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2025.11.27

岡田久美子が引退発表「誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指して」女子競歩牽引し続けた第一人者
岡田久美子が引退発表「誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指して」女子競歩牽引し続けた第一人者

岡田久美子(富士通)

富士通は11月27日、女子競歩の岡田久美子の現役引退を発表した。かねてより「今季が本当の集大成」と話していたが、正式に発表となった。

岡田は埼玉県出身。1991年生まれの34歳で、大迫傑(リーニン)、飯塚翔太(ミズノ)、戸邉直人(JAL)、ディーン元気(ミズノ)らと同じ学年で“プラチナ世代”の1人だ。

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まさに女子競歩の歴史を塗り替えてきた生けるレジェンドウォーカー。「高校1年生で競歩に出会い、約20年もの間、誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指し、自分自身と向き合い続けてきました」。上尾東中時代には中長距離を専門とし、全中にも出場。熊谷女高に進学してから「世界を目指せる」と当時の顧問の勧めで競歩を始め、1年生の秋には国体(少年B3000m競歩)で日本一に輝く。2年時には世界ジュニア選手権10000m競歩で8位。2、3年とインターハイを連覇し、3000m、5000mの競歩で高校記録(当時)も樹立している。

立教大に進学し、1年時の世界ジュニア選手権10000m競歩で銀メダルを獲得。同種目では44分34秒13のU20日本記録と学生記録を樹立した。U20日本記録は藤井菜々子(エディオン)に破られるまで8年間、学生記録は柳井綾音(立命大)に破られるまで14年間保持していた。関東インカレと日本インカレは4連覇を達成している。卒業後はビックカメラで競技を続けた。

20km競歩の移行には少し時間を要したものの、15年の日本選手権で初優勝すると、同年の北京世界選手権でシニア世界大会初代表。「初めてシニアの日本代表に選出された頃は、世界との差を痛感し、どうすれば海外選手との差を埋めることができるのかと深く悩んだ時期もありました」とも言うが、その後は16年リオ五輪(16位)、17年ロンドン世界選手権(18位)と着実に代表入りを果たしていく。19年には1時間27分41秒の日本新(当時)を樹立し、ドーハ世界選手権では6位入賞。同年には5000mと10000mの日本記録も樹立した。

その後は藤井菜々子ら若手の台頭もあったが、手本となり目標であり続けた。21年東京五輪は15位。その悔しさもあって競技継続を決意した。その後、ロンドン五輪50km競歩7位入賞の森岡紘一朗さんと結婚。所属を富士通に変え、夫としても、コーチとしても支えてもらうようになる。

22年オレゴン世界選手権では14位。その後は35km競歩に挑戦すると、23年の日本選手権で初出場して2時間44分11秒の日本記録を打ち立てた。同種目でブダペスト世界選手権代表を決めたが直前に腰を痛めて欠場となった。引退もよぎったが、トレーナーとともに姿勢を一から見直すと、ダメなら引退する覚悟で出場した24年の元旦競歩10km競歩で42分46秒の日本記録をマークしている。

同年のパリ五輪では20km競歩を辞退で男女混合競歩リレーに出場し、川野将虎(旭化成)とペアを組んで悲願の自身五輪初入賞となる8位に入った。その後も肉離れが重なるなどケガを乗り越えながら「東京」を目指して競技続行。今年2月の日本選手権ではセカンドベストとなる1時間28分17秒という驚異的なパフォーマンスを発揮し、東京世界選手権代表入り。本番では1時間30分12秒の18位。藤井の女子初メダル(銅)を見届け、「続けてきて良かった」と涙を浮かべていた。

自国開催での大歓声の中だったこともあり、「絶え間ない声援の中歩ききることができたこと、また、念願であった日本女子競歩初のメダル獲得の瞬間をアスリートとして見届けることができ、幸せな競技人生だったと感じています」と世界選手権を振り返る。

岡田は「競歩を通じて、国内外問わず、競い合い、高めあうライバルであり仲間達と出会うことができ、私自身の中で、競歩がかけがえのないものとなりました。決して順風満帆な競技生活ではなく、体調不良や怪我なども多い競技人生ではありましたが、多くの方々の声援と支えが力となり、何度も何度も苦しい時期を乗り越えることができました」とコメント。今後は「これから考えたい」とするが、「女子競歩をはじめ、多くのアスリートのさらなる活躍のために、陸上教室や普及活動を通じて、陸上競技や競歩の魅力を広めていけるようなことができたら」という。

