2023.01.08
男子100mの現日本記録(9秒95)を持つ山縣亮太(セイコー)と、日本人初の9秒台スプリンターとなった桐生祥秀(日本生命)。2人は、2013年春の織田記念を皮切りに、10年近くの間、良きライバルとして日本男子スプリントを牽引してきた。
だが、競技人生の大きな目標だった2021年の東京五輪を終え、ともにキャリアを小休止させるタイミングを迎えた。
山縣は五輪後の21年10月に、かねてから不安材料になっていた右膝の手術を決断。長期のリハビリを経て、22年シーズンは回避し、今は本格的なトレーニングを再開しようかという段階だ。
一方の桐生も、22年6月の日本選手権後に休養を宣言し、陸上とは距離を置いた。9月には難病の潰瘍性大腸炎を大学2年時から患っていたことを公表。心身を癒し、新たな競技観を持って走り始めた。
「次のパリ五輪を目指して今やっているところなんですけど、ちょっと時間をかけてケガと向き合っているので、2024年に向けてじっくりと調整していきたいな、という段階です」(山縣)
「いつもだったら次のシーズンのスケジュールをほぼ決めて冬季練習に入りますが、この冬は何も決まっていません。でも、何月になるかはまだわかりませんが、いろんな試合に出て行こうかなと思っています。例年出ていた春のレースをパスしてもいいと思いますし、記録会のようなレースに出てもいいと思っています」(桐生)
奇しくも同時期にオフの期間を過ごした2人に、競技のこと、中高生時代の部活のこと、ギアのことなど、さまざまなテーマで語り合ってもらった。
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重圧を分け合うライバル関係
──2013年に高校生だった桐生選手が10秒01を出して以降、3歳上の山縣選手とは何度も名勝負を演じ、日本の男子スプリントを牽引してきました。 桐生 いっぱい走ってますね。自分の中で思い出のレースを挙げると、必ず山縣さんがいます。 休養に入った時は来シーズン丸々試合に出ないことも考えたし、いつから練習を始めるかも全然考えてなかったんです。でも、こうやって早めに復帰したのは「山縣さんに勝ちたい」「日本記録を破りたい」という思いがあるから。目標はそこです。 山縣 それを聞いた時はうれしかったですよ。彼、「休養しようかな」という話をしている時に悔しそうな表情だったので、「あ、絶対に戻ってくるんだろうな」と思いました。負けないようにがんばります。 ──山縣選手にとって桐生選手はどういう存在ですか。 山縣 プレッシャーを分かち合った仲間ですけど、プレッシャーをもらったライバルでもあって、「一緒に頑張ってきた」という思いが強いですね。 「どちらが先に9秒台を出すか」。それがあったから自分は頑張れました。9秒台を出すために、練習でも「もうひと踏ん張りしよう」という原動力になりましたね。そこは桐生に感謝しています。ありがとう。 桐生 何でニヤニヤしながら言うんですか(笑)。 山縣 ちょっと恥ずかしいよ、面と向かって「ありがとう」を言うのは(笑)。 [caption id="attachment_90754" align="alignnone" width="800"]
膝の手術からトレーニングを重ねる段階への移った山縣[/caption]
──休養をしてみて、オンとオフのメリハリについては思うことはありますか。
山縣 日本の選手が考えるオフは、シーズンが終わって冬季練習に入るまでの短い期間を指すのかな? 社会人アスリートとして、毎年試合に出るのは仕方がない面はありますが、もしかしたら「1年かけて筋力トレーニングをする」とか、あえて試合に出ない年を設けてもいいのかもしれませんね。環境が許せば、ですよ。あるいは、陸上は種目がたくさんあるので、専門以外の種目に取り組むとか。そういう土台作りがあってもいいですね。
桐生 プロとしてスポンサーの支援を受けて走っている以上、レースで結果を出すのは当たり前です。その対価としてスポンサーはお金を出しているのですから。それを重々わかったうえで、「このまま続けていたらじきに走れなくなる」「陸上が全然楽しくない」と思えて、休みをもらうことにしたんです。陸上を始めてから、これまでそういう期間がなかったので、家族と過ごす時間を増やしたりして、エネルギーに変換しました。「もう一度チャレンジしたい」という活力が湧いてきましたね。
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日本記録の更新まで切磋琢磨を
