2024.02.27
“山の神”と称された今井正人さんが、ついにユニフォームを脱ぐことになった。
現役ラストレースとなった日本選手権クロスカントリーのレース後、「山あり谷ありの谷の方が深く、うまくいかないことのほうが多かった」と現役時代を振り返ったように、幾度と挫折を味わおうと、何度でも立ち上がってきた。そんな“あきらめの悪さ”が今井さんの魅力でもあった。だからこそ、昨年10月のMGC(マラソングランドチャピオンシップ)でタイムオーバーになった後でも、まだまだ走り続けてくれるだろうと思っていた。
かつてプロ野球選手を夢見ていたという今井さんは、中学時代から走る才も頭抜けていた。市町村対抗のふくしま駅伝では、中学生ながら中学生区間ではなく、大学生や社会人が走る一般区間を任されていた。さらには、野球との二足のわらじを履きながらも、都道府県駅伝では区間3位の好走を見せている。
中学卒業後は、甲子園にも出場した実績のある双葉高で野球を続けるか、強化が進む原町高で陸上競技の道に進むか、その非凡さゆえに願書を出す直前まで悩んだという。
今井さんが陸上を選んでくれてよかったというのが、陸上ファンの胸の内にある勝手な思いだが、15歳の少年にとっては相当な決断だったのだろう。プロ野球選手になるという夢にとって代わった“マラソンで世界と戦う”という新たな目標は、今井さんの覚悟の現れだった。そして、その目標は本格的に陸上を始めた高校時代から今日までずっとぶらすことがなかった。
高校時代から全国大会で活躍し、世界ユース選手権や世界クロスカントリー選手権などの世界大会にも出場し、世代を代表する選手になった。そんな今井さんだったが、福島出身の筆者にとって最も印象深いのは東日本縦断駅伝、通称“青東駅伝”での活躍だった。
2002年まで開催されていたこの駅伝は、約1週間をかけて青森から東京までを都道府県対抗でタスキをつなぐ。1人の選手が複数区間を担い、移動は各自で行うというなかなかタフなレースで、実業団選手や箱根駅伝を目指す大学生が数多く出場していた。そんな大会に高校生の今井さんも、2年、3年時と出場し、それぞれの年に2区間ずつ走った。しかも、高校生ながら大学生や社会人に挑み、3度の区間賞を獲得している。
青東駅伝には名物区間があった(もしかしたら福島県チームだけにとってかもしれないが……)。宮城県白石市から福島県国見町までの14.9km、福島県チームにとっては“お国入り”と言われる区間だ。福島県チームは、故郷に錦を飾るために、その年の顔といえる選手が担っていた。この“お国入り”を高校生の今井さんは2年連続で務め、その期待に応えて2回とも区間賞に輝いている。
14.9kmという距離を高校生が走り切るのも大変だっただろう。それ以上に、このコースの最大の難関は起伏。前半10kmが上りで、後半は下るという激しいアップダウンを攻略しなければならなかった。箱根駅伝の5区ほどではないにしても、タフさが求められる区間。それを攻略しての区間賞の活躍は見事としか言いようがなかった。あの時の今井さんの活躍を記憶に留めていた人にとっては、のちの箱根駅伝での活躍は十分に納得できたのではないだろうか。これが“山の神”誕生の前夜だった。
原町高を卒業した今井さんは、千葉の順大で4年間、福岡のトヨタ自動車九州で17年間、競技者生活を送った。競技者として過ごした月日でいえば、福島でのそれはずっと少ない。それでも、引退レースには地元からも多くの人が駆けつけたと聞く。福島を離れても、青東駅伝の頃からずっと今井さんは“福島の顔”でもあるのだ。もちろん福島県民のみならず、多くの陸上ファンに愛された選手だったが……。
文/和田悟志
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
2024.07.27
混合競歩代表の川野将虎「自分らしい粘り強い歩きで上位を目指したい」/パリ五輪
-
2024.07.27
-
2024.07.26
-
2024.07.25
2024.07.24
やり投・北口榛花がオメガのアンバサダーに就任!パリ代表の阿部兄妹、早田ひなら6人
-
2024.07.20
-
2024.07.02
-
2024.07.24
-
2024.06.28
-
2024.06.29
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2022.12.20
-
2023.04.01
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2024.07.27
女子競歩の岡田久美子は調整順調「メダルを狙える位置。新たな挑戦でワクワクしている」/パリ五輪
パリ五輪・陸上競技に向けて日本代表選手団が7月27日午前、出国前に羽田空港で会見を行い、意気込みを語った。 2016年リオ、21年東京に続く3大会連続の五輪代表となる女子競歩の岡田久美子(富士通)は「いよいよだなという気 […]
2024.07.27
中大ルーキー・岡田開成が3000m7分55秒41! U20歴代4位の好タイム
7月26日、中大多摩キャンパス競技場で「Summer Night Run Festival in CHUO」が行われ、男子3000mで岡田開成(中大1)が7分55秒41とU20歴代4位のタイムをマークした。 同大会はこれ […]
Latest Issue
最新号
![2024年8月号 (7月12日発売)](https://www.rikujyokyogi.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/202408cover.jpg)
2024年8月号 (7月12日発売)
W別冊付録
パリ五輪観戦ガイド&福岡インターハイ完全ガイド