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2019.10.17

2人のコーチが語る大迫傑の「進化」と「強さ」
2人のコーチが語る大迫傑の「進化」と「強さ」

ナイキ本社にある「マイケル・ジョンソン・トラック」で練習する大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)

箱根駅伝でヒーローになり、ユニバーシアード10000mで金メダルを獲得。大学卒業後は日本を飛び出し、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)はさらに強くなった。2015年に5000mで13分08秒40の日本記録をマークすると、昨年10月にはマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立。〝東京五輪の星〟として輝く大迫はどのように「進化」したのか。2人のコーチに話を聞いた。

ナイキ本社にある「マイケル・ジョンソン・トラック」で練習する大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)

徹底したランニングフォームの修正

大迫傑が所属するナイキ・オレゴン・プロジェクトは、ナイキがサポートし、往年の名ランナーであるアルベルト・サラザール(米国)を監督として立ち上げたチーム。当初は米国人ランナーを世界大会の表彰台に立たせることを目標にしていたが、アジア人で初めて大迫が加わるなど、この10年でグローバルなチームになっている。そのなかで大迫を指導してきたのがピート・ジュリアンだ。

「ナイキ・オレゴン・プロジェクトに来るすべての選手が偉大になれる可能性があると信じています。スグルの場合は少し時間がかかりましたけど、当時から可能性の鱗片はありました」

チームに加入した大迫はロンドン五輪の10000mでワン・ツーを飾り、当時チームに所属していたモハメド・ファラー(英国)、ゲーレン・ラップ(米国)らの背中を追いかけた。当時は彼らの練習についていけなかったというが、それでも徐々に力をつけ、2015年には5000mで13分08秒40の日本記録を樹立。2016年のリオ五輪には5000mと10000mで出場した。

そして、2017年4月のボストン(2時間10分28秒)でマラソンに初挑戦すると、見事なステップアップを重ねていく。同年12月の福岡国際で2時間7分19秒、翌年10月のシカゴで2時間5分50秒。3戦目にして日本記録保持者まで上り詰めたのだ。トラックからマラソンへ。大迫はサクセスストーリーを歩んでいる。

「ナイキ・オレゴン・プロジェクトでは、良いランナーであれば、1500m、5000m、10000mをうまく走り、マラソンも走れるという理念を持っています。特定の種目に軸足を置くことが普通かもしれませんが、私たちは彼らが偉大なアスリートになれる機会を逃したくありません。若くて速いアスリートであれば、できるだけスピードを維持して、長い距離にも挑戦させたいと考えています。例えば、400mを60秒で走るのが楽になれば、400m74秒ペースで26マイル(42km)を走ることは容易でしょう。スピードという要素はとても大事なんです」

今年3月の東京マラソンは冷たい雨のコンディションもあり、大迫は途中棄権に終わった。「彼にとってうまくいかないことも必要です。そんな日が彼をもっと強くすると自信を持って言えます」とジュリアンコーチは話す。もちろん大迫もすぐに前を見つめて、9月15日のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)に向けてトレーニングを積んだ。

「MGCも過去4回のマラソン練習とほぼ同じです。何をすればうまくいくのか理解しているので、それほど変える必要はありません。失敗したとしても、自分たちのやっていることに自信があればまた立ち上がって続けるだけです。今回もボルダーで6週間ほど、かなりキツめのメニューを行います。追い込んで、辛い思いもするでしょう。どんな状況にも耐えられるようにするのが目的です。本番の5~6週間前にはおそらくハーフを走るでしょう。アメリカのどこかの町の小さなイベントになると思います。マラソンのいくつかの要素にフォーカスして走るレースになります(※大迫は8月10日にHOT TROTハーフマラソンに出場。1時間2分23秒で優勝を飾っている)。その頃にはあまりきつすぎるトレーニングはしません。そんな感じで、非常にシンプルです。私たちは一貫性こそが強いランナーを育てると考えているのです」

トラックからマラソンに軸足を移したこともあり、大迫の〝走り〟も変化している。それは大迫がチームに加入後、一番大きく変わった部分でもあるという。

「私たちはゴルフやテニスのコーチと同じような視点でランニング時の身体の動きを見ていきます。スグルの走り方は、とても効率良くなりました。日本人選手は腕を伸ばして低く振って走る傾向があります。しかも横向きに。コーナーを走るときには有効かもしれませんが、マラソンにとってはプラスになりません。腕はまっすぐ振るほうが、水の流れのように前方向にスムーズに動くはずです」

