2020.04.15
女子20km競歩 藤井菜々子(エディオン)
人生を変えてくれた競歩への恩返し
能美大会女子20km競歩で優勝して東京五輪代表に内定した藤井
3月の全日本競歩能美大会女子20kmで優勝した藤井菜々子(エディオン)が、東京五輪代表に内定した。全中を、都大路を目指して走り続けた少女は、ひょんなことから歩き始めることになった。「メインは長距離」。そう頑なだったが、歩き続け、尊敬する先輩に触れることで人生が変わった。迷わずにまっすぐ歩を進めた先に、世界が待っていた。少しだけ遠ざかった大舞台。だが、藤井にとっては、それもまた楽しい道のりの途中にある。
文/花木 雫
ケガから急ピッチで仕上げて五輪内定
2月の日本選手権女子20km競歩を右太もも靱帯炎で欠場していた藤井菜々子(エディオン)にとって、東京五輪代表の最終選考会となる3月15日の全日本競歩能美大会は大事な一戦だった。新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で、レースの開催も含めて不安定な状況が続いたこともあり、「1月の合宿でケガをしてからの2カ月間は、日々戸惑いと焦りがあり、本当に苦しい期間でした」と振り返る。
高校時代は疲労骨折などのケガが多かったものの、社会人になってから大きな故障とは無縁。「レースに出られるのか、東京五輪に出られるのか。不安がありました」と打ち明ける。
練習を再開して本格的に歩き出したのは、出場予定だった日本選手権の直後。しかし、そこからは急ピッチで調子を戻し、能美大会には、万全とは言わないまでも「痛みもなく強い気持ちで臨めた」と言う。
昨年2月の日本選手権で五輪派遣設定記録(1時間30分00秒)は突破済みで、あとは優勝すれば五輪代表に決まる状況。「記録よりトップでフィニッシュすることだけを考えていました」。雨予報もあったが、当日は晴れ間ものぞいた。
規模縮小の中でレースはスタート。序盤から1km4分50秒前後のスローな展開に。渕瀬真寿美(建装工業)と競り合いとなったが、残り3kmから満を持してスパート。初優勝を果たし、東京五輪代表に内定した。
自己ベストより4分以上遅い1時間33分20秒ながら、「思い描いたプラン通り」と藤井。「最後まで落ち着いて歩けました。多くの方々のサポートがあったから、試練を乗り越えて代表に内定できました。今はホッとしています」と、周囲への感謝を口にした。「世界選手権とは違ったプレッシャーを感じました」と、改めて五輪選考独特の雰囲気を肌で感じ取ったという。
プロセスで苦しんだぶん、収穫もあった。故障の原因の1つに挙げる「腰の使い方からくる右膝が内向きに入る」歩型も、患部周囲の筋力アップや、体幹を鍛え直すことで修正することができた。フォーム全体のバランスも良くなり、能美では注意も警告も出ることなく歩き切った。「スピードの切り替えもスムーズでした」と歩型にも自信を深めたようだ。
レース展開でも新しい感覚を得た。これまでは第一人者・岡田久美子(ビックカメラ)の後ろにつくことが多かったが、すでに日本選手権でひと足先に代表内定を獲得して能美は不在。準備段階から自分でレースを組み立てて主導権を握って勝つことを想定し、実践できたことも成長の証だ。
昨年のドーハ世界選手権は、初出場ながら7位入賞。今回、東京五輪代表に内定し、岡田と並んで日本女子競歩界を牽引する存在になったと言える。それでも「世界選手権は一度も先頭争いに加わることなく、後半で順位を上げていった結果」と淡々と話す藤井。「後半のペースアップやスピード面など、まだまだ世界のトップとは差があります」と、自分の現在地を冷静に受け止めている。
競歩で快進撃も「メインは長距離」
高校時代はインターハイ5000m競歩を連覇(ゼッケン15番が藤井)。3年時は6位だった同級生の林奈海(藤井の右、現・順大)とダブル入賞
代表内定獲得に向けて苦しみと成長を感じたのがケガなら、競歩の道へ進むきっかけとなったのも高校時代のたび重なる故障だった。「高校時代は肝心なところでいつも疲労骨折ばかりしていました」と苦笑いを見せる。
小さい頃から走るのが大好きで、陸上を始めたのは山口に住んでいた小学校3年生の時。小4からは福岡のクラブチーム・那珂川ジュニアに入部した。「最初は短距離で5・6年生の頃から長距離にも取り組むようになりました」。那珂川北中(福岡)に入学してからは800mと1500mを中心に全中出場を目標に練習に励んだ。だが、800mは0秒64、1500mは1秒90、全中の参加標準記録に届かなかった。あと一歩のところで全国の舞台に立つことはできなかった藤井は、多くの中学生ランナーたちと同様に、全国高校駅伝を目指し、地元の名門・北九州市立高に進んだ。
しかし、運命の歯車はどこでどう回り出すかわからない。高2のシーズン直前。インターハイの県大会につながる支部大会前に発症した疲労骨折が、その後の陸上人生を大きく変えることになる。
※この続きは2020年4月14日発売の『月刊陸上競技5月号』をご覧ください。
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女子20km競歩 藤井菜々子(エディオン) 人生を変えてくれた競歩への恩返し
