2021.05.14
家業の歯科医を継ぐために、かねてから「競技生活は東京五輪まで」と決めていた男子110mハードルの金井大旺(ミズノ)が、そのラストシーズンに入って一気に加速。4月29日の織田記念で、13秒16(+1.7)という衝撃的な日本新記録(アジア歴代2位)を叩き出した。社会人1年目の2018年には、14年ぶりの日本新となる13秒36(+0.7)をマーク。しばらく止まっていた日本のトッパーの歴史を動かした男が、再び時計の針を高速で進め、「東京五輪のファイナリスト」という壮大な夢を実現可能な域までたぐり寄せた。
●文/小森貞子
日本人初の13秒1台の領域へ
学生時代から金井大旺(ミズノ)を指導する苅部俊二コーチ(法大監督)は、織田記念のレースを観て目を丸くした。
「(13秒)1台ですからね。ビックリしましたよ。金井とは『標準記録を破れれば』と話していたぐらいで、まさかこんなタイムが出るとは……」
東京五輪の参加標準記録は13秒32。金井は昨年の8月末に福井で行われた「Athlete Night Games in FUKUI」で13秒27(+1. 4)の自己ベストを出しているが、世界的なコロナ禍で標準記録の有効期間が一時中断。暮れの12月1日に再び有効期間に入って、今回初めての突破につながった。
谷川聡(ミズノ/現・筑波大副部長)が2004年のアテネ五輪(予選)で出した13秒39が、永らく日本記録として残っていたこの種目。2018年の日本選手権で金井が止まっていた時計の針を動かし、14年ぶりの日本新(13秒36)を出すと、一転して翌年の6月上旬の布勢スプリントで高山峻野(ゼンリン)が、その4週間後の日本選手権では高山と泉谷駿介(順大)が金井の記録に並ぶ活況。さらに高山は13秒30、13秒25へと日本記録を塗り替えていった。
金井が厚い壁を破ってからの、男子110mハードルの躍進ぶりは目覚ましく、しかも「国内で、記録が拮抗している中でやれているのは、とてもプラスになっている」(金井)と、今、この種目を取り巻く環境は申し分ない。19年のドーハ世界選手権では高山が準決勝で一時トップ争いを演じ、「日本人もやれる」という手応えをつかんだのも確か。金井は予選敗退に終わったが、高山の準決勝をスタンドで観ながら「世界でしっかり戦えることを高山さんが証明してくれた」と、大いに刺激を受けた。
男子110mハードルの世界記録は12秒80で、アリエス・メリット(米国)が2012年に樹立したもの。劉翔(中国)が持つ12秒88のアジア記録はもっと古くて、06年。どんなに足が速い選手でも、10台のハードルを3歩のインターバルで越えていくこの種目には特性があり、苅部コーチの話によると「世界の技術はほぼ完成形に近く、記録は人間の限界に近づいている」そうだ。
〝 発展途上〟の日本がここで世界との差を詰めていく今の図式を考えれば、五輪史上初の決勝進出が現実味を帯びてくる。
「そうですよね。金井も、一段と決勝を見据えた作り方をしていかないと」
苅部コーチは教え子の飛躍を受け止め、改めて身を引き締める。
「大学で辞める」を先延ばし
北海道・函館市のクラブチームで小学校3年の時に陸上を始めた金井だが、函館本通中、函館ラ・サール高では、インターハイで2年連続入賞(2年7位、3年5位)しているものの、全国優勝の経験はない。法大に進んでからも、日本インカレを制したのは4年になってから。ただ、大学生になってすぐ、苅部監督に「1台目までのアプローチを7歩にしたい」と言ってきたのは金井のほうで、「研究熱心な選手」という印象はその頃からあった。
「実は、以前の8歩だと、スタートで前に来る脚が本来(左脚)とは逆脚だったんです。それと僕はストライドを広げて走るのが特長で、8歩だと1台目の入りが窮屈に感じていたので、7歩にはすぐに馴染みました」
金井は大学生になって2ヵ月後のアジア・ジュニア選手権で優勝(U20規格で13秒33の当時ジュニア日本新)している。
