2019.06.28
【日本選手権】
100mサイドストーリー/大瀨戸一馬が地元からリスタート
地元での大舞台で悔しい予選敗退
走り慣れたはずの博多の森のトラック。だが、大瀨戸一馬(安川電機)には「いつもと違う競技場で走っている感じ」に映っていた。
小倉東高出身の大瀨戸にとって、地元・福岡で開催される大舞台は特別だった。男子100mの予選3組。リオ五輪4継メンバーのケンブリッジ飛鳥(Nike)、今季好調の川上拓也(大阪ガス)と同組に入った。一番内側の3レーンに立った大瀨戸。その名が紹介されると拍手は大きくなった。スタートするとスタンドから「大瀨戸ー!」と大きな声が飛ぶ。結果は10秒57(-0.4)。勝負できずに予選敗退となった。
「やっぱり悔しいですね。こうして地元での日本選手権で、いい意味でプレッシャーのある中で走らせてもらったのに。スピードも出ていないし、イメージと反対に身体がゆっくり動いてしまっているのがわかるんです」
ケガが長引いていたが、これまであまり試していなかった鍼灸院での鍼治療などで、練習を積めるようになってきた大瀨戸。「5月まではすごく調子もよかった」というが、梅雨に入って少し体調を崩してしまい、最後の調整のところで質を高めることができなかったと悔やんだ。
2012年4月29日。大瀨戸は、髙橋和裕(添上高)が1994年に樹立した10秒24の高校記録を18年ぶりに更新する10秒23をマークした。次代を担うスプリンターと世間から大きな注目を浴びることになる。桐生祥秀(洛南高、現・日本生命)が「あの10秒01」をマークしたちょうど1年前のことだった。
その後、インターハイ100mを制し、世代ナンバーワンを証明したが、秋に桐生が10秒19と高校記録を更新し、翌年の大ブレークで大瀨戸への注目は少なくなっていった。それでも、法大に進学し、世界リレー代表やユニバシアード代表として活躍し、大学4年目には10秒19と自己ベストも更新。決してあきらめることはなかった。
土台の最後のブロックは9秒台
「今年は決勝進出を争えそうな手応えはあったんですけどね。やっぱり努力が結果に表れないというのはしんどい」
今は、3年前に10秒19で走ったとき感覚をベースとしながら、また違った土台を作っているという。「これとこれ、このパーツとこのパーツを組み合わせれば、いい走りになるというイメージはあるんです」。その土台は「まだまだ低いところ」というのは自覚している。しかし、「ピラミッドの頂点の、最後の1ブロックを置けた時、僕は9秒台だと思っています」と、自身の可能性を疑うことはない。
桐生が9秒98と歴史を動かし、サニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)が9秒97へ更新。10秒0台には、山縣亮太(セイコー)や飯塚翔太(ミズノ)、ケンブリッジといった先輩たちだけでなく、小池祐貴(住友電工)、多田修平(同)といった後輩たちにも上をいかれている。日本の100mの歴史が激動している中、開拓者の一人は何を思うのか。
「陸上オタクなので、一ファンとして純粋にすごいな、楽しみだなって思ってしまう部分もあり、スプリンターとして挑戦したい気持ちもあります。正直、勝つビジョンを今は持てない。でも、あきらめられないですよね。1回、頂点を経験しているんで。上から下まで、全部経験した選手ってあまりいないと思います。落ちるところまで落ちたので、あとは積み上げていくだけ。僕は天才じゃないので、コツコツやるしかない。来年のためにも、秋にはしっかりとした結果、記録を出したい」
その目は決してにごってはいない。〝天才高校生〟ではなく、〝一人のスプリンター〟として。大瀨戸一馬は、この福岡からまた一歩踏み出した。
(文/向永拓史)
【日本選手権】 100mサイドストーリー/大瀨戸一馬が地元からリスタート
[caption id="attachment_3647" align="aligncenter" width="300"] 地元・福岡で開催の日本選手権100m。大瀨戸(右端)は予選敗退に終わった[/caption]地元での大舞台で悔しい予選敗退
走り慣れたはずの博多の森のトラック。だが、大瀨戸一馬(安川電機)には「いつもと違う競技場で走っている感じ」に映っていた。 小倉東高出身の大瀨戸にとって、地元・福岡で開催される大舞台は特別だった。男子100mの予選3組。リオ五輪4継メンバーのケンブリッジ飛鳥(Nike)、今季好調の川上拓也(大阪ガス)と同組に入った。一番内側の3レーンに立った大瀨戸。その名が紹介されると拍手は大きくなった。スタートするとスタンドから「大瀨戸ー!」と大きな声が飛ぶ。結果は10秒57(-0.4)。勝負できずに予選敗退となった。 「やっぱり悔しいですね。こうして地元での日本選手権で、いい意味でプレッシャーのある中で走らせてもらったのに。