──日本も今は4人の9秒台スプリンターがいて、オレゴン世界選手権ではサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(タンブルウィードTC)が、男子100mで世界選手権初の決勝進出を果たしました。世界との差は縮まったと捉えていいのでしょうか。 山縣 日本の現在地ですか。難しいですね。日本記録も9秒台に入ったし、世界は「あと1歩先」と考える人が多いかもしれないですけど、僕の感覚だと「もう1.5歩か2歩ぐらい先」。1歩よりも差は大きい気がします。それは、トレーニングの仕方とか、オフの取り方とか、土台作りに若干の差があるように感じますね。自分が実際、海外でやったわけではないので、推測の域を出ませんが。 桐生 僕も同意見です。シーズンの流れから言うと、日本人は夏の世界大会をピークにやっているけど、世界のトップは世界大会後、秋のシーズンまでしっかり走ってくるじゃないですか。ダイヤモンドリーグとか。そういう面では何かが違うのかなと思います。200mが走れると100mにも好影響があるので、僕はまた200mをやります。休養明けには練習がてら、小さな大会の200mに出て行きたいです。 山縣 末續さん(慎吾、EAGLERUN /当時・ミズノ)が出した200mの20秒03(日本記録)はもちろん速いです。でも、100mで9秒台に入っている今、日本選手でも19秒台を出せると思います。そこの風穴を誰が開けるか。 [caption id="attachment_90755" align="alignnone" width="800"]
休養を経て活力が湧いてきたという桐生[/caption]
桐生 100mの9秒台と同じで、誰かが19秒台を出せば、ポンポンと行くんじゃないですか。
山縣 僕は20年間ずっと100mをやってきて、自己ベストは上がっているけど、身体の癖がものすごく走りに出てきてしまった。その癖を抱えたまま9秒8台とかのストレスを身体にかけ続けるのは無理だと判断して休養に踏み切ったのですが、癖を完全に直すのは引退するまでにできるかどうか。その中でも小さい変化は感じていて、そこに楽しみを見出しています。
ですから、復帰した時に「山縣、また走りが変わったな」と思ってもらえるように、そんな走りを目指します。そうすれば、また期待を抱いてもらえると思うので。
桐生 僕は1年間、とにかく一生懸命陸上をやろうかなと思います。それが結構難しいんですけど。12月15日に27歳ですからね。
山縣 僕はもう30代に入りました(笑)。どこまでやるとか決めているわけではないけど、1年1年の重みが……。日々身体にムチを打ちながら、どこかが痛くなるような練習を繰り返しているわけじゃないですか。しかも、練習の強度はどんどん上がっていきます。そう考えると、現役生活は無限ではないですよね。
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冬季練習を頑張る中高生へのアドバイス
――自身が描く理想の100mの走り方について教えてください。 山縣 すごく難しいなと思いますが、僕は桐生のダイナミックな走りがすごく好きで、自分の持ち味といい感じにミックスされたらいいのかなと思います。僕は割と形が固まっている走りなので、その安定性とダイナミックな走りのいい塩梅をずっと探しています。それが日本人に合うかはわからないですが。最近は本気で走る練習から遠ざかっていますが、以前に彼が出場しているレースを見て、腕振りを真似したりしたことはあります。 桐生 「あんな感じになりたい」というのはありますね。スタートはそれこそ山縣さん。ガッツリ行っているけど、最後までもっているのがすごいです。いろいろな選手を見ますが、部分部分で違うので全部真似しようとは思わないです。 ――100mで山縣選手は桐生選手に、桐生選手は山縣選手に勝つために、どこが勝負と考えていますか? 山縣 僕はもうスタートかな。彼は20mから40mにグッと出てくるので、そこまでに前に出ておかないと勝負にならないんですよ。僕はラストはもつ。中盤に離されたらきついですが、そこで並ばれるくらいだったら最後に胸の差で勝てるようなイメージをして臨んでいます。 桐生 僕は50~60mあたりですね。スタートは負けている前提で、20m~30mで前に出ていたらほぼいけるなと思っています。顔を上げて山縣さんが(視界に)いないということはなくて、それが通常ポジション。スタートは無難に出て、中盤でいこうかなと思っています。 ――トラック&フィールドの選手たちは冬季練習の真っ最中です。