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2023.07.28

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第35回「北の大地で学生たちが疾走!~関東学生網走夏季記録挑戦競技会のウラ側~」
【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第35回「北の大地で学生たちが疾走!~関東学生網走夏季記録挑戦競技会のウラ側~」

7月16日の関東学生網走夏季記録挑戦競技会の様子


山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第35回「北の大地で学生たちが疾走!~関東学生網走夏季記録挑戦競技会のウラ側~」

盛夏(せいか)と書いてみて妙に合点のいく暑さである。

向日葵は、青空に映える黄色い花を太陽に向かって誇らしげに広げ、真夏の太陽に負けない美しさが羨ましくもある。

7月の大学は講義も後半に差しかかり、レポート課題や前期試験の対応などに追われている。慌ただしさの中にあっても、「いよいよ夏の強化が始まる」という心が引き締まる思いが湧き立つ時期でもある。

海の日を含む3連休の中日である7月16日に、関東学生陸上競技連盟(以下、関東学連)が主催し、5回目となる関東学生網走夏季記録挑戦競技会を北海道の網走市で開催させていただいた。

このコラムをご覧いただいている方は、陸上関係者が大多数だと仮定しても、なぜ関東学連主催の競技会をオホーツク海沿岸の道北網走市で、わざわざ開催するのかと訝しがるだろう。

この時期の関東は連日気温が30度を超え、35度以上の猛暑日との気象情報も耳に慣れるほどの酷暑である。夏季の合宿地を選ぶならば、北へ北へと向かうか、標高を高く上へ上へと向かうしかない。

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合宿地として「涼」を求めるならば、標高が1500mを超える高地であっても、それなりのトレーニング効果があるので最適トレーニングの場所として選定できる。

しかしながら、記録を狙う競技会の開催となると高度を上げるわけにいかず、緯度を北に向けて上げるしかない。

同じような理由で、この時期に記録を狙う機会を選手に提供するため、日本陸上競技連盟が主催するホクレン・ディスタンスチャレンジが毎年北海道で開催されている。今年は7月1日に士別、5日に深川、8日に網走、12日に北見、15日に千歳と5戦が開催された。

こちらの大会も年々レベルが上がり、ターゲットナンバー(参加標準記録を切っていても申し込み記録順に出場選手数を絞り込む)が導入されているので、何とか出場をと考えていた選手が機会を失う場合がある。

関東学連はホクレン・ディスタンス出場条件の記録に到達していない選手を優先的にエントリーしてもらい、その上でターゲットナンバーから外れてしまった選手の記録挑戦の機会を作るという目的で、今回の関東学生網走夏季記録挑戦競技会を企画している。

また、ペースメーカーを関東学連出身の実業団選手やケニア人留学生に協力していただき、なるべく多くの選手に、男子であれば5000m13分台、10000m28分台の記録にチャレンジできるようペースメイキングをしている。
大会要項参照

前年度10000mを2組に分けて好記録が誕生したこともあり、各大学の要望を受けて今回は3組編成とした(男女5000m各1組、男子10000m3組)。

午後5時40分スタートの女子5000mの時点で、北の風1m、気温17℃。男子10000mが始まる午後6時35分頃には16℃と絶好の気象条件となった。

7月16日の関東学生網走夏季記録挑戦競技会の様子

私は昨年同様に、場内アナウンス兼ネット中継解説を仰せつかった。少しでもランナーのモチベーションを高めようと、このような言葉で鼓舞した。

「選手のみなさん、本日の関東地方は軒並み35度以上の猛暑日となり、日没の現在も茹だるような高温多湿の熱帯雨林の様相を呈しています。

しかしながらここ網走は、設定温度16℃の全館冷房状態です。東京のオフィスビルで16℃に冷房の設定をすることはありません。この気象条件で記録が出ないわけがありません。ペースメーカーもみなさんが未知の自己記録更新の世界へ誘ってくれるでしょう!

