2020.03.15
一歩ずつ世界に近づいた4年間
「純粋に自分が強くなることを目指して、淡々と地道にやっていくしかない」と話す女子20km競歩の岡田
日本女子競歩界のエース・岡田久美子(ビックカメラ)。2月16日の日本選手権で6連覇を達成し、東京五輪代表に内定した。4年前のリオデジャネイロ五輪以後、世界選手権での惨敗や体調不良、故障でどん底まで沈んだ日々もあった。
それでも信念を曲げることなく、フォーム改造や生活面の見直しに取り組むと、2019年は5000m、10000m、20㎞の3種目で日本記録を更新し、ドーハ世界選手権でも6位入賞と大きな飛躍を遂げた。
いよいよ迫る東京五輪。悲願のメダル獲得に向けて、どんなプランを描いているのか。この4年間を振り返るとともに、〝札幌決戦〟に向けた思いを聞いた。
文/小野哲史 写真/樋口俊秀
日本選手権6連覇で五輪代表内定
2月の日本選手権女子20㎞競歩で、岡田久美子(ビックカメラ)は自身2度目となるオリンピック日本代表の座を射止めた。昨年まで日本選手権5連覇中で、2015年以降、毎年、日本代表として世界大会に出場し続けてきた第一人者といえども、五輪代表選考レースは特別な雰囲気を感じざるを得なかったという。
「(代表内定を)確実に決めないといけないと気負った部分はありました。優勝は間違いないと見られていた中で、逆にそれが緊張を呼んで、ちょっと固くなってしまいました」
万全の準備はできていた。ただ、気温はそれほど低くなかったものの、雨が降り、風もあった。「転倒する人もいましたし、捻挫する心配もあった」ため、いつも以上に慎重にレースを進めた。5㎞あたりで自らが持つ「日本記録(1時間27分41秒)更新は難しい」と感じ、「確実に内定を取るという意識に切り替えた」。本音を言えば、「1時間28分台ぐらいでゴールしたかった」が、それでも「良い判断ができた」と感じている。
レースの1週間ほど前、新型コロナウイルスの感染を心配した両親が、マスクや消毒液を練習拠点としている東京・北区まで届けてくれた。そこには神社で必勝祈願をした時に購入したお守りもあった。レース当日は両親のほか、姉夫婦と3人の姪が神戸まで応援に駆けつけた。
「競歩は〝絶対〟ということがないので、用心深い母の性格が出ているなと。でも、しっかり内定を決めることができて私自身、ホッとしましたし、家族も『良かったね』と喜んでくれました」
家族の思いも力に変えて、岡田は1時間29分56秒で6連覇を達成。第一関門をクリアし、すでにその視線を次へと向けている。
雨の中で行われた日本選手権で6連覇を達成して東京五輪内定。家族や所属先など、多くの応援が励みになっている
惨敗した17年世界選手権後の苦悩
16年のリオデジャネイロ五輪は、出場することが1つの大きな目標だった。しかし、東京五輪は「出ることは当たり前。メダル獲得がターゲットになっているので、ここからが勝負という気持ちのほうが強いです」と岡田。その言葉に、4年前から大きく成長した姿を見て取れる。
リオ五輪は16位。改めて振り返っても、「その時の力は発揮できた」と納得の結果だった。だが同時に、最高の舞台だからこそ痛感した思いもあった。
「オリンピックはやはり結果が一番大事。(男子50㎞競歩で)荒井(広宙/当時・自衛隊体育学校、現・富士通)さんが銅メダルを取ってすごく感動しましたし、メダルの価値というものを感じました。私も4年後はメダルを取りたい。その思いを強くさせてもらった大会でした」
では、4年後に向けてどうするか。岡田は「1年1年を大事にし、経験を積みながらステップアップしてオリンピックに乗り込む」と考え、まず17年はロンドン世界選手権で勝負することを最大の目標に据えた。リオで感じたのは「トップ選手はとにかく速い。スピードが違う」ということ。まずはとにかく練習量を増やした。しかし、その効果はかたちにならなかった。
入賞を目指して臨んだロンドンは18位と惨敗。帰国後、不甲斐なさや情けなさといった精神的ダメージも重なって体調を崩し、入院と通院で約2ヵ月間は練習ができなかった。「筋力も体重も落ちて、体力は一般人以下という〝底辺〟でした」。試練はなおも続く。