これまで何度も何度も逆境に立ち、そのたびに不死鳥のごとく蘇った。東京世界選手権の後には「世界のトップで戦える選手ではない」と言うが、「素質がないのをコンプレックスにしながら、どうやって世界に近づけるか10年くらい考えて、人とは違う努力をしてきた」を胸を張る。

競歩人生で一度も失格はなし。注意や警告の数も圧倒的に少なかった。まさに、目指してきた「速く、強く、美しく歩く選手」を体現。流れるような脚運びと一糸乱れぬ歩型、そして最後まで尽きなかった向上心は、日本女子競歩界の宝物だった。五輪3大会、世界選手権6大会代表を果たした不屈のウォーカーが刻んできた偉大な足跡。その思いは後に続く後輩たちへと受け継がれていく。

富士通は11月27日、女子競歩の岡田久美子の現役引退を発表した。かねてより「今季が本当の集大成」と話していたが、正式に発表となった。 岡田は埼玉県出身。1991年生まれの34歳で、大迫傑(リーニン)、飯塚翔太(ミズノ)、戸邉直人(JAL)、ディーン元気(ミズノ)らと同じ学年で“プラチナ世代”の1人だ。 まさに女子競歩の歴史を塗り替えてきた生けるレジェンドウォーカー。「高校1年生で競歩に出会い、約20年もの間、誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指し、自分自身と向き合い続けてきました」。上尾東中時代には中長距離を専門とし、全中にも出場。熊谷女高に進学してから「世界を目指せる」と当時の顧問の勧めで競歩を始め、1年生の秋には国体(少年B3000m競歩)で日本一に輝く。2年時には世界ジュニア選手権10000m競歩で8位。2、3年とインターハイを連覇し、3000m、5000mの競歩で高校記録(当時)も樹立している。 立教大に進学し、1年時の世界ジュニア選手権10000m競歩で銀メダルを獲得。同種目では44分34秒13のU20日本記録と学生記録を樹立した。U20日本記録は藤井菜々子(エディオン)に破られるまで8年間、学生記録は柳井綾音(立命大)に破られるまで14年間保持していた。関東インカレと日本インカレは4連覇を達成している。卒業後はビックカメラで競技を続けた。 20km競歩の移行には少し時間を要したものの、15年の日本選手権で初優勝すると、同年の北京世界選手権でシニア世界大会初代表。「初めてシニアの日本代表に選出された頃は、世界との差を痛感し、どうすれば海外選手との差を埋めることができるのかと深く悩んだ時期もありました」とも言うが、その後は16年リオ五輪(16位)、17年ロンドン世界選手権(18位)と着実に代表入りを果たしていく。19年には1時間27分41秒の日本新(当時)を樹立し、ドーハ世界選手権では6位入賞。同年には5000mと10000mの日本記録も樹立した。 その後は藤井菜々子ら若手の台頭もあったが、手本となり目標であり続けた。21年東京五輪は15位。その悔しさもあって競技継続を決意した。その後、ロンドン五輪50km競歩7位入賞の森岡紘一朗さんと結婚。所属を富士通に変え、夫としても、コーチとしても支えてもらうようになる。 22年オレゴン世界選手権では14位。その後は35km競歩に挑戦すると、23年の日本選手権で初出場して2時間44分11秒の日本記録を打ち立てた。同種目でブダペスト世界選手権代表を決めたが直前に腰を痛めて欠場となった。引退もよぎったが、トレーナーとともに姿勢を一から見直すと、ダメなら引退する覚悟で出場した24年の元旦競歩10km競歩で42分46秒の日本記録をマークしている。 同年のパリ五輪では20km競歩を辞退で男女混合競歩リレーに出場し、川野将虎(旭化成)とペアを組んで悲願の自身五輪初入賞となる8位に入った。その後も肉離れが重なるなどケガを乗り越えながら「東京」を目指して競技続行。今年2月の日本選手権ではセカンドベストとなる1時間28分17秒という驚異的なパフォーマンスを発揮し、東京世界選手権代表入り。本番では1時間30分12秒の18位。藤井の女子初メダル(銅)を見届け、「続けてきて良かった」と涙を浮かべていた。 自国開催での大歓声の中だったこともあり、「絶え間ない声援の中歩ききることができたこと、また、念願であった日本女子競歩初のメダル獲得の瞬間をアスリートとして見届けることができ、幸せな競技人生だったと感じています」と世界選手権を振り返る。 岡田は「競歩を通じて、国内外問わず、競い合い、高めあうライバルであり仲間達と出会うことができ、私自身の中で、競歩がかけがえのないものとなりました。決して順風満帆な競技生活ではなく、体調不良や怪我なども多い競技人生ではありましたが、多くの方々の声援と支えが力となり、何度も何度も苦しい時期を乗り越えることができました」とコメント。今後は「これから考えたい」とするが、「女子競歩をはじめ、多くのアスリートのさらなる活躍のために、陸上教室や普及活動を通じて、陸上競技や競歩の魅力を広めていけるようなことができたら」という。 これまで何度も何度も逆境に立ち、そのたびに不死鳥のごとく蘇った。東京世界選手権の後には「世界のトップで戦える選手ではない」と言うが、「素質がないのをコンプレックスにしながら、どうやって世界に近づけるか10年くらい考えて、人とは違う努力をしてきた」を胸を張る。 競歩人生で一度も失格はなし。注意や警告の数も圧倒的に少なかった。まさに、目指してきた「速く、強く、美しく歩く選手」を体現。流れるような脚運びと一糸乱れぬ歩型、そして最後まで尽きなかった向上心は、日本女子競歩界の宝物だった。五輪3大会、世界選手権6大会代表を果たした不屈のウォーカーが刻んできた偉大な足跡。その思いは後に続く後輩たちへと受け継がれていく。

