2021.06.16
学生長距離Close-upインタビュー
藤本珠輝 Fujimoto Tamaki 日本体育大学3年
「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。8回目は、今季トラックでひときわ存在感を発揮している日体大の藤本珠輝(3年)に話を聞いた。
兵庫・西脇工高時代から全国的に名前の知れたランナーだったが、日体大入学後に着実と力をつけ、ルーキーイヤーから主力として活躍。昨年まで大黒柱として君臨していた先輩が卒業し、今度は自分がチームを牽引する役目を担うことは自覚している。名門のエースとして、どんな走りを見せていくつもりなのか。
関東インカレ2種目で快走
5月20日から4日間の日程で行われた関東インカレで、日体大のエース・藤本珠輝(3年)が快走した。
初日の男子1部10000mを28分18秒52で4位(日本人2位)に入ると、4日目の同5000mは6位(日本人4位)。今大会、男子1部のトラック長距離種目で日本人唯一のダブル入賞を果たしたのだ。
「関東インカレは正直、出来すぎですね。10000mは3度目のレースでしたけど、一人で練習をしてきて自信もありました。前でレースを進めることだけを考えて臨み、中盤以降もしっかり粘ることができたと思います。ただ、得意にしている5000mはもっと粘れたかなと思うので、そこは少し悔しいです」
競技を始めたのは兵庫・陵南中に入学してから。部活見学で「長い距離を走るのが楽しそうだな」と感じて、陸上部に入部した。3年時には近畿大会3000mで優勝。全国中学駅伝にも出場してチームは7位に入っている。アンカーを務めた藤本が11人抜きを演じて、入賞をつかみ取った。
足立幸永先生の熱心な誘いもあり、高校は兵庫県の名門・西脇工に進学した。3年時にはインターハイ5000mで決勝に進出(15位)。全国高校駅伝にも出場し、1区を任された藤本は区間11位でチームは13位だった。
高校3年時のインターハイは5000mで決勝に進出して15位(右)だった
「高校時代は2年生の時に出られなかった都大路に、3年生で出場を果たせたのが一番の思い出です。でも、個人としては目標にしていた5000m13分台に届かなかったので、納得できずに卒業した感じですね」
高校時代の5000mベストが14分08秒52だった藤本は日体大に進学。ルーキーイヤーから主力選手として活躍した。1年時は箱根駅伝予選会でチームトップの個人14位(1時間3分54秒)。11月の上尾ハーフでも1時間2分46秒と好走した。しかし、箱根駅伝では直前の故障もあり、厳しい戦いが待っていた。
「上りが特別得意というわけではなかったのですが、5区に対する憧れがあったんです。他の区間のことはあまり知らなかったので、『5区に興味があります』と言ったら、本当に5区を走ることになりました。でも、本格的な上りが始まる前の3kmで苦しくなって、ほとんど覚えてないですね……」
天下の険に臨んだが、1時間14分35秒で区間16位。箱根山中で法大と神奈川大にかわされ、18位で芦ノ湖にたどり着いた。
先輩・池田耀平の存在が藤本を強くした
昨季の日体大は池田耀平(現・カネボウ)がエースとしての走りを見せてきた。日本選手権10000mで27分58秒52をマーク。箱根駅伝は1区の藤本が8位でタスキをつなげると、池田が花の2区を日本人トップ(1時間7分14秒の区間3位)で走破して、4位まで順位を上げている。
昨季は寮が同部屋(4人部屋)で、ポイント練習は2人で行うことが多かった。エースとして日体大を引っ張ってきた池田から、藤本は多くのことを学んできた。
「池田さんは競技に対して本当にマジメで、生活のリズムも完璧でした。部屋でお菓子を食べているのを見たことがないですし、消灯時間になったらすぐに就寝する。普段の生活からレベルが高く、いろいろな面で助けていただきました。それに池田さんの活躍は自分にとっても自信になったんです」
池田の背中を追いかけてきた藤本は今季さらなる飛躍を求めて、トレーニングの質を上げた。自らメニューを計画して、玉城良二駅伝監督と相談しながら練習を進めているという。
「昨季までは池田さんの後ろについていく練習でしたが、今年は自分でペースを作って攻めていくことを課題にしています。他の選手とやってないのは申し訳ない気持ちがあるんですけど、ひとりでの練習で力がついているのを実感していますし、レースでも手ごたえを感じるようになったんです」
