HOME バックナンバー
Road to OREGON 22 田中希実 「目標がこれまで考えもしない領域になっている」
Road to OREGON 22 田中希実 「目標がこれまで考えもしない領域になっている」

東京五輪の女子1500mで見せた「8位入賞」と「3分台」は、驚愕の快挙として日本陸上史に刻まれた。だが、それを早くも上書きしようと、田中希実(豊田自動織機TC)は走り始めている。22年春には同大を卒業。人生の新たなスタートとともに、いよいよトップアスリートとして本格化の時を迎えていく。
文/小川雅生

卒論を終えて2021年を締めくくる

夏の熱狂を終えてからも、田中希実(豊田自動織機TC)は多忙な日々を送っていた。特に年末に向けて、卒論という〝難題〟が待ち受ける。その間にイベントや取材にひっぱりだこになりながらもトレーニングをこなし、レースにもいくつか出場した。

広告の下にコンテンツが続きます

12月4日の日体大長距離競技会で15分04秒83、1週間後のエディオンディスタンスチャレンジin京都では15分04秒10と、5000mで好記録を連発。とても十分なコンディションとは言えない中での走りは、この1年を通じて地力がついたことの証明か。

卒論も、12月17日の締め切り当日に「なんとか無事提出できました」。ホッと一息つき、2021年を締めくくった。主題は「東京オリンピックの女子1500mの決勝に至るまでのコンディショニング評価」だという。

「自分のコンディショニングの振り返りもしつつ、グレテ・ワイツというノルウェーの中長距離選手(1975年に3000mで世界新、後にマラソンに転向して1984年ロサンゼルス五輪銀メダル)が使っていた(コンディションの)チェックリストが有効かどうかを検証していました」

そのチェックリストは主観的な内容だが、田中はそこに体内ホルモンや自律神経など客観的なデータを加えて分析。その有効性を検証した。結論としては、「それほどはっきりとは出ませんでしたが、ちょっとは有効なんじゃないか」というもの。だが、そういった学びから、「これまで言葉では表し切れなかった感覚的な部分を、チェックリストとして項目化できたところもありました」と言う。

「自分の中で『あえて言うなら』というような項目を作ったら、自分にとってのチェックリストが作れるんじゃないか、と。例えば、流しがすごい楽に何秒くらいで走れた、起きた時の身体の軽さ、階段の上り下りの脚の軽さなどは、『今日は結構調子いいな』と自分の中で測れたりします」

それは、これからのレースに向けたコンディション作りに生かせるものになるかもしれない。2020年からのコロナ禍によって、あらゆる環境が激変。田中も、その中でさまざまな葛藤を抱えながら走っていた。

「2020年は初めて『レースがない』という時期を経験しました。だから練習にぶつけるしかなかった。それは精神的にきつかった面もありましたが、逆にレースが楽しいと味わえた面もありました。でも21年は、オリンピックまでは練習にもっと集中したいのに、毎週のようにレース。だから自分の本当の力がわからなくなってしまったんです。練習では、めっちゃがんばっているのに2020年に比べて、なんかパッとしない。レースもその疲労を抱えたままで走るから、タイムは悪くないけど、良くもない。そんなことをずっと繰り返していたので、去年より遅くなっているんじゃないか、弱くなっているんじゃないかという不安が、オリンピックまでは常にありました」

そういった流れは、卒論のテーマ決めと無関係ではないだろう。今のコンディションをどう把握するかの発想には、同大での「忙しかったけど、あっという間だった」4年間が生きている。

「大学の授業は教科書の内容を単に教えるだけではなく、『これは一般に言われていることだけど、本当はこういう考え方もある』といったものでした。つまり、『固定観念を作らないように』という進め方。それは、自分の競技に対する考え方にもつながっていったかなと思います」

