2020.03.10
【Web特別記事】
逆襲のスプリンター②
「1日1日を大切に」高橋萌木子がたどり着いた境地
東京五輪を控え、俄然注目を集める陸上短距離。期待を一身に集めながら、苦しみ、悩み、それでも突き進むスプリンターたちにスポットを当てていく企画。2回目は高橋萌木子(ワールドウィング)を紹介する。日本女子短距離界を引っ張る存在になることを誰もが信じて疑わなかった逸材が、第一線から消え、そしてたどり着いた境地とは。
女子スプリント“黄金世代”の筆頭
昨年9月の全日本実業団対抗の女子100m決勝。高橋萌木子はその舞台に立っていた。
「久しぶりの(選手権での)決勝。空気感を楽しみながら、シーズンベストは出したいなという思いでした」
5月に出していた11秒84のシーズンベストは更新できなかったが、結果は3位。「最初の5歩までうまくいかなかった」と残念がったが、レース後はすがすがしい表情だった。
レースを制したのは、埼玉栄高の後輩でもある土井杏南(JAL)。「大先輩と一緒に走れてうれしいですし、自分も頑張ろうって思えました」と、土井は中学時代に戻ったようなキラキラしたまなざしを先輩に向けた。
それだけ、多くの選手にとってあこがれの的で、目標とされる存在だった。
全国中学校選手権女子200mを優勝すると、2004年から06年までインターハイ100m3連覇。これはインターハイ史上初めてのことで、その後も誰も成し遂げていない快挙だ。
3年時の大阪インターハイは、高橋が100m3連覇、200mで中村宝子がU20日本新、100mハードルでは1学年下の寺田明日香(現パソナグループ)が2連覇と、女子スプリント旋風が吹き荒れた。その時、100m2位、200m3位と高橋の隣に並んだのが福島千里(現セイコー)だった。
この世代は他にも、2年連続中長距離2冠の小林祐梨子、走幅跳優勝の木村文子(現エディオン)と「当たり年」。この世代は、その後の陸上界を支えていく存在へと成長していく。
平成国際大に進学した1年目には日本選手権で優勝し、大阪世界選手権にも出場。09年には100m、200mで日本学生記録も更新するなど、日本女子短距離界を担う貴重な存在だった。4×100mリレーでも福島らとバトンとつなぎ、3度日本記録も更新。明るい未来が待っているはずだった。
ケガから7年ぶりの11秒台
昨年の国体100m予選では高橋(右端)と福島(左端)が同組で走った
だが、11年頃から好調時に届かず、12年ロンドン五輪の4継メンバーから外れると、その後はケガが相次ぎ、不振に陥る。思うような走りができず、普通に歩くことさえ困難な時期もあったという。
特に、両脚のアキレス腱痛は深刻だった。
「心が死んでいた時期もありました。何度も陸上を辞めようと思った。心と身体が全然一致しなくて」
それでも高橋は走り続けた。
「いつになっても、ちー(福島)の存在は私のモチベーションの一つ。ずっと連絡は取り合っていますが、他愛もない話です。それもずっと変わりません」
17年の秋から、拠点を鳥取に移した。「ワールドウィング」のジムで業務をしながらトレーニングを積んだ。
「負荷をかけつつ、動かせるように。違った方向からのパフォーマンス発揮ができるようになりました」
次第に痛みは消え、弾力のある筋力に変わっていくのがわかった。
そして19年5月。11秒84をマークした。実に7年ぶりの11秒台。8月にも11秒89で走ると、全日本実業団対抗で「全国の決勝」に戻ってきた。
「決勝ではやりたいことができなかった。悔しさしかないですよ。でも、やっと悔しいという気持ちを持てるところまで戻ってこられました。心と身体の向かうところが一緒になってきたんです」
今は、大きな記録を狙うことはない。簡単に「世界」「オリンピック」とは言えない。その難しさを十分に理解しているからだ。
「日々、進化すること。1日、1日を進み続ければいい。1回戻っても、また前進。それが今の目標です。まずは自分がどう成長するか。楽しくできるか。やっぱり、楽しくないと続きません」
全日本実業団から2週間後。茨城での国体100mに出場した。予選3組。高橋と福島が同じ組に並んだ。
「なかなか一緒に走る機会がなかったんですが……。これは狙っているんですかね?」
そう笑った。
長きに渡って牽引してきた福島もまた、東京五輪を前にケガで苦しい日々を過ごしている。先駆者にしかわからない思い、ともに戦った同志でしか共有できない思いがある。
あの頃のように2人で――。まだ、時計の針は止まっていない。
文/向永拓史