2月の日本選手権クロカンは7位に入り、学生では優勝した三浦龍司(順大)に次ぐ2位に食い込んだ。順位以上に、途中レースを引っ張ったことが自信になったという。右アキレス腱を痛めたため、3月の学生ハーフは欠場したが、4月の日本学連10000m記録会で28分08秒58をマーク。この種目2度目の挑戦で自己ベストを2分以上も短縮した。
そして前述のとおり、5月の関東インカレで大活躍。さらに6月6日の日体大長距離競技会では5000mで13分32秒58を叩き出し、日体大記録(13分33秒7/中村孝生)を42年ぶりに塗り替えた。藤本は誰もが認める名門・日体大の「エース」になったと言っていいだろう。
同じ病気を持つ人からのメッセージがモチベーションに
藤本は小学5年生から「全身脱毛症」という病気を抱えて生きてきた。その治療で体調を崩すことや、見た目をからかわれたりすることもあったという。それでも藤本は明るく前向きに人生を歩んできた。
長年、全身脱毛症に苦しめられてきた藤本だが、最近は症状が改善しつつある。関東インカレではウィッグ(かつら)を外して出場し、「いまは抜けていなくて、生えるのに時間がかかっているんです」と状況を説明する。
大学1年時にSNSで自身の病気について公表した。とても勇気のいる決断だったに違いないが、これについて藤本は「良かったと思っています」と語る。「以前はよくからかわれましたが、今は同じ悩みを抱えている方から『走りを見て勇気をもらいました』と言われることもあります。そういう言葉を聞くと、自分自身のモチベーションにもなるからです」。
自分の走りが誰かの役に立っている――。周囲の期待に応えるために、藤本はまだまだ強くなるつもりだ。
次なる戦いの舞台は6月19日の全日本大学駅伝関東学連推薦選考会。5日後に日本選手権5000mを控える3年生エースは静かに燃えている。
「全日本予選はチーム目標である5位以内で通過したい。4年生は教育実習の関係で万全ではないと思うので、自分がしっかりと引っ張っていきたいです。留学生が相手でも関東インカレのように攻めの走りをしてラストもうまく切り替えたい」
今後の目標については「10000mの日体大記録(27分58秒52/池田耀平)を更新すること」を挙げる。加えて、箱根駅伝では「前回、池田さんがあれだけの走りをしたので、自分も2区で勝負できることを証明したい。池田さんの記録(1時間7分14秒)は超えたいと思っています」と早くもエース区間での出走を見据えている。
トラックでスピードを磨いて、「いずれはマラソンで勝負したい」と話す藤本。名門・日体大を引っ張る“新エース”の快進撃はまだまだ止まりそうにない。
◎ふじもと・たまき/2001年1月14日生まれ。兵庫県出身。陵南中→西脇工高→日体大。自己記録5000m13分32秒58、10000m28分08秒58。ハーフマラソン1時間2分13秒。高校時代はインターハイ5000m15位、全国高校駅伝1区11位など活躍。日体大では1年時から主力として駅伝メンバーに名を連ね、今年の箱根駅伝では1区区間8位とチームに流れをもたらした。今年はトラックで活躍を続け、5000mで42年ぶりに日体大記録を更新した。(写真はチーム提供)
文/酒井政人

関東インカレ2種目で快走
5月20日から4日間の日程で行われた関東インカレで、日体大のエース・藤本珠輝(3年)が快走した。 初日の男子1部10000mを28分18秒52で4位(日本人2位)に入ると、4日目の同5000mは6位(日本人4位)。今大会、男子1部のトラック長距離種目で日本人唯一のダブル入賞を果たしたのだ。 「関東インカレは正直、出来すぎですね。10000mは3度目のレースでしたけど、一人で練習をしてきて自信もありました。前でレースを進めることだけを考えて臨み、中盤以降もしっかり粘ることができたと思います。ただ、得意にしている5000mはもっと粘れたかなと思うので、そこは少し悔しいです」 競技を始めたのは兵庫・陵南中に入学してから。部活見学で「長い距離を走るのが楽しそうだな」と感じて、陸上部に入部した。3年時には近畿大会3000mで優勝。全国中学駅伝にも出場してチームは7位に入っている。アンカーを務めた藤本が11人抜きを演じて、入賞をつかみ取った。 足立幸永先生の熱心な誘いもあり、高校は兵庫県の名門・西脇工に進学した。3年時にはインターハイ5000mで決勝に進出(15位)。全国高校駅伝にも出場し、1区を任された藤本は区間11位でチームは13位だった。
