【Web特別記事】やり投・北口榛花インタビュー後編 自分で行動することの大切さ

【Web特別記事】
やり投・北口榛花インタビュー後編
自分で行動することの大切さ
〝地力〟をつけて東京五輪ではメダルを

今季2度の日本新記録を樹立した女子やり投の北口榛花(日大)。ここまで苦しい時期もありながら成長を遂げられたのはなぜなのか。前編に続き、後編では自身が思う成長できた要因や、陸上界のこと、そしていよいよ迎えるオリンピックイヤーへの想いを聞いた。

やり投・北口榛花インタビュー前編 
世界選手権の〝追試〟で日本新

やり投をするために大学進学
自ら動くのが大切

 北口榛花は日本陸連ダイヤモンドアスリートの1期生で、早くから海外に目を向ける環境にあった。インターハイ優勝、世界ユース選手権(U18)優勝、高校新、U18・U20日本新、学生新、そして日本新。ケガや環境の変化を経てもなお、次々と金字塔を打ち立ててきた。

 残念なことに、日本の女子選手としては非常に数少ない例だと言える。若くして活躍しながらシニアになると伸び悩む選手も多いなかで、なぜ、北口は成長を続けられるのだろうか。

「高校時代に練習をやり過ぎた、ということはありませんが、だからといって特別少なかったとは思いません。きちんと練習をしていたと思いますし、高校では土台を作れました。やり投だけに特化せず、砲丸投や円盤投など、いろいろな動きをしたのが良かったと思います。4継もマイルも走りましたし。当時はこんな風に成長できるなんて想像もしていませんでした。顧問の松橋(昌巳)先生は、将来のためを思って指導したり、外に目を向けたりさせてくれていたのだと思います。

 私の高校(旭川東高)は陸上の強豪校ではなく、ほとんどの同級生は受験勉強をして大学に進学します。みんな、教員になりたから教育学部、医師を目指して医学部、と目標を自分で決めていたんです。

 自分はやり投をするために大学に進学しました。この方法(スポーツ推薦)で入学するならやるしかない。だから、結果が出なかったとしても絶対に辞めない、と心に決めていました。どんなに気持ちが落ち込んでいてもグラウンドには足を運びました。つらい時期もたくさんありましたけど……。

 身体的に恵まれているのは両親に感謝しかないですが、この身体があっても使えないと意味がないですし。やり投をやるしかないと覚悟していましたし、絶対に続けなきゃいけない。そこだけは揺るがなかったと思います。そうしていると、いろんな人が助けてくれました。先輩や仲間にすごく恵まれたと思います。特に男子の先輩方はモチベーションも高くて、自分も競技があるのに、練習や試合でアドバイスをくれました。放っておかれていたら迷走して終わっていたかもしれません」

 何のために大学へ行き、陸上を続けるのか。そこが曖昧で、他人に流されてしまう選手も多いだろう。北口は「やり投で結果を出す」という覚悟を一度たりと捨てることはなかった。

「もう一つ言えることは、〝言いたいことを言う〟ということです。自分がやりたいことがあるなら、ハッキリと行動しないといけません。私も最初は待っているだけでした。他人に任せるのは楽だしありがたいことですが、自分で何かをするというのは大変。それを大学で学びました。

 だからこそ、昨年チェコのコーチと知り合った時、すぐに連絡して練習を見てもらえるかどうか交渉したんです。何となく環境のせい、他人のせいにするのではなく、自分で動くことが大切です。いろんな人との出会いを大切にして、誤解を恐れずに言うと、これはこの人に相談、これだったらこの人に聞いてみる、とか。たくさん話をできるようにしています。

 ただ、環境の変化というのはとても大変でした。高校では先生がしっかり見てくれますが、大学になると本当に自分で考えなくてはいけません。入学当初は何をしていいかわからずボーッと座っていて、呼ばれたら行く感じ。個人的な意見ですが、私も含め女子選手はどちらかというと〝見てもらいたい〟選手が多いと思います。

 大学でもしっかり見てもらえる環境か、もしくは高校と大学の間で徐々に独立できるような期間があればスムーズなのかな、という思いはあります。見てもらえなくなった時にどうするか。最後は一人ではできないこともあるので、依存するのではなく、頼りになる人がいるほうがいい。

 私は日大を選んでよかったです。大学の先生方や仲間に感謝しています。こんなに自由にやらせてもらえるところはありません。違う環境だったら大変だっただろうなって思います」

 ワガママを言っているだけであれば誰も助けてはくれないし、「これがやりたい」の〝これ〟がブレるようでは、相手にもされない。〝芯〟があり、自分自身で行動したからこそ、誰かが救いの手を差し伸べてくれた。
発言力、行動力だけでなく、思いやりや繊細さも合わせ持つ

 天真爛漫で快活。行動力もあり、言葉も持つ。喜怒哀楽がすぐに表情に出る。これも北口のキャラクターだが、それだけではない。人なつっこいのに人見知りで、〝特別扱い〟や〝極端に目立つ〟のは苦手。

「チェコのクラブにはすごく感謝しています。そこでは私より若い年代の選手がたくさん練習しているんです。私がチームに加わったことで、コーチが世界選手権に来てくれるなどして、クラブの選手を指導する時間が少し減ったと思います。若い世代の選手はコーチに教えてもらって伸びる時期なのに。

 一人だけ〝別枠〟みたいになるのは申し訳ない気持ちがあります。それでも、みんな『仕方がないこと』と言って応援してくれます。だから結果を出すことが恩返しなんです」

 高校時代は、進学校にあって陸上界で大きな注目を集めていたのは異例のこと。だが、競泳に一生懸命だった時には自分より速い選手がいた。だから〝見てもらえない〟という立場も理解できる。もちろん、当時の仲間たちはいつも応援してくれたし、それは今も変わらない。