さぁ絶好のチャンスです。交通費と宿泊費をかけてでも、ここ網走に来たからには好記録樹立のお土産を持ち帰りましょう!」

寒いと感じるほどの好条件のなか、出場選手171名のうち75名が自己記録を更新し、セカンドベストを加えるとほとんどの選手が秋のシーズンに向けて自信を深めたことと感じた。

男子5000mでは13分台が14名。
男子10000m1組目は目標タイム29分10秒までに9名、そのうち28分台が2名。
男子10000m2組目は目標タイム28分55秒で28分台が5名。
男子10000m3組目は目標タイム28分40秒で國學院大學の山本歩夢選手(3年)の28分16秒92を先頭に28分台が15名と活況を呈した。
大会結果

ペースメイクを快く引き受けてくれた女子5000mのナオミ・ムッソーニ選手(ユニバーサルエンターテイメント)、順大の伊澤菜々花コーチ、男子5000mのボニフェス・ムルア選手(NDソフト)、キサルサク・エドウィン選手(富士山の銘水)、石原翔太郎選手(東海大)、10000mのポール・オニエゴ選手(富士山の銘水)、ゴッドフリー・ムサンガ選手(駿河台大)、スティーブン・レマヤン選手(駿河台大)にはとても感謝している。

日本の大学を卒業した外国人留学生が多くペースメーカーを務めた。先頭は山梨学大をこの春卒業したポール・オニエゴ(富士山の銘水)

ペースアナウンスも日本語と英語、スワヒリ語を交えて
Asante kwa kukubali kipima moyo leo 「今日はペースメイクありがとう」
Nina hakika utafanya rekodi nzuri 「きっといい記録が生まれるよ!」
ukurasa huo ni sawa 『そのペースでいいよ』
kuwa kasi kidogo 「もう少し速く」
punguza mwendo kidogo 「もう少しペースを落として」
などと語りかけてしっかりと対応していただいた。

大会終了後、スポーツライターの加藤康博氏と電話で世間話をする中で、各大学における10000m平均タイムの向上度合いについて話が盛り上がった。

手元のデータでは、現状およそ上位16校が10人平均で28分台であること。トップが駒澤大学の28分18秒、2位が中央大学で28分29秒と既に28分30秒を切っていること。30校近くが29分30秒を切っているなど、凄まじいレベルアップを感じずにはいられない。

平均タイム28分台でないと、箱根駅伝予選会を突破できないような“超高速時代”は目前に迫っているのだろう。

2000年代前半は、28分台がチームに1人でもいれば注目を集めた時代であった。10年ほど前でも平均タイム29分30秒以内であれば十分シードを狙えた時代だった。それを隔世の感を禁じ得ない。

世界選手権の10000m参加標準記録が日本記録を上回る時代であることも踏まえて、今後も各大学がしのぎを削りながら、記録を向上していくスパイラルは淀みなく継続されていくことだろう。

競技力の発展向上には、選手の身体能力に上書きされていくように、スポーツ科学に反映されたトレーニングとメンタルマネージメントが必須である。

さらには、彼らを取り巻く環境を含めたスポーツ文化の成熟が必要となってくる。

ランニングシューズの開発や改良は記録の向上に追い風となっていることは明白で、今後はそれをいかに使いこなすかが課題となってくるだろう。

それらを踏まえて最終的に必要なことは、スポーツという文化を支える力により、鍛えられた力が成就するということだ。今回、網走市営陸上競技場では、競技会開催直前まで北海道選手権が開催されていた。当然大会を運営されていたオホーツク陸上競技協会の審判員の皆様方をはじめ、地元の高校生も補助員として北海道選手権終了後も、ナイターで開催した競技会を献身的にご協力いただいた。

スポーツは“する・みる・支える”の思いが強く交錯した時こそ真の力が発揮されると常々思っている。今回の素晴らしい気象条件と、競技会を支えていただいた方々の想い、さらには選手たちの記録に挑戦しようとする熱き想いが交錯したからこその結果であったのだろう。