「そのままというわけにもいかないので、練習を急いで再開したら、12月上旬に大腿骨の疲労骨折。骨膜炎のような軽症でしたが、本格復帰は年明けの1月に入ってからでした。準備不足で臨んだ日本選手権は、他の選手も不調だったので優勝できましたが、1時間32分(22秒)もかかってしまい、かなり絶望的な状態でした。今村文男さん(日本陸連強化委員会男女競歩オリンピック強化コーチ)も心配してくださいました。ロンドン以降から18年前半までが一番苦しく、つらい時期でした」
当時、日本男子競歩陣は世界大会でのメダル獲得や記録ラッシュが続き、空前の勢いがあった。一方の女子は15年の北京世界選手権以降、日本代表は常に岡田ただ1人だけ。世界との差はなかなか埋まらず、「孤独を感じて、ここからどうしたらいいか不安で悩んだ」と明かす。
※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
定期購読はこちらから
一歩ずつ世界に近づいた4年間

日本選手権6連覇で五輪代表内定
2月の日本選手権女子20㎞競歩で、岡田久美子(ビックカメラ)は自身2度目となるオリンピック日本代表の座を射止めた。昨年まで日本選手権5連覇中で、2015年以降、毎年、日本代表として世界大会に出場し続けてきた第一人者といえども、五輪代表選考レースは特別な雰囲気を感じざるを得なかったという。 「(代表内定を)確実に決めないといけないと気負った部分はありました。優勝は間違いないと見られていた中で、逆にそれが緊張を呼んで、ちょっと固くなってしまいました」 万全の準備はできていた。ただ、気温はそれほど低くなかったものの、雨が降り、風もあった。「転倒する人もいましたし、捻挫する心配もあった」ため、いつも以上に慎重にレースを進めた。5㎞あたりで自らが持つ「日本記録(1時間27分41秒)更新は難しい」と感じ、「確実に内定を取るという意識に切り替えた」。本音を言えば、「1時間28分台ぐらいでゴールしたかった」が、それでも「良い判断ができた」と感じている。 レースの1週間ほど前、新型コロナウイルスの感染を心配した両親が、マスクや消毒液を練習拠点としている東京・北区まで届けてくれた。そこには神社で必勝祈願をした時に購入したお守りもあった。レース当日は両親のほか、姉夫婦と3人の姪が神戸まで応援に駆けつけた。 「競歩は〝絶対〟ということがないので、用心深い母の性格が出ているなと。でも、しっかり内定を決めることができて私自身、ホッとしましたし、家族も『良かったね』と喜んでくれました」 家族の思いも力に変えて、岡田は1時間29分56秒で6連覇を達成。第一関門をクリアし、すでにその視線を次へと向けている。
惨敗した17年世界選手権後の苦悩
16年のリオデジャネイロ五輪は、出場することが1つの大きな目標だった。しかし、東京五輪は「出ることは当たり前。メダル獲得がターゲットになっているので、ここからが勝負という気持ちのほうが強いです」と岡田。その言葉に、4年前から大きく成長した姿を見て取れる。 リオ五輪は16位。改めて振り返っても、「その時の力は発揮できた」と納得の結果だった。だが同時に、最高の舞台だからこそ痛感した思いもあった。 「オリンピックはやはり結果が一番大事。(男子50㎞競歩で)荒井(広宙/当時・自衛隊体育学校、現・富士通)さんが銅メダルを取ってすごく感動しましたし、メダルの価値というものを感じました。私も4年後はメダルを取りたい。その思いを強くさせてもらった大会でした」 では、4年後に向けてどうするか。岡田は「1年1年を大事にし、経験を積みながらステップアップしてオリンピックに乗り込む」と考え、まず17年はロンドン世界選手権で勝負することを最大の目標に据えた。リオで感じたのは「トップ選手はとにかく速い。スピードが違う」ということ。まずはとにかく練習量を増やした。しかし、その効果はかたちにならなかった。 入賞を目指して臨んだロンドンは18位と惨敗。