在籍していた留学生は練習でも勝てるくらいだったんですけど、ヴィンセントは『脚が痛い』と言っていた時に1度勝っただけで、それ以外は勝てません。本当に強い。ルカも箱根を走りたい気持ちがあったので、留学生2人が切磋琢磨したことが自分にとっても良かったのかなと思います」
朝練習の12kmクロカン走でも、留学生2人が競り合うことで自然とペースアップ。最後はレースペースに近い1km3分00秒ペースまで上がることもあっという。そんなハードな練習に伊藤は食らいついた。
11月の全日本大学駅伝では2区で区間賞を獲得。14位から13人抜きで首位へ躍り出た
これまで箱根駅伝2区を3回経験した伊藤だが、それぞれの区間タイムは以下の通り。2年間で4分近くも短縮したことになる。
2年時 1時間10分16秒(区間15位)
3年時 1時間8分36秒(区間11位)
4年時 1時間6分18秒(区間2位タイ/区間歴代3位タイ)
4月からはマラソン前日本記録保持者の設楽悠太が在籍するHondaに入社する伊藤。今後は“世界”を目指して、取り組んでいく。
「新シーズンはトラックから入ろうと思っています。まずは10000mで日本選手権の参加標準記録(28分20秒00)を突破するのが目標です。将来的には4年後のパリ五輪をマラソンで出場したい。来年もしくは再来年からマラソンに挑戦して、パリを狙うための準備をしていきます」
箱根から世界へ――。
同じく世界を目指すライバル・相澤との最終決着はまだまだ先になりそうだ。
いとう・たつひこ/1998年3月23日生まれ。静岡県出身。170cm、52kg。浜松北部中→浜松商高→東京国際大。10000m28分26秒50、ハーフマラソン1時間1分52秒
文/酒井政人

“リアル相澤”との勝負に自然と笑みがこぼれた
東京国際大は1区をトップと1分49秒差の13位で発進して、エースが走り出す。伊藤がライバル視してきた東洋大・相澤晃は13秒遅れでスタートを切った。 「個人的には2区の区間賞が目標でした。そのためには相澤に勝たないといけません。相澤が前にいたら追いつくつもりでしたが、比較的少ないタイム差で相澤が後ろにいたので、監督からは『一緒に行けばいい』と言われていました」 伊藤はかねてから相澤を強く意識してきた。昨年3月の日本学生ハーフマラソンと7月のユニバーシアード(ハーフマラソン)では、ともに優勝した相澤の後塵を拝する3位。直接対決のなかった10月の箱根駅伝予選会と11月の全日本大学駅伝(2区)では、「ライバルの姿を思い浮かべて、自身の力を引き出した」と言う。 今回は「リアル相澤」が相手。伊藤の胸は高鳴っていた。 「監督からは『後ろにつくように』と指示を受けたのですが、それでは自分のほうが弱いと認めているようなものなので、正々堂々勝つという意味で並走しました」 こうして約15kmにも渡る相澤とのバトルがスタート。道中、伊藤の顔からは時折笑みがこぼれていた。 「笑顔だった理由ですか? 純粋に楽しかったということもありますし、大舞台で戦うことができたので、ワクワクしながら走っていました」
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