いつもながら、支えていただいている方々に感謝している。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第35回「北の大地で学生たちが疾走!~関東学生網走夏季記録挑戦競技会のウラ側~」

盛夏(せいか)と書いてみて妙に合点のいく暑さである。 向日葵は、青空に映える黄色い花を太陽に向かって誇らしげに広げ、真夏の太陽に負けない美しさが羨ましくもある。 7月の大学は講義も後半に差しかかり、レポート課題や前期試験の対応などに追われている。慌ただしさの中にあっても、「いよいよ夏の強化が始まる」という心が引き締まる思いが湧き立つ時期でもある。 海の日を含む3連休の中日である7月16日に、関東学生陸上競技連盟(以下、関東学連)が主催し、5回目となる関東学生網走夏季記録挑戦競技会を北海道の網走市で開催させていただいた。 このコラムをご覧いただいている方は、陸上関係者が大多数だと仮定しても、なぜ関東学連主催の競技会をオホーツク海沿岸の道北網走市で、わざわざ開催するのかと訝しがるだろう。 この時期の関東は連日気温が30度を超え、35度以上の猛暑日との気象情報も耳に慣れるほどの酷暑である。夏季の合宿地を選ぶならば、北へ北へと向かうか、標高を高く上へ上へと向かうしかない。 合宿地として「涼」を求めるならば、標高が1500mを超える高地であっても、それなりのトレーニング効果があるので最適トレーニングの場所として選定できる。 しかしながら、記録を狙う競技会の開催となると高度を上げるわけにいかず、緯度を北に向けて上げるしかない。 同じような理由で、この時期に記録を狙う機会を選手に提供するため、日本陸上競技連盟が主催するホクレン・ディスタンスチャレンジが毎年北海道で開催されている。今年は7月1日に士別、5日に深川、8日に網走、12日に北見、15日に千歳と5戦が開催された。 こちらの大会も年々レベルが上がり、ターゲットナンバー(参加標準記録を切っていても申し込み記録順に出場選手数を絞り込む)が導入されているので、何とか出場をと考えていた選手が機会を失う場合がある。 関東学連はホクレン・ディスタンス出場条件の記録に到達していない選手を優先的にエントリーしてもらい、その上でターゲットナンバーから外れてしまった選手の記録挑戦の機会を作るという目的で、今回の関東学生網走夏季記録挑戦競技会を企画している。 また、ペースメーカーを関東学連出身の実業団選手やケニア人留学生に協力していただき、なるべく多くの選手に、男子であれば5000m13分台、10000m28分台の記録にチャレンジできるようペースメイキングをしている。 大会要項参照 前年度10000mを2組に分けて好記録が誕生したこともあり、各大学の要望を受けて今回は3組編成とした(男女5000m各1組、男子10000m3組)。 午後5時40分スタートの女子5000mの時点で、北の風1m、気温17℃。男子10000mが始まる午後6時35分頃には16℃と絶好の気象条件となった。 [caption id="attachment_109459" align="alignnone" width="1568"] 7月16日の関東学生網走夏季記録挑戦競技会の様子[/caption] 私は昨年同様に、場内アナウンス兼ネット中継解説を仰せつかった。少しでもランナーのモチベーションを高めようと、このような言葉で鼓舞した。 「選手のみなさん、本日の関東地方は軒並み35度以上の猛暑日となり、日没の現在も茹だるような高温多湿の熱帯雨林の様相を呈しています。 しかしながらここ網走は、設定温度16℃の全館冷房状態です。東京のオフィスビルで16℃に冷房の設定をすることはありません。この気象条件で記録が出ないわけがありません。ペースメーカーもみなさんが未知の自己記録更新の世界へ誘ってくれるでしょう! さぁ絶好のチャンスです。交通費と宿泊費をかけてでも、ここ網走に来たからには好記録樹立のお土産を持ち帰りましょう!」 寒いと感じるほどの好条件のなか、出場選手171名のうち75名が自己記録を更新し、セカンドベストを加えるとほとんどの選手が秋のシーズンに向けて自信を深めたことと感じた。 男子5000mでは13分台が14名。 