2024.12.01

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第51回「切磋琢磨の日々を出し切って」
今年は短い秋だった。富士山の初冠雪は平年だと10月2日ごろに観測されるのだが、今年は観測史上最も遅い11月7日であった。
農作業はまったくの素人の私も、縁あって小さな畑の一角を借り、いくつか食用野菜を栽培してみようと挑戦している。家庭菜園を楽しんでおられる方や農業に従事されている方に笑われるかもしれないが、昨年のこの時期に苗植えをしたタマネギがどうにも大きく育たなかった。
今年も苗植えの季節がやってきたので、大きく育つようにと苗の間隔を少し離し気味に植え付けようと作業を始めた。そこを通りがかったご老人と、世間話になった。
「今年の残暑は年寄りにはなかなかこたえっちもーたけんど、その分秋がちっとばかしになっちまったじゃんね!」。そう甲州弁で話しつつ、苗植えを一瞥すると「ほんなに苗の間隔を空けっちもーとタマネギの玉はデカくならんずらに」と助言をいただいた。
(「今年の残暑は年寄りの身体にはなかなかきついものがあったけれど、その分秋のシーズンがとても短くなってしまったね」「そんなに間隔を開けてしまうとタマネギは大きく育たないよ」)
私は、勝手な思い込みで苗の間隔をしっかり開けて、苗に養分がしっかり吸収できる快適な環境を提供したつもりであった。
そのように話すと、「それだと苗は甘えてちっとも大きくならんよ。間隔が狭いくらいがお互いに競争してタマネギはどんどん大きくなるから」とご老人に教えていただいた。
切磋琢磨とはこのような環境においてなされることであり、真の能力開発には欠かせないことだろうと思いが及んだ。さりげない一言であったが、コーチングの真髄を言い表した言葉ではないだろうか。
脳裏に浮かんだのは、ハリウッド映画の空手キッド(ベストキッド:日本では1985年公開)の師匠が弟子に空手を伝授するシーン。苗植えを伝授してくれたご老人が、まるでこの映画の師匠とオーバーラップしてしまった。
「花鳥風月・春夏秋冬、吹く風や野に咲く花からも教えを乞うことができる!」とは語っている。しかしながら、まだまだ知らぬことや気づかないことがいかに多いかと、反省至極である。それだけにコーチングの現場に立つ身として、素直にその言葉が心に染みこんだ。
中国最古の詩集『詩経』に「切磋琢磨」は書かれており、“切するように、磋するように、琢するように、磨するように”と自己研鑽に励むことを言い表している。
「切」の意味は獣の骨や象牙などを切ること。「磋」の意味は獣の骨や象牙などを研くこと。「琢」の意味は玉や岩石を打ち砕き、削って形を整えること。「磨」の意味は玉や岩石を磨くことを表している。
「切磋」で学問に励み努力を重ね徳義を磨くこと、「琢磨」で学問や技芸を磨き上げることを意味している。
これら4つの漢字「切磋琢磨」からは、個人として単独でも学問や徳義に励む事を意味し、仲間やライバルとの関係性の中にあっては、励まし合いしのぎを削るように競い合い向上してゆく事を表している。
切磋琢磨の日々は苦しみを伴う。その努力のやり方を表した言葉を大切にし、私が山梨学院大学の監督に就任した1985年から毎年手帳の裏表紙に書き込んでいる(三つ目の言葉はvol38に掲載)。
そのうちの一つが「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」である。
この言葉は京都・大徳寺の僧侶尾関宗園氏の著書に記されており、確か高校時代に読んでメモをしたことを記憶している。監督として選手たちにどのような努力をすべきかを解く時に、しばしばこの言葉を引用させてもらった。
何も咲かないような寒い時期こそ、しっかりと根を張る努力をしなければならない。たとえ砂地であろうと岩盤に行く手を遮られようとそこを突き抜け、時には遠回りでも地道に包み込んで根を張る努力を怠ってはいけない。
地表からはその姿は見えないかもしれないが、やがてくる春を待って大輪の花を咲かせたいのであればそのような気持ちで取り組む事が必要だからと理解している。
この言葉をシドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子さんがレース直後のTV出演のとき、色紙に書いて披露していただいた。
高橋さんは「何故なら高校時代の恩師が山梨学院大学箱根駅伝初出場の時に6区の山下りをやった中沢正仁先生でした。中沢先生が大学時代に、ことあるごとにこの言葉を聞かされてきたそうです。中沢先生が教師となってからは、私がことあるごとにこの言葉を聞いてきたからです」と話していただいた。
切磋琢磨の努力で向上してゆく。その積み重ねこそが根を張る努力であると認識している。
師走に入れば年の瀬が迫り来る。辰年とあらば、年の瀬は龍の背に乗り勢い良く超えてゆきたいところである。
12月は全国中学駅伝(15日)、全国高校駅伝(22日)・全日本大学女子選抜駅伝(30日)。年が明けると、元旦には全日本実業団駅伝、そして箱根駅伝。
切磋琢磨の日々をともに鍛えぬき、励まし合った仲間との団結と信頼であるタスキを肩にかけ、チームの誇りを胸に選手たちが走る。雲を突き抜け雷鳴を物ともせず、各選手たちが龍の如く駆け抜ける大会に向けて胸が高鳴り、心が躍る。
ケガや故障、体調不良などにならず、万全の状態で全ての選手が切磋琢磨の日々を思い切り出し切るレースが体現できることを願っている。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第51回「切磋琢磨の日々を出し切って」
