2023.04.11
真の名門復活へ、早稲田大学は変革の時を迎えている。昨年6月に就任した花田勝彦駅伝監督は、カーボンプレート入り厚底シューズを履くことを禁止する期間を夏まで設けて地脚の強化とケガ予防を図った。その成果もあって、これまでケガ人が多く大舞台でなかなか足並みがそろわないことが早大の大きな課題となっていたが、昨シーズンは練習で培った力を試合で発揮する選手が多かった。そして、正月の大学駅伝では6位と、前年13位から立て直しに成功している。今季はさらに一段高い目標に挑む。これまで以上にシューズの履き分けを徹底し、トレーニングの効率化を図りながら強度の高い練習に取り組んでいくつもりだ。
カーボンシューズを履かずに強化
早大が復活の狼煙を上げようとしている。今年の正月の大学駅伝では6位と健闘。13位に終わった前回から見事に立て直した。100年を超える歴史と伝統を誇る大会で総合優勝13回を誇る名門だけに、これだけで〝名門復活〟というには時期尚早かもしれない。だが、その兆しが見えているのは確かだ。昨シーズンの早大は、6月にOBの花田勝彦氏(1996年アトランタ五輪10000m代表、2000年シドニー五輪5000m・10000m代表)が駅伝監督に就任するなど変革の1年だった。
その花田監督がチームテーマに掲げたのが『1=1』というものだ。この数式は、練習で力を蓄えそれを本番で発揮するということを意味する。決して練習以上のことをやろうというのではない。早大にはもともと力のある選手が多く、これまでにもこの数式を体現できたときには上位に食い込むことができていた。しかし、それがなかなかできないのが大きな課題でもあった。駅伝はもとより個人のレースでも好不調の波が大きかった。
「去年の4月中旬に初めて今の早稲田の練習を見に来た時に、故障者が非常に多いのが気になりました。レースで良いパフォーマンスを出せても、その後に故障してしまい、練習が継続できない選手が多かった。やっぱりカーボンプレート搭載の厚底シューズの影響が大きいように思いました。カーボンシューズを履くとパフォーマンスは高くなるし、質の良い練習ができるけど、急に強度を上げるとその反動も大きい。そこで、シューズに頼らなくても走れる体作りをすることからスタートしました」
花田監督は、練習でカーボンプレート搭載のレーシングシューズを履くことを禁止する期間を設けた(ポイント練習は主に薄底シューズで行っていた)。その分、練習の質(設定タイム)は落としたという。
「選手たちからすればタイムの設定は、当初物足りないと思ったと思いますよ。それなのに、かなりきつそうにしていましたし、中には、落とした設定タイムでもその練習をこなすことができなかった選手もいました。どれだけシューズに頼っていたかに気づけたと思います」
昨年の夏合宿の第1クールまでは思うように練習をこなすことができない選手が多かった。だが、8月下旬の第2クールに入った頃からは、少しずつこなせるようになっていった。
駅伝シーズンの開幕が近づいてくると、実戦に近い練習でカーボンプレート搭載シューズを解禁。ただし、全部のポイント練習をカーボンシューズで行うのではなく、非カーボンシューズも併用した。
「例えば、1000m×10本というメニューであ れば、前半はノンカーボンシューズ、後半はカーボンシューズを履く、というようにハイブリッド式にしました。カーボンシューズを履いている時と履いていない時とでは、走り方が全然違う選手もいますし、使っている筋肉も違ってきます。試合ではカーボンシューズを履くわけですから、こうやって少しずつ移行していきました」
鍛錬期、移行期、試合期と、その時期に応じたシューズを選択することで、ケガのリスクを抑えつつも地脚を鍛えていった。
「1、2年生の頃は力がなかったので、カーボンシューズに頼って練習をやることが多かった。トラックシーズンでもペース走など長めの練習の時にカーボンシューズを履いていました。去年はカーボンシューズを履いてはいけない期間があったし、上級生になって心に余裕もできていたのもあり、ケガをしづらくなったのかなと思います」
こう話すのは今季、駅伝主将を務める菖蒲敦司(4年)。例年は駅伝シーズンに入って大腿部の疲労骨折などに見舞われていたが、この冬は乗り切った。そして、正月の駅伝では復路のエース区間である9区を走り、チームの力となった。
〝一般組〟の伊福が台頭
こういった取り組みにより、新たな戦力も台頭してきた。この1年、目覚ましい成長を見せているのが伊福陽太(3年)だ。
「昨年の6月初めぐらいまでは故障で出遅れていたんですけど、その後はケガで離脱することなく、継続して練習ができています」