部活を頑張る中高生向けて、冬季練習のアドバイスをお願いします。 山縣 人にもよりますが、冬季練習は「めっちゃ走るぞ!」となると思います。それは良いことなので、ぜひ頑張ってほしいです。でも、中高生はグラウンドに出ている時間と同じ時間だけ、室内で基礎トレーニングをする時間を大切にしてほしいです。たくさん走って「頑張った」となるのも大切ですが、中高生にとってもっと大切なことは基礎なので。そこを大事にしてほしいです。 桐生 僕は長所を伸ばすこともいいと思います。みんな課題を気にしていることが多いと思いますが、スプリンターであれば長所をどれだけ伸ばせるかはとても重要。苦手な部分を克服できた時ももちろん成長の幅は広がりますが、得意な部分を伸ばすことでより一層飛躍できる可能性があります。 山縣 洛南高校(京都)の強さの秘密を、桐生から聞きたいな。高校で10秒01まで記録が出せたのは何が要因だったの? 桐生 僕が3年生の時は、チームの団結力がそれまで全然違ってすごかったんです。チームで総合優勝したい、しないといけないと思っていましたし、練習もみんなが必死でやっていました。だから、気持ちの部分がまったく違いました。 山縣 素質的な話をすると、洛南高校に来る選手はやっぱり持っている能力は高いと思います。そこに、自分たちで何とかしようという選手のメンタリティーが備わった時に、爆発力があるなと、桐生の話を聞いて納得したよ。素晴らしい先生がいて、その指導を受けて強くなっていくのでしょうけど、そこには自主性があったんだな、と。 ――部活で学んだこと、今に生きていることはありますか? 山縣 僕の学校(修道中・高/広島)はもともとの校風が自主性でした。そこで縁があって、チームメイトにも恵まれて、自分たちで「全中、インターハイに行こう」「マイルリレーで優勝しよう」という目標を立ててみんなで取り組みました。もちろん、練習は頑張りましたけど、練習メニューも自分たちなりに考えてできたことは、部活動で学んだことかなと思います。 桐生 洛南高校は上下関係がしっかりしていました。確かに、今の時代に合っていないという賛否両論もありますが、上下関係がしっかりしていたからこそ、「先輩として、下級生に負けたらやばいぞ」と全員が思っていました。そういうプライドが強い気持ちにつながったので、それは洛南高校にいたからこそだと思います。 ――スパイクの進化が一気に進む時代ですが、スプリンターにとってのスパイクはどんな存在ですか? 山縣 履くスパイクによって走り方が変わりますよね。厚底には厚底の走り方があると思いますし、薄底には薄底の走り方があります。良いようにも悪いようにも走りに影響するので、〝愛靴〟選びはとても重要です。 桐生 厚底の登場で、日本全体のレベルは上がっています。でも、本当に速くなっているのか、それとも速くなったというイメージが先行しているのかが気になるところですね。 山縣 まったく同じことを思っているよ。厚底を履くことで、得られるものと失うものがある。そこのバランスが重要だと思います。得るものが大きければタイムは縮まりますが、そこは冷静に見られるようにしないといけないと思います。 [caption id="attachment_90760" align="alignnone" width="800"]
パリ五輪、東京世界選手権へ意欲を見せる山縣亮太(セイコー、左)と桐生祥秀(日本生命)[/caption]
◎やまがた・りょうた/1992年6月10日生まれ。広島・修道中、修道高→慶大→セイコー。自己記録は2021年6月にマークした9秒95の日本記録。12年ロンドン、16年リオ、21年東京と3大会連続で五輪代表に。ロンドン、リオは100mで準決勝進出。いずれも当時自己記録となる10秒07(予選)、10秒05(準決勝)をマーク。銀メダルを獲得したリオ五輪4×100mリレーは1走で貢献した。
◎きりゅう・よしひで/1995年12月15日生まれ。滋賀・彦根南中→京都・洛南高→東洋大→日本生命。中学時代から全国に名を馳せ、高3の春に100m「10秒01」をマーク。2014年世界ジュニア選手権100m銅メダル、16年リオ五輪100m出場などを経て、17年9月の日本インカレで日本人初の9秒台(9秒98)を樹立した。4×100mリレーでもリオ五輪銀メダル、世界選手権2大会連続銅メダル(17年、19年)獲得の原動力に。東京五輪には4×100mリレーで出場した。
構成/小川雅生 RECOMMENDED おすすめの記事
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