2020.11.08

田澤廉を迎え入れた大八木監督。ガッチリと握手し、しばらく離さなかった(JMPA)
11月1日に行われた全日本大学駅伝。歴史に残る名勝負を駒大が制して、6年ぶりの日本一に輝いた。この優勝で駒大は学生三大駅伝で単独最多となる22勝(出雲3勝、全日本13勝、箱根6勝)を飾ったことになる。
そのすべてでチームの指揮を執ったのが、今年62歳になった大八木弘明監督だ。指導歴25年で学生ナンバー1に到達した裏にはどんな苦悩や戦略があったのか。そして、“23度目”を狙う箱根駅伝の展望とは……。激闘の2日後、学生駅伝界の名将が取材に応じてくれた。
全日本4連覇後の苦悩
──久しぶりに大八木監督の笑顔が見られました。周囲からの祝福もすごかったんじゃないですか?
大八木 うん、そうだね。6年ぶりですから。今いる選手たちは優勝を味わっていないですし、彼らもうれしかったんじゃないかな。
──学生三大駅伝で単独最多となる22勝目です。そのすべてのレースで指揮を執ってきました。
大八木 95年に大学の指導者(当時はコーチ)になって、1年1年の積み重ねが22回の優勝になったのです。当初は無我夢中でチームを立て直すことから始まりましたよ。箱根駅伝に出場するだけ、という感じのレベルでしたから。
──そこから強いチームを作り上げ、「平成の常勝軍団」と呼ばれるまでになりました。全日本大学駅伝では2014年まで4連覇を達成しています。しかし、その後は厳しい時代が続きましたね。
大八木 6年前は村山謙太(現・旭化成)、中村匠吾(現・富士通)という素晴らしい選手が育って全日本で4連覇できました。当時は56歳。謙太と匠吾が卒業して、気持ち的に少し落ち込んでしまった部分があったんです。ひと息ついてしまったというか……。教え子の藤田敦史もコーチとして入ってきましたし、今振り返ると、自分の本気度というか、指導にかける情熱が少し薄れてきた部分があったように思います。
──今季はそれが再燃した、と。
大八木 60歳を過ぎて、もう一回がんばってみようと思うようになったんです。老体にムチを打って、朝練習も自転車でついているんですから(笑)。
──その要因はどこにあるんでしょうか。
大八木 いろいろありますが、1つは田澤廉(2年)が奮い立たせてくれた、というのはありますね。今の1年生にもいい選手が入ってきてくれて、もう一度がんばってみようかなという気持ちが湧き上がってきたんです。彼らを育てていき、今季は三大駅伝のうちどれか一つは勝とう、と。そういう思いでしたね。
トレーニングの質が向上
──今季、これまでのトレーニング面についてはいかがでしたか。
大八木 夏合宿は結構、順調にやってきました。日本インカレでは5000mで鈴木芽吹(1年)が3位、加藤淳(4年)が4位。10000mで田澤が日本人トップ(4位)と、結果を残すことができました。練習全体のレベルが今季は上がっているのです。インターバル走にしても、距離走にしても、質を高めても選手たちが食らいついてきたんですよ。
──練習強度はどの世代に匹敵するくらいまで上がりましたか。
大八木 謙太や匠吾たちの時代に近づいたなという感じはしますね。
──スピードと距離走のバランスを少し変えたというお話をされていました。
大八木 これまでは月、水、土にポイント練習を入れることが多かったんですよ。でも今は、距離走とスピード練習をセットでやるなど、バランスを変えました。あとはスピードのレベルも上げましたね。シューズの進化もあるので、1kmで1~2秒ほどペースを上げています。それでも余裕度がありました。
──厚底のシューズを練習で使用することもあるんですか?
