2020.02.07
【Web特別記事】
福部真子が超えた〝天才少女〟というハードル
2月1日に行われた日本選手権・室内競技の女子60mハードル。青木益未(七十七銀行)が室内日本新となる8秒11で制し、100mハードルの日本記録保持者・寺田明日香(パソナグループ)が0.03秒差で続いた。
日本選手権トップ3に贈られる〝ライオン〟の形をしたメダルを初めて手にしたのは3位の福部真子(日本建設工業)。「私が得意の前半で負けてしまいました」。銅色のメダルを手に、悔し涙をこらえた。
転機となった新コーチとの出会い
福部真子の名は、陸上界では早くから全国区だった。中学時代は四種競技で全国の頂点に立ち、100mハードルをメインとした広島皆実高時代はインターハイ3連覇を果たす。これは、城島直美、寺田明日香、そして福部しか成し遂げていない偉業。〝天才〟と呼ばれ、無敵を誇った。
だが、日体大に進学してからはなかなか思うような結果を残せず、レース後は涙を流すことが多くなった。学年を追うごとに取材される機会は減り、これまで負けたことのなかった同学年や後輩たちの背中を見ることが増える。
適性を見込まれて400mハードルにも挑戦。迷ったまま時は過ぎた。自己ベストは、高校時代の13秒57から動くことはなかった。
それでも、大学3年の春。地元・広島で行われた織田記念で13秒56をマークし、たった0.01秒だけだったが、過去の自分を超えた。
「やっぱり勝ちたい」
4年時は練習環境も少し変化を加え、日体大主将としても奮闘。日本選手権の準決勝では13秒37までタイムを短縮し、高2時以来の決勝進出を果たした。
一時は大学で競技生活を終えることを考えていた福部を、「勝ちたい」という強い思いが突き動かした。
さらにスピード強化を図った実業団1年目の18年は、13秒31と3年連続のベスト更新。それでも、どこかモヤモヤを抱えたままだった。
そんな時、国体合宿で指導を受ける機会があった元白梅学園高顧問の遠藤道男コーチと出会った。そのメニュー、指導法、考え方に感銘を受け、19年シーズンを前に師事を仰ぐことになる。
「これまで努力してきたつもりだったけど、全然やり切れていなかった、と気づかされました。毎日の練習でヘトヘトになるんです」
こんなにも「やらなくてはいけないこと」があり、伸びしろがある。どうすれば速くなれるかわからずもがいていた暗闇から抜け出し、「これをやれば強くなるというのが明確になった」。陸上競技の楽しさを再認識した瞬間でもあった。
コツコツと努力を重ねて
日本選手権室内は悔しい3位だったが、シーズンインに向けて手応えをつかんだ
そこからの成長は早かった。昨年5月の東日本実業団は13秒14と、13秒2台をすっ飛ばす大幅自己新。その後もハイアベレージを残し、18年までの自己記録13秒31を9レースで上回った。自己ベストは13秒13。日本歴代7位までランクアップした。
だが、結婚、出産を経て19年に競技復帰して日本記録を出した寺田明日香、世界選手権代表の木村文子(エディオン)、アジア選手権銅メダリストの青木らに、〝あと一歩〟届かない。その差は、近いようで、なかなか遠い。
日本選手権室内でも、青木、寺田に約0.1秒差。たった0.1秒だが、陸上競技にとって小さなものではない。
「悔しいけど、これが今の実力。やっぱり上の2人は100mでも11秒中盤以上の走力があるので、そこの違いですね。11秒7から11秒6くらいになれば、変わってくると思うので、ハードルに生かせるスピードを磨いていきたい。遠藤先生が言ってくださるように、ハードルは私が一番うまいと思っています」
中学・高校時代から第一線で活躍しながらシニアになって苦しむ女子選手が多いなか、「勝ちたい」という意思でトップ選手へと成長した価値は大きい。
遠藤コーチはいつも福部に言う。「まだまだ何もやれていない。コツコツ、でいいんだよ」と。
「まだ遠藤先生に見てもらってちょうど1年。これまでにない感じでシーズンインできそうです。またがんばります!」
天才少女から脱却した福部真子。これは「復活」ではなく「成長」。だが、あえて言えば、その潜在能力は誰もが〝天才〟だと認めるところ。才能に頼っていたあの頃とは違う。自ら考え、磨き、今まさに真の輝きを放ち始めたばかりだ。
福部真子(ふくべ・まこ)/1995年10月28日生まれ。広島県出身。広島皆実高→日体大→日本建設工業。自己ベスト100mH13秒13(日本歴代7位)
文/向永拓史
福部真子が超えた〝天才少女〟というハードル
