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2020.09.29

【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第1回「する・見る・支える Withコロナ」
【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第1回「する・見る・支える Withコロナ」


山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第1回「する・見る・支える Withコロナ」

 日本学生陸上競技対校選手権(日本インカレ)を終えて甲府への帰路の車中。

 原稿の依頼を受けた時に「タイトルもお決めください」ということなので、しばし目を閉じて考えてみた。世はまさに新型コロナウイルスの対応に追われるなか、「閑話休題」的な、いかにも気楽に書きますというタイトルは憚(はばか)られると思った。

 なぜならば、インカレ3日間の熱戦は、無観客ではとても惜しまれる好レース&ハイレベルの戦いが繰り広げられたからだ。

 最終日の午後からは、時折強い雨で競技の中断を余儀なくさせるほどの悪天候であった。しかしながら、それをものともせずに大会新記録が複数誕生するなど、陸上関係者ならずとも血の湧き上がるような思いを共有できたのではないだろうか。
好記録に沸いた日本インカレ

 そんな思いを表すタイトルとして「雲外蒼天」が浮かんだ。

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「うんがいそうてん」とは「工夫と努力を重ね、試練を乗り越えれば爽やかな青空を見ることができる」という意味だ。何処にゆこうともコロナ自粛という、選択しなければならない行動規範がついて回る。競技者はまるで砂漠の中に投げ出されたような状況だろう。

 そのような環境の中にあっても、自分自身が望む競技レベルの獲得を目指さなければならない。相反するジレンマと焦燥感を、知恵と工夫で乗り越えようとしているはずだ。そうした競技者の気持ちに寄り添ったコメントの一つでも、少なからずご提供できればと、襟を正して書いていきたいと思う。

 さて、昨年の今頃は、まさかマスクと手洗いを欠かさず、感染防止シールド越しに会話をする日常が訪れるとは夢にも思っていなかった。

 そのまさかを感じる事態は、過去30年余りを振り返っても幾多とあり、阪神地区、東北地区の大震災をはじめ、幾度かの地震に被害を受けたことも記憶に新しい。加えて原子力発電所の事故や台風・集中豪雨によって人々の暮らしを引き裂くような災害にたびたび我々は見舞われている。

 しかし、いずれの時もインターハイや国体、箱根駅伝などが中止に追い込まれたことはない。2015年の箱根山の噴火の時には危うく箱根駅伝中止の決断を迫られそうになりながらも、噴火規模減少に伴い無事開催できた。

 競技会は、「する・見る・支える」というそれぞれが一体となって運営され、スポーツ文化が醸成されてゆくものだと信じている。しかし、コロナ感染拡大により、することも見る機会も奪われ、大会中止に伴い、支えることもできない事態が来ることなど想像できなかった。

 最も重要なのはヒトの命であり、それを守るべく感染を防止する対策が講じられなくてはならないことは十分承知している。だからこそ中止という発表を聞くにつけ、選手たちの慟哭(どうこく)の叫びが聴こえてくるようでもあり、中止の決断を迫られた関係者の無念も背に感じる。進むも引くも最善であると胸を張れない消化不良感がもどかしい。

 感染症という目に見えないリスクマネージメントは、思うよりはるかに厳しく、如何なる専門家のアドバイスを反映させようとも、完全完璧が達成される保証はどこにもない。

 だからと言ってアスリートたちの鍛える時間や戦う機会が奪われ続けることはあってはならないと思う。唯一、この状況の中で我々が再認識できたことは、何事も個人の責任を果たすべく行動することと、人々の連携と協力なくして感染症対策は完結しないという、至ってシンプルな人としての行動規範であると思う。

 少しずつではあるが、防疫体制を整えながら競技会が開催されつつある。今まで以上に「する・見る・支える」の価値観を感じるなか、その小さな波が「Withコロナ」を乗り越えた先に、来夏のオリンピックが無事に開催され、笑顔溢れる大会としてフィナーレを迎えることを願うばかりである。世界のアスリートとともに。