スピードも出ていないし、イメージと反対に身体がゆっくり動いてしまっているのがわかるんです」 ケガが長引いていたが、これまであまり試していなかった鍼灸院での鍼治療などで、練習を積めるようになってきた大瀨戸。「5月まではすごく調子もよかった」というが、梅雨に入って少し体調を崩してしまい、最後の調整のところで質を高めることができなかったと悔やんだ。 2012年4月29日。大瀨戸は、髙橋和裕(添上高)が1994年に樹立した10秒24の高校記録を18年ぶりに更新する10秒23をマークした。次代を担うスプリンターと世間から大きな注目を浴びることになる。桐生祥秀(洛南高、現・日本生命)が「あの10秒01」をマークしたちょうど1年前のことだった。 その後、インターハイ100mを制し、世代ナンバーワンを証明したが、秋に桐生が10秒19と高校記録を更新し、翌年の大ブレークで大瀨戸への注目は少なくなっていった。それでも、法大に進学し、世界リレー代表やユニバシアード代表として活躍し、大学4年目には10秒19と自己ベストも更新。決してあきらめることはなかった。 [caption id="attachment_3648" align="aligncenter" width="400"] 再び上位争いをするための「土台を作っている」という大瀨戸[/caption]土台の最後のブロックは9秒台
「今年は決勝進出を争えそうな手応えはあったんですけどね。やっぱり努力が結果に表れないというのはしんどい」 今は、3年前に10秒19で走ったとき感覚をベースとしながら、また違った土台を作っているという。「これとこれ、このパーツとこのパーツを組み合わせれば、いい走りになるというイメージはあるんです」。その土台は「まだまだ低いところ」というのは自覚している。しかし、「ピラミッドの頂点の、最後の1ブロックを置けた時、僕は9秒台だと思っています」と、自身の可能性を疑うことはない。 桐生が9秒98と歴史を動かし、サニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)が9秒97へ更新。10秒0台には、山縣亮太(セイコー)や飯塚翔太(ミズノ)、ケンブリッジといった先輩たちだけでなく、小池祐貴(住友電工)、多田修平(同)といった後輩たちにも上をいかれている。日本の100mの歴史が激動している中、開拓者の一人は何を思うのか。 「陸上オタクなので、一ファンとして純粋にすごいな、楽しみだなって思ってしまう部分もあり、スプリンターとして挑戦したい気持ちもあります。正直、勝つビジョンを今は持てない。でも、あきらめられないですよね。1回、頂点を経験しているんで。上から下まで、全部経験した選手ってあまりいないと思います。落ちるところまで落ちたので、あとは積み上げていくだけ。僕は天才じゃないので、コツコツやるしかない。来年のためにも、秋にはしっかりとした結果、記録を出したい」 その目は決してにごってはいない。〝天才高校生〟ではなく、〝一人のスプリンター〟として。大瀨戸一馬は、この福岡からまた一歩踏み出した。 (文/向永拓史)
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking 人気記事ランキング
-
2024.04.29
-
2024.04.29
2024.04.26
やり投・北口榛花 五輪シーズン初戦へ「結果がどうであれ次につなげられれば」/DL蘇州
2024.04.12
40年以上の人気シューズ”ペガサス”シリーズの最新作!「ナイキ ペガサス 41」が登場!
-
2024.04.26
-
2024.04.07
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2022.12.20
-
2023.04.01
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2024.04.29
3000m障害・三浦龍司 パリ五輪内定は持ち越しも8分22秒07で制し「勝負に勝つという意味では良かった」/織田記念
◇第58回織田幹雄記念(4月29日/ホットスタッフフィールド広島) 日本グランプリシリーズG1の織田記念が行われ、男子3000m障害は三浦龍司(SUBARU)が8分22秒07で優勝した。昨年のブダペスト世界選手権6位のた […]
2024.04.29
女子100mH・田中佑美が混戦抜け出し13秒00でV 「しっかり流れに乗れた」/織田記念
◇第58回織田幹雄記念(4月29日/ホットスタッフフィールド広島) 日本グランプリG1の織田記念が行われ、12秒台のベストを持つ日本人5人が出場した女子100mハードルは、ブタペスト世界選手権代表の田中佑美(富士通)が1 […]
Latest Issue 最新号
2024年5月号 (4月12日発売)
パリ五輪イヤー開幕!