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クローズアップ/齋藤愛美が200m23秒62進化を示した学生最後のシーズンイン


 シレジア2021世界リレー選手権(5月1日、2日/ポーランド)の日本代表選考トライアルが宮崎で開催された。男女ともに有力選手が多数出場。特に女子は有力選手が勢ぞろいした。そんな中で、200mでトップに立ったのが齋藤愛美(大阪成蹊大)。2016年に200mでU20日本記録を樹立し、「ポスト・福島千里」と期待された齋藤も大学4年目を迎えた。

まずは日本選手権まで「やり切る」

 雨が降り続いていた宮崎市。シレジア2021世界リレー選手権(5月1日、2日)の日本代表選考トライアルはあいにくの空模様の下で行われた。夕方前には曇りとなる予報だったが、「本当に止むのだろうか」と思えるほど強い。

「200mの結果で代表を狙っていました」

 齋藤愛美は、先に行われた100m予選では、向かい風1.3mという厳しい条件で12秒02をマークして3組1着通過した。

「時間の間隔が狭くて……」と言うように、100m予選から1時間と少しでスタートした200m。号砲が鳴ると6レーンの齋藤が一気に加速した。キレ味鋭く動く脚に、2016年の日本選手権の景色が重なった。

 当時、齋藤は岡山・倉敷中央高2年。初めて挑んだ日本選手権200mで、23秒46のU20日本新記録をマークした。日本記録(22秒88)をマークした福島千里(当時・北海道ハイテクAC、現・セイコー)に続いて2位。リオ五輪イヤーに突如誕生したニューヒロインは、たくさんの報道陣に囲まれた。

 その後、齋藤はリオ五輪の出場を目指す4×100mリレーの代表にも選出。出場は叶わなかったが、夏には地元で行われた岡山インターハイで100m、200m、4×100mリレーの3冠を達成し、秋に200mで自身の作ったU20日本記録をさらに0.01秒更新して見せた。

 だが――。

 U20日本記録保持者という重圧、そして練習のし過ぎからケガが重なり、高3シーズンは涙を流す場面が多くなった。大阪成蹊大に進学してからも、気持ちの浮き沈みは大きく、一度は練習から離れて岡山へ帰ったこともある。

 その間、次々と新たな高校生スプリンターが台頭。自分を取り囲んでいた報道陣はほとんどいなくなった。自己記録23秒45は、今も止まったまま。「大学4年で区切りにしよう」。いつしか、そんなふうに思うようになった。

 そう心に決めてからは「吹っ切れた」。昨年は試合こそ少なかったものの、100mで高2時の自己記録に0.01秒まで迫る11秒58をマーク。200mでも大学ベストの23秒86まで戻ってきた。同学年で中学時代から一緒に表彰台に上ってきた兒玉芽生(福岡大)が突き抜けたが、これまでのようにメンタルが左右されるのではなく、それを刺激に変えられるようになった。

「この冬は『やり切る』をテーマに練習してきました。この後に何本あってもいいから、倒れてでも出し切ろう!って」

 覚悟を決めて取り組んだことは、雨の宮崎で形になる。

 加速した勢いは雨を切り裂き、どんどんと後続を引き離す。「こんなに記録が出ると思わなかったのでビックリ」というフィニッシュタイムは23秒62(-0.6)。自己4番目の好記録は学生歴代4位にランクインし、久しぶりに多くの報道陣に囲まれた。「注目されるのが苦手」と言って照れていたあの時と違い、堂々と、まっすぐ向いて応える大人のアスリートへと成長していた。

 齋藤は直後の100m決勝にも出場し、11秒66(-0.4)で2着。雨、肌寒い条件での初戦で3本しっかり走り切れたことは、冬のテーマ「やり切る」を体現したものだった。

「やり切ってきたことで、自信、勇気を持ってスタートラインに立てました。昨年も調子は悪くなかったですが、ゴールデングランプリ前日練習で脚を痛めて……。でも、春先からこんなに調子が良いのは高2以来だと思います」

 5年前にリレーで五輪出場が果たせなかったことで、「リオの悔しさはわかっていますので、狙っていきたい」と女子4×100mリレーでの五輪出場を大きな目標に掲げる。

「(延期したことで)大学最後の年に五輪となったのもあって、ラストイヤーだというつもりで取り組んでいます。競技を続けたという気持ちもありますが、相当な覚悟が必要です。まずは、日本選手権までしっかりやり切りたいと思っています」

『U20日本記録保持者』、『スーパー高校生』、それらの呪縛の苦しみを味わい、どん底を経験したからこそ、ここから高みを目指すための「覚悟」が必要だということを理解している。

「(兒玉)芽生からも『辞めないでね』って言われました」と笑う。もちろん、関係者も放ってはおかない。スプリンターとして、多くの可能性を秘める齋藤が「やり切った」と言えるのはまだまだ先のこと。だが、今はまだ結論を出さなくてもいい。「覚悟」を持ち、2021年の東京五輪に向けた挑戦から逃げなければ、必ず5年前の自分を超えられるし、そうすれば自然と進むべき道が開けるはずだ。

 100mの頃には午前中が嘘のように傘が“邪魔”になった。やっぱり止まない雨はない。宮崎の空と齋藤は、そんな当たり前のこと証明しているようだった。

文/向永拓史

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