2024.11.01

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第50回「刹那の差を生んだ予選会~それぞれのドラマを紡いで~」
一瞬の出来事を表す表現に“刹那”がある。由来は仏教における時間の最小単位だそうだ。
箱根駅伝予選会はハーフマラソンの距離を各校チーム最大12名が走り、トップ10名の記録を合計したもので順位づけられる。
ハーフマラソンは21.0975km×10=210.975km。箱根駅伝の往復217.1kmに匹敵する距離である。
10位・順天堂大学 11時間01分12秒
11位・東京農業大学11時間01分13秒
明暗を分けた1秒。1人0.1秒の差はまさに“刹那の差”と表現せざるを得ない。
過去11回の優勝経験のある順大が10位。エース・前田和摩(2年)が不在でも、あと1秒及ばなかった東農大。机上の起算や下馬評が的中しないほど高温多湿のレース環境は、選手の体力を蝕んだことは事実であろう。
東海大の10番目でフィニッシュするはずであった選手。フィニッシュまで残り10mだった。目前にして気力を振り絞り、本能的にもそこに到達しようと渾身の力を振り絞ろうとしたはずだ。
20kmの通過が1時間2分31秒で100位前後の通過。1時間6分を割るゴールタイムを関係者は予測したはずだ。しかし、熱中症による脱水症状はその気力をも闇に閉じ込めてしまった。
ゴール手前で棄権を余儀なくされてしまったその刹那、選手の無念と関係者の悲痛な思いが心象風景となって私の胸を締め付ける。
結果的にチーム10番目は396位で1時間12分29秒、11番目が401番目で1時間12分47秒。1時間10分以内で走破していれば10位通過となっていたことを思えば悔やまれる。
レースが終了すれば、言い訳などは語れない。「たら・れば」談義は外野がするものとはいえ、レースの詳細を分析せずにはいられない。
出場権を争った上位チームで途中棄権を余儀なくされたのは、東海大学以外に東京国際大、神奈川大、日体大、国士大。日大は12番目の選手も完走者リザルトの最終盤、1時間18分19秒の480位。歩くようにやっとの思いでゴールしている。
参加44チームのうち、途中棄権は6人。その中で上位を争う大学が5チームあったことは出場権を懸けてリスキーなペース配分を余儀なくされたのか。はたまた、プレッシャーからくる体調の異変が加味されたのかは知れぬと思いを巡らせた。
箱根駅伝予選会の2週間後には、大学駅伝日本一決定戦ともいえる全日本大学駅伝が控えている。近年の高速化に対応しようと、スピードの適応性を高めて挑む必要がある。
トレーニング医科学の進歩とともにトレーニング方法もブラッシュアップが図られ、その結果、スピード化が各チームの平均タイムの向上として表れている。厚底シューズやカーボンプレート入りスパイクの登場が高速化にさらに拍車をかけていることに疑う余地はない。
しかしながら、最終的には鍛え抜かれた肉体と精神の戦いがすべてを凌駕すると信じている。その中で今回の箱根駅伝予選会を俯瞰すれば、東海大や中大などは全日本大学駅伝で覇を競い合うためにスピード対応を重視したのかもしれない。
今回のように過酷な気象条件にあってはベーシックにスタミナ重視の有酸素系トレーニングの厚みを優先し、慎重にレースを進めたチームに軍配が上がったと捉えている。
その筆頭が2年ぶりに本戦復帰を決めた専大であろう。レース展開以上に、チームという集団の熱量(箱根駅伝に対する思いの丈)が、培ってきた走力を存分に発揮させ総合2位で出場権をもぎ取っていったからだ。
箱根駅伝10区間の激走まで2か月半。山を含めたそれぞれの区間の役割と特性を踏まえた中で、タスキをかけての継走戦となる。今回の予選会のように、机上の計算と下馬評が的中しないほどに選手を翻弄する気象条件でないことを願いたい。
とはいえ、いかなる条件下であろうともリザルトを受け止める覚悟が必要であろう。なぜなら、スタートラインに立つまでは最善を尽くし万全を期す。そしてレースは死力を尽くし最良の結果を求めて挑んだ中での結果だからだ。
予選会参加44チームとシード10校を含む54大学以外の関東学連加盟校からも箱根駅伝の2日間の補助員が動員される。前回大会は64大学計1794人であった。
箱根駅伝当日は黄色のジャンパーに身を包み、沿道の走路補助員として走路及び沿道の観衆のみなさんの安全確保を担っている。(年末特別編「黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ~」)
タスキをかけた継走戦と先ほど書かせていただいた。箱根駅伝を走る幸せや喜びは、20チームの代表選手だけのためにあるのではない。関東学連加盟校の同じ学生たちが箱根駅伝に懸ける思いを共有していることを、少しだけタスキのどこかに込めて走っていただきたいと願う。
勝者を常に讃えることはいとわないが、箱根駅伝はスポットライトの当たらぬ中にもそれぞれのヒューマンドラマが数多く紡がれているからだ。
| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!第50回「刹那の差を生んだ予選会~それぞれのドラマを紡いで~」
[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