話が少しそれるが、ハードルそのものの改良も近頃のレベルアップに貢献しているようだ。フレキシブル・ハードルが普及し、「あのハードルで練習することで、前に身体を傾けながら踏み切れる」と金井は言う。「そういう感覚をそのままレースにつなげる。その点で、道具の進化は感じます」。レースで使用する公認のハードルも以前よりだいぶ軽くなって、「ぶつけたら痛い」という選手の怖さは、かなり軽減されているそうだ。
函館で開業する歯科医の父親を見て「中学生の時から医療に携わりたいと思っていた」と話す金井だが、陸上を続けたくて法大へ進学。当初は「大学で陸上は終わり」と思っていたものの、さらに陸上の道を進み、社会人1年目(2018年)は国体を控えた福井県スポーツ協会でお世話になった。
心境の変化は、東京五輪からの誘いざない。「2020年のオリンピックに出てから辞めよう」と――。
この続きは2021年5月14日発売の『月刊陸上競技6月号』をご覧ください。
定期購読はこちらから

日本人初の13秒1台の領域へ
学生時代から金井大旺(ミズノ)を指導する苅部俊二コーチ(法大監督)は、織田記念のレースを観て目を丸くした。 「(13秒)1台ですからね。ビックリしましたよ。金井とは『標準記録を破れれば』と話していたぐらいで、まさかこんなタイムが出るとは……」 東京五輪の参加標準記録は13秒32。金井は昨年の8月末に福井で行われた「Athlete Night Games in FUKUI」で13秒27(+1. 4)の自己ベストを出しているが、世界的なコロナ禍で標準記録の有効期間が一時中断。暮れの12月1日に再び有効期間に入って、今回初めての突破につながった。 谷川聡(ミズノ/現・筑波大副部長)が2004年のアテネ五輪(予選)で出した13秒39が、永らく日本記録として残っていたこの種目。2018年の日本選手権で金井が止まっていた時計の針を動かし、14年ぶりの日本新(13秒36)を出すと、一転して翌年の6月上旬の布勢スプリントで高山峻野(ゼンリン)が、その4週間後の日本選手権では高山と泉谷駿介(順大)が金井の記録に並ぶ活況。さらに高山は13秒30、13秒25へと日本記録を塗り替えていった。 金井が厚い壁を破ってからの、男子110mハードルの躍進ぶりは目覚ましく、しかも「国内で、記録が拮抗している中でやれているのは、とてもプラスになっている」(金井)と、今、この種目を取り巻く環境は申し分ない。19年のドーハ世界選手権では高山が準決勝で一時トップ争いを演じ、「日本人もやれる」という手応えをつかんだのも確か。金井は予選敗退に終わったが、高山の準決勝をスタンドで観ながら「世界でしっかり戦えることを高山さんが証明してくれた」と、大いに刺激を受けた。 男子110mハードルの世界記録は12秒80で、アリエス・メリット(米国)が2012年に樹立したもの。劉翔(中国)が持つ12秒88のアジア記録はもっと古くて、06年。どんなに足が速い選手でも、10台のハードルを3歩のインターバルで越えていくこの種目には特性があり、苅部コーチの話によると「世界の技術はほぼ完成形に近く、記録は人間の限界に近づいている」そうだ。 〝 発展途上〟の日本がここで世界との差を詰めていく今の図式を考えれば、五輪史上初の決勝進出が現実味を帯びてくる。 「そうですよね。金井も、一段と決勝を見据えた作り方をしていかないと」 苅部コーチは教え子の飛躍を受け止め、改めて身を引き締める。
「大学で辞める」を先延ばし
北海道・函館市のクラブチームで小学校3年の時に陸上を始めた金井だが、函館本通中、函館ラ・サール高では、インターハイで2年連続入賞(2年7位、3年5位)しているものの、全国優勝の経験はない。法大に進んでからも、日本インカレを制したのは4年になってから。ただ、大学生になってすぐ、苅部監督に「1台目までのアプローチを7歩にしたい」と言ってきたのは金井のほうで、「研究熱心な選手」という印象はその頃からあった。 「実は、以前の8歩だと、スタートで前に来る脚が本来(左脚)とは逆脚だったんです。それと僕はストライドを広げて走るのが特長で、8歩だと1台目の入りが窮屈に感じていたので、7歩にはすぐに馴染みました」 金井は大学生になって2ヵ月後のアジア・ジュニア選手権で優勝(U20規格で13秒33の当時ジュニア日本新)している。 