言葉では伝わりにくいため、ジュリアンコーチは実際に大迫の肘をつかんで教えることもあったという。時には鏡の前で走らせるなど、徹底的に腕振りを教え込んだ。数km走ると元の動きに戻ってしまう状態が続いたが、専門スタッフとタッグを組んで、ワークアウトで補った。

週3回はウエイトトレーニングなどのワークアウトを行っている

ワークアウトでも進化のかたち

5年ほど前からワークアウトを担当しているのが、パーソナルトレーナーで理学療法士のデイビッド・マッケンリーだ。ジムでは、「シュガー」というニックネームで呼ばれている大迫の成長をどのように感じているのか。

「スグルは当初、トラックが中心でしたが、ピートから、『才能があるから近いうちにマラソンを走らせたい』と言われていました。そこで、彼のトレーニング内容も変えていきました。スグルはとてもシャイで、それは今も変わりません。でも、運動能力は高く、モチベーションも高い。理解力があるので、進歩もすごく早いです」

大迫のワークアウトは週に3回。2回は比較的きついウエイトトレーニングを行い、もう1回は補足的なセッションを他のトレーニングと組み合わせているという。

「ダイナミックな柔軟運動を行い、片足のバランス、ランニングの姿勢に関する運動や体幹や腰回りの筋トレをたくさんやります。上半身の姿勢や筋力に関する練習の最後には、いつも重めのウエイトを用いたプライオメトリクストレーニングでパワーをつけています」

ワークアウトは主に弱点にフォーカスするため、数ヵ月に1度はトレッドミルの3Dモーション分析を行い、筋肉の動き、足圧データなどをチェックしている。

「ランナーの弱点がわかれば、ストレングス・コンディショニングで具体的な対策を取ることができます。だから最初は、スグルと色々なことに取り組みました。彼の動きは無駄がとても少なくなってきたので、本当に小さな点にフォーカスするようになりました。5年間の大きな変化で言えば、パワーや力を出す能力がかなり上がったことでしょう。ワークアウトの最後にいつも大きなウエイトを挙げながらジャンプの動きをしますが、当時と比べるとかなり成長しています」

足裏にかかる圧力も専門の機器でチェックする

ワークアウトでは序盤に柔軟性を高め、中盤では動きの効率性と耐久性にフォーカス。走る動きの振動に耐えられる身体を作っているという。取材に訪れた日も大迫は30種目ほどあろうかというエクササイズやウエイトトレーニングをスムーズにこなしていた。

「彼はもともとエクササイズをうまくこなしていましたが、より良くなりました。テクニックに無駄がなくなりましたね。例えば片脚でバランスを取りながらより重いウエイトを持つような複雑な動きも大きく進歩しました。マラソンがメインになり、主にフォーカスしているのは、耐久性を高めることです。マラソンは舗装路を走るだけでなく、練習量も多い。それに動きの効率性も優先課題です。できるだけ楽に、最大限の力を地面に伝えられるようになってほしいと思っています。それは単に重いウエイトを挙げるというものではありません。レース中に疲れた時も良い姿勢を保ち、正しい走り方をすることも大切です。さらに、レース後半の筋力が重要になってきます。20マイル(32km)まで速く走れる選手はたくさんいても、最後の約6マイル(約10km)を速く走れる選手は多くありません。彼がマラソンに移行して以来、その部分に力を入れています」

MGCのとらえ方

9月15日に行われたMGCでは、大迫は3位。東京五輪の代表内定とはならなかったが、この冬に行われる「MGCファイナルチャレンジ」で自身の日本記録を破られなければ代表に決定する「暫定候補」となった。ジュリアンコーチはMGCに向けてどんな戦略を考えていたのだろうか。

「MGCには31名の優れた選手が出場します。少なくとも10名くらいは絶好調だと感じているでしょう。あらゆる状況を考えていますが、スグルは自分だけにフォーカスします。彼には十分な強さと速さがあるので、どんな課題でも乗り越えられるように準備して、柔軟な心で臨みます。レースでは何が起こるかわからないですからね。ただ、ナイキ・オレゴン・プロジェクトのシングレットを着る以上は勝つつもりのないレースを走ることはありません」

マラソンで大迫の快進撃を支えてきたのが、〝厚底レーシングシューズ〟として世界を席巻しているナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%だ。MGCではシリーズ最新モデルのナイキ ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%を使用した。