今年は短い秋だった。富士山の初冠雪は平年だと10月2日ごろに観測されるのだが、今年は観測史上最も遅い11月7日であった。 農作業はまったくの素人の私も、縁あって小さな畑の一角を借り、いくつか食用野菜を栽培してみようと挑戦している。家庭菜園を楽しんでおられる方や農業に従事されている方に笑われるかもしれないが、昨年のこの時期に苗植えをしたタマネギがどうにも大きく育たなかった。 今年も苗植えの季節がやってきたので、大きく育つようにと苗の間隔を少し離し気味に植え付けようと作業を始めた。そこを通りがかったご老人と、世間話になった。 「今年の残暑は年寄りにはなかなかこたえっちもーたけんど、その分秋がちっとばかしになっちまったじゃんね!」。そう甲州弁で話しつつ、苗植えを一瞥すると「ほんなに苗の間隔を空けっちもーとタマネギの玉はデカくならんずらに」と助言をいただいた。 (「今年の残暑は年寄りの身体にはなかなかきついものがあったけれど、その分秋のシーズンがとても短くなってしまったね」「そんなに間隔を開けてしまうとタマネギは大きく育たないよ」) 私は、勝手な思い込みで苗の間隔をしっかり開けて、苗に養分がしっかり吸収できる快適な環境を提供したつもりであった。 そのように話すと、「それだと苗は甘えてちっとも大きくならんよ。間隔が狭いくらいがお互いに競争してタマネギはどんどん大きくなるから」とご老人に教えていただいた。 切磋琢磨とはこのような環境においてなされることであり、真の能力開発には欠かせないことだろうと思いが及んだ。さりげない一言であったが、コーチングの真髄を言い表した言葉ではないだろうか。 脳裏に浮かんだのは、ハリウッド映画の空手キッド(ベストキッド:日本では1985年公開)の師匠が弟子に空手を伝授するシーン。苗植えを伝授してくれたご老人が、まるでこの映画の師匠とオーバーラップしてしまった。 「花鳥風月・春夏秋冬、吹く風や野に咲く花からも教えを乞うことができる!」とは語っている。しかしながら、まだまだ知らぬことや気づかないことがいかに多いかと、反省至極である。それだけにコーチングの現場に立つ身として、素直にその言葉が心に染みこんだ。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
24年全日本大学駅伝1区を走る選手たち[/caption]
中国最古の詩集『詩経』に「切磋琢磨」は書かれており、“切するように、磋するように、琢するように、磨するように”と自己研鑽に励むことを言い表している。
「切」の意味は獣の骨や象牙などを切ること。「磋」の意味は獣の骨や象牙などを研くこと。「琢」の意味は玉や岩石を打ち砕き、削って形を整えること。「磨」の意味は玉や岩石を磨くことを表している。
「切磋」で学問に励み努力を重ね徳義を磨くこと、「琢磨」で学問や技芸を磨き上げることを意味している。
これら4つの漢字「切磋琢磨」からは、個人として単独でも学問や徳義に励む事を意味し、仲間やライバルとの関係性の中にあっては、励まし合いしのぎを削るように競い合い向上してゆく事を表している。
切磋琢磨の日々は苦しみを伴う。その努力のやり方を表した言葉を大切にし、私が山梨学院大学の監督に就任した1985年から毎年手帳の裏表紙に書き込んでいる(三つ目の言葉はvol38に掲載)。
そのうちの一つが「何にも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ」である。
この言葉は京都・大徳寺の僧侶尾関宗園氏の著書に記されており、確か高校時代に読んでメモをしたことを記憶している。監督として選手たちにどのような努力をすべきかを解く時に、しばしばこの言葉を引用させてもらった。
何も咲かないような寒い時期こそ、しっかりと根を張る努力をしなければならない。たとえ砂地であろうと岩盤に行く手を遮られようとそこを突き抜け、時には遠回りでも地道に包み込んで根を張る努力を怠ってはいけない。
地表からはその姿は見えないかもしれないが、やがてくる春を待って大輪の花を咲かせたいのであればそのような気持ちで取り組む事が必要だからと理解している。
この言葉をシドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子さんがレース直後のTV出演のとき、色紙に書いて披露していただいた。
高橋さんは「何故なら高校時代の恩師が山梨学院大学箱根駅伝初出場の時に6区の山下りをやった中沢正仁先生でした。中沢先生が大学時代に、ことあるごとにこの言葉を聞かされてきたそうです。中沢先生が教師となってからは、私がことあるごとにこの言葉を聞いてきたからです」と話していただいた。
切磋琢磨の努力で向上してゆく。その積み重ねこそが根を張る努力であると認識している。
師走に入れば年の瀬が迫り来る。辰年とあらば、年の瀬は龍の背に乗り勢い良く超えてゆきたいところである。
12月は全国中学駅伝(15日)、全国高校駅伝(22日)・全日本大学女子選抜駅伝(30日)。年が明けると、元旦には全日本実業団駅伝、そして箱根駅伝。
切磋琢磨の日々をともに鍛えぬき、励まし合った仲間との団結と信頼であるタスキを肩にかけ、チームの誇りを胸に選手たちが走る。雲を突き抜け雷鳴を物ともせず、各選手たちが龍の如く駆け抜ける大会に向けて胸が高鳴り、心が躍る。
ケガや故障、体調不良などにならず、万全の状態で全ての選手が切磋琢磨の日々を思い切り出し切るレースが体現できることを願っている。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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