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2023.02.28

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第30回「“縁を紡いでゆく”~鹿児島実業・上岡貞則先生の勇退に思いを馳せて~」


山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第30回「“縁を紡いでゆく”~鹿児島実業・上岡貞則先生の勇退に思いを馳せて~」

鹿児島実業高校・上岡貞則先生の陸上部監督勇退記念パーティーと講演会に参列させていただいた。

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上岡先生は、同校で50年間勤務し(7年間は短距離指導)、1980年から2022年までの42年間を陸上競技部監督として率いてこられた。その間、全国高校駅伝には29回出場している。

祝宴に集いし総勢300名を超える教え子や保護者の皆様方は、一様に指導者としてだけでなく、教育者として恩師に対する謝辞を述べ、感謝を口にしていた。

祝宴に先立っての講演では、「素晴らしい教え子たちに巡り会うことができ、苦労を苦労として実感したことはない」と静かに語っておられた。また、「指導の理念・信条は陸上競技を通して苦しい時に諦めないスピリット(鹿実魂)を身につけることである。そして、大会での結果は大切だが、それ以上に社会人としてしっかり歩んで行けるよう、人間教育に重点を置いてきた」と話された。

とはいえ、月刊陸上競技の誌面を飾るような選手を何人も輩出しており、私の記憶にありありと焼き付いている。

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2004年日本選手権10000m。旭化成に入社2年目19歳の大野龍二選手が、同じ旭化成で鹿児島県出身の永田宏一郎選手との激しい競り合いの末、わずか0.80秒差の27分59秒32(当時・ジュニア日本記録)で優勝し、アテネオリンピック代表を決めた瞬間。

2005年岡山国体少年A5000m決勝において、森賢大選手がケニア人留学生を鋭いラストスパートで置き去りにして優勝を飾った勇姿。

2010年の全国高校駅伝で優勝した鹿児島実高

圧巻は2010年第61回全国高校駅伝において、現在も旭化成で活躍する市田孝・宏兄弟ら、オール鹿児島県出身選手で初優勝を果たしたことが挙げられる。

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この頃は鹿児島の競技会や駅伝など選手を見に行くたびに、上岡先生と杯を酌み交わしながら陸上談義に耳を傾けた。

当時、山梨学院大学附属高校(現・山梨学院高校)では、高大連携事業の一環として、2011年に入学する上田健太・市谷龍太郎・西山令・河村知樹・矢ノ倉弘らの入学が決まっていた。3年後の全国制覇を目標として指導サポートすることになっていたこともあり、指導者と選手、そして保護者たちが三位一体となった鹿児島実業の全国高校駅伝初優勝の軌跡を、3年間の時間軸に沿って学ばせてもらったと言える。

2013年第64回高校駅伝において、西京極陸上競技場に4校が踵を接する激戦で迎えたトラック勝負を制することができたのも、そのお陰であると感謝している。

2013年の全国高校駅伝で初優勝した山梨学院大附高(現・山梨学院高)

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次ページ 「縁を紡ぐ」

山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第30回「“縁を紡いでゆく”~鹿児島実業・上岡貞則先生の勇退に思いを馳せて~」

鹿児島実業高校・上岡貞則先生の陸上部監督勇退記念パーティーと講演会に参列させていただいた。 上岡先生は、同校で50年間勤務し(7年間は短距離指導)、1980年から2022年までの42年間を陸上競技部監督として率いてこられた。その間、全国高校駅伝には29回出場している。 祝宴に集いし総勢300名を超える教え子や保護者の皆様方は、一様に指導者としてだけでなく、教育者として恩師に対する謝辞を述べ、感謝を口にしていた。 祝宴に先立っての講演では、「素晴らしい教え子たちに巡り会うことができ、苦労を苦労として実感したことはない」と静かに語っておられた。また、「指導の理念・信条は陸上競技を通して苦しい時に諦めないスピリット(鹿実魂)を身につけることである。そして、大会での結果は大切だが、それ以上に社会人としてしっかり歩んで行けるよう、人間教育に重点を置いてきた」と話された。 とはいえ、月刊陸上競技の誌面を飾るような選手を何人も輩出しており、私の記憶にありありと焼き付いている。 2004年日本選手権10000m。旭化成に入社2年目19歳の大野龍二選手が、同じ旭化成で鹿児島県出身の永田宏一郎選手との激しい競り合いの末、わずか0.80秒差の27分59秒32(当時・ジュニア日本記録)で優勝し、アテネオリンピック代表を決めた瞬間。 2005年岡山国体少年A5000m決勝において、森賢大選手がケニア人留学生を鋭いラストスパートで置き去りにして優勝を飾った勇姿。 [caption id="attachment_94504" align="alignnone" width="800"] 2010年の全国高校駅伝で優勝した鹿児島実高[/caption] 圧巻は2010年第61回全国高校駅伝において、現在も旭化成で活躍する市田孝・宏兄弟ら、オール鹿児島県出身選手で初優勝を果たしたことが挙げられる。 この頃は鹿児島の競技会や駅伝など選手を見に行くたびに、上岡先生と杯を酌み交わしながら陸上談義に耳を傾けた。 当時、山梨学院大学附属高校(現・山梨学院高校)では、高大連携事業の一環として、2011年に入学する上田健太・市谷龍太郎・西山令・河村知樹・矢ノ倉弘らの入学が決まっていた。3年後の全国制覇を目標として指導サポートすることになっていたこともあり、指導者と選手、そして保護者たちが三位一体となった鹿児島実業の全国高校駅伝初優勝の軌跡を、3年間の時間軸に沿って学ばせてもらったと言える。 2013年第64回高校駅伝において、西京極陸上競技場に4校が踵を接する激戦で迎えたトラック勝負を制することができたのも、そのお陰であると感謝している。 [caption id="attachment_94505" align="alignnone" width="800"] 2013年の全国高校駅伝で初優勝した山梨学院大附高(現・山梨学院高)[/caption] 次ページ 「縁を紡ぐ」

