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2023.09.30

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第37回「スポーツの醍醐味~92回日本インカレの解説を終えて~」


山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第37回「スポーツの醍醐味~92回日本インカレの解説を終えて~」

今月は92回目の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)が埼玉県の熊谷スポーツ文化公園で開催された。

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今回も昨年同様に1500m以上の中・長距離種目のネット中継解説を担当させていただいた。(「あすリートチャンネル」と「月陸 Online」のコラボ企画)

「スポーツの醍醐味は、不確定な未来の結果に対して、不安定に揺れ動く心を自らの意思でコントロールし、判断・決断・実行に移し望むべく結果につなげるところある。スポーツの楽しみや感動は、素直にプレーヤの躍動感や頑張る姿に心動かされるところにあると思う」

このような観点を中心に据えて選手の頑張りにエールを送るつもりで解説させていただいた。

熊谷で開催と聞けば、ほとんどの方が「残暑厳しい時期にまた暑い場所でやるんですね!」と立ち話が始まる。初日に行われた男女10000m決勝時の気温が32度。昨年の京都は今回よりも一週間早い開催であったにもかかわらず27度だったため、もはや残暑ではなく季節外れの猛暑と言いたくなるほどの暑さであった。そのことからも、いかに過酷な状況下で行われたかを知ることができる。

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気温も暑かったが、集団応援の熱もすごかった!

今大会において特筆すべきは、男子110mハードルの村竹ラシッド君(順大4年)の樹立した13秒04の日本タイ記録だろう。ブダペスト世界選手権で5位入賞を果たした大学の先輩である泉谷駿介選手(住友電工)の記録と並んだわけである。圧巻の走りとハードリングの巧みさもさることながら、鍛え上げた身体から発するオーラが、すでに他選手を圧倒していた。

中長距離においては女子3000m障害優勝の山田桃愛選手(玉川大4年)が特に印象深い。昨年の大会では入賞圏内で最後の水郷を越えたところで転倒。実はこの時に足首をひねっており、左足小指の中足骨を骨折していたそうだ。痛みをこらえての入賞をかけたラストスパートも実らず、9位に沈んだ。

ラストスパートで力を入れたので骨折の状態も悪化したらしく、その後は3ヵ月ほど走れない日々が続いたという。女性の小指側の中足骨といえば割り箸の先よりも細い骨である。そこが折れたとなると体重負荷をかけられるまでに通常3ヵ月以上はかかる。メインのトレーニングからの長期離脱は、足の痛み以上に心に重くのしかかっていただろう。

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玉川大学で指導する山下誠監督に話をうかがったところ、「埼玉県立川口高校3年時の県総体では1500m・3000mともに9位。いたって真面目に競技に取り組む努力家で、やっと全国レベルの大会で入賞を果たせるところまで実力をつけてきた。そんな矢先にあのアクシデントは大きなショックであっただろう」と語ってくれた。

今回の優勝インタビューでは、昨年の大会で骨折し、走れない日々が続いたことで陸上競技が嫌いになり、競技を辞めたいと思った時期もあったと語っていた。

競技で高みを目指そうとすれば、故障のリスクはついて回る。さらに競技中のケガとなれば不運な要素が含まれ、本人が悔やむ割合が増幅される。まさに長期にわたり光の届かぬ深海に沈んだような日々を送ったことは想像に難くない。

そこからの復帰は、様々な葛藤や逡巡があり、幾度も心が折れそうになったのではないだろうか。優勝インタビューの中にチームメイトの支えと指導者の教えに感謝するコメントがあったのは、心からの感謝の気持ちの表れだったと声の響きから伝わってきた。

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玉川大の山田桃愛が3000m障害V!白血病と向き合いながら日本一「支えてくださった方へ感謝したい」/日本IC

日本インカレは男子総合優勝校に天皇賜杯、女子総合優勝校には秩父宮妃杯が授与される。ちなみに天皇賜杯と銘打って開催される全日本学生競技会は陸上競技と水泳だけである(全日本大学駅伝は秩父宮賜杯)。

私は大阪で開催された1980(昭和55)年の第49回大会で5000mと10000mに出場した。両種目とも日体大の大塚正美選手にゴール前でかわされ2位であった苦い思い出がある。

しかしながら、12回目の総合優勝を勝ち取り、閉会式後にチーム全員で集合写真を撮影した時のことは今でも昨日のように思い起こす。今年の男子は順大が31回目の総合優勝を果たし天皇賜杯獲得となった。