昨夏は前期の遅れを取り戻そうと走り込んだが、それでもケガなく乗り切った。昨年11月の上尾シティハーフマラソンでは1時間2分50秒の好タイムをマーク。正月の駅伝ではエンジのユニフォームをまとって8区を走った。その後も、2月の青梅マラソン(30㎞)で6位、3月の日本学生ハーフマラソンはチームトップ(24位)とチーム内で存在感が出てきた。
「花田さんがカーボンシューズ禁止期間を設けたので、1年時に比べて薄底シューズを履く機会が増えました。その狙いにはケガ防止のための脚づくりがあったと思うのですが、カーボンシューズをより扱える力を付けるという目的もあると思っています。カーボンシューズは硬いので、なかなか扱い切れない部分もあると感じていましたから。なので、薄底シューズはしっかり自分の足で地面を捉えられるような感覚があるものを選んでいます」
単に監督から指示されたからというだけでなく、自分なりに薄底シューズを履く意義を考えて、自分が足を入れるシューズを選んでいた。
もちろん練習内容に応じても、細かく履き分けている。伊福はアシックスのシューズを愛用しており、ジョグはノヴァブラストシリーズやスーパーブラスト、ペース走や距離走ではエボライドシリーズやハイパースピード、非カーボンシューズ指定のポイント練習ではターサーRP、そしてレースはメタスピードスカイ+を選んでいる。「練習の質は上がりましたし、加えて、継続できている」と、シューズの履き分けが好調の一因にもなっている。
洛南高(京都)出身の伊福は、指定校推薦で政治経済学部に入学した、いわゆる〝一般組〟の選手だ。強い時の早大には、決まって一般組の活躍があり、伊福にはその期待がかかる。
「正月の駅伝を走ることはできましたが、区間10位と目立つ走りではありませんでした。今年度はしっかり区間上位でチームに貢献する走りがしたい。推薦組だけでは層が薄いので、僕たち一般組がどれだけ走力を付けて、チームに厚みを持たせられるかがすごく重要になってくる。そういう意味でも、一般組の先頭に立つ存在になっていきたい」
伊福は昨年度以上の活躍を誓っている。
さらに高い目標を成し遂げるために
今季の早大は、学生三大駅伝で確実に5 位以内に入りつつも、もう一段高く、トップ3を目指していく。
「去年の前半はケガ人をなくすためのベース作りを行ってから走り込みに入っていきました。ただ、さらに高い目標を目指すには、当然高いレベルの練習をしなければなりません。今年はスピード強化もやらなきゃいけないので、そこに向けたトレーニングを始めています。アシックスのシューズはバリエーションがさらに充実したので、選手たちにはうまく使い分けてほしい」
花田監督が現役だった頃はカーボンプレート入り厚底シューズがもちろんなかった時代だが、練習メニューに応じた履き分けは行っていた。ただ、すべてが特注のシューズで、軽量性を求めていたため、いずれも薄底シューズだった。当時のクッショニングモデルは重量感があり、国内のトップアスリートが足を入れることはほとんどなかった。それが、昨今はソールが厚くても軽量性に富んでおり、花田監督は驚きを隠さない。
「春から夏にかけて暖かい時期は薄底シューズでいいのですが、秋以降、気温が下がってきたときに、ノンカーボンの厚底でもスピードが出せるシューズが必要になってくるかなと思っていました。エボライドスピードなんかはそんな1足になってきそうですね。地脚を鍛えるためにノンカーボンシューズを履くことも、ケガをしないために厚めのクッショニングモデルを履くことも必要。大切なのは、ケガをせずに強化をしていくことですから」
ワンランク上の目標に向けて、さらに強度の高い練習を効率良くこなすために、シューズの履き分けが一層重要になってきそうだ。
トップアスリートに学ぶ「新時代の履き分け」。詳細はこちら
文/福本ケイヤ、撮影/小川和行
カーボンシューズを履かずに強化
早大が復活の狼煙を上げようとしている。今年の正月の大学駅伝では6位と健闘。13位に終わった前回から見事に立て直した。100年を超える歴史と伝統を誇る大会で総合優勝13回を誇る名門だけに、これだけで〝名門復活〟というには時期尚早かもしれない。だが、その兆しが見えているのは確かだ。昨シーズンの早大は、6月にOBの花田勝彦氏(1996年アトランタ五輪10000m代表、2000年シドニー五輪5000m・10000m代表)が駅伝監督に就任するなど変革の1年だった。 その花田監督がチームテーマに掲げたのが『1=1』というものだ。この数式は、練習で力を蓄えそれを本番で発揮するということを意味する。決して練習以上のことをやろうというのではない。早大にはもともと力のある選手が多く、これまでにもこの数式を体現できたときには上位に食い込むことができていた。