2021.03.15
正月の箱根駅伝でドラマチックなレースを演じた駒大と創価大。創価大は4区でトップに立って初の往路優勝を飾ると、駒大は10区で創価大を逆転。13年ぶりの総合優勝に輝いた。1995年に母校・駒大のコーチに就任して以来、学生三大駅伝で最多「V23」をもたらした大八木弘明監督(62歳)と、就任2年目にして創価大を箱根駅伝往路優勝、総合2位へと導いた中大OBの榎木和貴監督(46歳)。年齢もキャリアも異なる2人の指導者はいかにしてチームを、そして〝人〟を育てているのか。箱根駅伝『優勝監督』の2人が指導法について語り合った。
◎構成/酒井政人 撮影/船越陽一郎
〝初共演〟は1996年の箱根駅伝
―― 正月の箱根駅伝は駒大と創価大が激闘を演じました。駒大・大八木弘明監督と創価大・榎木和貴監督はいつから面識があるのでしょうか。
大八木 いつからだろう。
榎木 私が中大の3年生だった時(1995年)に大八木さんが駒大のコーチに就任されました。学生時代に面識はなかったのですが、駒大が年々強くなっていたので「すごい指導
者が来られたんだな」と感じていました。
大八木 榎木君と言えば復路のイメージがあるんだよね。
―― 榎木監督は1・2年時に箱根駅伝の8区、3・4年時には4区で区間賞を獲得しています。
榎木 3年時は山梨学大と神奈川大が4区で途中棄権した年です。
大八木 その年に中大が総合優勝したんだよね。復路で活躍したイメージが強いのは、私がコーチ就任前にテレビで見ていたからかな。
中大時代は箱根駅伝4年連続区間賞など輝かしい実績を残した創価大の榎木和貴監督
――実際に話すようになったのはいつからですか?
榎木 私がコーチとしてトヨタ紡織に入ってからですよね。トヨタ紡織の監督時代は駒大の選手をスカウトに行って、そこで大八木さんと話す機会が増えてきたという感じです。監督として駆け出しだったので、「大八木さんから何か学ぼう」と通わせていただき、多摩川会(都内近郊の主に多摩川沿いに拠点を置く大学駅伝チームのコミュニティ)の研修にも参加しました。私はまったく多摩川沿いではなかったんですけど(笑)。
大八木 そういえば菅平合宿の時は宿舎が一緒で、夜はよく飲みながら話したよね。
――箱根駅伝1位と2位の監督対談は珍しいと思います。
大八木 私もやったことがない。ただ、榎木君とはだいぶ歳も離れているし、がんばっているからね。
榎木 大八木さんは箱根駅伝で終わるのではなく、マラソンで世界と戦うというのが最終目標になっているのがすごいなと思います。藤田敦史君(マラソン元日本記録保持者、現・駒大ヘッドコーチ)もそうでしたけど、学生時代からマラソンに挑戦しているのを見てきて、大学陸上界の域を超えた取り組みをしていると感じていました。
どう自信をつけさせるか
――大八木監督が駒大のコーチに就任された時は、「マラソンで世界を目指す」というよりも、まずは「箱根駅伝で結果を残す」という部分が大きかったと思います。
大八木 私がヤクルトから駒大に招しょう聘へいされてコーチになったのが36歳の時です。当時は箱根駅伝予選会を通過するのもやっと、というチームでした。本戦に出場できるのが15校で、シード権は9位まで。予選会は6位以内に入らないといけません。私がコーチに入る前は予選会が6位通過で、連続出場が危ぶまれていたんです。就任1年目もギリギリの6位通過でホッとしていたくらいなので、まずは箱根駅伝で上位に入れるチームにするのが使命でした。
2000年に箱根駅伝で初優勝した時のひとコマ。右端が大八木弘明監督(当時コーチ)。左へ森本葵監督、高岡弘ヘッドコーチ
――1996年大会は当時1年生だった藤田コーチが1区を区間2位と好走し、その後はエースとして羽ばたいていきました。
大八木 当時の1年生はおもしろい選手たちがいたんです。その中で藤田がどんどん能力を発揮してくれました。スピードはなかったのですが、持久的な能力が高かったので、マラソン選手に育てなくてはいけないなと。とにかくエースを育てないとチームはまとまらないと思ったので、最初にエースを育てたいと考えました。エースがいればみんながついていき、チームの方向性が固まる。組織はまっすぐ進んでいきます。
―― 榎木監督も創価大の監督就任時は当時の大八木監督と似たような状況だったと思います。
榎木 私自身は箱根駅伝には出場しましたけど、予選会は経験がありませんでした。いろんな監督さんから予選会の戦い方について聞きに行っても、「レベルが上がっているので、通過するのは簡単ではないよ」ということを言われたんです。難しいことだという覚悟はありました。
