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2024.07.01

【高平慎士の視点】王者として、王者らしからぬ粘走で勝ち切った坂井隆一郎の意地 安定光った東田と重圧感じた栁田/日本選手権
【高平慎士の視点】王者として、王者らしからぬ粘走で勝ち切った坂井隆一郎の意地 安定光った東田と重圧感じた栁田/日本選手権

24年日本選手権男子100m決勝のフィニッシュシーン

新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた第108回日本選手権男子100m決勝。坂井隆一郎(大阪ガス)が10秒13(-0.2)で2連覇を飾った。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。

◇ ◇ ◇

昨年は最終日に準決勝、決勝という日程でしたが、今年は3日目に予選、準決勝を行い、最終日に決勝のみというスケジュールでした。全体としては、予選から10秒1~2台前半を出した選手たちが勝ち抜いていき、日本選手権にふさわしい水準だったと思います。そして、速さと強さを備えた選手たちが、ほぼ実力通りに顔をそろえた決勝だったのではないでしょうか。

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その中で、この種目で12年ぶりの2連覇を達成した坂井隆一郎選手は、さすがはチャンピオンと言えます。その前の連覇達成者が、坂井選手のチームのコーチである江里口匡史さん。朝原宣治さんも3連覇した経験があり、大阪ガスとしての底力を感じました。

今季初戦が5月にずれ込むなど、シーズンの流れは決して良いとは言えませんでした。また、レース内容も“チャンピオンらしからぬ”もの。スタートをしっかりと決め、加速局面でリードを奪う得意の展開に持ち込みながら、終盤に追い上げを許しています。本来であれば、もっと中盤でリードして、競り合うことなく逃げ切れたはず。雨の中だったとはいえ、準決勝の10秒11からタイムを引き上げることができていれば、これほどの接戦にはならなかったでしょう。

それらの逆境を跳ね返して勝ち切れたのは、やはり“チャンピオンだったから”。昨年優勝したという蓄積は大きかったと思います。もし、初優勝を目指していたとしたら、逃げ切れていたかはわかりません。意地を見せ、泥臭くとも勝ったことは、今後の彼のキャリアにとって大きな糧になるでしょう。

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10秒14で2位に入った東田旺洋選手(関彰商事)は、自分のやるべきことをやり遂げた安定感が光りました。これまで、大きなレースでそれができないことが何度かありましたが、大一番で力を発揮しました。ジュニアの時代にそれほど注目を集めていなくとも、1段ずつ上がっていけばここまで来られるんだということ示す結果だったと思います。

同タイムながら1000分の5秒差で3位だった栁田大輝選手(東洋大)は、2着だった準決勝からしっかりと立て直したこと、表彰台を確保したことはさすがと言えます。まだ大学3年生。それでも、日本を背負う立場になり、世界リレーにも参戦して五輪出場権獲得に貢献するなど、その功績は決して小さくありません。

それだけに、重圧も大きかったはずです。スタート直前、いつもなら自信にあふれた表情の彼にしては珍しく、いろいろなものが気になっているかのうように目線が動いていました。コンディション的にも上げ切れていない状況の中で、最後の最後に坂井選手を捕らえきれず、東田選手に競り負けたのはそのあたりに理由があるのではないかと感じています。それでも、この経験を将来に生かしてほしい。それは、今回を経験した彼にしかできないことですから。

今回のレースにおいては、上位3選手と4位以下とには、、タイム通り「0.1秒」の差がありました。とはいえ、4位のデーデー・ブルーノ選手(セイコー)が10秒25、5位の桐生祥秀選手(日本生命)と6位の和田遼選手(ミキハウス)が10秒26、7位の鈴木涼太選手(スズキ)が10秒29、8位の山本匠真選手(広島大)が10秒31。決勝もそうですが、全体的にトップと中間層の差がグッと縮まっている印象で、男子100m全体としてはいいい形になってきているのではないでしょうか。

パリ五輪の代表は、すでに代表に内定しているサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(東レ)と、上位3選手のうちの2人ということになる見込みですが、サニブラウン選手とともにファイナルを目指すためには、やはりもう少しタイムを引き上げていく必要があるでしょう。10秒1台を出さないと日本選手権の決勝に残れない。そして、「誰が9秒台を出すんだろう」という期待感を、観ている側に与えられるかどうか。今回はそこまでには至っていなかったように感じたので、今大会をきっかけに、さらに活気づいていくことを期待しています。