大八木 スピード練習はやることもありますよ。シューズを履いていることを加味して設定タイムを上げてね。本番だけ履くのだとタイムと感覚がわからなくなりますから。ポイント練習で使っておけば感覚はわかるんじゃないでしょうか。
──記録について、シューズの影響はどれくらいあると感じていますか。
大八木 だいぶ変わってきていますよね。全日本の記録を見ても、今回は大会記録を2分以上も更新(5時間13分11秒→5時間11分08秒)しましたから。
箱根は先行逃げ切りで往路勝負
──次は箱根駅伝です。駒大は2002年から4連覇を達成しています。しかし、08年を最後に総合優勝には届いていません。なかなか勝てなかったのは、5区が最長区間だった時代(06~16年)に、「山の神」が降臨しなかった影響もあると思います。
大八木 そうですね、そういう存在がいなかったことも確かにあるかもしれません。当時は5区の影響力が非常に大きかったですから。
──しかし、5区の距離は従来に近くなったので、再びチャンスがめぐってきました。
大八木 1、2年生は出雲、全日本の距離には対応できるかもしれませんが、本当に強いチームにするには箱根駅伝で戦える集団にしないといけません。
――全日本でも下級生の起用が目立ちました。
大八木 5、6区の酒井亮太と山野力も田澤と同じ2年生で、箱根のためにも彼らに経験を積ませておきたかったのです。1年生では唐澤拓海、白鳥哲汰あたりも伸びてきているので、面白いです。下級生に刺激を受けて上級生が奮起しています。
――やはり「山」がポイントになりますか。
大八木 1年生にもいい素材がいるし、5区には経験者の伊東颯汰(4年)もいます。5区をきちっと走れれば往路は面白い。5区は1時間10~11分台、6区は58分台前半で行かないと離されるから。
――全日本大学駅伝後のフラッシュインタビューでは「令和の常勝軍団を作りたい」というお話もされています。
大八木 往路は勝負していきたいね。4区までに少しでも多くリードを奪っておけば……。スタミナ作りを含めて、これから強い選手を育てていきますよ。再び「強い駒大」を築いていきたいと思います。
※11月13日発売の「月刊陸上競技」12月号では、全日本大学駅伝制覇に至るまでの作戦、区間配置の理由、選手たちの評価など、違った切り口でインタビューを掲載します。
◎おおやぎ・ひろあき/1958年7月30日生まれ。福島県出身。会津工業高を卒業後、小森印刷(現・小森コーポレーション)に就職し、社業の傍ら練習に励んだ。24歳で駒大(夜間部)に入学し、昼間は働きながら走り続け、箱根駅伝には84年から86年の3度出場。84年5区、86年2区で区間賞を獲得した。95年にコーチに就任し、駒大を立て直すと、2004年に監督に就く。駒大は今年の全日本大学駅伝を制し、出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝の三大駅伝で最多22度の優勝を達成。そのすべてで指導の現場に立っている。日本トップクラスの選手になった教え子は数えきれず、東京五輪マラソン代表の中村匠吾(富士通)もその一人。
構成/酒井政人
田澤廉を迎え入れた大八木監督。ガッチリと握手し、しばらく離さなかった(JMPA)
11月1日に行われた全日本大学駅伝。歴史に残る名勝負を駒大が制して、6年ぶりの日本一に輝いた。この優勝で駒大は学生三大駅伝で単独最多となる22勝(出雲3勝、全日本13勝、箱根6勝)を飾ったことになる。
そのすべてでチームの指揮を執ったのが、今年62歳になった大八木弘明監督だ。指導歴25年で学生ナンバー1に到達した裏にはどんな苦悩や戦略があったのか。そして、“23度目”を狙う箱根駅伝の展望とは……。激闘の2日後、学生駅伝界の名将が取材に応じてくれた。
全日本4連覇後の苦悩
──久しぶりに大八木監督の笑顔が見られました。周囲からの祝福もすごかったんじゃないですか? 大八木 うん、そうだね。6年ぶりですから。今いる選手たちは優勝を味わっていないですし、彼らもうれしかったんじゃないかな。 ──学生三大駅伝で単独最多となる22勝目です。そのすべてのレースで指揮を執ってきました。 大八木 95年に大学の指導者(当時はコーチ)になって、1年1年の積み重ねが22回の優勝になったのです。当初は無我夢中でチームを立て直すことから始まりましたよ。箱根駅伝に出場するだけ、という感じのレベルでしたから。 ──そこから強いチームを作り上げ、「平成の常勝軍団」と呼ばれるまでになりました。全日本大学駅伝では2014年まで4連覇を達成しています。しかし、その後は厳しい時代が続きましたね。 大八木 6年前は村山謙太(現・旭化成)、中村匠吾(現・富士通)という素晴らしい選手が育って全日本で4連覇できました。当時は56歳。謙太と匠吾が卒業して、気持ち的に少し落ち込んでしまった部分があったんです。ひと息ついてしまったというか……。教え子の藤田敦史もコーチとして入ってきましたし、今振り返ると、自分の本気度というか、指導にかける情熱が少し薄れてきた部分があったように思います。 ──今季はそれが再燃した、と。 大八木 60歳を過ぎて、もう一回がんばってみようと思うようになったんです。老体にムチを打って、朝練習も自転車でついているんですから(笑)。 ──その要因はどこにあるんでしょうか。 大八木 いろいろありますが、1つは田澤廉(2年)が奮い立たせてくれた、というのはありますね。今の1年生にもいい選手が入ってきてくれて、もう一度がんばってみようかなという気持ちが湧き上がってきたんです。彼らを育てていき、今季は三大駅伝のうちどれか一つは勝とう、と。そういう思いでしたね。トレーニングの質が向上