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関東インカレの1部残留と1部昇格をかけた得点争いは胃袋蔵がひっくり返りそうなほどのプレッシャーの中で競い合われる。それにも増して天皇賜杯・秩父宮妃杯を獲得するためのせめぎあいも激しく、過去幾多のドラマを生んでいる。

今回は女子総合優勝をかけた戦いが最後の土壇場までわからない混戦となった。

初日は決勝種目も少なく、10000mで福岡大が2位に入り7点を獲得。2日目は日体大の26点に対し、福岡大が36点と依然リード。3日目は逆転して日体大54点に対して福岡大41点。最終日は女子3000m障害と400mハードル、800m終了時点で日体大が59点、福岡大が44点と15点差となっていたが、200mで福岡大が1位・3位・5位と18点の大量得点。この時点で福岡大が62点と2点リード。残された決勝種目はフィールドで行われている女子三段跳とフィナーレを飾る4×400mリレー(通称マイルリレー)のみとなった。

スタンドの視線が注がれた女子三段跳は日体大の鴨下若菜さんがランキング8位、前半3回の跳躍を終えて8番目で決勝ラウンドへ。4回目に12m74と伸ばし、4位となり5点追加。この時点で日体大64点として再逆転となった。マイルリレーは日体大がランキング4位とはいえ福岡大は200m・400m2冠の森山静穂さんを擁している。

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手に汗握るレース展開はスタンドがどよめくような大歓声となって1点を争う白熱したレースとなった。福岡大2位で7点、最後まで粘り抜いた日体大が4位で5点。驚くことに両大学は69点と同点となって並んだ。

ルール上同点の場合は、優勝種目の多いチームに軍配は上がることになっている。日体大4種目に対し福岡大学2種目ということで日本体育大学に秩父宮妃杯が授与されることとなった。

23年日本インカレ女子総合優勝の日体大

スポーツの醍醐味でもあるこのようなドラマチックな展開は、戦う当事者だけではなく、見る者の心を鷲掴みにする魅力がある。

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必然というほど勝利は約束されたものではなく、偶然と言わしめるほど勝利が不確定なものではない。コーチングをする時に必然や当然を実現するための研鑽の日々を送るわけだが、偶然に頼るわけなどなく、あるとすれば最後まであきらめず戦い抜き、少しでもチャンスがあるならば一つでも順位を上げる戦い方を指導する。

必然と偶然のはざまを表す言葉は「蓋然(カンゼン)」という言葉がある。漢字をパソコンで探すときに変換ワードは「けだし」。

意味的には「おおよそ」「たぶん」「もし」という意味であろう。「蓋し」という漢字は「ふた」または物を「覆う」を意味するらしい。意味的には「蓋を開けてみなければわからない」と言うことか。

「然(シカル)」は「もっとも」という意味である。「蓋し」と「然る」を合わせた「蓋然」とは、「蓋を開けてみないとわからないが、蓋を開けるまでは万全の準備を施しておくこと。そして迎える大会への心の持ち方は、かなりの高確率で思った結果につながるだろうと確信するが、油断することなく泰然とスタートを迎える状況」を表すのではないかと勝手に解釈した。

今回の日本インカレも多くの選手が蓋然たる状況の中、ライバルたちに敢然と挑む真摯な姿に多くの感動をもらった。すべての参加選手の健闘を讃えたい。

【追記】
私は2019年に山梨学院大の駅伝監督を後任へ引き継ぎ、以来中距離コーチとして指導している。

このコラムを掲載が始まった2020年9月はコロナ禍の新潟で日本インカレが開催され、瀬戸口大地(現・TeamSSP)が2位となっており(翌月の日本選手権優勝)、今年は2年生の北村魁士が優勝となった。

本学の日本インカレ800m優勝は1996年~98年に3連覇した北村智宏(現・四学香川西高教員)以来となる。

ちなみに1500mは藤脇友介(福岡・自由が丘高教員/箱根駅伝優勝時の6区区間賞)1992年~94年に3連覇しており、93年には3分43秒72の大会記録を樹立している。この記録は同じく本学のエノック・オムワンバ(現・三菱重工コーチ兼選手)が2014年に3分39秒01と更新し、現在も大会記録として継承されている。

今回800m3位の東秀太選手(広島経大2年)を指導するのは本学OBの尾方剛監督(1994年箱根駅伝優勝時のアンカー/2005年世界選手権マラソン銅メダル)である。表彰台に立つ選手を尾方監督と並んで祝福できたことはとても感慨深かった。

23年日本インカレ男子800mの上位3人(中央は優勝した山梨学大の北村魁士、左は2位の東海大・安倍優紀、右は3位の広島経大・東秀太)