帰国後、不甲斐なさや情けなさといった精神的ダメージも重なって体調を崩し、入院と通院で約2ヵ月間は練習ができなかった。「筋力も体重も落ちて、体力は一般人以下という〝底辺〟でした」。試練はなおも続く。 「そのままというわけにもいかないので、練習を急いで再開したら、12月上旬に大腿骨の疲労骨折。骨膜炎のような軽症でしたが、本格復帰は年明けの1月に入ってからでした。準備不足で臨んだ日本選手権は、他の選手も不調だったので優勝できましたが、1時間32分(22秒)もかかってしまい、かなり絶望的な状態でした。今村文男さん(日本陸連強化委員会男女競歩オリンピック強化コーチ)も心配してくださいました。ロンドン以降から18年前半までが一番苦しく、つらい時期でした」 当時、日本男子競歩陣は世界大会でのメダル獲得や記録ラッシュが続き、空前の勢いがあった。一方の女子は15年の北京世界選手権以降、日本代表は常に岡田ただ1人だけ。世界との差はなかなか埋まらず、「孤独を感じて、ここからどうしたらいいか不安で悩んだ」と明かす。 ※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
2025.07.16
廣中璃梨佳が3000mで8分48秒90! 連戦でも日本歴代5位!/ホクレンDC北見
-
2025.07.16
-
2025.07.16
-
2025.07.16
-
2025.07.12
2025.06.17
2025中学最新ランキング【男子】
-
2025.06.17
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2023.04.01
-
2022.12.20
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2025.07.16
荒井七海が1500m日本歴代3位の3分36秒58!自己ベストを3年ぶり0.05秒更新/ホクレンDC北見
7月15日、北海道北見市の北見市東陵公園陸上競技場でホクレンディスタンスチャレンジ第4戦・北見大会が行われ、男子1500mで荒井七海(Honda)が日本歴代3位の3分36秒58をマークして日本人トップの2位を占めた。トッ […]
2025.07.16
廣中璃梨佳が3000mで8分48秒90! 連戦でも日本歴代5位!/ホクレンDC北見
7月15日、北海道北見市の北見市東陵公園陸上競技場でホクレンディスタンスチャレンジ第4戦・北見大会が行われ、女子3000mA組では、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が8分48秒90の日本歴代5位となるタイムで、2位に入った […]
2025.07.16
東京世界陸上チケット販売37万枚を突破!Day9は完売間近の5万枚到達、Day2、Day8も残りわずか
公益財団法人東京2025世界陸上財団は7月16日、東京世界陸上のチケット販売枚数が37万枚を突破したことを発表した。 もっとも売れているのが男子4×100mリレーをはじめリレー4種目の決勝が行われる大会最終日のDay9午 […]
2025.07.16
お詫びと訂正(月刊陸上競技2025年8月号付録)
月刊陸上競技2025年8月号別冊付録、広島インターハイ完全ガイドの内容に一部誤りがございました。 14ページに掲載した佐藤克樹選手の所属が「新潟明訓3」となっていますが、正しくは「東京学館新潟3」でした。佐藤選手ご本人、 […]
2025.07.16
箱根駅伝総合優勝杯を箱根駅伝ミュージアムに寄託 7月19日より常設展示へ
一般社団法人関東学生陸上競技連盟は第100回大会まで使用していた箱根駅伝の総合優勝杯を箱根駅伝ミュージアムに寄託することを決め、7月16日に寄託式が行われた。 総合優勝杯は第80回大会を記念して製作されたもので、高さ53 […]
Latest Issue
最新号

2025年8月号 (7月14日発売)
詳報!日本選手権
IH地区大会