先輩・池田耀平の存在が藤本を強くした
昨季の日体大は池田耀平(現・カネボウ)がエースとしての走りを見せてきた。日本選手権10000mで27分58秒52をマーク。箱根駅伝は1区の藤本が8位でタスキをつなげると、池田が花の2区を日本人トップ(1時間7分14秒の区間3位)で走破して、4位まで順位を上げている。 昨季は寮が同部屋(4人部屋)で、ポイント練習は2人で行うことが多かった。エースとして日体大を引っ張ってきた池田から、藤本は多くのことを学んできた。 「池田さんは競技に対して本当にマジメで、生活のリズムも完璧でした。部屋でお菓子を食べているのを見たことがないですし、消灯時間になったらすぐに就寝する。普段の生活からレベルが高く、いろいろな面で助けていただきました。それに池田さんの活躍は自分にとっても自信になったんです」 池田の背中を追いかけてきた藤本は今季さらなる飛躍を求めて、トレーニングの質を上げた。自らメニューを計画して、玉城良二駅伝監督と相談しながら練習を進めているという。 「昨季までは池田さんの後ろについていく練習でしたが、今年は自分でペースを作って攻めていくことを課題にしています。他の選手とやってないのは申し訳ない気持ちがあるんですけど、ひとりでの練習で力がついているのを実感していますし、レースでも手ごたえを感じるようになったんです」 2月の日本選手権クロカンは7位に入り、学生では優勝した三浦龍司(順大)に次ぐ2位に食い込んだ。順位以上に、途中レースを引っ張ったことが自信になったという。右アキレス腱を痛めたため、3月の学生ハーフは欠場したが、4月の日本学連10000m記録会で28分08秒58をマーク。この種目2度目の挑戦で自己ベストを2分以上も短縮した。 そして前述のとおり、5月の関東インカレで大活躍。さらに6月6日の日体大長距離競技会では5000mで13分32秒58を叩き出し、日体大記録(13分33秒7/中村孝生)を42年ぶりに塗り替えた。藤本は誰もが認める名門・日体大の「エース」になったと言っていいだろう。同じ病気を持つ人からのメッセージがモチベーションに
藤本は小学5年生から「全身脱毛症」という病気を抱えて生きてきた。その治療で体調を崩すことや、見た目をからかわれたりすることもあったという。それでも藤本は明るく前向きに人生を歩んできた。 長年、全身脱毛症に苦しめられてきた藤本だが、最近は症状が改善しつつある。関東インカレではウィッグ(かつら)を外して出場し、「いまは抜けていなくて、生えるのに時間がかかっているんです」と状況を説明する。 大学1年時にSNSで自身の病気について公表した。とても勇気のいる決断だったに違いないが、これについて藤本は「良かったと思っています」と語る。「以前はよくからかわれましたが、今は同じ悩みを抱えている方から『走りを見て勇気をもらいました』と言われることもあります。そういう言葉を聞くと、自分自身のモチベーションにもなるからです」。 自分の走りが誰かの役に立っている――。周囲の期待に応えるために、藤本はまだまだ強くなるつもりだ。 次なる戦いの舞台は6月19日の全日本大学駅伝関東学連推薦選考会。5日後に日本選手権5000mを控える3年生エースは静かに燃えている。 「全日本予選はチーム目標である5位以内で通過したい。4年生は教育実習の関係で万全ではないと思うので、自分がしっかりと引っ張っていきたいです。留学生が相手でも関東インカレのように攻めの走りをしてラストもうまく切り替えたい」 今後の目標については「10000mの日体大記録(27分58秒52/池田耀平)を更新すること」を挙げる。加えて、箱根駅伝では「前回、池田さんがあれだけの走りをしたので、自分も2区で勝負できることを証明したい。池田さんの記録(1時間7分14秒)は超えたいと思っています」と早くもエース区間での出走を見据えている。 トラックでスピードを磨いて、「いずれはマラソンで勝負したい」と話す藤本。名門・日体大を引っ張る“新エース”の快進撃はまだまだ止まりそうにない。
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