◎高平慎士(たかひら・しんじ)
富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた第108回日本選手権男子100m決勝。坂井隆一郎(大阪ガス)が10秒13(-0.2)で2連覇を飾った。2008年北京五輪男子4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、レースを振り返ったもらった。 ◇ ◇ ◇ 昨年は最終日に準決勝、決勝という日程でしたが、今年は3日目に予選、準決勝を行い、最終日に決勝のみというスケジュールでした。全体としては、予選から10秒1~2台前半を出した選手たちが勝ち抜いていき、日本選手権にふさわしい水準だったと思います。そして、速さと強さを備えた選手たちが、ほぼ実力通りに顔をそろえた決勝だったのではないでしょうか。 その中で、この種目で12年ぶりの2連覇を達成した坂井隆一郎選手は、さすがはチャンピオンと言えます。その前の連覇達成者が、坂井選手のチームのコーチである江里口匡史さん。朝原宣治さんも3連覇した経験があり、大阪ガスとしての底力を感じました。 今季初戦が5月にずれ込むなど、シーズンの流れは決して良いとは言えませんでした。また、レース内容も“チャンピオンらしからぬ”もの。スタートをしっかりと決め、加速局面でリードを奪う得意の展開に持ち込みながら、終盤に追い上げを許しています。本来であれば、もっと中盤でリードして、競り合うことなく逃げ切れたはず。雨の中だったとはいえ、準決勝の10秒11からタイムを引き上げることができていれば、これほどの接戦にはならなかったでしょう。 それらの逆境を跳ね返して勝ち切れたのは、やはり“チャンピオンだったから”。昨年優勝したという蓄積は大きかったと思います。もし、初優勝を目指していたとしたら、逃げ切れていたかはわかりません。意地を見せ、泥臭くとも勝ったことは、今後の彼のキャリアにとって大きな糧になるでしょう。 10秒14で2位に入った東田旺洋選手(関彰商事)は、自分のやるべきことをやり遂げた安定感が光りました。これまで、大きなレースでそれができないことが何度かありましたが、大一番で力を発揮しました。ジュニアの時代にそれほど注目を集めていなくとも、1段ずつ上がっていけばここまで来られるんだということ示す結果だったと思います。 同タイムながら1000分の5秒差で3位だった栁田大輝選手(東洋大)は、2着だった準決勝からしっかりと立て直したこと、表彰台を確保したことはさすがと言えます。まだ大学3年生。それでも、日本を背負う立場になり、世界リレーにも参戦して五輪出場権獲得に貢献するなど、その功績は決して小さくありません。 それだけに、重圧も大きかったはずです。スタート直前、いつもなら自信にあふれた表情の彼にしては珍しく、いろいろなものが気になっているかのうように目線が動いていました。コンディション的にも上げ切れていない状況の中で、最後の最後に坂井選手を捕らえきれず、東田選手に競り負けたのはそのあたりに理由があるのではないかと感じています。それでも、この経験を将来に生かしてほしい。それは、今回を経験した彼にしかできないことですから。 今回のレースにおいては、上位3選手と4位以下とには、、タイム通り「0.1秒」の差がありました。とはいえ、4位のデーデー・ブルーノ選手(セイコー)が10秒25、5位の桐生祥秀選手(日本生命)と6位の和田遼選手(ミキハウス)が10秒26、7位の鈴木涼太選手(スズキ)が10秒29、8位の山本匠真選手(広島大)が10秒31。決勝もそうですが、全体的にトップと中間層の差がグッと縮まっている印象で、男子100m全体としてはいいい形になってきているのではないでしょうか。 パリ五輪の代表は、すでに代表に内定しているサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(東レ)と、上位3選手のうちの2人ということになる見込みですが、サニブラウン選手とともにファイナルを目指すためには、やはりもう少しタイムを引き上げていく必要があるでしょう。10秒1台を出さないと日本選手権の決勝に残れない。そして、「誰が9秒台を出すんだろう」という期待感を、観ている側に与えられるかどうか。今回はそこまでには至っていなかったように感じたので、今大会をきっかけに、さらに活気づいていくことを期待しています。 ◎高平慎士(たかひら・しんじ) 富士通陸上競技部一般種目ブロック長。五輪に3大会連続(2004年アテネ、08年北京、12年ロンドン)で出場し、北京大会では4×100mリレーで銀メダルに輝いた(3走)。自己ベストは100m10秒20、200m20秒22(日本歴代7位)

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