男子10000m1組目は目標タイム29分10秒までに9名、そのうち28分台が2名。 男子10000m2組目は目標タイム28分55秒で28分台が5名。 男子10000m3組目は目標タイム28分40秒で國學院大學の山本歩夢選手(3年)の28分16秒92を先頭に28分台が15名と活況を呈した。 大会結果 ペースメイクを快く引き受けてくれた女子5000mのナオミ・ムッソーニ選手(ユニバーサルエンターテイメント)、順大の伊澤菜々花コーチ、男子5000mのボニフェス・ムルア選手(NDソフト)、キサルサク・エドウィン選手(富士山の銘水)、石原翔太郎選手(東海大)、10000mのポール・オニエゴ選手(富士山の銘水)、ゴッドフリー・ムサンガ選手(駿河台大)、スティーブン・レマヤン選手(駿河台大)にはとても感謝している。 [caption id="attachment_109460" align="alignnone" width="1568"] 日本の大学を卒業した外国人留学生が多くペースメーカーを務めた。先頭は山梨学大をこの春卒業したポール・オニエゴ(富士山の銘水)[/caption] ペースアナウンスも日本語と英語、スワヒリ語を交えて Asante kwa kukubali kipima moyo leo 「今日はペースメイクありがとう」 Nina hakika utafanya rekodi nzuri 「きっといい記録が生まれるよ!」 ukurasa huo ni sawa 『そのペースでいいよ』 kuwa kasi kidogo 「もう少し速く」 punguza mwendo kidogo 「もう少しペースを落として」 などと語りかけてしっかりと対応していただいた。 大会終了後、スポーツライターの加藤康博氏と電話で世間話をする中で、各大学における10000m平均タイムの向上度合いについて話が盛り上がった。 手元のデータでは、現状およそ上位16校が10人平均で28分台であること。トップが駒澤大学の28分18秒、2位が中央大学で28分29秒と既に28分30秒を切っていること。30校近くが29分30秒を切っているなど、凄まじいレベルアップを感じずにはいられない。 平均タイム28分台でないと、箱根駅伝予選会を突破できないような“超高速時代”は目前に迫っているのだろう。 2000年代前半は、28分台がチームに1人でもいれば注目を集めた時代であった。10年ほど前でも平均タイム29分30秒以内であれば十分シードを狙えた時代だった。それを隔世の感を禁じ得ない。 世界選手権の10000m参加標準記録が日本記録を上回る時代であることも踏まえて、今後も各大学がしのぎを削りながら、記録を向上していくスパイラルは淀みなく継続されていくことだろう。 競技力の発展向上には、選手の身体能力に上書きされていくように、スポーツ科学に反映されたトレーニングとメンタルマネージメントが必須である。 さらには、彼らを取り巻く環境を含めたスポーツ文化の成熟が必要となってくる。 ランニングシューズの開発や改良は記録の向上に追い風となっていることは明白で、今後はそれをいかに使いこなすかが課題となってくるだろう。 それらを踏まえて最終的に必要なことは、スポーツという文化を支える力により、鍛えられた力が成就するということだ。今回、網走市営陸上競技場では、競技会開催直前まで北海道選手権が開催されていた。当然大会を運営されていたオホーツク陸上競技協会の審判員の皆様方をはじめ、地元の高校生も補助員として北海道選手権終了後も、ナイターで開催した競技会を献身的にご協力いただいた。 スポーツは“する・みる・支える”の思いが強く交錯した時こそ真の力が発揮されると常々思っている。今回の素晴らしい気象条件と、競技会を支えていただいた方々の想い、さらには選手たちの記録に挑戦しようとする熱き想いが交錯したからこその結果であったのだろう。 いつもながら、支えていただいている方々に感謝している。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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