ハンガリー・ブダペストで開催されている第19回世界選手権(8月19日~27日)で行われた男子100m。日本からはサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)、坂井隆一郎(大阪ガス)、栁田大輝(東洋大)が出場し、サニブラウンが2大会連続の決勝進出を果たして6位に入賞。個人初の世界大会だった栁田はセミファイナルに進んだ。2008年北京五輪4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、そのレースを振り返ってもらった。
◇ ◇ ◇
サニブラウン選手に関しては、2回連続でファイナルに残ったことが単純にすごいことです。しかも、プラス通過だった前回と違って、着順で残りました。そして、7位だった前回を上回る6位に入った。確実に、世界トップへの階段を上がったという印象です。
今季、6月の日本選手権でも決勝で左脚にケイレンを起こして8位になるなど、決して良い状態だったとは見えませんでした。その流れの中から、予選を1着通過(10秒07/-0.4)したとはいえ、決勝進出までは想像できなかったというのが正直なところです。
それでも、準決勝で自己タイの9秒97(+0.3)を出し、着順通過できるまで仕上げてきた。この「ピンポイントに調子を合わせる力」は本当に素晴らしいですね。
レース内容としては、スタートからの5~7歩の立ち上がりが、身体の角度も含めて非常にスムーズでした。だからこそ、トップスピードにもっていく流れも滑らかになり、9秒台が出せたのだと思います。
そして、その走りを実現させるためのメンタルも、目を見張るものがありました。これまでのレースと比べても自信の度合いがまったく違いましたし、前回王者のフレッド・カーリー(米国)ら有力選手が欠けてもそうそうたる顔ぶれだったファイナルのメンバーの中でもまったく見劣りしていません。
2017年ロンドン世界選手権の200m(7位)を含めて、これが3度目のファイナル。場慣れをして、“本物感”が出てきました。世界トップスプリンターの仲間入りを果たしたと言えるでしょう。いい景色が見えているのではないでしょうか。
サニブラウン選手自身が目指しているところからすると、今回の結果は物足りないものかもしれません。準決勝から決勝の間が、前回の1時間50分から、今回は2時間35分に延びました。体力面ではプラスになったのに、決勝は反応が遅れた面もあったとはいえ、やりたいことができなかった。しかし、このハードスケジュールの中でもやりたいことができるようにならないと、世界の上位3人に入ることは難しいのです。
優勝したノア・ライルズ選手(米国)、2位のレツィレ・テボゴ選手(ボツワナ)、3位のザーネル・ヒューズ選手(英国)はいずれも、3本目の決勝で一番速いタイムを出してきました。予選で9秒86を出していたオブリク・セヴィル選手(ジャマイカ)は0.02秒タイムを落としたことでメダルを逃しました。
上位4人が9秒8台というのは、世界記録保持者のウサイン・ボルトさんが現役だった頃と比べても遜色がないほどレベルが高いです。その中で、決勝にピークをもってくることが簡単ではないということは誰もがわかること。ただ、「決勝でどう力を発揮するのか」と「決勝にどう残るのか」には、大きな差があります。その差をどう埋めるかが、サニブラウン選手の今後の課題になるでしょう。
決勝では、準決勝をプラス通過した選手には勝ったので、着順通過者のプライドは示しました。その先を考えると、やはり9秒8台を出すことが求められます。少なくとも9秒9台では、ファイナルで戦うことは難しいでしょう。
4年に1度の五輪は、世界選手権とはやはり違います。世界の選手たちの目の色も変わりますし、五輪イヤーだけに合わせてくる選手も必ず出てきます。しかし、ピンポイントで合わせる力を証明したサニブラウン選手には、パリ五輪への課題もありますが希望もある。これからが楽しみです。
栁田選手はあやうく予選敗退のところから、準決勝では10秒14(±0)まで立て直しました。初めての個人種目出場で自身の現在地を知る大会、そして考えないといけないことがたくさんあるとわかった大会になったではないでしょうか。
10秒02という持ちタイムの中で、予選からどう走る必要があったのか。準決勝で経験した世界トップとの差を、次のステップのためにどう生かさないといけないのか。勝負の場で自己新を出すためには何か必要なのか。
今後、日本男子スプリントを引っ張る存在になるために、世界大会へのプランニングも含めて厳しい部分から目を背けず、受け止めてほしいと思います。ここからリレーにどう立て直せるか。それを含めて、いい経験となればいいですね。
坂井選手は、10秒22(-0.3)の予選5着で敗退。本来なら10秒2台にはかからないように走れる選手。そういった意味で、少し心配になる結果でした。日本選手権前に痛めたアキレス腱の影響か、それともトレーニングが積めなかったことによる影響か。いずれにしろ、スタートからうまく地面に力を伝える彼の良さを出せなかったですね。
ただ、栁田選手にしろ、坂井選手にしろ、標準記録を切って代表を決められるようでなければ、本当の意味で戦える場ではないということを、改めて感じました。
ライルズ選手はスプリンターとして充実期に入り、テボゴ選手は間違いなく次世代のスーパースター。ジャマイカからは若手が台頭し、アフリカや英国からも新しい選手が出てきて、世界の水準は明らかに上がっています。
準決勝で標準記録(10秒00)を出すことが、ファイナルへの最低条件。それが日本記録(9秒95)であれば、より可能性は広がるので、そういった心積もりで来年のパリ五輪に向かう必要があるでしょう。
※一部事実関係に誤りがありましたので修正しました。
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking 人気記事ランキング
-
2024.12.12
-
2024.12.12
-
2024.12.11
2024.12.07
不破聖衣来が10000mに出場し12位でフィニッシュ 完全復活へ実戦積む/エディオンDC
-
2024.11.24
-
2024.11.20
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2022.12.20
-
2023.04.01
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2024.12.12
日本GPシリーズチャンピオンは福部真子と筒江海斗!種目別800mは落合晃&久保凛の高校日本記録保持者コンビがV、女子1500m田中希実が4連覇
日本グランプリ(GP)シリーズ2024のシリーズチャンピオンが発表され、男子は400mハードルの筒江海斗(ST-WAKO)、女子は100mハードルの福部真子(日本建設工業)と、ともにパリ五輪のハードル種目代表が初の栄冠に […]
2024.12.12
世界陸連が6つの世界記録を承認 川野将虎が男子35km初代世界記録保持者に
12月11日、世界陸連は5月から10月にかけて誕生した世界記録を正式に承認したことを発表した。 10月27日の日本選手権35km競歩(山形・高畠)で、川野将虎(旭化成)が樹立した2時間21分47秒も世界記録として認定。同 […]
2024.12.12
月刊陸上競技2025年1月号
Contents W別冊付録 箱根駅伝観戦ガイド&全国高校駅伝総展望 大会報道 福岡国際マラソン 吉田祐也 日本歴代3位の激走 涙の復活劇 全日本実業団対抗女子駅伝 JP日本郵政グループ 4年ぶりV 地域実業団駅伝 中学 […]
Latest Issue 最新号
2024年12月号 (11月14日発売)
全日本大学駅伝
第101回箱根駅伝予選会
高校駅伝都道府県大会ハイライト
全日本35㎞競歩高畠大会
佐賀国民スポーツ大会