父・健智さんからの指導と、母・千洋さんからのきめ細やかなサポートを受けて世界を目指してきた。その取り組みはこれまで何度か紹介してきたが、まさに日本陸上界の常識を覆すようなもの。トラックでは800mから10000mまで、種目を固定することなく毎週のようにレースに出場し、冬季は駅伝やクロカンも積極的にこなす。21年の日本選手権で800m、1500m、5000mの3種目に挑戦したことは、その代表例だろう。

そうやって田中は、東京五輪1500mで8位入賞、準決勝では日本人女子初の3分台(3分59秒19)という快挙へとつなげていった。

この続きは2022年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。

 

※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する
定期購読はこちらから

東京五輪の女子1500mで見せた「8位入賞」と「3分台」は、驚愕の快挙として日本陸上史に刻まれた。だが、それを早くも上書きしようと、田中希実(豊田自動織機TC)は走り始めている。22年春には同大を卒業。人生の新たなスタートとともに、いよいよトップアスリートとして本格化の時を迎えていく。 文/小川雅生

卒論を終えて2021年を締めくくる

夏の熱狂を終えてからも、田中希実(豊田自動織機TC)は多忙な日々を送っていた。特に年末に向けて、卒論という〝難題〟が待ち受ける。その間にイベントや取材にひっぱりだこになりながらもトレーニングをこなし、レースにもいくつか出場した。 12月4日の日体大長距離競技会で15分04秒83、1週間後のエディオンディスタンスチャレンジin京都では15分04秒10と、5000mで好記録を連発。とても十分なコンディションとは言えない中での走りは、この1年を通じて地力がついたことの証明か。 卒論も、12月17日の締め切り当日に「なんとか無事提出できました」。ホッと一息つき、2021年を締めくくった。主題は「東京オリンピックの女子1500mの決勝に至るまでのコンディショニング評価」だという。 「自分のコンディショニングの振り返りもしつつ、グレテ・ワイツというノルウェーの中長距離選手(1975年に3000mで世界新、後にマラソンに転向して1984年ロサンゼルス五輪銀メダル)が使っていた(コンディションの)チェックリストが有効かどうかを検証していました」 そのチェックリストは主観的な内容だが、田中はそこに体内ホルモンや自律神経など客観的なデータを加えて分析。その有効性を検証した。結論としては、「それほどはっきりとは出ませんでしたが、ちょっとは有効なんじゃないか」というもの。だが、そういった学びから、「これまで言葉では表し切れなかった感覚的な部分を、チェックリストとして項目化できたところもありました」と言う。 「自分の中で『あえて言うなら』というような項目を作ったら、自分にとってのチェックリストが作れるんじゃないか、と。例えば、流しがすごい楽に何秒くらいで走れた、起きた時の身体の軽さ、階段の上り下りの脚の軽さなどは、『今日は結構調子いいな』と自分の中で測れたりします」 それは、これからのレースに向けたコンディション作りに生かせるものになるかもしれない。2020年からのコロナ禍によって、あらゆる環境が激変。田中も、その中でさまざまな葛藤を抱えながら走っていた。 「2020年は初めて『レースがない』という時期を経験しました。だから練習にぶつけるしかなかった。それは精神的にきつかった面もありましたが、逆にレースが楽しいと味わえた面もありました。でも21年は、オリンピックまでは練習にもっと集中したいのに、毎週のようにレース。だから自分の本当の力がわからなくなってしまったんです。練習では、めっちゃがんばっているのに2020年に比べて、なんかパッとしない。レースもその疲労を抱えたままで走るから、タイムは悪くないけど、良くもない。そんなことをずっと繰り返していたので、去年より遅くなっているんじゃないか、弱くなっているんじゃないかという不安が、オリンピックまでは常にありました」 そういった流れは、卒論のテーマ決めと無関係ではないだろう。今のコンディションをどう把握するかの発想には、同大での「忙しかったけど、あっという間だった」4年間が生きている。 「大学の授業は教科書の内容を単に教えるだけではなく、『これは一般に言われていることだけど、本当はこういう考え方もある』といったものでした。つまり、『固定観念を作らないように』という進め方。それは、自分の競技に対する考え方にもつながっていったかなと思います」 父・健智さんからの指導と、母・千洋さんからのきめ細やかなサポートを受けて世界を目指してきた。その取り組みはこれまで何度か紹介してきたが、まさに日本陸上界の常識を覆すようなもの。トラックでは800mから10000mまで、種目を固定することなく毎週のようにレースに出場し、冬季は駅伝やクロカンも積極的にこなす。21年の日本選手権で800m、1500m、5000mの3種目に挑戦したことは、その代表例だろう。 そうやって田中は、東京五輪1500mで8位入賞、準決勝では日本人女子初の3分台(3分59秒19)という快挙へとつなげていった。 この続きは2022年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。  
※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する 定期購読はこちらから