10月19日行われた第101回箱根駅伝予選会[/caption]一瞬の出来事を表す表現に“刹那”がある。由来は仏教における時間の最小単位だそうだ。箱根駅伝予選会はハーフマラソンの距離を各校チーム最大12名が走り、トップ10名の記録を合計したもので順位づけられる。ハーフマラソンは21.0975km×10=210.975km。箱根駅伝の往復217.1kmに匹敵する距離である。10位・順天堂大学 11時間01分12秒
11位・東京農業大学11時間01分13秒明暗を分けた1秒。1人0.1秒の差はまさに“刹那の差”と表現せざるを得ない。過去11回の優勝経験のある順大が10位。エース・前田和摩(2年)が不在でも、あと1秒及ばなかった東農大。机上の起算や下馬評が的中しないほど高温多湿のレース環境は、選手の体力を蝕んだことは事実であろう。東海大の10番目でフィニッシュするはずであった選手。フィニッシュまで残り10mだった。目前にして気力を振り絞り、本能的にもそこに到達しようと渾身の力を振り絞ろうとしたはずだ。20kmの通過が1時間2分31秒で100位前後の通過。1時間6分を割るゴールタイムを関係者は予測したはずだ。しかし、熱中症による脱水症状はその気力をも闇に閉じ込めてしまった。ゴール手前で棄権を余儀なくされてしまったその刹那、選手の無念と関係者の悲痛な思いが心象風景となって私の胸を締め付ける。結果的にチーム10番目は396位で1時間12分29秒、11番目が401番目で1時間12分47秒。1時間10分以内で走破していれば10位通過となっていたことを思えば悔やまれる。レースが終了すれば、言い訳などは語れない。「たら・れば」談義は外野がするものとはいえ、レースの詳細を分析せずにはいられない。出場権を争った上位チームで途中棄権を余儀なくされたのは、東海大学以外に東京国際大、神奈川大、日体大、国士大。日大は12番目の選手も完走者リザルトの最終盤、1時間18分19秒の480位。歩くようにやっとの思いでゴールしている。参加44チームのうち、途中棄権は6人。その中で上位を争う大学が5チームあったことは出場権を懸けてリスキーなペース配分を余儀なくされたのか。はたまた、プレッシャーからくる体調の異変が加味されたのかは知れぬと思いを巡らせた。[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"]
箱根駅伝予選会の結果発表ボード。10位順大と11位東農大の差はわずか1秒だった[/caption]箱根駅伝予選会の2週間後には、大学駅伝日本一決定戦ともいえる全日本大学駅伝が控えている。近年の高速化に対応しようと、スピードの適応性を高めて挑む必要がある。トレーニング医科学の進歩とともにトレーニング方法もブラッシュアップが図られ、その結果、スピード化が各チームの平均タイムの向上として表れている。厚底シューズやカーボンプレート入りスパイクの登場が高速化にさらに拍車をかけていることに疑う余地はない。しかしながら、最終的には鍛え抜かれた肉体と精神の戦いがすべてを凌駕すると信じている。その中で今回の箱根駅伝予選会を俯瞰すれば、東海大や中大などは全日本大学駅伝で覇を競い合うためにスピード対応を重視したのかもしれない。今回のように過酷な気象条件にあってはベーシックにスタミナ重視の有酸素系トレーニングの厚みを優先し、慎重にレースを進めたチームに軍配が上がったと捉えている。その筆頭が2年ぶりに本戦復帰を決めた専大であろう。レース展開以上に、チームという集団の熱量(箱根駅伝に対する思いの丈)が、培ってきた走力を存分に発揮させ総合2位で出場権をもぎ取っていったからだ。箱根駅伝10区間の激走まで2か月半。山を含めたそれぞれの区間の役割と特性を踏まえた中で、タスキをかけての継走戦となる。今回の予選会のように、机上の計算と下馬評が的中しないほどに選手を翻弄する気象条件でないことを願いたい。とはいえ、いかなる条件下であろうともリザルトを受け止める覚悟が必要であろう。なぜなら、スタートラインに立つまでは最善を尽くし万全を期す。そしてレースは死力を尽くし最良の結果を求めて挑んだ中での結果だからだ。予選会参加44チームとシード10校を含む54大学以外の関東学連加盟校からも箱根駅伝の2日間の補助員が動員される。前回大会は64大学計1794人であった。箱根駅伝当日は黄色のジャンパーに身を包み、沿道の走路補助員として走路及び沿道の観衆のみなさんの安全確保を担っている。(年末特別編「黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ~」)タスキをかけた継走戦と先ほど書かせていただいた。箱根駅伝を走る幸せや喜びは、20チームの代表選手だけのためにあるのではない。関東学連加盟校の同じ学生たちが箱根駅伝に懸ける思いを共有していることを、少しだけタスキのどこかに込めて走っていただきたいと願う。勝者を常に讃えることはいとわないが、箱根駅伝はスポットライトの当たらぬ中にもそれぞれのヒューマンドラマが数多く紡がれているからだ。| 上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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