「見た目以上に軽く、快適に走れる。画期的なシューズです。でも、マラソンはアスリートがすべて。私たちにとってのシューズは、アスリートを守ってくれることにあります。レースが終わった後のダメージが少なくなっているのは、次のレースを考える上でもすごく役立っています」

ジュリアンコーチは現在の大迫について、「今となってはあらゆる面で彼は強いですよ」と評価する。そして、どんなランナーになってほしいですか? という質問にはこう答えた。

「彼はもうすでに私が望むランナーになっています。彼のビジョンを私が話すことはできませんが、少なくとも2回のオリンピックは可能だと思います。東京でもまだスグルは若手ですからね。パリまで考えることはできますし、ワールドマラソンメジャーズなどのビッグレースでも彼は表彰台に立つことを思い描けるはずです。そして他のアスリートたちは同じスタートラインに立つこの日本人が脅威であると感じるでしょう」

大迫傑はこれからも世界のメジャーレースを沸かせてくれそうだ。

MGCに向けた練習では鎧坂哲哉(旭化成)と一緒に走ることもあった

文/酒井政人

<関連特集>
『月刊陸上競技』2019年11月号
・「大本命」として迎えたMGC
・妻が明かした大迫傑の食生活

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『月刊陸上競技』2011年5月号:
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『月刊陸上競技』2010年10月号:
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・早大&明大が合同合宿 ※大迫選手の練習メニューも掲載

箱根駅伝でヒーローになり、ユニバーシアード10000mで金メダルを獲得。大学卒業後は日本を飛び出し、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)はさらに強くなった。2015年に5000mで13分08秒40の日本記録をマークすると、昨年10月にはマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立。〝東京五輪の星〟として輝く大迫はどのように「進化」したのか。2人のコーチに話を聞いた。 [caption id="attachment_5199" align="aligncenter" width="600"] ナイキ本社にある「マイケル・ジョンソン・トラック」で練習する大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)[/caption]

徹底したランニングフォームの修正

大迫傑が所属するナイキ・オレゴン・プロジェクトは、ナイキがサポートし、往年の名ランナーであるアルベルト・サラザール(米国)を監督として立ち上げたチーム。当初は米国人ランナーを世界大会の表彰台に立たせることを目標にしていたが、アジア人で初めて大迫が加わるなど、この10年でグローバルなチームになっている。そのなかで大迫を指導してきたのがピート・ジュリアンだ。 「ナイキ・オレゴン・プロジェクトに来るすべての選手が偉大になれる可能性があると信じています。スグルの場合は少し時間がかかりましたけど、当時から可能性の鱗片はありました」 チームに加入した大迫はロンドン五輪の10000mでワン・ツーを飾り、当時チームに所属していたモハメド・ファラー(英国)、ゲーレン・ラップ(米国)らの背中を追いかけた。当時は彼らの練習についていけなかったというが、それでも徐々に力をつけ、2015年には5000mで13分08秒40の日本記録を樹立。2016年のリオ五輪には5000mと10000mで出場した。 そして、2017年4月のボストン(2時間10分28秒)でマラソンに初挑戦すると、見事なステップアップを重ねていく。同年12月の福岡国際で2時間7分19秒、翌年10月のシカゴで2時間5分50秒。3戦目にして日本記録保持者まで上り詰めたのだ。トラックからマラソンへ。大迫はサクセスストーリーを歩んでいる。 「ナイキ・オレゴン・プロジェクトでは、良いランナーであれば、1500m、5000m、10000mをうまく走り、マラソンも走れるという理念を持っています。特定の種目に軸足を置くことが普通かもしれませんが、私たちは彼らが偉大なアスリートになれる機会を逃したくありません。若くて速いアスリートであれば、できるだけスピードを維持して、長い距離にも挑戦させたいと考えています。例えば、400mを60秒で走るのが楽になれば、400m74秒ペースで26マイル(42km)を走ることは容易でしょう。スピードという要素はとても大事なんです」 今年3月の東京マラソンは冷たい雨のコンディションもあり、大迫は途中棄権に終わった。「彼にとってうまくいかないことも必要です。そんな日が彼をもっと強くすると自信を持って言えます」とジュリアンコーチは話す。もちろん大迫もすぐに前を見つめて、9月15日のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)に向けてトレーニングを積んだ。 「MGCも過去4回のマラソン練習とほぼ同じです。何をすればうまくいくのか理解しているので、それほど変える必要はありません。失敗したとしても、自分たちのやっていることに自信があればまた立ち上がって続けるだけです。今回もボルダーで6週間ほど、かなりキツめのメニューを行います。追い込んで、辛い思いもするでしょう。どんな状況にも耐えられるようにするのが目的です。本番の5~6週間前にはおそらくハーフを走るでしょう。アメリカのどこかの町の小さなイベントになると思います。マラソンのいくつかの要素にフォーカスして走るレースになります(※大迫は8月10日にHOT TROTハーフマラソンに出場。1時間2分23秒で優勝を飾っている)。その頃にはあまりきつすぎるトレーニングはしません。そんな感じで、非常にシンプルです。私たちは一貫性こそが強いランナーを育てると考えているのです」 トラックからマラソンに軸足を移したこともあり、大迫の〝走り〟も変化している。それは大迫がチームに加入後、一番大きく変わった部分でもあるという。 「私たちはゴルフやテニスのコーチと同じような視点でランニング時の身体の動きを見ていきます。スグルの走り方は、とても効率良くなりました。日本人選手は腕を伸ばして低く振って走る傾向があります。しかも横向きに。コーナーを走るときには有効かもしれませんが、マラソンにとってはプラスになりません。腕はまっすぐ振るほうが、水の流れのように前方向にスムーズに動くはずです」 言葉では伝わりにくいため、ジュリアンコーチは実際に大迫の肘をつかんで教えることもあったという。時には鏡の前で走らせるなど、徹底的に腕振りを教え込んだ。数km走ると元の動きに戻ってしまう状態が続いたが、専門スタッフとタッグを組んで、ワークアウトで補った。 [caption id="attachment_5200" align="aligncenter" width="600"] 週3回はウエイトトレーニングなどのワークアウトを行っている[/caption]