逆襲のスプリンター② 「1日1日を大切に」高橋萌木子がたどり着いた境地
東京五輪を控え、俄然注目を集める陸上短距離。期待を一身に集めながら、苦しみ、悩み、それでも突き進むスプリンターたちにスポットを当てていく企画。2回目は高橋萌木子(ワールドウィング)を紹介する。日本女子短距離界を引っ張る存在になることを誰もが信じて疑わなかった逸材が、第一線から消え、そしてたどり着いた境地とは。女子スプリント“黄金世代”の筆頭
昨年9月の全日本実業団対抗の女子100m決勝。高橋萌木子はその舞台に立っていた。 「久しぶりの(選手権での)決勝。空気感を楽しみながら、シーズンベストは出したいなという思いでした」 5月に出していた11秒84のシーズンベストは更新できなかったが、結果は3位。「最初の5歩までうまくいかなかった」と残念がったが、レース後はすがすがしい表情だった。 レースを制したのは、埼玉栄高の後輩でもある土井杏南(JAL)。「大先輩と一緒に走れてうれしいですし、自分も頑張ろうって思えました」と、土井は中学時代に戻ったようなキラキラしたまなざしを先輩に向けた。 それだけ、多くの選手にとってあこがれの的で、目標とされる存在だった。 全国中学校選手権女子200mを優勝すると、2004年から06年までインターハイ100m3連覇。これはインターハイ史上初めてのことで、その後も誰も成し遂げていない快挙だ。 3年時の大阪インターハイは、高橋が100m3連覇、200mで中村宝子がU20日本新、100mハードルでは1学年下の寺田明日香(現パソナグループ)が2連覇と、女子スプリント旋風が吹き荒れた。その時、100m2位、200m3位と高橋の隣に並んだのが福島千里(現セイコー)だった。 この世代は他にも、2年連続中長距離2冠の小林祐梨子、走幅跳優勝の木村文子(現エディオン)と「当たり年」。この世代は、その後の陸上界を支えていく存在へと成長していく。 平成国際大に進学した1年目には日本選手権で優勝し、大阪世界選手権にも出場。09年には100m、200mで日本学生記録も更新するなど、日本女子短距離界を担う貴重な存在だった。4×100mリレーでも福島らとバトンとつなぎ、3度日本記録も更新。明るい未来が待っているはずだった。ケガから7年ぶりの11秒台
昨年の国体100m予選では高橋(右端)と福島(左端)が同組で走った だが、11年頃から好調時に届かず、12年ロンドン五輪の4継メンバーから外れると、その後はケガが相次ぎ、不振に陥る。思うような走りができず、普通に歩くことさえ困難な時期もあったという。 特に、両脚のアキレス腱痛は深刻だった。 「心が死んでいた時期もありました。何度も陸上を辞めようと思った。心と身体が全然一致しなくて」 それでも高橋は走り続けた。 「いつになっても、ちー(福島)の存在は私のモチベーションの一つ。ずっと連絡は取り合っていますが、他愛もない話です。それもずっと変わりません」 17年の秋から、拠点を鳥取に移した。「ワールドウィング」のジムで業務をしながらトレーニングを積んだ。 「負荷をかけつつ、動かせるように。違った方向からのパフォーマンス発揮ができるようになりました」 次第に痛みは消え、弾力のある筋力に変わっていくのがわかった。 そして19年5月。11秒84をマークした。実に7年ぶりの11秒台。8月にも11秒89で走ると、全日本実業団対抗で「全国の決勝」に戻ってきた。 「決勝ではやりたいことができなかった。悔しさしかないですよ。でも、やっと悔しいという気持ちを持てるところまで戻ってこられました。心と身体の向かうところが一緒になってきたんです」 今は、大きな記録を狙うことはない。簡単に「世界」「オリンピック」とは言えない。その難しさを十分に理解しているからだ。 「日々、進化すること。1日、1日を進み続ければいい。1回戻っても、また前進。それが今の目標です。まずは自分がどう成長するか。楽しくできるか。やっぱり、楽しくないと続きません」 全日本実業団から2週間後。茨城での国体100mに出場した。予選3組。高橋と福島が同じ組に並んだ。 「なかなか一緒に走る機会がなかったんですが……。これは狙っているんですかね?」 そう笑った。 長きに渡って牽引してきた福島もまた、東京五輪を前にケガで苦しい日々を過ごしている。先駆者にしかわからない思い、ともに戦った同志でしか共有できない思いがある。 あの頃のように2人で――。まだ、時計の針は止まっていない。 文/向永拓史
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