2020.06.16
七種競技・ヘンプヒル恵が複数種目に挑戦し続けた理由

女子七種競技で日本歴代2位の5907点を持つヘンプヒル恵(アトレ)は、中学時代から「混成競技」の選手として数々の実績を残してきた。だが、学生時代は七種競技だけではなく、同一競技会の中で複数種目に出場。しかも高いレベルでこなしてきた。
昨年から社会人となり、実業団選手として競技を続けてさすがに無茶なスケジュールでの出場はなくなったが、彼女はなぜ、それほどの挑戦を続けてきたのだろうか。
誰にもできないことをする
七種競技は、初日に100mハードル、走高跳、砲丸投、200、2日目に走幅跳、やり投、800mを1人でこなし、その合計点数で順位を決する過酷な競技。欧米では「クイーン・オブ・アスリート」として賞賛を浴びる。そんな種目で日本“女王”として活躍を続けているのが24歳のヘンプヒルだ。
中学時代は四種競技で全国大会を制し、高校時代は2、3年と七種競技でインターハイを連覇。中大に進学してから日本選手権3連覇を果たしている。この2年はケガに泣かされたが、昨年秋には復活の一歩を刻んだ。
ヘンプヒルは、高校・大学と、七種競技に加えて、単独種目にも出場。得意としている100mハードルはもちろん、リレー、さらに走幅跳や走高跳、ある時はやり投など……。数分刻みで出ることはざらで、時には走幅跳の試技の間にハードルを走り、また走幅跳に戻る、といったことも。インターハイは5日間、インカレなどは3~4日間にかけて実施されるが、「あ、またヘンプヒルさんが出ている」とスタンドから声が漏れるほど、とにかく走り回った。
誰にもできないことをする。それが彼女のポリシーだ。
「高校時代、練習もハードでしたが、それでも『まだまだやれることがある』と感じていたんです。私が本当に結果を出せるようになるのは社会人になってから、と思っていて、高校、大学時代は“卒業後”を考えて競技をしていました」
混成競技は基礎体力のベースが何よりも重要になる。それに加え、強靱な精神力も試される。浮き沈みなく、例え1つの種目で記録が悪くても、平常心で次に向かう気持ちの強さが必要だ。
中学・高校の恩師である内田典子先生も混成経験者で、大学時代の指導者である高橋賢作・前中大監督多くの混成選手を育成してきた。元来の負けず嫌い精神に加え、そんな2人から、「混成競技者とは何たるか」をたたき込まれた。高橋前監督は「混成は人間力がものを言う」と常々語っていた。
「複数種目に挑戦するのは高校、大学でしかできないこと。だから、よほどのことがない限り、棄権するという選択はしませんでした」
時には「やりたくない」と涙を流しながら次の種目へ向かう姿もあった。「もちろん、つらい時はいっぱいありました」と当時を笑って振り返る。だが、「何か得られるものがある、と思って」挑戦し続けた。
チャレンジすることが大事

「たとえ結果が良くなくても、出る・出ないで葛藤した時間も含めて、何かプラスになる。達成感はすごくありましたし、複数出て『最悪だった』と思ったことは1回もありませんし、後悔していません」
高校3年の甲府インターハイでは、七種競技で5519点の高校新で優勝。最終日には100mハードルを制して2冠したが、並行して4×400mリレーの準決勝と決勝も走った。決勝はアンカーとして激走し、銅メダルを獲得。猛暑が続く灼熱の5日間、4×100mリレーを含めて“皆勤賞”で、チームとして取ったマイルリレーのメダルが「一番うれしかった」と話していた。
そんな姿に、同期や後輩たちは強くあこがれた。彼女の影響で、間違いなく高校で七種競技に挑戦する選手は増え、レベルは格段に向上。高校歴代記録の上位には、ヘンプヒルが高校記録を出した2014年以降の記録が多く並ぶことがそれを物語る。
最近では、七種競技の選手たちが、ヘンプヒル同様に他種目に挑戦したり、リレーに出場したりする姿も増えた。「それは私がやってきたことが少し影響していると思います」という自負もある。
だが、それを実現するためには、普段からそれに耐えられるだけのトレーニングが必要だ。「結構、複数種目する選手は、聞いてみるとスマートな練習をしている傾向にあるように感じます」。ケガをしないためにも、それ相応の覚悟と準備が必要不可欠だと説く。
「七種競技はめちゃくちゃしんどいんです。土壇場で『やっぱり、あの時にやっておけばよかった』という場面に陥るのが一番つらい。その苦しい思いをするくらいなら、練習でそれ以上のことをしないといけない。それを心がけていれば、練習で『無理だ』なんてなりません」
迷った時には「いつも難しいほうを選択するようにしてきた」そうだ。2年前には膝の靱帯断裂という大ケガを経験し、昨年は思うように身体が動かせないストレスや環境の変化に疲弊し、一時は引退も頭をよぎった。それでも「難しい選択」をして戻ってきたのは、もし今辞めたら「やっておけばよかった」という思いが去来するのがわかっているからだ。
「できるか、できないかじゃなくて、チャレンジするかしないか。それが大事だと思っています」
まずは、9月26日、27日の2日間、長野で開催される予定の日本選手権混成で、3年ぶりに女王の座を奪い返すミッションにチャレンジする。
◎ヘンプヒル恵(めぐ)/1996年5月23 日生まれ、24 歳。京都府出身。京都文教中・高→中大→アトレ。
・主な種目の自己ベスト
七種競技 5907点(日本歴代2位/17年)
100mH 13秒38(16年)
走幅跳 6m28(16年)
走高跳 1m71(17年)
やり投 47m88(15年)