ワークアウトでも進化のかたち

5年ほど前からワークアウトを担当しているのが、パーソナルトレーナーで理学療法士のデイビッド・マッケンリーだ。ジムでは、「シュガー」というニックネームで呼ばれている大迫の成長をどのように感じているのか。 「スグルは当初、トラックが中心でしたが、ピートから、『才能があるから近いうちにマラソンを走らせたい』と言われていました。そこで、彼のトレーニング内容も変えていきました。スグルはとてもシャイで、それは今も変わりません。でも、運動能力は高く、モチベーションも高い。理解力があるので、進歩もすごく早いです」 大迫のワークアウトは週に3回。2回は比較的きついウエイトトレーニングを行い、もう1回は補足的なセッションを他のトレーニングと組み合わせているという。 「ダイナミックな柔軟運動を行い、片足のバランス、ランニングの姿勢に関する運動や体幹や腰回りの筋トレをたくさんやります。上半身の姿勢や筋力に関する練習の最後には、いつも重めのウエイトを用いたプライオメトリクストレーニングでパワーをつけています」 ワークアウトは主に弱点にフォーカスするため、数ヵ月に1度はトレッドミルの3Dモーション分析を行い、筋肉の動き、足圧データなどをチェックしている。 「ランナーの弱点がわかれば、ストレングス・コンディショニングで具体的な対策を取ることができます。だから最初は、スグルと色々なことに取り組みました。彼の動きは無駄がとても少なくなってきたので、本当に小さな点にフォーカスするようになりました。5年間の大きな変化で言えば、パワーや力を出す能力がかなり上がったことでしょう。ワークアウトの最後にいつも大きなウエイトを挙げながらジャンプの動きをしますが、当時と比べるとかなり成長しています」 [caption id="attachment_5201" align="aligncenter" width="600"] 足裏にかかる圧力も専門の機器でチェックする[/caption] ワークアウトでは序盤に柔軟性を高め、中盤では動きの効率性と耐久性にフォーカス。走る動きの振動に耐えられる身体を作っているという。取材に訪れた日も大迫は30種目ほどあろうかというエクササイズやウエイトトレーニングをスムーズにこなしていた。 「彼はもともとエクササイズをうまくこなしていましたが、より良くなりました。テクニックに無駄がなくなりましたね。例えば片脚でバランスを取りながらより重いウエイトを持つような複雑な動きも大きく進歩しました。マラソンがメインになり、主にフォーカスしているのは、耐久性を高めることです。マラソンは舗装路を走るだけでなく、練習量も多い。それに動きの効率性も優先課題です。できるだけ楽に、最大限の力を地面に伝えられるようになってほしいと思っています。それは単に重いウエイトを挙げるというものではありません。レース中に疲れた時も良い姿勢を保ち、正しい走り方をすることも大切です。さらに、レース後半の筋力が重要になってきます。20マイル(32km)まで速く走れる選手はたくさんいても、最後の約6マイル(約10km)を速く走れる選手は多くありません。彼がマラソンに移行して以来、その部分に力を入れています」