しかし、それがなかなかできないのが大きな課題でもあった。駅伝はもとより個人のレースでも好不調の波が大きかった。 「去年の4月中旬に初めて今の早稲田の練習を見に来た時に、故障者が非常に多いのが気になりました。レースで良いパフォーマンスを出せても、その後に故障してしまい、練習が継続できない選手が多かった。やっぱりカーボンプレート搭載の厚底シューズの影響が大きいように思いました。カーボンシューズを履くとパフォーマンスは高くなるし、質の良い練習ができるけど、急に強度を上げるとその反動も大きい。そこで、シューズに頼らなくても走れる体作りをすることからスタートしました」 花田監督は、練習でカーボンプレート搭載のレーシングシューズを履くことを禁止する期間を設けた(ポイント練習は主に薄底シューズで行っていた)。その分、練習の質(設定タイム)は落としたという。 「選手たちからすればタイムの設定は、当初物足りないと思ったと思いますよ。それなのに、かなりきつそうにしていましたし、中には、落とした設定タイムでもその練習をこなすことができなかった選手もいました。どれだけシューズに頼っていたかに気づけたと思います」 昨年の夏合宿の第1クールまでは思うように練習をこなすことができない選手が多かった。だが、8月下旬の第2クールに入った頃からは、少しずつこなせるようになっていった。 駅伝シーズンの開幕が近づいてくると、実戦に近い練習でカーボンプレート搭載シューズを解禁。ただし、全部のポイント練習をカーボンシューズで行うのではなく、非カーボンシューズも併用した。 [caption id="attachment_97573" align="alignnone" width="800"] シューズの履き分けに対する個々の取り組みについて話す選手たち。左から菖蒲敦司、伊藤大志、菅野雄太、石塚陽士[/caption] 「例えば、1000m×10本というメニューであ れば、前半はノンカーボンシューズ、後半はカーボンシューズを履く、というようにハイブリッド式にしました。カーボンシューズを履いている時と履いていない時とでは、走り方が全然違う選手もいますし、使っている筋肉も違ってきます。試合ではカーボンシューズを履くわけですから、こうやって少しずつ移行していきました」 鍛錬期、移行期、試合期と、その時期に応じたシューズを選択することで、ケガのリスクを抑えつつも地脚を鍛えていった。 「1、2年生の頃は力がなかったので、カーボンシューズに頼って練習をやることが多かった。トラックシーズンでもペース走など長めの練習の時にカーボンシューズを履いていました。去年はカーボンシューズを履いてはいけない期間があったし、上級生になって心に余裕もできていたのもあり、ケガをしづらくなったのかなと思います」 こう話すのは今季、駅伝主将を務める菖蒲敦司(4年)。例年は駅伝シーズンに入って大腿部の疲労骨折などに見舞われていたが、この冬は乗り切った。そして、正月の駅伝では復路のエース区間である9区を走り、チームの力となった。 [caption id="attachment_97558" align="alignnone" width="800"] 練習内容や目的に応じてシューズを履き分けることの大切さを語る花田勝彦駅伝監督[/caption] [caption id="attachment_97559" align="alignnone" width="800"] 千葉・鴨川の早稲田大学セミナーハウスで実施された合宿中にアシックスが行なったシューズの試し履き会でのひとこま[/caption] [caption id="attachment_97560" align="alignnone" width="800"] アシックスではシューズを細かく履き分けることで故障を防ぎ、練習効率を引き上げることをトップランナーから市民ランナーにも提唱している[/caption]〝一般組〟の伊福が台頭
こういった取り組みにより、新たな戦力も台頭してきた。この1年、目覚ましい成長を見せているのが伊福陽太(3年)だ。 「昨年の6月初めぐらいまでは故障で出遅れていたんですけど、その後はケガで離脱することなく、継続して練習ができています」 昨夏は前期の遅れを取り戻そうと走り込んだが、それでもケガなく乗り切った。昨年11月の上尾シティハーフマラソンでは1時間2分50秒の好タイムをマーク。正月の駅伝ではエンジのユニフォームをまとって8区を走った。その後も、2月の青梅マラソン(30㎞)で6位、3月の日本学生ハーフマラソンはチームトップ(24位)とチーム内で存在感が出てきた。 「花田さんがカーボンシューズ禁止期間を設けたので、1年時に比べて薄底シューズを履く機会が増えました。