HOME 特集

2024.05.02

単独インタビュー「私は田中希実ですと自信を持って言えるようになった」プロ1年目の総括と思い描くパリでのレース
単独インタビュー「私は田中希実ですと自信を持って言えるようになった」プロ1年目の総括と思い描くパリでのレース

プロ1年目を振り返った田中希実(New Balance)

昨年4月、田中希実は実業団チームを離れて「New Balance」所属の“プロランナー”としてのキャリアをスタートさせた。

プロとして駆け抜けた1年。ブダペスト世界選手権では5000m8位入賞し、ダイヤモンドリーグ(DL)ファイナルでも6位に入るなど、世界の“仲間入り”を果たした。

記録面でも1500mこそ自己記録には届かなかったが、5000mでは14分29秒18をマークしている。プロ1年目についてインタビューした。

広告の下にコンテンツが続きます

――屋外シーズンがスタートしました。ずっと試合に出られているので、切り替えのタイミングなどはどういう意識でしょうか。

「世界室内選手権でインドアシーズンの区切りがつくのですが、トラックが始まるまでの間は調子を整えるという面で難しい時期でもあります。本当は少しゆっくりできればと思っていたのですが、いつも思うようにはいかないので…(苦笑)。忙しいものだと思って過ごし切りました」

――プロ1年目。激動でしたね。

「プロという土台があるからこそ、走る時でも普段の時でも、『私はランナーです』『私は田中希実です』と自信を持って言えるようになった1年だったと思います」

――実際に思い描いていたプロ像と、活動してみてと、違いはありましたか。

「プロになる前は、社会貢献のイメージがあったり、『いろいろなことをしなきゃいけない』というふうに思ったりしていました。ただ、実際に過ごしてみると、こうしないといけないルールはない、というのは新しい発見でした。思っていた以上に新しいチャレンジができたと思います」

ブダペスト世界陸上5000mでは8位入賞

――一方で大変なことも多かったと思います。

「金銭面においては、実業団時代よりもすごく意識しました。合宿一つとっても考えないといけません。実業団時代はチームのスタッフの方々が当たり前にしてくださっていることもたくさんあって、それは一つの仕事なのでお任せしている部分もありました。ありがたいことに、今は父(健智コーチ)が担っててくれていますが、家族やニューバランスさんの支えで成り立っているのは改めて実感しました」

――今までももちろん、手を抜いていないのは実績や姿勢で誰もがわかっていると思いますが、やはり心持ちは変わってきますよね。健智コーチに話をうかがった時に「彼女はレースを棄権したり、途中で辞めたりすることがほとんどない」とおしゃっていました。

「そうですね。やはり、何かしらに、次につなげないといけないという気持ちは強くなりました。ヨーロッパやアメリカに遠征した時でも、今は自分から行きたいと計画しているので、目的意識はよりしっかりしたと感じています」

――社会貢献という面では、レースでの賞金などを活用し、次世代アスリートの支援「NON STOP PROJECT」を立ち上げられました。

「いろいろ選考してきたのですが、結局私が選びきれなくて…。父の提案もあり、最終的には人数を絞るのではなく、全員で一緒に合宿をして、いろいろな話をする機会を設けました。人数が増えた分、日程は少なくなってしまいましたが、その子たちと時間を共有することを大切にしたかったのです。今後も縁を大切にしてきます」

若いアスリートを支援する思いも強い

――同じ中距離で、一緒に世界クロカンの代表になった澤田結弥選手(浜松市立高卒)は、田中選手にあこがれていて、夏に渡米して米国の大学に入学します。

「すごい勇気だなって思います。私だったらその年齢で海外へ単身渡るのは怖いですし、不安です。そこに行ってみると思えるのは彼女の強さですし、競技に関係なくても未来につながりますよね。その過程で、また一緒に代表になれたらとてもうれしいです」

――昨年から何度かケニア合宿をされているのも話題になっています。三浦龍司選手に聞いてみたところ、「ああいうのがやっぱり大事だと思う」と共感されていました。

「まず、いろいろな面で“常識”が違います。日本で私が1人できついメニューをする時に身構えますが、ケニアに行くと構えることなく『今日はこんな感じか』と、当たり前にきついメニューに向かっていけるんです。向こうの選手はすごくリラックスして練習していて、仲間と一緒に楽しみながらチャレンジしている印象があって、すごく居心地がいい」

――それがあると、レースでも自然体で臨めそうですね。

「日本にいると練習もレースのようにするのですが、向こうでは普段の練習をリラックスして、レースの時は練習を思い出していけるので、少し気が楽になります。ただ、やっぱり海外の選手で、“次の大会”が約束されている選手は、世界トップの本当に一握りだけ。だからこそ、レース後に『次も頑張ろう』と切り替えられるマインドや、きりかえて開き直るというのはもっと私も大事にしていきたいです」