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2025.11.08

甲南学園陸上競技部創部100周年式典を開催!中尾恭吾主将「次の100年へつなげたい」

甲南学園陸上競技部創部100周年記念式典、および記念祝賀会が11月8日、神戸市内のホテルで開催された。 甲南大学、甲南高校・中学校を運営する甲南学園の歴史は1911年の幼稚園創立からスタート。翌年に小学校、1919年に中 […]

NEWS 女子5000mで山田桃愛が15分33秒70の自己新  3000mで高3・栃尾佳穂9分11秒48/京都陸協記録会

2025.11.08

女子5000mで山田桃愛が15分33秒70の自己新 3000mで高3・栃尾佳穂9分11秒48/京都陸協記録会

11月8日、京都市の東寺ハウジングフィールド西京極で第6回京都陸協記録会が行われ、女子5000mでは山田桃愛(しまむら)が15分33秒70の自己新で全体トップとなった。 山田は埼玉県出身の24歳。小学生時代に発症した骨髄 […]

NEWS 5000m競歩で山田大智が高校新! 従来の記録を10秒近く更新する19分20秒59

2025.11.08

5000m競歩で山田大智が高校新! 従来の記録を10秒近く更新する19分20秒59

11月8日、兵庫県尼崎市の尼崎市記念公園陸上競技場で第6回尼崎中長距離記録会が行われ、男子5000m競歩で山田大智(西脇工高3兵庫)が19分20秒59の日本高校新記録を樹立した。従来の高校記録は住所大翔(飾磨工高/現・富 […]

NEWS 中部・北陸実業団駅伝の区間エントリー発表! 最長4区はトヨタ紡織・西澤侑真、トヨタ自動車・湯浅仁が出場

2025.11.08

中部・北陸実業団駅伝の区間エントリー発表! 最長4区はトヨタ紡織・西澤侑真、トヨタ自動車・湯浅仁が出場

11月8日、中部実業団連盟と北陸実業団連盟は、ニューイヤー駅伝の予選を兼ねた第65回中部・第55回北陸実業団対抗駅伝(11月9日)の区間エントリーを発表した。 中部では、昨年大会新記録で優勝を果たしたトヨタ紡織が4区(1 […]

NEWS 中電工は1区・相葉直紀、6区・北村惇生  中国電力は池田勘汰を6区に起用/中国実業団対抗駅伝

2025.11.08

中電工は1区・相葉直紀、6区・北村惇生 中国電力は池田勘汰を6区に起用/中国実業団対抗駅伝

中国実業団連盟は11月8日、第64回中国実業団対抗駅伝(11月9日)の区間エントリーを発表した。 前回大会で3年ぶりの優勝を果たした中電工は、優勝の立役者となった北村惇生を2年連続でエース区間の6区(19km)に登録した […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2025年11月号 (10月14日発売)

2025年11月号 (10月14日発売)

東京世界選手権 総特集
箱根駅伝予選会&全日本大学駅伝展望

page top