「チェコのコーチは『どれだけがんばっているのか取材に来てもらえればいい』と言ってくれるのですが、英語とチェコ語ができるのは一人しかいない。その子の練習の邪魔をしてしまうのも悪いし、迷惑をかけたくないんです。高校の時もそうですが、やっぱりコーチは自分だけのものじゃないし、チームとして動くこともすごく大事なので」

 自分の言動で誰かに迷惑をかけるのを嫌い、自分のために何かをしてくれる人に素直に感謝できる。強さだけでなく、気配りと繊細さも合わせ持つのもまた、〝北口榛花らしさ〟だ。

日大やチェコで同じクラブで練習に励む仲間のためにも「結果を出したい」と言う

70mも夢じゃない
「やり投をやってよかった」

 北九州カーニバルでシーズンアウト。しばしの休息を経て、11月に入ってすでに冬季練習をスタートさせた。来春、北口は日大を卒業し、JALのアスリート社員として新たなステージで戦うことになる。

「世界選手権で感じたのは、〝やれる〟ということ。そんなに海外の選手と違いを感じませんでした。中国人にも以前は『勝つのは難しい』と思っていましたが、66mを投げられたことで戦えそうだなって。68mや70mなど〝無理だ〟と言われている記録だって夢じゃない。

 もちろん、簡単ではないことくらいわかっています。でも、これだけ記録を出した今でも、指摘されるのは『速く走れ!』とか『もっと持ち上げろ』とか。技術面ではなくて当たり前のことばかり。身体もまだできていないし、やることもいっぱいあるんです。だから、まだまだ記録が伸ばせると思っていますし、伸びないわけがないんじゃないかって。

 課題は変わらず、下半身を速く動かすことと、上半身を中心にウエイトトレーニングで強化することです。単純なスピードもですが、〝瞬発力〟のある投げをしたい。今でも〝理想の投げ〟というものが映像としてイメージできていません。1年前ともまったく違う投げ方ですから。

 まずは課題を一つずつクリアしていくだけ。小さなことですが、例えばウエイトのマックスが上がるとか、ハードルジャンプの高いのが跳べたとか、やれないことがやれる、というのが本当にうれしいんです。やっと少し〝やり投〟について考えられるようになりました」

 ドーハ世界選手権は日本選手権で参加標準記録を突破した佐藤友佳(ニコニコのり)と2人で出場した。前日本記録保持者の海老原有希(スズキ浜松AC)が示してきたように、女子やり投は世界で戦うことができる種目の一つ。

「やっぱり一人は嫌なので、来年(東京五輪)も複数人で出たいです。佐藤さんはもちろんですし、ずっと強い相手だと思っているのは(斉藤)真理菜さん(スズキ浜松AC)なので、今年はケガなどで不調でしたが戻ってきてほしいです。山下実花子(九州共立大)も、北九州カーニバルで見て、絶対に(60m)行くなって思っています。円盤投で日本記録を出した郡菜々佳(同)ともいろいろ話しました。同学年の存在がすごく励みになります」

 世界選手権で敗退し、その後の大会で日本新。「大舞台で出せない」、「追い風に乗っただけ」。そんな心ない言葉もあった。

「確かに自分の好きな追い風でしたが、それは向かい風の得意な選手もいることなので。世界選手権の敗因もしっかりわかっています。日本人は世界大会で自己ベストを出せない、とよく話題に上がりますが、それは日本だけでなく、ほとんどの選手が同じ。今回の世界選手権のやり投でも、実績のある強い選手が予選敗退しています。

 大事なのは地力をつけてアベレージを上げることだと思っています。今は62~63mくらいが実力なので、それを64~65mにする。東京五輪ではメダル獲得が目標です。やることをやれば、そこに結びつきます。狙った試合で自分の動きがきっちりできるようにしていきます」
東京五輪での目標はメダル争い。もちろん、将来は再びの〝世界一〟を目指している

 1月末まで国内にとどまって日大でトーニングし、2月からシーズンイン直前まで再びチェコへ。暖かい場所での合宿などを積んでシーズンを迎える。

 来季はダイヤモンドリーグの転戦も視野に入れ、国内では5月に新国立競技場で行われるテストイベントやゴールデングランプリを当面の目標に据える。すでに東京五輪の参加標準記録は突破済み。6月の日本選手権で3位以内に入れば代表に内定する。

 多くのトップ選手がたどったように、これから先63mを投げても「不発」と言われるようなことがあるかもしれない。それでも気負わず〝北口榛花のやり投〟を追い求めていけば必ず結果につながる。

「オリンピックを〝陸上選手〟として観たのは2016年のリオだけ。オリンピックのイメージといえば競泳の北島康介さんなんです」

 ボランティアでも何でもいい。いつか自分も――そう描いていた舞台がもうすぐそこまで来ている。

 春に日本記録を出した後、こんな質問をしてみた。「やり投を選んでよかったですか?」。その時の答えはこうだった。

「まだわかりません」

 幼い頃からやっていたバドミントンも水泳も見切りをつけ、勉強もあきらめてまで選んだやり投で、「将来どうなるかわからないから」だというのが理由だった。世界の舞台に立ち、再び日本記録を更新した今、同じ質問をしてみた。

「やり投をやってよかったです。いろいろな場所に行って、世界中の人とつながれた。これから先、不安もあるけど……楽しいし、こんなにも夢中になれる」

 北口らしい笑顔でそう答えた。

文/向永拓史

やり投・北口榛花インタビュー前編 
世界選手権の〝追試〟で日本新

北九州カーニバルの様子は月刊陸上競技12月号(11月14日発売)で掲載!

※インタビュー撮影は5月の取材時(撮影/奥井隆史)