HOME 国内、特集

2024.06.29

【竹澤健介の視点】「記録」と「勝負」の両方を目指す難しさ感じたレース 伊藤達彦の復活は男子長距離の起爆剤に
【竹澤健介の視点】「記録」と「勝負」の両方を目指す難しさ感じたレース 伊藤達彦の復活は男子長距離の起爆剤に

ハイペースの日本選手権5000mを制した伊藤達彦

新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた第108回日本選手権男子5000m決勝。伊藤達彦(Honda)が日本歴代7位、大会新の13分13秒56でこの種目初優勝を飾り、4位までが13分20秒を切る好レースが繰り広げられた。2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、レースを振り返ったもらった。

◇ ◇ ◇

五輪出場のために「記録」を狙わないといけない選手、日本選手権として「勝負」に懸ける選手。同じレースでありながら、違うチャレンジが同居するというレースの難しさを感じました。

記録を目指してペースメーカー役の選手が入り、序盤から速い流れになりましたが、それについていくか、控えるか。日本一を決めるレースでどう判断するかは、本当に難しい。また、レースは“生き物”ですから、必ずしも狙い通りにいくわけではありません。

ただ、一つ言えることは、序盤で遠藤日向選手(住友電工)がレースを作らなければ、これほどタイムが出ることはなかっただろうということです。

優勝した伊藤達彦選手(Honda)の、ラストの強さは本当に見事でした。600mで前に出て、500mから突き放す。私もそうでしたし、他の選手の思いもよらないタイミングだったと思いますが、その感覚は天性のものと言えるでしょう。

五輪につながらない結果ではありますが、自身のキャリアとしてしっかりと先を考えて臨んだレースで、伊藤選手らしいアグレッシブな走り。“復活”を強く印象付けるもので、男子長距離界にとって今後への起爆剤になるのではないでしょうか。今後の彼の走りからは目が離せなくなりそうです。

2位の森凪也選手(Honda)が日本歴代10位の13分16秒76、3位の鈴木芽吹選手(トヨタ自動車)が13分17秒75の自己新、4位の鶴川正也選手(青学大)が屋外日本人学生最高の13分18秒51と、4位までが13分20秒を切りました。全体的には、やはり勝負を選択して序盤は後方に待機し、徐々にポジションを上げていった選手たちが上位に来た印象です。

遠藤選手、塩尻和也選手(富士通)はパリ五輪出場のために、ワールドランキングの位置から、13分10秒切りでの勝ち負けを求められる状況でした。タイムと勝負、両方を追わないといけないレースは、本当に難しいものです。

ただ、そういう状況を作ってしまったことも、考えないといけません。この大会を迎えるまでに、五輪を狙える位置を確保できていれば、勝負を目標にすることができ、レース展開も変わっていたでしょう。

そういったことを考えると、5000mは「12分台」を真剣に目指していく必要性を感じます。今回の記録に関しても、世界と比較した場合にその価値が果たしてどんなものかは、冷静に捉える必要があるでしょう。

シューズが進化し、海外勢は確実にそこにアジャストしています。日本も記録水準は確かに上がっていますが、世界と記録を比較した時にその差が縮まっていると言えるのか。大迫傑選手(Nike)が2015年に出した日本記録(13分08秒40)は、当時は世界と勝負を挑める価値がありましたが、今の時代の13分08秒は世界では当たり前の水準です。

今の世界水準をしっかりと認識し、そこに勝負を挑むためにはどうすればいいのか。世界大会に出場するための戦略は、確かに標準記録突破を目指すか、ワールドランキングのポイントを獲得を目指すかの2つがあります。ただ、「戦う」という観点では、1人でも多くの参加標準記録、さらには12分台を狙える選手を、日本全体で作っていくこと。そこにチャレンジしていく必要があると感じます。

◎竹澤健介(たけざわ・けんすけ)
摂南大陸上競技部ヘッドコーチ。早大3年時の2007年に大阪世界選手権10000m、同4年時の08年北京五輪5000m、10000mに出場。箱根駅伝では2年時から3年連続区間賞を獲得した。日本選手権はエスビー食品時代の10年に10000mで優勝している。自己ベストは500m13分19秒00、10000m27分45秒59。

