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【誌面転載】Special Cross Talk/大躍進のヤクルト・コンビ 髙久龍×小椋裕介

大躍進のヤクルト・コンビ
互いの活躍を刺激にマラソンで開花

2020年1~3月のロードシーズンで大活躍だった髙久龍(左)と小椋裕介のヤクルト・コンビ

2020年のロードシーズンで随所に活躍したヤクルト勢。その中心的存在としてチームを牽引したのが、主将を務める27歳の髙久龍と、1年後輩の小椋裕介だ。2月の丸亀国際ハーフマラソンでは小椋が1時間0分00秒の日本新記録を樹立。3月の東京マラソンでは髙久が日本歴代4位の2時間6分45秒、小椋も2時間7分23秒と好タイムを刻み、2人が主要区間を担った元日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)では14年ぶりの入賞(7位)を果たしている。

昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)では髙久が途中棄権、小椋は出場資格さえ手にできなかった。そんな彼らはいかにして上記の好成績につなげたのか。2人にこれまでの道のりを振り返ってもらった。

◎構成/松永貴允 撮影/船越陽一郎

ニューイヤー駅伝で14年ぶり入賞
丸亀ハーフでは小椋が日本新

―― ヤクルトはニューイヤー駅伝で2006年(4位)以来となる好成績(7位)を収めました。

髙久 入賞を狙えるメンバーはそろっていると感じていたので、一人ひとりが普段通りのパフォーマンスを発揮すれば入賞できると思っていました。2年前に本田竹春コーチが監督に就任されてから練習方法が変わり、朝練習は以前は集団走がメインだったのですが、今は基本的に各自練習です。自分で距離や時間を決め、選手が自分で考えて試行錯誤するスタイルへと変わっていきました。考える時間が増えたことによってケガ人も減り、多くの選手のパフォーマンスが上がったように思います。

小椋 ポイント練習も2人、3人と小分けにすることが多いです。例えば、自分と髙久さんでも東京マラソンに向けてのアプローチは全然違っていて、たまに一緒にやる時は「ここは一緒にできるからやろう」と2人で話し、最終的に監督と相談して決まっていきます。ある程度の枠組みは監督が考えてくれるのですが、そこに対して選手の考えもぶつけて、流動性をもたせるようになっています。

14年ぶりの入賞(7位)を達成した元旦の全日本実業団対抗駅伝。最長区間の4区(22.4km)を担った髙久(左端)から5区の金子元気へのタスキ・リレー

―― 髙久選手は昨年4月からチームの主将を務めています。普段から心がけていることはありますか。

髙久 昨年はMGCがあった関係でチームと離れて合宿をすることが多かったので、普段から「自分はこれだけ練習しているんだぞ」と背中で見せてきたつもりです。私たちの練習はジョグが大半を占めているのですが、私自身が実践することで、ジョグの大切さが浸透したかなと思います。それ以外は、特別に何かをしようと思ったことはありません。

小椋 髙久さんは結果と過程の両方でチームメイトに示してくれているんです。僕にとってはマラソンで成功されている先輩なので、髙久さんが通ってきたレールを後ろから追いかけて今に至っています。道を切り開いてくれる頼もしいキャプテンです。

――駅伝後、丸亀ハーフでは小椋選手が日本新で、髙久選手も1時間1分30秒の自己新でした。小椋選手は、走る前から手応えはあったのでしょうか。

小椋 まったくなかったです。1時間1分30秒は切れる感覚はあったのですが、1週間前には30㎞走や2時間走を入れるなど、マラソン練習の過程で出場したので……。

髙久 レース前の練習では小椋より私のほうが練習を消化できていました。「小椋には勝てるだろう」と思ったのですが、ゴール後に係の人に「誰が(日本人)トップだったんですか?」と聞いたら「小椋選手です」と。何が起こったのか意味がわからなかったです(笑)。

――髙久選手の丸亀の位置づけは?

髙久 昨年の東京マラソンに出た時も丸亀をステップにしていたので、その流れを踏襲しました。特に何分で走ろうとかはなくて、「1時間1分台が出ればいいかな」くらい。自己新ではあるのですが、全体的にみたら上にたくさん選手がいたので、東京マラソンに向けて身が引き締まったというか、もっとやらなきゃいけないなと思いました。小椋は昨年11月の八王子ロングディスタンス10000m(28分08秒80)でも好走していたのですが、丸亀で1分半も差をつけられたので、このままだと東京でもやられるなと思いました。

東京マラソン
好記録誕生の舞台裏

3月の東京マラソンではともに第2集団で推移。髙久(右端)は一時集団の先頭を引っ張るなど積極的な走りを見せた。右から3人目が小椋

――東京マラソンでは2人とも第2集団でレースを進めました。集団の中ではどのような心理戦が繰り広げられていたのでしょうか。

小椋 僕はひたすら髙久さんをずっとマークしていただけです。

髙久 私は状態が良くなかったので、第2集団にどれだけつけるかチャレンジすることしか考えていませんでした。その中でも東洋大の先輩である設楽悠太さん(Honda)が同じ集団で行くことがわかっていたので、ずっとその背中にくっついていこうと思っていました。中間点をすごいタイム(1時間2分21秒)で通過していたことに気づき、ちょうど隣にいた小椋に「タイム出るぞ!」と。その時は全然脚に疲労がきていなくて、いけるなと思い始めました。

※この続きは2020年4月14日発売の『月刊陸上競技5月号』をご覧ください。

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