パリ五輪への思いを語る田中

――オリンピックがやってきます。3年前のことは覚えていますか。

「(8位になった)1500mのレース中の感覚というのはあまり覚えていないんです。ただ、招集所やレース前のドキドキ感は覚えています」

――東京五輪のあと、2度世界選手権を経て、違いは感じますか。

「当時は気付きませんでしたが、やはりオリンピックは特別なんだなって、世界選手権を経験したからこそ思います。世界選手権やダイヤモンドリーグは少しリラックスしている雰囲気もありますけど、オリンピックはもっと緊張感があったように感じますね」

――パリ五輪は1500m、5000mで挑戦することになると思います。出場権を得たらどんなレースがしたいと思い描いていますか。

「私の理想は、ラストスパート合戦になった時に、その中で勝つとか負けるとかではなくて、シファン・ハッサン選手(オランダ)やフェイス・キピエゴン選手(ケニア)のような、誰が見ても『おぉぉ!』ってなるようなスパートがしたいんです。すごく抽象的なんですけど、それが一番の理想です。今の実力では達していないので、パリに間に合うかどうかは別として、ひたすら求め続けてずっと意識しながらシーズンを過ごしていきたいと思っています」

構成/向永拓史

昨年4月、田中希実は実業団チームを離れて「New Balance」所属の“プロランナー”としてのキャリアをスタートさせた。 プロとして駆け抜けた1年。ブダペスト世界選手権では5000m8位入賞し、ダイヤモンドリーグ(DL)ファイナルでも6位に入るなど、世界の“仲間入り”を果たした。 記録面でも1500mこそ自己記録には届かなかったが、5000mでは14分29秒18をマークしている。プロ1年目についてインタビューした。 ――屋外シーズンがスタートしました。ずっと試合に出られているので、切り替えのタイミングなどはどういう意識でしょうか。 「世界室内選手権でインドアシーズンの区切りがつくのですが、トラックが始まるまでの間は調子を整えるという面で難しい時期でもあります。本当は少しゆっくりできればと思っていたのですが、いつも思うようにはいかないので…(苦笑)。忙しいものだと思って過ごし切りました」 ――プロ1年目。激動でしたね。 「プロという土台があるからこそ、走る時でも普段の時でも、『私はランナーです』『私は田中希実です』と自信を持って言えるようになった1年だったと思います」 ――実際に思い描いていたプロ像と、活動してみてと、違いはありましたか。 「プロになる前は、社会貢献のイメージがあったり、『いろいろなことをしなきゃいけない』というふうに思ったりしていました。ただ、実際に過ごしてみると、こうしないといけないルールはない、というのは新しい発見でした。思っていた以上に新しいチャレンジができたと思います」 [caption id="attachment_134455" align="alignnone" width="800"] ブダペスト世界陸上5000mでは8位入賞[/caption] ――一方で大変なことも多かったと思います。 「金銭面においては、実業団時代よりもすごく意識しました。合宿一つとっても考えないといけません。実業団時代はチームのスタッフの方々が当たり前にしてくださっていることもたくさんあって、それは一つの仕事なのでお任せしている部分もありました。ありがたいことに、今は父(健智コーチ)が担っててくれていますが、家族やニューバランスさんの支えで成り立っているのは改めて実感しました」 ――今までももちろん、手を抜いていないのは実績や姿勢で誰もがわかっていると思いますが、やはり心持ちは変わってきますよね。健智コーチに話をうかがった時に「彼女はレースを棄権したり、途中で辞めたりすることがほとんどない」とおしゃっていました。 「そうですね。やはり、何かしらに、次につなげないといけないという気持ちは強くなりました。ヨーロッパやアメリカに遠征した時でも、今は自分から行きたいと計画しているので、目的意識はよりしっかりしたと感じています」 ――社会貢献という面では、レースでの賞金などを活用し、次世代アスリートの支援「NON STOP PROJECT」を立ち上げられました。 「いろいろ選考してきたのですが、結局私が選びきれなくて…。父の提案もあり、最終的には人数を絞るのではなく、全員で一緒に合宿をして、いろいろな話をする機会を設けました。人数が増えた分、日程は少なくなってしまいましたが、その子たちと時間を共有することを大切にしたかったのです。今後も縁を大切にしてきます」 [caption id="attachment_134456" align="alignnone" width="800"] 若いアスリートを支援する思いも強い[/caption] ――同じ中距離で、一緒に世界クロカンの代表になった澤田結弥選手(浜松市立高卒)は、田中選手にあこがれていて、夏に渡米して米国の大学に入学します。 「すごい勇気だなって思います。私だったらその年齢で海外へ単身渡るのは怖いですし、不安です。そこに行ってみると思えるのは彼女の強さですし、競技に関係なくても未来につながりますよね。その過程で、また一緒に代表になれたらとてもうれしいです」 ――昨年から何度かケニア合宿をされているのも話題になっています。三浦龍司選手に聞いてみたところ、「ああいうのがやっぱり大事だと思う」と共感されていました。 「まず、いろいろな面で“常識”が違います。日本で私が1人できついメニューをする時に身構えますが、ケニアに行くと構えることなく『今日はこんな感じか』と、当たり前にきついメニューに向かっていけるんです。向こうの選手はすごくリラックスして練習していて、仲間と一緒に楽しみながらチャレンジしている印象があって、すごく居心地がいい」 ――それがあると、レースでも自然体で臨めそうですね。 「日本にいると練習もレースのようにするのですが、向こうでは普段の練習をリラックスして、レースの時は練習を思い出していけるので、少し気が楽になります。ただ、やっぱり海外の選手で、“次の大会”が約束されている選手は、世界トップの本当に一握りだけ。だからこそ、レース後に『次も頑張ろう』と切り替えられるマインドや、きりかえて開き直るというのはもっと私も大事にしていきたいです」 [caption id="attachment_134454" align="alignnone" width="800"] パリ五輪への思いを語る田中[/caption] ――オリンピックがやってきます。3年前のことは覚えていますか。 「(8位になった)1500mのレース中の感覚というのはあまり覚えていないんです。ただ、招集所やレース前のドキドキ感は覚えています」 ――東京五輪のあと、2度世界選手権を経て、違いは感じますか。 「当時は気付きませんでしたが、やはりオリンピックは特別なんだなって、世界選手権を経験したからこそ思います。世界選手権やダイヤモンドリーグは少しリラックスしている雰囲気もありますけど、オリンピックはもっと緊張感があったように感じますね」 ――パリ五輪は1500m、5000mで挑戦することになると思います。出場権を得たらどんなレースがしたいと思い描いていますか。 「私の理想は、ラストスパート合戦になった時に、その中で勝つとか負けるとかではなくて、シファン・ハッサン選手(オランダ)やフェイス・キピエゴン選手(ケニア)のような、誰が見ても『おぉぉ!』ってなるようなスパートがしたいんです。すごく抽象的なんですけど、それが一番の理想です。今の実力では達していないので、パリに間に合うかどうかは別として、ひたすら求め続けてずっと意識しながらシーズンを過ごしていきたいと思っています」 構成/向永拓史