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第37回「スポーツの醍醐味~92回日本インカレの解説を終えて~」

今月は92回目の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)が埼玉県の熊谷スポーツ文化公園で開催された。 今回も昨年同様に1500m以上の中・長距離種目のネット中継解説を担当させていただいた。(「あすリートチャンネル」と「月陸 Online」のコラボ企画) 「スポーツの醍醐味は、不確定な未来の結果に対して、不安定に揺れ動く心を自らの意思でコントロールし、判断・決断・実行に移し望むべく結果につなげるところある。スポーツの楽しみや感動は、素直にプレーヤの躍動感や頑張る姿に心動かされるところにあると思う」 このような観点を中心に据えて選手の頑張りにエールを送るつもりで解説させていただいた。 熊谷で開催と聞けば、ほとんどの方が「残暑厳しい時期にまた暑い場所でやるんですね!」と立ち話が始まる。初日に行われた男女10000m決勝時の気温が32度。昨年の京都は今回よりも一週間早い開催であったにもかかわらず27度だったため、もはや残暑ではなく季節外れの猛暑と言いたくなるほどの暑さであった。そのことからも、いかに過酷な状況下で行われたかを知ることができる。 [caption id="attachment_115491" align="alignnone" width="800"] 気温も暑かったが、集団応援の熱もすごかった![/caption] 今大会において特筆すべきは、男子110mハードルの村竹ラシッド君(順大4年)の樹立した13秒04の日本タイ記録だろう。ブダペスト世界選手権で5位入賞を果たした大学の先輩である泉谷駿介選手(住友電工)の記録と並んだわけである。圧巻の走りとハードリングの巧みさもさることながら、鍛え上げた身体から発するオーラが、すでに他選手を圧倒していた。 中長距離においては女子3000m障害優勝の山田桃愛選手(玉川大4年)が特に印象深い。昨年の大会では入賞圏内で最後の水郷を越えたところで転倒。実はこの時に足首をひねっており、左足小指の中足骨を骨折していたそうだ。痛みをこらえての入賞をかけたラストスパートも実らず、9位に沈んだ。 ラストスパートで力を入れたので骨折の状態も悪化したらしく、その後は3ヵ月ほど走れない日々が続いたという。女性の小指側の中足骨といえば割り箸の先よりも細い骨である。そこが折れたとなると体重負荷をかけられるまでに通常3ヵ月以上はかかる。メインのトレーニングからの長期離脱は、足の痛み以上に心に重くのしかかっていただろう。 玉川大学で指導する山下誠監督に話をうかがったところ、「埼玉県立川口高校3年時の県総体では1500m・3000mともに9位。いたって真面目に競技に取り組む努力家で、やっと全国レベルの大会で入賞を果たせるところまで実力をつけてきた。そんな矢先にあのアクシデントは大きなショックであっただろう」と語ってくれた。 今回の優勝インタビューでは、昨年の大会で骨折し、走れない日々が続いたことで陸上競技が嫌いになり、競技を辞めたいと思った時期もあったと語っていた。 競技で高みを目指そうとすれば、故障のリスクはついて回る。さらに競技中のケガとなれば不運な要素が含まれ、本人が悔やむ割合が増幅される。まさに長期にわたり光の届かぬ深海に沈んだような日々を送ったことは想像に難くない。 そこからの復帰は、様々な葛藤や逡巡があり、幾度も心が折れそうになったのではないだろうか。優勝インタビューの中にチームメイトの支えと指導者の教えに感謝するコメントがあったのは、心からの感謝の気持ちの表れだったと声の響きから伝わってきた。 https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/114366 日本インカレは男子総合優勝校に天皇賜杯、女子総合優勝校には秩父宮妃杯が授与される。ちなみに天皇賜杯と銘打って開催される全日本学生競技会は陸上競技と水泳だけである(全日本大学駅伝は秩父宮賜杯)。 私は大阪で開催された1980(昭和55)年の第49回大会で5000mと10000mに出場した。両種目とも日体大の大塚正美選手にゴール前でかわされ2位であった苦い思い出がある。 しかしながら、12回目の総合優勝を勝ち取り、閉会式後にチーム全員で集合写真を撮影した時のことは今でも昨日のように思い起こす。今年の男子は順大が31回目の総合優勝を果たし天皇賜杯獲得となった。 関東インカレの1部残留と1部昇格をかけた得点争いは胃袋蔵がひっくり返りそうなほどのプレッシャーの中で競い合われる。それにも増して天皇賜杯・秩父宮妃杯を獲得するためのせめぎあいも激しく、過去幾多のドラマを生んでいる。 