2021.07.15

6月6日のデンカアスレチックスチャレンジカップの男子800mで日本歴代5位の1分46秒50をマーク。昨季までの自己ベストを3秒以上も短縮しているのが源裕貴(環太平洋大)だ。日本選手権は5位に終わったが、今季大躍進している21歳は魅力もポテンシャルも十分。日本長距離界において突如として存在感を放ち始めた理由とこれまでのルーツ、そして今後の展望を探った。
文/酒井政人
トラブル続きだった日本選手権
21歳の源裕貴(環太平洋大)は強い意志を持って日本選手権の男子800mに挑んでいた。頭の中にあった数字は日本記録1分45秒75よりも速い東京五輪参加標準記録の「1分45秒20」。予選からタイムを狙う予定だったが、思わぬアクシデントに見舞われる。
「アップ中にスパイク前足部に搭載されていたエアの空気が抜けてしまい、メンタル的にやられました。予選は練習用として持参した同じモデルのスパイクを使ったんですけど、サイズが大きいので走りにくかったんです」
源は予選2組で1分48秒58の2着通過になった。翌日の決勝はチームメイトが岡山から届けてくれた、サイズの合う同じモデルのスパイクを着用。ウォーミングアップの動きも良かったという。本来なら自分から行くタイプではないが、ひとりで攻め込んだ。
1周目のホームストレートで先頭に立ち、400mを51秒8で通過。残り160m付近で金子魅玖人(中大)にトップを奪われると、他の3選手にも行く手を阻まれる。最後の直線は前に出られないままレースを終えた。
「追いつかれた時は、まだ余力もあったんです。でも位置取りが良くなかったですね。少しアウトに逃げておけば、2~3番手の選手に抜かれることはなかったのかなと思います。ポケットされて焦り、スピードに乗れずに、最後は動くことができませんでした」
経験不足から実績面で勝るライバルたちに敗れてしまい、東京五輪を狙ったレースで1分47秒21の5位。初の日本選手権は不完全燃焼に終わった。しかし、今季前半の活躍ぶりで源が「今後が楽しみな中距離ランナーのホープ」として認知されたのは間違いないだろう。
初の日本選手権は5位に終わったが、6月6日にマークした1分46秒50は7月15日時点で日本ランキング1位につける
山口出身で美祢市立伊佐中までは野球部。進学した美祢青嶺高で陸上競技を始めた。「本当はバレー部に入りたかったんですけど」と言う源は、実は陸上一家の育ち。美祢工高(現在は美祢青嶺に統合)出身である父・清美さん(旧姓・藤永)は1980年の第31回全国高校駅伝1区を区間4位で走っている元ランナー。母親のさゆりさんも100mハードルでインターハイ準決勝に進出している。だが、源自身は「陸上にはまったく興味がなかったんです」と笑う。陸上を始めたのは不思議な縁で、父・清美さんの高校時代の恩師・高見克人先生が、巡り巡って再び陸上部の監督をしていた(※指導を受けたのは西村章先生)。「それで父の勧めもあって陸上部に入りました」。
当初は渋々スタートさせた陸上のキャリア。1年時のインターハイ支部大会で「枠が空いていた」という理由で800mに出場した。予選を2分11秒台、決勝を2分07秒台で走り、山口県大会に駒を進めた。県大会では2分08秒30で予選敗退。だが、実はトレーニングは「長距離、駅伝の練習」主体で、レースも長距離が中心だった。5000mの高校ベストは15分10秒で、駅伝では3年時の山口県大会7区で区間賞、中国大会7区で区間2位という結果を残している。
それでも、高3の中国大会前からは、中距離用のメニューを西村先生に提案し、インターハイ出場をつかんだ。予選で敗退したが、「全国大会に臨む選手たちの覇気を感じられたことが大きかった」と競技へのモチベーションは高くなった。そして、国体少年共通(予選で受けた進路妨害の救済措置で決勝に進出)では、1分52秒58をマークして6位に食い込んでいる。
高校卒業後は「就職」と決めていたが、「国体での入賞を経験して、ここで競技をやめたら後悔しそうだな」という気持ちが芽生え始めたという。
源のセンスを早くから感じ取っていたのが環太平洋大の吉岡利貢コーチだった。中国大会では1分56秒25の2位に入ったが、声をかけたのは、その予選で当時ベストとなる1分58 秒84をマークした時だった。「タイムはともかく、上半身の姿勢、腕振りがきれいな選手だったのが印象的でした」(吉岡コーチ)。何度か熱心に誘ったものの、当初は源も「就職」しか考えていなかった。それでも熱心な勧誘が実り同大に進学することが決まる。
この続きは2021年7月14日発売の『月刊陸上競技8月号』をご覧ください。
定期購読はこちらから
6月6日のデンカアスレチックスチャレンジカップの男子800mで日本歴代5位の1分46秒50をマーク。昨季までの自己ベストを3秒以上も短縮しているのが源裕貴(環太平洋大)だ。日本選手権は5位に終わったが、今季大躍進している21歳は魅力もポテンシャルも十分。日本長距離界において突如として存在感を放ち始めた理由とこれまでのルーツ、そして今後の展望を探った。
文/酒井政人トラブル続きだった日本選手権