400mH 58秒59(14年)
文/向永拓史
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七種競技・ヘンプヒル恵が複数種目に挑戦し続けた理由
女子七種競技で日本歴代2位の5907点を持つヘンプヒル恵(アトレ)は、中学時代から「混成競技」の選手として数々の実績を残してきた。だが、学生時代は七種競技だけではなく、同一競技会の中で複数種目に出場。しかも高いレベルでこなしてきた。
昨年から社会人となり、実業団選手として競技を続けてさすがに無茶なスケジュールでの出場はなくなったが、彼女はなぜ、それほどの挑戦を続けてきたのだろうか。
誰にもできないことをする
七種競技は、初日に100mハードル、走高跳、砲丸投、200、2日目に走幅跳、やり投、800mを1人でこなし、その合計点数で順位を決する過酷な競技。欧米では「クイーン・オブ・アスリート」として賞賛を浴びる。そんな種目で日本“女王”として活躍を続けているのが24歳のヘンプヒルだ。 中学時代は四種競技で全国大会を制し、高校時代は2、3年と七種競技でインターハイを連覇。中大に進学してから日本選手権3連覇を果たしている。この2年はケガに泣かされたが、昨年秋には復活の一歩を刻んだ。 ヘンプヒルは、高校・大学と、七種競技に加えて、単独種目にも出場。得意としている100mハードルはもちろん、リレー、さらに走幅跳や走高跳、ある時はやり投など……。数分刻みで出ることはざらで、時には走幅跳の試技の間にハードルを走り、また走幅跳に戻る、といったことも。インターハイは5日間、インカレなどは3~4日間にかけて実施されるが、「あ、またヘンプヒルさんが出ている」とスタンドから声が漏れるほど、とにかく走り回った。 誰にもできないことをする。それが彼女のポリシーだ。 「高校時代、練習もハードでしたが、それでも『まだまだやれることがある』と感じていたんです。私が本当に結果を出せるようになるのは社会人になってから、と思っていて、高校、大学時代は“卒業後”を考えて競技をしていました」 混成競技は基礎体力のベースが何よりも重要になる。それに加え、強靱な精神力も試される。浮き沈みなく、例え1つの種目で記録が悪くても、平常心で次に向かう気持ちの強さが必要だ。 中学・高校の恩師である内田典子先生も混成経験者で、大学時代の指導者である高橋賢作・前中大監督多くの混成選手を育成してきた。元来の負けず嫌い精神に加え、そんな2人から、「混成競技者とは何たるか」をたたき込まれた。高橋前監督は「混成は人間力がものを言う」と常々語っていた。 「複数種目に挑戦するのは高校、大学でしかできないこと。だから、よほどのことがない限り、棄権するという選択はしませんでした」 時には「やりたくない」と涙を流しながら次の種目へ向かう姿もあった。「もちろん、つらい時はいっぱいありました」と当時を笑って振り返る。だが、「何か得られるものがある、と思って」挑戦し続けた。チャレンジすることが大事
「たとえ結果が良くなくても、出る・出ないで葛藤した時間も含めて、何かプラスになる。達成感はすごくありましたし、複数出て『最悪だった』と思ったことは1回もありませんし、後悔していません」
高校3年の甲府インターハイでは、七種競技で5519点の高校新で優勝。最終日には100mハードルを制して2冠したが、並行して4×400mリレーの準決勝と決勝も走った。決勝はアンカーとして激走し、銅メダルを獲得。猛暑が続く灼熱の5日間、4×100mリレーを含めて“皆勤賞”で、チームとして取ったマイルリレーのメダルが「一番うれしかった」と話していた。
そんな姿に、同期や後輩たちは強くあこがれた。彼女の影響で、間違いなく高校で七種競技に挑戦する選手は増え、レベルは格段に向上。高校歴代記録の上位には、ヘンプヒルが高校記録を出した2014年以降の記録が多く並ぶことがそれを物語る。
最近では、七種競技の選手たちが、ヘンプヒル同様に他種目に挑戦したり、リレーに出場したりする姿も増えた。「それは私がやってきたことが少し影響していると思います」という自負もある。
だが、それを実現するためには、普段からそれに耐えられるだけのトレーニングが必要だ。「結構、複数種目する選手は、聞いてみるとスマートな練習をしている傾向にあるように感じます」。ケガをしないためにも、それ相応の覚悟と準備が必要不可欠だと説く。
「七種競技はめちゃくちゃしんどいんです。土壇場で『やっぱり、あの時にやっておけばよかった』という場面に陥るのが一番つらい。その苦しい思いをするくらいなら、練習でそれ以上のことをしないといけない。それを心がけていれば、練習で『無理だ』なんてなりません」
迷った時には「いつも難しいほうを選択するようにしてきた」そうだ。2年前には膝の靱帯断裂という大ケガを経験し、昨年は思うように身体が動かせないストレスや環境の変化に疲弊し、一時は引退も頭をよぎった。それでも「難しい選択」をして戻ってきたのは、もし今辞めたら「やっておけばよかった」という思いが去来するのがわかっているからだ。
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走幅跳 6m28(16年)
走高跳 1m71(17年)
やり投 47m88(15年)
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文/向永拓史
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