その狙いにはケガ防止のための脚づくりがあったと思うのですが、カーボンシューズをより扱える力を付けるという目的もあると思っています。カーボンシューズは硬いので、なかなか扱い切れない部分もあると感じていましたから。なので、薄底シューズはしっかり自分の足で地面を捉えられるような感覚があるものを選んでいます」 [caption id="attachment_97561" align="alignnone" width="800"] 成長著しい3年生の伊福陽太。レースではアシックスのメタスピードスカイ+を着用しているが、非カーボンシューズ指定のポイント練習ではターサーRP、ペース走や距離走ではエボライドシリーズやハイパースピード、ジョグはノヴァブラストシリーズやスーパーブラストを履いているという。写真はエボライドスピード[/caption] 単に監督から指示されたからというだけでなく、自分なりに薄底シューズを履く意義を考えて、自分が足を入れるシューズを選んでいた。 もちろん練習内容に応じても、細かく履き分けている。伊福はアシックスのシューズを愛用しており、ジョグはノヴァブラストシリーズやスーパーブラスト、ペース走や距離走ではエボライドシリーズやハイパースピード、非カーボンシューズ指定のポイント練習ではターサーRP、そしてレースはメタスピードスカイ+を選んでいる。「練習の質は上がりましたし、加えて、継続できている」と、シューズの履き分けが好調の一因にもなっている。 洛南高(京都)出身の伊福は、指定校推薦で政治経済学部に入学した、いわゆる〝一般組〟の選手だ。強い時の早大には、決まって一般組の活躍があり、伊福にはその期待がかかる。 「正月の駅伝を走ることはできましたが、区間10位と目立つ走りではありませんでした。今年度はしっかり区間上位でチームに貢献する走りがしたい。推薦組だけでは層が薄いので、僕たち一般組がどれだけ走力を付けて、チームに厚みを持たせられるかがすごく重要になってくる。そういう意味でも、一般組の先頭に立つ存在になっていきたい」 伊福は昨年度以上の活躍を誓っている。 [caption id="attachment_97562" align="alignnone" width="800"] 2年生の宮岡凜太も細かくシューズを履き分けており、ゆっくりジョグではノヴァブラスト3(写真)、速めのジョグではエボライド3を履くという[/caption]さらに高い目標を成し遂げるために
今季の早大は、学生三大駅伝で確実に5 位以内に入りつつも、もう一段高く、トップ3を目指していく。 「去年の前半はケガ人をなくすためのベース作りを行ってから走り込みに入っていきました。ただ、さらに高い目標を目指すには、当然高いレベルの練習をしなければなりません。今年はスピード強化もやらなきゃいけないので、そこに向けたトレーニングを始めています。アシックスのシューズはバリエーションがさらに充実したので、選手たちにはうまく使い分けてほしい」 花田監督が現役だった頃はカーボンプレート入り厚底シューズがもちろんなかった時代だが、練習メニューに応じた履き分けは行っていた。ただ、すべてが特注のシューズで、軽量性を求めていたため、いずれも薄底シューズだった。当時のクッショニングモデルは重量感があり、国内のトップアスリートが足を入れることはほとんどなかった。それが、昨今はソールが厚くても軽量性に富んでおり、花田監督は驚きを隠さない。 「春から夏にかけて暖かい時期は薄底シューズでいいのですが、秋以降、気温が下がってきたときに、ノンカーボンの厚底でもスピードが出せるシューズが必要になってくるかなと思っていました。エボライドスピードなんかはそんな1足になってきそうですね。地脚を鍛えるためにノンカーボンシューズを履くことも、ケガをしないために厚めのクッショニングモデルを履くことも必要。大切なのは、ケガをせずに強化をしていくことですから」 ワンランク上の目標に向けて、さらに強度の高い練習を効率良くこなすために、シューズの履き分けが一層重要になってきそうだ。 [caption id="attachment_97563" align="alignnone" width="800"] 高校時代からしっかりシューズを履き分けている期待の1年生トリオ。左から山崎一吹(福島・学法石川高出身)、工藤慎作(千葉・八千代松陰高出身)、長屋匡起(長野・佐久長聖高出身)[/caption] トップアスリートに学ぶ「新時代の履き分け」。詳細はこちら 文/福本ケイヤ、撮影/小川和行RECOMMENDED おすすめの記事
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