話が少しそれるが、ハードルそのものの改良も近頃のレベルアップに貢献しているようだ。フレキシブル・ハードルが普及し、「あのハードルで練習することで、前に身体を傾けながら踏み切れる」と金井は言う。「そういう感覚をそのままレースにつなげる。その点で、道具の進化は感じます」。レースで使用する公認のハードルも以前よりだいぶ軽くなって、「ぶつけたら痛い」という選手の怖さは、かなり軽減されているそうだ。 函館で開業する歯科医の父親を見て「中学生の時から医療に携わりたいと思っていた」と話す金井だが、陸上を続けたくて法大へ進学。当初は「大学で陸上は終わり」と思っていたものの、さらに陸上の道を進み、社会人1年目(2018年)は国体を控えた福井県スポーツ協会でお世話になった。 心境の変化は、東京五輪からの誘いざない。「2020年のオリンピックに出てから辞めよう」と――。 この続きは2021年5月14日発売の『月刊陸上競技6月号』をご覧ください。
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
2025.04.30
【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」
-
2025.04.30
-
2025.04.30
-
2025.04.30
-
2025.04.30
-
2025.04.30
2025.04.29
100mH田中佑美が予選トップ通過も決勝棄権「故障ではない」昨年の結婚も明かす/織田記念
-
2025.04.28
-
2025.04.26
2025.04.12
3位の吉居大和は涙「想像していなかったくらい悔しい」/日本選手権10000m
-
2025.04.01
-
2025.04.12
-
2025.04.12
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2022.12.20
-
2023.04.01
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2025.04.30
【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます! 第56回「昭和100年とスポーツ用具の進化」 昨年は記念大会となる第100回箱根駅伝が開催され […]
2025.04.30
【高校生FOCUS】男子競歩・山田大智(西脇工高)インターハイで昨夏の雪辱誓う 高校記録更新にも挑戦
FOCUS! 高校生INTERVIEW 山田大智 Yamada Daichi 西脇工高3兵庫 2025年シーズンが本格的に始まり、高校陸上界では記録会、競技会が次々と開かれています。その中で好記録も生まれており、男子50 […]
2025.04.30
5.3静岡国際、パリ五輪代表の坂井隆一郎、200m世界陸上標準突破の水久保漱至らが欠場
5月3日に行われる静岡国際のエントリーリストが更新され、現時点で欠場届を提出した選手が判明した。 男子100mはパリ五輪代表の坂井隆一郎(大阪ガス)が欠場。坂井は4月13日の出雲陸上で脚を痛め、29日の織田記念の出場も見 […]
2025.04.30
26年ブダペスト開催の「世界陸上アルティメット選手権」やり投・北口榛花が出場権獲得
世界陸連(WA)は4月29日、2026年に新設する「世界陸上アルティメット選手権」の大会500日前を受け、昨年のパリ五輪の金メダリストに出場資格を与えることを発表した。女子やり投で金メダルを獲得した北口榛花(JAL)も含 […]
Latest Issue
最新号

2025年4月号 (3月14日発売)
東京世界選手権シーズン開幕特集
Re:Tokyo25―東京世界陸上への道―
北口榛花(JAL)
三浦龍司(SUBARU)
赤松諒一×真野友博
豊田 兼(トヨタ自動車)×高野大樹コーチ
Revenge
泉谷駿介(住友電工)