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2025.12.02

世界陸上銅メダルの藤井菜々子に那珂川市市民栄誉賞&北九州市民スポーツ大賞

9月の東京世界選手権女子20km競歩で銅メダルを獲得した藤井菜々子(エディオン)が、出身地である福岡県那珂川市の市民栄誉賞、そして高校時代を過ごした北九州市の北九州市民スポーツ大賞を受賞することが決まり、12月2日に両市 […]

NEWS サニブラウンがピックルボール初体験!子どもたちと真剣勝負「スポーツの力あらためて感じる」

2025.12.02

サニブラウンがピックルボール初体験!子どもたちと真剣勝負「スポーツの力あらためて感じる」

ピックルボール普及のためのイベントTORAY PICKLEBALL EXPERIENCEが12月2日に東京の有明アーバンスポーツ内のコートで行われ、男子短距離のサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)が参加した。 ピック […]

NEWS 東洋大男子長距離が4社と契約 “昇り龍”を描いた鉄紺の新ユニフォームも発表「頂点目指し力強く上昇」

2025.12.02

東洋大男子長距離が4社と契約 “昇り龍”を描いた鉄紺の新ユニフォームも発表「頂点目指し力強く上昇」

東洋大は12月2日、陸上競技部男子長距離部門において、セブン銀行(本社:東京都千代田区)、カカクコム(本社:東京都渋谷区)が運営する「求人ボックス」、ECC(本社:大阪市北区)、ビースタニング(本社:東京都渋谷区)が運営 […]

NEWS Hondaに法大・大島史也、東海大の主力2人が来季加入!「培ってきた走力と探究心を最大限に発揮」

2025.12.02

Hondaに法大・大島史也、東海大の主力2人が来季加入!「培ってきた走力と探究心を最大限に発揮」

Hondaは12月2日、来年4月1日に入部する選手として、法大の大島史也、東海大の花岡寿哉と兵藤ジュダの3選手を発表した。 大島は千葉・専大松戸高出身。今年は関東インカレ5000mで7位入賞などがある。5000mは13分 […]

NEWS 約137gの超軽量ながら3D形状のカーボンプレート搭載、ミズノのスピードレーシングシューズ「HYPERWARP」が発売!

2025.12.02

約137gの超軽量ながら3D形状のカーボンプレート搭載、ミズノのスピードレーシングシューズ「HYPERWARP」が発売!

ミズノは12月2日、3D形状のフルレングスカーボンプレートを搭載したスピードランナー向けの新レーシングシューズ「HYPERWARP」シリーズを12月19日に全国のミズノランニング品取扱店で発売することを発表した。 近年の […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2025年12月号 (11月14日発売)

2025年12月号 (11月14日発売)

EKIDEN REVIEW
全日本大学駅伝
箱根駅伝予選会
高校駅伝&実業団駅伝予選

Follow-up Tokyo 2025

page top