21歳の源裕貴(環太平洋大)は強い意志を持って日本選手権の男子800mに挑んでいた。頭の中にあった数字は日本記録1分45秒75よりも速い東京五輪参加標準記録の「1分45秒20」。予選からタイムを狙う予定だったが、思わぬアクシデントに見舞われる。「アップ中にスパイク前足部に搭載されていたエアの空気が抜けてしまい、メンタル的にやられました。予選は練習用として持参した同じモデルのスパイクを使ったんですけど、サイズが大きいので走りにくかったんです」源は予選2組で1分48秒58の2着通過になった。翌日の決勝はチームメイトが岡山から届けてくれた、サイズの合う同じモデルのスパイクを着用。ウォーミングアップの動きも良かったという。本来なら自分から行くタイプではないが、ひとりで攻め込んだ。1周目のホームストレートで先頭に立ち、400mを51秒8で通過。残り160m付近で金子魅玖人(中大)にトップを奪われると、他の3選手にも行く手を阻まれる。最後の直線は前に出られないままレースを終えた。「追いつかれた時は、まだ余力もあったんです。でも位置取りが良くなかったですね。少しアウトに逃げておけば、2~3番手の選手に抜かれることはなかったのかなと思います。ポケットされて焦り、スピードに乗れずに、最後は動くことができませんでした」経験不足から実績面で勝るライバルたちに敗れてしまい、東京五輪を狙ったレースで1分47秒21の5位。初の日本選手権は不完全燃焼に終わった。しかし、今季前半の活躍ぶりで源が「今後が楽しみな中距離ランナーのホープ」として認知されたのは間違いないだろう。
初の日本選手権は5位に終わったが、6月6日にマークした1分46秒50は7月15日時点で日本ランキング1位につける山口出身で美祢市立伊佐中までは野球部。進学した美祢青嶺高で陸上競技を始めた。「本当はバレー部に入りたかったんですけど」と言う源は、実は陸上一家の育ち。美祢工高(現在は美祢青嶺に統合)出身である父・清美さん(旧姓・藤永)は1980年の第31回全国高校駅伝1区を区間4位で走っている元ランナー。母親のさゆりさんも100mハードルでインターハイ準決勝に進出している。だが、源自身は「陸上にはまったく興味がなかったんです」と笑う。陸上を始めたのは不思議な縁で、父・清美さんの高校時代の恩師・高見克人先生が、巡り巡って再び陸上部の監督をしていた(※指導を受けたのは西村章先生)。「それで父の勧めもあって陸上部に入りました」。当初は渋々スタートさせた陸上のキャリア。1年時のインターハイ支部大会で「枠が空いていた」という理由で800mに出場した。予選を2分11秒台、決勝を2分07秒台で走り、山口県大会に駒を進めた。県大会では2分08秒30で予選敗退。だが、実はトレーニングは「長距離、駅伝の練習」主体で、レースも長距離が中心だった。5000mの高校ベストは15分10秒で、駅伝では3年時の山口県大会7区で区間賞、中国大会7区で区間2位という結果を残している。それでも、高3の中国大会前からは、中距離用のメニューを西村先生に提案し、インターハイ出場をつかんだ。予選で敗退したが、「全国大会に臨む選手たちの覇気を感じられたことが大きかった」と競技へのモチベーションは高くなった。そして、国体少年共通(予選で受けた進路妨害の救済措置で決勝に進出)では、1分52秒58をマークして6位に食い込んでいる。高校卒業後は「就職」と決めていたが、「国体での入賞を経験して、ここで競技をやめたら後悔しそうだな」という気持ちが芽生え始めたという。源のセンスを早くから感じ取っていたのが環太平洋大の吉岡利貢コーチだった。中国大会では1分56秒25の2位に入ったが、声をかけたのは、その予選で当時ベストとなる1分58 秒84をマークした時だった。「タイムはともかく、上半身の姿勢、腕振りがきれいな選手だったのが印象的でした」(吉岡コーチ)。何度か熱心に誘ったものの、当初は源も「就職」しか考えていなかった。それでも熱心な勧誘が実り同大に進学することが決まる。この続きは2021年7月14日発売の『月刊陸上競技8月号』をご覧ください。 RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking
人気記事ランキング
2026.09.18
Latest articles 最新の記事
2026.09.30
世界陸上代表・遠藤日向が住友電工を退社 「成長した姿をお見せできるように」 25年日本選手権入賞の西川 雄一朗も退部
住友電工は9月30日、長距離の遠藤日向と西川雄一朗が同日付で退部、退社することを発表した。 28歳の遠藤は22年、23年の世界選手権5000m代表。中学時代から全中、ジュニア五輪の2冠を達成し、福島・学法石川高では2年、 […]
2026.09.30
【学生長距離Close-upインタビュー】日本インカレで存在感示した立命大・水野颯也 「自分の勝負強さを感じられた」
学生長距離Close-upインタビュー 水野颯也 Mizuno Soya 立命大2年 「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。62回目は、立命大の水野 […]
2026.09.30
SGホールディングス・關颯人が引退 「多くの人に競技を続けられたことに感謝」 U20世界選手権代表、高校駅伝1区区間賞と活躍
SGホールディングスは9月30日、所属する關颯人が同日付で引退することを発表した。 長野県出身の關は社会人7年目の29歳。中学時代にジュニア五輪3000m8位と早くから世代トップの活躍を見せ、佐久長聖高ではトラック、駅伝 […]
2026.09.30
ベルリンマラソンで負傷のアセファは「右アキレス腱完全断裂」 手術成功も復帰に半年以上と代理人明かす
ベルリンマラソンを女子世界歴代3位の2時間11分04秒で優勝したT.アセファ(エチオピア)が、右脚アキレス腱を完全断裂していたことが明らかになった。 アセファの代理人を務めるデマドンナ氏が9月29日に明らかにしたもので、 […]
Latest Issue
最新号

2026年10月号 (9月14日発売)
アジア大会総展望
山口全中&日本インカレ
サウェ特集