新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた第108回日本選手権男子5000m決勝。伊藤達彦(Honda)が日本歴代7位、大会新の13分13秒56でこの種目初優勝を飾り、4位までが13分20秒を切る好レースが繰り広げられた。2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、レースを振り返ったもらった。 ◇ ◇ ◇ 五輪出場のために「記録」を狙わないといけない選手、日本選手権として「勝負」に懸ける選手。同じレースでありながら、違うチャレンジが同居するというレースの難しさを感じました。 記録を目指してペースメーカー役の選手が入り、序盤から速い流れになりましたが、それについていくか、控えるか。日本一を決めるレースでどう判断するかは、本当に難しい。また、レースは“生き物”ですから、必ずしも狙い通りにいくわけではありません。 ただ、一つ言えることは、序盤で遠藤日向選手(住友電工)がレースを作らなければ、これほどタイムが出ることはなかっただろうということです。 優勝した伊藤達彦選手(Honda)の、ラストの強さは本当に見事でした。600mで前に出て、500mから突き放す。私もそうでしたし、他の選手の思いもよらないタイミングだったと思いますが、その感覚は天性のものと言えるでしょう。 五輪につながらない結果ではありますが、自身のキャリアとしてしっかりと先を考えて臨んだレースで、伊藤選手らしいアグレッシブな走り。“復活”を強く印象付けるもので、男子長距離界にとって今後への起爆剤になるのではないでしょうか。今後の彼の走りからは目が離せなくなりそうです。 2位の森凪也選手(Honda)が日本歴代10位の13分16秒76、3位の鈴木芽吹選手(トヨタ自動車)が13分17秒75の自己新、4位の鶴川正也選手(青学大)が屋外日本人学生最高の13分18秒51と、4位までが13分20秒を切りました。全体的には、やはり勝負を選択して序盤は後方に待機し、徐々にポジションを上げていった選手たちが上位に来た印象です。 遠藤選手、塩尻和也選手(富士通)はパリ五輪出場のために、ワールドランキングの位置から、13分10秒切りでの勝ち負けを求められる状況でした。タイムと勝負、両方を追わないといけないレースは、本当に難しいものです。 ただ、そういう状況を作ってしまったことも、考えないといけません。この大会を迎えるまでに、五輪を狙える位置を確保できていれば、勝負を目標にすることができ、レース展開も変わっていたでしょう。 そういったことを考えると、5000mは「12分台」を真剣に目指していく必要性を感じます。今回の記録に関しても、世界と比較した場合にその価値が果たしてどんなものかは、冷静に捉える必要があるでしょう。 シューズが進化し、海外勢は確実にそこにアジャストしています。日本も記録水準は確かに上がっていますが、世界と記録を比較した時にその差が縮まっていると言えるのか。大迫傑選手(Nike)が2015年に出した日本記録(13分08秒40)は、当時は世界と勝負を挑める価値がありましたが、今の時代の13分08秒は世界では当たり前の水準です。 今の世界水準をしっかりと認識し、そこに勝負を挑むためにはどうすればいいのか。世界大会に出場するための戦略は、確かに標準記録突破を目指すか、ワールドランキングのポイントを獲得を目指すかの2つがあります。ただ、「戦う」という観点では、1人でも多くの参加標準記録、さらには12分台を狙える選手を、日本全体で作っていくこと。そこにチャレンジしていく必要があると感じます。 ◎竹澤健介(たけざわ・けんすけ) 摂南大陸上競技部ヘッドコーチ。早大3年時の2007年に大阪世界選手権10000m、同4年時の08年北京五輪5000m、10000mに出場。箱根駅伝では2年時から3年連続区間賞を獲得した。日本選手権はエスビー食品時代の10年に10000mで優勝している。自己ベストは500m13分19秒00、10000m27分45秒59。

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2024.10.05

田中希実が11月の「北渋RunRunフェスタ」に今年も参加!公道1マイルロードなど実施

渋谷区は11月10日に開催される「北渋RunRunフェスタ 2024」に田中希実(New Balance)が参加することを発表した。 北渋RunRunフェスタは国内初の本格的な1マイルロードレースである「北渋マイル」や、 […]

NEWS 100mH大松由季が12秒94の日本歴代5位! 吉居大和は10000mで初の27分台/中部実業団選手権

2024.10.05

100mH大松由季が12秒94の日本歴代5位! 吉居大和は10000mで初の27分台/中部実業団選手権

10月5日、岐阜県多治見市の星ケ台競技場で第25回中部実業団選手権が開催され、女子100mハードルでは大松由季(CDL)が12秒94(±0)の大会新で3連覇を達成した。 大松は広島県出身の28歳。高校、大学と全国大会での […]

NEWS 織田裕二さん「戻ってきちゃいました!」東京世界陸上アンバサダー就任 世界陸上が教えてくれたこととは

2024.10.05

織田裕二さん「戻ってきちゃいました!」東京世界陸上アンバサダー就任 世界陸上が教えてくれたこととは

来年9月に行われる東京世界選手権のスペシャルアンバサダーに、俳優の織田裕二さんが就任した。10月5日に国立競技場でサプライズ登場し、アスリートアンバサダーに週にした北口榛花(JAL)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東 […]

NEWS 東京世界陸上アンバサダー就任 北口榛花「全身全霊で競技する陸上のお祭り」サニブラウン、橋岡、田中も想い

2024.10.05

東京世界陸上アンバサダー就任 北口榛花「全身全霊で競技する陸上のお祭り」サニブラウン、橋岡、田中も想い

来年9月に行われる東京世界選手権のアスリートアンバサダーに、北口榛花(JAL)、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)、田中希実(New Balance)、橋岡優輝(富士通)、寺田明日香(ジャパンクリエイト)が就任。1 […]

NEWS 世界陸上に織田裕二さんが帰ってキター! 北口、サニブラウンらとともにアンバサダーに就任!

2024.10.05

世界陸上に織田裕二さんが帰ってキター! 北口、サニブラウンらとともにアンバサダーに就任!

東京2025世界陸上財団は10月5日、来年開催される東京世界選手権のスペシャルアンバサダーにタレントの織田裕二さんが就任したことを発表した。 織田さんは、フリーアナウンサーの中井美穂さんとともに、世界陸上を放送するTBS […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2024年10月号 (9月13日発売)

2024年10月号 (9月13日発売)

●Paris 2024 Review
●別冊付録/学生駅伝ガイド 2024 秋
●福井全中Review
●東京世界選手権まであと1年
●落合晃の挑戦

page top