能美大会女子20km競歩で優勝して東京五輪代表に内定した藤井3月の全日本競歩能美大会女子20kmで優勝した藤井菜々子(エディオン)が、東京五輪代表に内定した。全中を、都大路を目指して走り続けた少女は、ひょんなことから歩き始めることになった。「メインは長距離」。そう頑なだったが、歩き続け、尊敬する先輩に触れることで人生が変わった。迷わずにまっすぐ歩を進めた先に、世界が待っていた。少しだけ遠ざかった大舞台。だが、藤井にとっては、それもまた楽しい道のりの途中にある。
文/花木 雫ケガから急ピッチで仕上げて五輪内定
2月の日本選手権女子20km競歩を右太もも靱帯炎で欠場していた藤井菜々子(エディオン)にとって、東京五輪代表の最終選考会となる3月15日の全日本競歩能美大会は大事な一戦だった。新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で、レースの開催も含めて不安定な状況が続いたこともあり、「1月の合宿でケガをしてからの2カ月間は、日々戸惑いと焦りがあり、本当に苦しい期間でした」と振り返る。高校時代は疲労骨折などのケガが多かったものの、社会人になってから大きな故障とは無縁。「レースに出られるのか、東京五輪に出られるのか。不安がありました」と打ち明ける。練習を再開して本格的に歩き出したのは、出場予定だった日本選手権の直後。しかし、そこからは急ピッチで調子を戻し、能美大会には、万全とは言わないまでも「痛みもなく強い気持ちで臨めた」と言う。昨年2月の日本選手権で五輪派遣設定記録(1時間30分00秒)は突破済みで、あとは優勝すれば五輪代表に決まる状況。「記録よりトップでフィニッシュすることだけを考えていました」。雨予報もあったが、当日は晴れ間ものぞいた。規模縮小の中でレースはスタート。序盤から1km4分50秒前後のスローな展開に。渕瀬真寿美(建装工業)と競り合いとなったが、残り3kmから満を持してスパート。初優勝を果たし、東京五輪代表に内定した。自己ベストより4分以上遅い1時間33分20秒ながら、「思い描いたプラン通り」と藤井。「最後まで落ち着いて歩けました。多くの方々のサポートがあったから、試練を乗り越えて代表に内定できました。今はホッとしています」と、周囲への感謝を口にした。「世界選手権とは違ったプレッシャーを感じました」と、改めて五輪選考独特の雰囲気を肌で感じ取ったという。プロセスで苦しんだぶん、収穫もあった。故障の原因の1つに挙げる「腰の使い方からくる右膝が内向きに入る」歩型も、患部周囲の筋力アップや、体幹を鍛え直すことで修正することができた。フォーム全体のバランスも良くなり、能美では注意も警告も出ることなく歩き切った。「スピードの切り替えもスムーズでした」と歩型にも自信を深めたようだ。レース展開でも新しい感覚を得た。これまでは第一人者・岡田久美子(ビックカメラ)の後ろにつくことが多かったが、すでに日本選手権でひと足先に代表内定を獲得して能美は不在。準備段階から自分でレースを組み立てて主導権を握って勝つことを想定し、実践できたことも成長の証だ。昨年のドーハ世界選手権は、初出場ながら7位入賞。今回、東京五輪代表に内定し、岡田と並んで日本女子競歩界を牽引する存在になったと言える。それでも「世界選手権は一度も先頭争いに加わることなく、後半で順位を上げていった結果」と淡々と話す藤井。「後半のペースアップやスピード面など、まだまだ世界のトップとは差があります」と、自分の現在地を冷静に受け止めている。競歩で快進撃も「メインは長距離」
高校時代はインターハイ5000m競歩を連覇(ゼッケン15番が藤井)。3年時は6位だった同級生の林奈海(藤井の右、現・順大)とダブル入賞代表内定獲得に向けて苦しみと成長を感じたのがケガなら、競歩の道へ進むきっかけとなったのも高校時代のたび重なる故障だった。「高校時代は肝心なところでいつも疲労骨折ばかりしていました」と苦笑いを見せる。小さい頃から走るのが大好きで、陸上を始めたのは山口に住んでいた小学校3年生の時。小4からは福岡のクラブチーム・那珂川ジュニアに入部した。「最初は短距離で5・6年生の頃から長距離にも取り組むようになりました」。那珂川北中(福岡)に入学してからは800mと1500mを中心に全中出場を目標に練習に励んだ。だが、800mは0秒64、1500mは1秒90、全中の参加標準記録に届かなかった。あと一歩のところで全国の舞台に立つことはできなかった藤井は、多くの中学生ランナーたちと同様に、全国高校駅伝を目指し、地元の名門・北九州市立高に進んだ。しかし、運命の歯車はどこでどう回り出すかわからない。高2のシーズン直前。インターハイの県大会につながる支部大会前に発症した疲労骨折が、その後の陸上人生を大きく変えることになる。※この続きは2020年4月14日発売の『月刊陸上競技5月号』をご覧ください。RECOMMENDED おすすめの記事
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