夏合宿から手応えをつかんでいたという大八木監督
──今季、これまでのトレーニング面についてはいかがでしたか。
大八木 夏合宿は結構、順調にやってきました。日本インカレでは5000mで鈴木芽吹(1年)が3位、加藤淳(4年)が4位。10000mで田澤が日本人トップ(4位)と、結果を残すことができました。練習全体のレベルが今季は上がっているのです。インターバル走にしても、距離走にしても、質を高めても選手たちが食らいついてきたんですよ。
──練習強度はどの世代に匹敵するくらいまで上がりましたか。
大八木 謙太や匠吾たちの時代に近づいたなという感じはしますね。
──スピードと距離走のバランスを少し変えたというお話をされていました。
大八木 これまでは月、水、土にポイント練習を入れることが多かったんですよ。でも今は、距離走とスピード練習をセットでやるなど、バランスを変えました。あとはスピードのレベルも上げましたね。シューズの進化もあるので、1kmで1~2秒ほどペースを上げています。それでも余裕度がありました。
──厚底のシューズを練習で使用することもあるんですか?
大八木 スピード練習はやることもありますよ。シューズを履いていることを加味して設定タイムを上げてね。本番だけ履くのだとタイムと感覚がわからなくなりますから。ポイント練習で使っておけば感覚はわかるんじゃないでしょうか。
──記録について、シューズの影響はどれくらいあると感じていますか。
大八木 だいぶ変わってきていますよね。全日本の記録を見ても、今回は大会記録を2分以上も更新(5時間13分11秒→5時間11分08秒)しましたから。
箱根は先行逃げ切りで往路勝負
箱根駅伝では「23度目頂点」を目指していく
──次は箱根駅伝です。駒大は2002年から4連覇を達成しています。しかし、08年を最後に総合優勝には届いていません。なかなか勝てなかったのは、5区が最長区間だった時代(06~16年)に、「山の神」が降臨しなかった影響もあると思います。
大八木 そうですね、そういう存在がいなかったことも確かにあるかもしれません。当時は5区の影響力が非常に大きかったですから。
──しかし、5区の距離は従来に近くなったので、再びチャンスがめぐってきました。
大八木 1、2年生は出雲、全日本の距離には対応できるかもしれませんが、本当に強いチームにするには箱根駅伝で戦える集団にしないといけません。
――全日本でも下級生の起用が目立ちました。
大八木 5、6区の酒井亮太と山野力も田澤と同じ2年生で、箱根のためにも彼らに経験を積ませておきたかったのです。1年生では唐澤拓海、白鳥哲汰あたりも伸びてきているので、面白いです。下級生に刺激を受けて上級生が奮起しています。
――やはり「山」がポイントになりますか。
大八木 1年生にもいい素材がいるし、5区には経験者の伊東颯汰(4年)もいます。5区をきちっと走れれば往路は面白い。5区は1時間10~11分台、6区は58分台前半で行かないと離されるから。
――全日本大学駅伝後のフラッシュインタビューでは「令和の常勝軍団を作りたい」というお話もされています。
大八木 往路は勝負していきたいね。4区までに少しでも多くリードを奪っておけば……。スタミナ作りを含めて、これから強い選手を育てていきますよ。再び「強い駒大」を築いていきたいと思います。
※11月13日発売の「月刊陸上競技」12月号では、全日本大学駅伝制覇に至るまでの作戦、区間配置の理由、選手たちの評価など、違った切り口でインタビューを掲載します。
◎おおやぎ・ひろあき/1958年7月30日生まれ。福島県出身。会津工業高を卒業後、小森印刷(現・小森コーポレーション)に就職し、社業の傍ら練習に励んだ。24歳で駒大(夜間部)に入学し、昼間は働きながら走り続け、箱根駅伝には84年から86年の3度出場。84年5区、86年2区で区間賞を獲得した。95年にコーチに就任し、駒大を立て直すと、2004年に監督に就く。駒大は今年の全日本大学駅伝を制し、出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝の三大駅伝で最多22度の優勝を達成。そのすべてで指導の現場に立っている。日本トップクラスの選手になった教え子は数えきれず、東京五輪マラソン代表の中村匠吾(富士通)もその一人。
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