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。
山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第1回「する・見る・支える Withコロナ」

 日本学生陸上競技対校選手権(日本インカレ)を終えて甲府への帰路の車中。  原稿の依頼を受けた時に「タイトルもお決めください」ということなので、しばし目を閉じて考えてみた。世はまさに新型コロナウイルスの対応に追われるなか、「閑話休題」的な、いかにも気楽に書きますというタイトルは憚(はばか)られると思った。  なぜならば、インカレ3日間の熱戦は、無観客ではとても惜しまれる好レース&ハイレベルの戦いが繰り広げられたからだ。  最終日の午後からは、時折強い雨で競技の中断を余儀なくさせるほどの悪天候であった。しかしながら、それをものともせずに大会新記録が複数誕生するなど、陸上関係者ならずとも血の湧き上がるような思いを共有できたのではないだろうか。 好記録に沸いた日本インカレ  そんな思いを表すタイトルとして「雲外蒼天」が浮かんだ。 「うんがいそうてん」とは「工夫と努力を重ね、試練を乗り越えれば爽やかな青空を見ることができる」という意味だ。何処にゆこうともコロナ自粛という、選択しなければならない行動規範がついて回る。競技者はまるで砂漠の中に投げ出されたような状況だろう。  そのような環境の中にあっても、自分自身が望む競技レベルの獲得を目指さなければならない。相反するジレンマと焦燥感を、知恵と工夫で乗り越えようとしているはずだ。そうした競技者の気持ちに寄り添ったコメントの一つでも、少なからずご提供できればと、襟を正して書いていきたいと思う。  さて、昨年の今頃は、まさかマスクと手洗いを欠かさず、感染防止シールド越しに会話をする日常が訪れるとは夢にも思っていなかった。  そのまさかを感じる事態は、過去30年余りを振り返っても幾多とあり、阪神地区、東北地区の大震災をはじめ、幾度かの地震に被害を受けたことも記憶に新しい。加えて原子力発電所の事故や台風・集中豪雨によって人々の暮らしを引き裂くような災害にたびたび我々は見舞われている。  しかし、いずれの時もインターハイや国体、箱根駅伝などが中止に追い込まれたことはない。2015年の箱根山の噴火の時には危うく箱根駅伝中止の決断を迫られそうになりながらも、噴火規模減少に伴い無事開催できた。  競技会は、「する・見る・支える」というそれぞれが一体となって運営され、スポーツ文化が醸成されてゆくものだと信じている。しかし、コロナ感染拡大により、することも見る機会も奪われ、大会中止に伴い、支えることもできない事態が来ることなど想像できなかった。  最も重要なのはヒトの命であり、それを守るべく感染を防止する対策が講じられなくてはならないことは十分承知している。だからこそ中止という発表を聞くにつけ、選手たちの慟哭(どうこく)の叫びが聴こえてくるようでもあり、中止の決断を迫られた関係者の無念も背に感じる。進むも引くも最善であると胸を張れない消化不良感がもどかしい。  感染症という目に見えないリスクマネージメントは、思うよりはるかに厳しく、如何なる専門家のアドバイスを反映させようとも、完全完璧が達成される保証はどこにもない。  だからと言ってアスリートたちの鍛える時間や戦う機会が奪われ続けることはあってはならないと思う。唯一、この状況の中で我々が再認識できたことは、何事も個人の責任を果たすべく行動することと、人々の連携と協力なくして感染症対策は完結しないという、至ってシンプルな人としての行動規範であると思う。  少しずつではあるが、防疫体制を整えながら競技会が開催されつつある。今まで以上に「する・見る・支える」の価値観を感じるなか、その小さな波が「Withコロナ」を乗り越えた先に、来夏のオリンピックが無事に開催され、笑顔溢れる大会としてフィナーレを迎えることを願うばかりである。世界のアスリートとともに。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。

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