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【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/年末特別編「〜黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ〜」


山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

年末特別編「〜黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ〜」

 箱根駅伝の沿道に立つ黄色いウェアーの走路補助員は、箱根駅伝出場校及び予選会に出場した大学から関東学連に登録している部員数の3割を目処に派遣依頼して協力していただいている。

 コロナ禍の中で迎える97回大会は67大学1800名の補助員が往路107.5km、復路109.6kmの両日その任にあたる。

 走路審判員は東京陸上競技協会から約300名、神奈川陸上競技協会から約700名、警備のSECOMが約900名と、合わせて2000人規模で臨む。

 警視庁、神奈川県警からはおよそ2000名の警察官が、交通規制及び道路警備と重要な役割を果たしていただいている。警察官は正月の間、初詣や年始行事の交通規制や雑踏警備など人員を割かなければならない。それでも、箱根駅伝運営のために協力していただいていることに、毎年のことながら心から感謝申し上げたい。

 さらに幹線道路を交通規制して行う箱根駅伝は、生活や商業活動、旅行など多大なるご迷惑をおかけしていることから、目を逸らすことができない。この場をお借りして深謝させていただきます。

ランナーが通り抜ける横では黄色いジャンパーを着た学生走路補助員がコースの安全を守っている

 今回は学生走路補助員、黄色きウェアーを着る君たちに語りかけたい。

 ランナーが駆けてくるコースに背を向け、両手を水平に広げ背筋を伸ばして立つ。君は、この日このために走り続けできたのではない。

 きっとゴールや中継点を目指し、タスキを肩にかけ、風を切るように走る日を夢見ていたに違いない。

 今、タスキをかけて走る選手と共に汗を流し、遜色ないトレーニングをこなしたかもしれない。

 それとも、つい先日まで好調であったにもかかわらず、突然の怪我や故障でそこに立つ者もいるかもしれない。

 怪我や故障に苦しみ、いっそ辞めてしまおうと逡巡しつつも、最後まで諦めずに学生競技者の誇りを胸に、選手のサポートに徹した部員であった者もいるだろう。絶望や挫折、敗北やスランプはスポーツの世界には当然の如く訪れる。過酷な現実を受け止めて、乗り越えてきた者たちの背中がそこにある。

 手を広げた指先が、他の補助員と触れ合うことはなくとも、すべての大学のすべての補助員の心はつながっている。

 2021年1月2日と3日、第97回東京箱根間往復大学駅伝競走を成功に導いたのは、自分たちが「箱根駅伝」とプリントされた背中をランナーに示し、ゴールへ誘う誘導灯の如く整然と走路を確保したからだ、と。

 チームメイトのランナーと視線を交えることは無くとも、走りくるランナーは君たちの存在に背中を押されていることを確信している。

 君達に対する賞賛や「がんばれ!」の声援はなくとも、君達にはランナーのリズムを刻む足音と、通り過ぎる時の呼吸の息吹からわかる。

 ランナーが何を思い、今通り過ぎたのかを。

 君の視線は沿道に向かっているが、走りくるランナーの熱い視線と、どのような日々を過ごしてきたのかを。

 コロナ禍の中、グラウンドが使えず、あらゆる大会が中止になろうとも、それが不自由と愚痴にせず、更に仲間と共に走れずとも心をひとつに今日を迎えたことを。

 そしてこの大会を支えたことの誇りを胸に帰路についてほしい。

 テレビの前で観戦される皆様は時々つぶやいてあげてください。

「お疲れ様、よくがんばってきたね、そしてありがとう」

 きっとその声は届いているはずです。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。

第4回「『鬼滅の刃』と心象風景の共有〜そして箱根駅伝〜」



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