「縁を紡ぐ」

上岡先生が講演のまとめとしてCondition(体調)・Challenge(挑戦)・Confidence(自信)の「三つのC」を大切にして指導にあたり、その根本である「指導者である前に教育者であれ!」を忘れずに歩み、今日を迎えることができたことに感謝している、と熱く語って締めくくった。 本稿は締め切りを1日伸ばしていただき、鹿児島からの帰路の飛行機とJ Rの車内で書いている。ここまで筆を進め、「指導者として何を目指してきたのだろう?」と、ふと回想してみた。 例えば、下記のような点が思い浮かぶ。 ・個々の選手を強くし、チーム力を上げる。またはチーム文化を醸成し、その中で個人のポテンシャルを引き出す。 ・選手のコンディショニングを整え、目標の大会に向けてピーキングコントロールをする。 ・選手自身が日常やレースに向けてのメンタルを最適に保ち、期待や不安に対するストレスに振り回されないメンタルタフネスやメンタルコントロールを身につけ、実践できるようにする。 ・チーム運営においても、メンバーそれぞれがやるべきことを自覚し、より良きチーム風土を醸し出そうと励める環境づくりを行う。 ・何らかのトラブルや障害に遭遇しても、前身向きに協力し、対処しようと試みさせ、それを適度な距離感で助言し、見守りつつ成功体験へと転化させる。 そのようなチームや個人、そしてそれをなし得る指導者でいたいと思うが、振り返ってみると苦悩と試行錯誤の日々であったことのほうが多く思い起こされる。 コーチングと一言で言っても、学問領域で分類するならば、人文社会系から自然科学系まで多岐に渡り、とても一言で言い表せない幅と奥行きがある。チームマネージメントやプロモーション・マーケティング、ここ数年は感染症対策のオペレーションなどと、小洒落た横文字で表す作業も含まれるようになった。 香川県丸亀市立本島中学の教員であった1984年7月。翌年から山梨学院大学で陸上強化育成部を創部し、監督に就任することが決まっていた私は、8月に秋田で開催される全国インターハイで挨拶回りをするための名刺を、香川の友人が経営する印刷所で作成してもらった。その名刺ケースを持ち、恩師の澤木啓祐監督(順大)の後ろを付いてまわり、各県の指導者のお顔と名前を覚えながら歩き回ったことを思い出す。 その時の名刺は、表が大学の所在地と「山梨学院大学陸上競技部 監督 上田誠仁」と書いてあり、裏面に連絡先として当時勤務していた中学校と香川県善通寺市の自宅の住所と電話番号を記してあった(まだ携帯電話などという便利な通信機器がなかった時代の話……)。 しかるに監督業としてスカウト(選手勧誘)という迷宮の世界に足を踏み入れたのがこの時である。選手獲得→選手育成→チームビルディング→卒業→選手獲得→∞というメビウスの輪の如きサイクルの中で、先ほど箇条書きにした課題を目指しながら、山あり谷ありの監督人生を歩んで来た。 上岡先生の祝宴では、多くの方々が縁を結びあい集っていた。我が事として思ってみれば、私の元へ“ご縁”を得て進学していただいた選手たち、その選手を育成された高校の顧問、そしてご家族の方々すべてに良き指導者であったのかと問われれば、胸を張れないもどかしさがある。 しかしながらご縁をいただき、それを自チームに迎えるということは、縁を結ぶ(繋ぐ)ということである。縁を結ぶということは、今まで離れていた縁もゆかりもなかった者同士が、何かしらのきっかけ(陸上競技)で出会い、互いに繋ぎ合った証であろう。この結び目が緩んだり解けたりせぬよう、指導の現場は常に緊張感が迸る。そして得たご縁をもとに“縁を紡いでゆく”ことも、監督としての大切な仕事であると今更ながら思う。 「紡ぐ」という言葉は、今では見かけなくなった糸車を回しつつ、繭や綿から繊維を取り出しよりをかけ、糸にする行為から由来する。その細い糸を“ご縁”として紡いでゆくことは、丁寧で心を込めた行為であろう。 手間や手数がかかるのは当然で、中途半端でいい加減な気持ちでは本来できないことである。それだけに思いも強くなり、その行程に温かみが伴う。大切な縁とは、紡ぎつつ長く育んでゆくものとして大切にせねばなるまい。 [caption id="attachment_94506" align="alignnone" width="1361"] 上岡貞則先生(前列右から3人目)の勇退記念パーティーには多くのOB、関係者が列席した[/caption] 上岡先生の会の冒頭に「本日の会は、OBや保護者など身内の方々にお集まりいただきました。良き出会いとご縁を得て、他人であった人が仲間となり、身内となって縁を紡いできてくれたことに感謝いたします」との言葉がスッと心に溶け込んだ。 特急列車が笹子トンネルを抜けた。甲府盆地の夕景色を眺めつつ、今回の原稿をなんとか書き上げてホッと胸を撫で下ろした。 *追記 自宅を解放し、寮母というよりも、実の母親のように選手に愛情を注がれた上岡先生の奥様に、上岡先生が感謝の言葉を述べられていたことを記しておきます。縁を紡いで来られた最大の功績者だと思うからです。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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