MGCのとらえ方

9月15日に行われたMGCでは、大迫は3位。東京五輪の代表内定とはならなかったが、この冬に行われる「MGCファイナルチャレンジ」で自身の日本記録を破られなければ代表に決定する「暫定候補」となった。ジュリアンコーチはMGCに向けてどんな戦略を考えていたのだろうか。 「MGCには31名の優れた選手が出場します。少なくとも10名くらいは絶好調だと感じているでしょう。あらゆる状況を考えていますが、スグルは自分だけにフォーカスします。彼には十分な強さと速さがあるので、どんな課題でも乗り越えられるように準備して、柔軟な心で臨みます。レースでは何が起こるかわからないですからね。ただ、ナイキ・オレゴン・プロジェクトのシングレットを着る以上は勝つつもりのないレースを走ることはありません」 マラソンで大迫の快進撃を支えてきたのが、〝厚底レーシングシューズ〟として世界を席巻しているナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%だ。MGCではシリーズ最新モデルのナイキ ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%を使用した。 「見た目以上に軽く、快適に走れる。画期的なシューズです。でも、マラソンはアスリートがすべて。私たちにとってのシューズは、アスリートを守ってくれることにあります。レースが終わった後のダメージが少なくなっているのは、次のレースを考える上でもすごく役立っています」 ジュリアンコーチは現在の大迫について、「今となってはあらゆる面で彼は強いですよ」と評価する。そして、どんなランナーになってほしいですか? という質問にはこう答えた。 「彼はもうすでに私が望むランナーになっています。彼のビジョンを私が話すことはできませんが、少なくとも2回のオリンピックは可能だと思います。東京でもまだスグルは若手ですからね。パリまで考えることはできますし、ワールドマラソンメジャーズなどのビッグレースでも彼は表彰台に立つことを思い描けるはずです。そして他のアスリートたちは同じスタートラインに立つこの日本人が脅威であると感じるでしょう」 大迫傑はこれからも世界のメジャーレースを沸かせてくれそうだ。 [caption id="attachment_5202" align="aligncenter" width="600"] MGCに向けた練習では鎧坂哲哉(旭化成)と一緒に走ることもあった[/caption] 文/酒井政人 <関連特集> 『月刊陸上競技』2019年11月号: ・「大本命」として迎えたMGC ・妻が明かした大迫傑の食生活 『月刊陸上競技』2019年10月号別冊付録「MGC観戦ガイド」: ・〝スタイル〟を貫く日本記録保持者 『月刊陸上競技』2019年5月号: ・Special Close-up 東京を途中棄権した理由とMGCに向けて 『月刊陸上競技』2018年12月号: ・時代は2時間5分台へ!! 日本最強ランナーが「マラソン日本新」を語る(Web版はこちら『月刊陸上競技』2018年9月号: ・男子マラソンビッグ2インタビュー 〝現役最強&最速コンビ〟が語る「Road to 2020」 『月刊陸上競技』2018年1月号: ・2度目のマラソンでも激走 〝自然体〟を貫く稀代のスピードランナー 『月刊陸上競技』2017年6月号: ・注目の初マラソンを終えて 日本長距離界のエースが見せた〝可能性〟 『月刊陸上競技』2015年4月号: ・海外拠点で世界に挑む!! 「東京五輪マラソン金メダル」を目指してプロ選手に転向 『月刊陸上競技』2014年3月号: ・追跡箱根駅伝 なぜ早大から「日本代表」が生まれるのか!? 『月刊陸上競技』2013年6月号: ・大迫日本歴代4位 自己ベストを一気に18秒も短縮 『月刊陸上競技』2013年5月号: ・〝規格外〟の強さを求める学生長距離界のエース 『月刊陸上競技』2012年9月号: ・成長を続けるWのエース 『月刊陸上競技』2011年5月号: ・駅伝王者としてのリスタート ※大迫選手の練習メニューも掲載 『月刊陸上競技』2010年10月号: ・〝世界〟見据える1年生コンビ(早大夏合宿の特集内) ※合宿時の練習メニューも掲載 『月刊陸上競技』2010年5月号: ・早大&明大が合同合宿 ※大迫選手の練習メニューも掲載

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