日本選手権室内競技の女子60mHで3位になった福部真子
2月1日に行われた日本選手権・室内競技の女子60mハードル。青木益未(七十七銀行)が室内日本新となる8秒11で制し、100mハードルの日本記録保持者・寺田明日香(パソナグループ)が0.03秒差で続いた。
日本選手権トップ3に贈られる〝ライオン〟の形をしたメダルを初めて手にしたのは3位の福部真子(日本建設工業)。「私が得意の前半で負けてしまいました」。銅色のメダルを手に、悔し涙をこらえた。
転機となった新コーチとの出会い
昨年、13秒1台へと飛躍
福部真子の名は、陸上界では早くから全国区だった。中学時代は四種競技で全国の頂点に立ち、100mハードルをメインとした広島皆実高時代はインターハイ3連覇を果たす。これは、城島直美、寺田明日香、そして福部しか成し遂げていない偉業。〝天才〟と呼ばれ、無敵を誇った。
だが、日体大に進学してからはなかなか思うような結果を残せず、レース後は涙を流すことが多くなった。学年を追うごとに取材される機会は減り、これまで負けたことのなかった同学年や後輩たちの背中を見ることが増える。
適性を見込まれて400mハードルにも挑戦。迷ったまま時は過ぎた。自己ベストは、高校時代の13秒57から動くことはなかった。
それでも、大学3年の春。地元・広島で行われた織田記念で13秒56をマークし、たった0.01秒だけだったが、過去の自分を超えた。
「やっぱり勝ちたい」
4年時は練習環境も少し変化を加え、日体大主将としても奮闘。日本選手権の準決勝では13秒37までタイムを短縮し、高2時以来の決勝進出を果たした。
一時は大学で競技生活を終えることを考えていた福部を、「勝ちたい」という強い思いが突き動かした。
さらにスピード強化を図った実業団1年目の18年は、13秒31と3年連続のベスト更新。それでも、どこかモヤモヤを抱えたままだった。
そんな時、国体合宿で指導を受ける機会があった元白梅学園高顧問の遠藤道男コーチと出会った。そのメニュー、指導法、考え方に感銘を受け、19年シーズンを前に師事を仰ぐことになる。
「これまで努力してきたつもりだったけど、全然やり切れていなかった、と気づかされました。毎日の練習でヘトヘトになるんです」
こんなにも「やらなくてはいけないこと」があり、伸びしろがある。どうすれば速くなれるかわからずもがいていた暗闇から抜け出し、「これをやれば強くなるというのが明確になった」。陸上競技の楽しさを再認識した瞬間でもあった。
コツコツと努力を重ねて
日本選手権室内は悔しい3位だったが、シーズンインに向けて手応えをつかんだ
そこからの成長は早かった。昨年5月の東日本実業団は13秒14と、13秒2台をすっ飛ばす大幅自己新。その後もハイアベレージを残し、18年までの自己記録13秒31を9レースで上回った。自己ベストは13秒13。日本歴代7位までランクアップした。
だが、結婚、出産を経て19年に競技復帰して日本記録を出した寺田明日香、世界選手権代表の木村文子(エディオン)、アジア選手権銅メダリストの青木らに、〝あと一歩〟届かない。その差は、近いようで、なかなか遠い。
日本選手権室内でも、青木、寺田に約0.1秒差。たった0.1秒だが、陸上競技にとって小さなものではない。
「悔しいけど、これが今の実力。やっぱり上の2人は100mでも11秒中盤以上の走力があるので、そこの違いですね。11秒7から11秒6くらいになれば、変わってくると思うので、ハードルに生かせるスピードを磨いていきたい。遠藤先生が言ってくださるように、ハードルは私が一番うまいと思っています」
中学・高校時代から第一線で活躍しながらシニアになって苦しむ女子選手が多いなか、「勝ちたい」という意思でトップ選手へと成長した価値は大きい。
遠藤コーチはいつも福部に言う。「まだまだ何もやれていない。コツコツ、でいいんだよ」と。
「まだ遠藤先生に見てもらってちょうど1年。これまでにない感じでシーズンインできそうです。またがんばります!」
天才少女から脱却した福部真子。これは「復活」ではなく「成長」。だが、あえて言えば、その潜在能力は誰もが〝天才〟だと認めるところ。才能に頼っていたあの頃とは違う。自ら考え、磨き、今まさに真の輝きを放ち始めたばかりだ。
福部真子(ふくべ・まこ)/1995年10月28日生まれ。広島県出身。広島皆実高→日体大→日本建設工業。自己ベスト100mH13秒13(日本歴代7位)
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