引退を表明した競歩・岡田久美子のコメント全文「誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指してきた」

お世話になりました全ての皆さまへ この度、今年度をもちまして競技者としてのキャリアに区切りをつけることとなりましたことをご報告させていただきます。 高校1年生で競歩に出会い、約20年もの間、誰よりも『速く、強く、美しく歩く選手』を目指し、自分自身と向き合い続けてきました。 初めてシニアの日本代表に選出された頃は、世界との差を痛感し、どうすれば海外選手との差を埋めることができるのかと深く悩んだ時期もありました。 『私が引っ張っていき、日本の女子競歩を強くしたい』という気持ちを持ちながら試行錯誤の練習が続いたころ、同じ志を持った選手たちの存在や、多くの方々のご支援によって少しずつ力をつけることができ、2019年にはスペイン・ラコルーニャでおこなわれた競技会において、20km競歩で当時の日本記録を更新し、あらためて世界と戦う気持ちが強くなりました。 その結果、ドーハ2019世界選手権の20km競歩では6位、パリ2024オリンピックでは男女混合競歩リレーで8位入賞することができたと強く感じております。 競歩を通じて、国内外問わず、競い合い、高めあうライバルであり仲間達と出会うことができ、私自身の中で、競歩がかけがえのないものとなりました。 決して順風満帆な競技生活ではなく、体調不良や怪我なども多い競技人生ではありましたが、多くの方々の声援と支えが力となり、何度も何度も苦しい時期を乗り越えることができました。 キャリアとしての最後のレースとなりました東京2025世界選手権では、絶え間ない声援の中歩ききることができたこと、また、念願であった日本女子競歩初のメダル獲得の瞬間をアスリートとして見届けることができ、幸せな競技人生だったと感じています。 前所属を退社し、富士通での活動は2022年の30歳からと、キャリアの最終段階を迎えようとしていた私を温かく迎えてくださり、伝統あるチームで競技ができたことに大変感謝しています。 今後についてはこれから考えたいと思っていますが、女子競歩をはじめ、多くのアスリートのさらなる活躍のために、陸上教室や普及活動を通じて、陸上競技や競歩の魅力を広めていけるようなことができたらと考えています。 改めまして、これまで応援してくださったすべての方々へ感謝申し上げます。 長きにわたり、ご支援・ご声援いただきありがとうございました。 岡田久美子

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