今回は女子総合優勝をかけた戦いが最後の土壇場までわからない混戦となった。 初日は決勝種目も少なく、10000mで福岡大が2位に入り7点を獲得。2日目は日体大の26点に対し、福岡大が36点と依然リード。3日目は逆転して日体大54点に対して福岡大41点。最終日は女子3000m障害と400mハードル、800m終了時点で日体大が59点、福岡大が44点と15点差となっていたが、200mで福岡大が1位・3位・5位と18点の大量得点。この時点で福岡大が62点と2点リード。残された決勝種目はフィールドで行われている女子三段跳とフィナーレを飾る4×400mリレー(通称マイルリレー)のみとなった。 スタンドの視線が注がれた女子三段跳は日体大の鴨下若菜さんがランキング8位、前半3回の跳躍を終えて8番目で決勝ラウンドへ。4回目に12m74と伸ばし、4位となり5点追加。この時点で日体大64点として再逆転となった。マイルリレーは日体大がランキング4位とはいえ福岡大は200m・400m2冠の森山静穂さんを擁している。 手に汗握るレース展開はスタンドがどよめくような大歓声となって1点を争う白熱したレースとなった。福岡大2位で7点、最後まで粘り抜いた日体大が4位で5点。驚くことに両大学は69点と同点となって並んだ。 ルール上同点の場合は、優勝種目の多いチームに軍配は上がることになっている。日体大4種目に対し福岡大学2種目ということで日本体育大学に秩父宮妃杯が授与されることとなった。 [caption id="attachment_115490" align="alignnone" width="800"] 23年日本インカレ女子総合優勝の日体大[/caption] スポーツの醍醐味でもあるこのようなドラマチックな展開は、戦う当事者だけではなく、見る者の心を鷲掴みにする魅力がある。 必然というほど勝利は約束されたものではなく、偶然と言わしめるほど勝利が不確定なものではない。コーチングをする時に必然や当然を実現するための研鑽の日々を送るわけだが、偶然に頼るわけなどなく、あるとすれば最後まであきらめず戦い抜き、少しでもチャンスがあるならば一つでも順位を上げる戦い方を指導する。 必然と偶然のはざまを表す言葉は「蓋然(カンゼン)」という言葉がある。漢字をパソコンで探すときに変換ワードは「けだし」。 意味的には「おおよそ」「たぶん」「もし」という意味であろう。「蓋し」という漢字は「ふた」または物を「覆う」を意味するらしい。意味的には「蓋を開けてみなければわからない」と言うことか。 「然(シカル)」は「もっとも」という意味である。「蓋し」と「然る」を合わせた「蓋然」とは、「蓋を開けてみないとわからないが、蓋を開けるまでは万全の準備を施しておくこと。そして迎える大会への心の持ち方は、かなりの高確率で思った結果につながるだろうと確信するが、油断することなく泰然とスタートを迎える状況」を表すのではないかと勝手に解釈した。 今回の日本インカレも多くの選手が蓋然たる状況の中、ライバルたちに敢然と挑む真摯な姿に多くの感動をもらった。すべての参加選手の健闘を讃えたい。 【追記】 私は2019年に山梨学院大の駅伝監督を後任へ引き継ぎ、以来中距離コーチとして指導している。 このコラムを掲載が始まった2020年9月はコロナ禍の新潟で日本インカレが開催され、瀬戸口大地(現・TeamSSP)が2位となっており(翌月の日本選手権優勝)、今年は2年生の北村魁士が優勝となった。 本学の日本インカレ800m優勝は1996年~98年に3連覇した北村智宏(現・四学香川西高教員)以来となる。 ちなみに1500mは藤脇友介(福岡・自由が丘高教員/箱根駅伝優勝時の6区区間賞)1992年~94年に3連覇しており、93年には3分43秒72の大会記録を樹立している。この記録は同じく本学のエノック・オムワンバ(現・三菱重工コーチ兼選手)が2014年に3分39秒01と更新し、現在も大会記録として継承されている。 今回800m3位の東秀太選手(広島経大2年)を指導するのは本学OBの尾方剛監督(1994年箱根駅伝優勝時のアンカー/2005年世界選手権マラソン銅メダル)である。表彰台に立つ選手を尾方監督と並んで祝福できたことはとても感慨深かった。 [caption id="attachment_115487" align="alignnone" width="800"] 23年日本インカレ男子800mの上位3人(中央は優勝した山梨学大の北村魁士、左は2位の東海大・安倍優紀、右は3位の広島経大・東秀太)[/caption]
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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