この続きは2021年3月13日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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正月の箱根駅伝でドラマチックなレースを演じた駒大と創価大。創価大は4区でトップに立って初の往路優勝を飾ると、駒大は10区で創価大を逆転。13年ぶりの総合優勝に輝いた。1995年に母校・駒大のコーチに就任して以来、学生三大駅伝で最多「V23」をもたらした大八木弘明監督(62歳)と、就任2年目にして創価大を箱根駅伝往路優勝、総合2位へと導いた中大OBの榎木和貴監督(46歳)。年齢もキャリアも異なる2人の指導者はいかにしてチームを、そして〝人〟を育てているのか。箱根駅伝『優勝監督』の2人が指導法について語り合った。
◎構成/酒井政人 撮影/船越陽一郎
〝初共演〟は1996年の箱根駅伝
―― 正月の箱根駅伝は駒大と創価大が激闘を演じました。駒大・大八木弘明監督と創価大・榎木和貴監督はいつから面識があるのでしょうか。 大八木 いつからだろう。 榎木 私が中大の3年生だった時(1995年)に大八木さんが駒大のコーチに就任されました。学生時代に面識はなかったのですが、駒大が年々強くなっていたので「すごい指導 者が来られたんだな」と感じていました。 大八木 榎木君と言えば復路のイメージがあるんだよね。 ―― 榎木監督は1・2年時に箱根駅伝の8区、3・4年時には4区で区間賞を獲得しています。 榎木 3年時は山梨学大と神奈川大が4区で途中棄権した年です。 大八木 その年に中大が総合優勝したんだよね。復路で活躍したイメージが強いのは、私がコーチ就任前にテレビで見ていたからかな。
中大時代は箱根駅伝4年連続区間賞など輝かしい実績を残した創価大の榎木和貴監督
――実際に話すようになったのはいつからですか?
榎木 私がコーチとしてトヨタ紡織に入ってからですよね。トヨタ紡織の監督時代は駒大の選手をスカウトに行って、そこで大八木さんと話す機会が増えてきたという感じです。監督として駆け出しだったので、「大八木さんから何か学ぼう」と通わせていただき、多摩川会(都内近郊の主に多摩川沿いに拠点を置く大学駅伝チームのコミュニティ)の研修にも参加しました。私はまったく多摩川沿いではなかったんですけど(笑)。
大八木 そういえば菅平合宿の時は宿舎が一緒で、夜はよく飲みながら話したよね。
――箱根駅伝1位と2位の監督対談は珍しいと思います。
大八木 私もやったことがない。ただ、榎木君とはだいぶ歳も離れているし、がんばっているからね。
榎木 大八木さんは箱根駅伝で終わるのではなく、マラソンで世界と戦うというのが最終目標になっているのがすごいなと思います。藤田敦史君(マラソン元日本記録保持者、現・駒大ヘッドコーチ)もそうでしたけど、学生時代からマラソンに挑戦しているのを見てきて、大学陸上界の域を超えた取り組みをしていると感じていました。
どう自信をつけさせるか
――大八木監督が駒大のコーチに就任された時は、「マラソンで世界を目指す」というよりも、まずは「箱根駅伝で結果を残す」という部分が大きかったと思います。 大八木 私がヤクルトから駒大に招しょう聘へいされてコーチになったのが36歳の時です。当時は箱根駅伝予選会を通過するのもやっと、というチームでした。本戦に出場できるのが15校で、シード権は9位まで。予選会は6位以内に入らないといけません。私がコーチに入る前は予選会が6位通過で、連続出場が危ぶまれていたんです。就任1年目もギリギリの6位通過でホッとしていたくらいなので、まずは箱根駅伝で上位に入れるチームにするのが使命でした。
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大八木 当時の1年生はおもしろい選手たちがいたんです。その中で藤田がどんどん能力を発揮してくれました。スピードはなかったのですが、持久的な能力が高かったので、マラソン選手に育てなくてはいけないなと。とにかくエースを育てないとチームはまとまらないと思ったので、最初にエースを育てたいと考えました。エースがいればみんながついていき、チームの方向性が固まる。組織はまっすぐ進んでいきます。
―― 榎木監督も創価大の監督就任時は当時の大八木監督と似たような状況だったと思います。
榎木 私自身は箱根駅伝には出場しましたけど、予選会は経験がありませんでした。いろんな監督さんから予選会の戦い方について聞きに行っても、「レベルが上がっているので、通過するのは簡単ではないよ」ということを言われたんです。難しいことだという覚悟はありました。
この続きは2021年3月13日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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