男子マラソン五輪代表内定コンビ特別対談「服部勇馬×中村匠吾」(『月刊陸上競技』2019年11月号誌面転載記事)

男子マラソン五輪代表内定コンビ特別対談
服部勇馬×中村匠吾

MGCの激闘経て五輪の檜舞台へ
「これから一日一日を大切に」

MGCの男子で1、2位を占め、東京五輪マラソン代表に内定した中村匠吾(富士通、右)と服部勇馬(トヨタ自動車)

マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の翌日、9月16日に27歳の誕生日を迎えた中村匠吾(富士通)と、1歳年下の服部勇馬(トヨタ自動車)。それぞれ学生時代には母校(中村が駒大、服部は東洋大)のエースとして駅伝などで活躍してきた2人がMGCで激突し、中村1位、服部2位で念願の東京五輪代表切符を手に入れた。大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)を交えたレース終盤の三つどもえの死闘、それを乗り越えての歓喜など、9月25日~ 28日に北海道・千歳で行われた「キックオフ合宿」の合間を縫って語り合ってもらった。
●構成/小森貞子

集団の中で考えたこと

──一発選考レースということで、出場選手は非常に緊張しているように見受けられましたが……。
中村 自分はスタートラインに立った時も、あまり緊張感はなかったですよ。
服部 僕も普段のレースと同じような気持ちでいました。ただ、当日の朝、起きたら気持ち悪くて、前日食べたものが上がってきそうでした(笑)。すぐ治りましたけど。

──中村選手はレース中に吐いてしまいましたね。
中村 あれは気持ち悪かったわけじゃないんです(笑)。急に胃液が出てきて……。ゲップみたいな感じですね。去年のベルリン(マラソン)でもあったから、気にしませんでした。
服部 本当に緊張したのは7~8人の集団になった30km以降ですね。それまではほぼ平常心で走れていたんですけど、「この中で2枠決まるんだ」と思ったら、一気に緊張してきました。
中村 ペースメーカーがいないレースで、誰がどこで行くかまったくわからない。それなのに前半から結構(ペースが)上がったり、下がったりしていて、緊張というか、位置取りを含めて自分はつくべきなのか、まだ待つべきなのか、そういう葛藤がずっとありました。
──スタート直後に飛び出した設楽悠太選手(Honda)が、1人でどんどん行ってしまいました。
中村 誰かがついて行けば、行こうと思ったんですけど。
服部 僕もそうです。
中村 なかなか行けなかったですよね。途中で2分ぐらい開いた時は、設楽さんの様子もわからないですし、「もしかしたらこの集団で1枠かな」と思いました。
服部 僕たちのグループのペースがなかなか上がっていかなかったので、焦りはすごくありました。20kmぐらいまでは、中村さんと同じように僕も「この中で1番にならないといけない」という気持ちでいましたね。

──先頭を走る設楽選手との差は、わかっていたのですか。
中村 「少しずつ詰まってる」と沿道の人が教えてくれましたし、差が確認できる折り返しポイントもあったので、途中からは「大丈夫かな」と思いました。
服部 でも、沿道の人の声に誤差がありましたよ。「100秒」という人もいれば、「2分」という人もいて、「どっちが本当なんだろう」と(笑)。設楽さんは「調子いい」と言ってましたけど、僕はスタートから行くと思ってなかったんです。レース前の記者会見で、勝負どころを「10kmぐらい」と言ってたじゃないですか。それを信じてました。10kmから行ったら、逃げ切るのかなと思っていましたね。

──ご自身ではどういうレースをしようと思っていたのですか。
中村 どういうペースになっても、最後まで出るつもりはなかったです。
服部 僕は、余裕があれば(優勝した)福岡(国際マラソン)と同じようなロングスパートをかけるのが理想でしたけど……。でも、スパート時機を逸したので、このままついていくしかないと判断しました。集団の中で余裕がありそうなのは中村さんだと思って見ていましたね。
中村 余裕はありましたけど、自分は逆に服部君がもっと早めに行くのかなと思ってました。あの中で(レースを)動かすとしたら、僕か服部君かなと思っていたので。

──大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)の動きはどう読んでたのですか。
服部 最後の最後まで溜めるのかな、と思っていました。

クライマックスの死闘

東京五輪本番はともにメダル獲得を目指す

── そして、37kmで集団が設楽選手に追いつき、かわして、中村選手がスパートしたのが、終盤の上り坂にかかる39.2kmあたりでした。
中村 上りに入る手前ですね。橋本選手(崚/GMOアスリーツ)が少し(ペースを)上げたんですよ。とっさに、それにかぶせて逃げました。

──大迫選手がそれを追って、服部選手は少し離れました。
服部 中村さんが仕掛けて200 ~ 300mで給水所があったので、「しっかり給水しよう」と思ってそっちに行ったら、そこからなかなか詰まりませんでした。
中村 僕も給水は取りました。40km手前ですね。出るには出たんですけど、その後僕は逃げるというより、後ろから来るのを待ってましたね。コースを試走した時、ラスト800m地点にある急激な坂がポイントになるかなと思っていたので、そこまでにちょっと力を溜めようと思って。僕もきついのはきつかったですよ。力のある選手が追ってきてるのがわかっていましたから。でも、追いつかれたらもう1回行こうと、構えていました。

──そうしたら、40.9kmあたりで大迫選手が追いついてきました。
服部 大迫さんが下りで行ったんです。僕は対応できなかったんですけど、下り終わってからちょっと詰まって、また次の坂を上り始めました。

──大迫選手は中村選手に追いつくのに力を使い果たして、中村選手の2回目のスパートにはつけませんでした。逆に後ろが気になって、思わず振り返った時に、服部選手は「よしっ」と思ったんですね。
服部 僕もペースが上がったあたりから「このまま押し通せるだろうか」と不安になって、最後まで走り切ることに集中していたんですけど、大迫さんが振り返って「きついんだろうな」と思った時、「このリズムで行けば追いつくし、追い越せる」と思いました。とにかく浮き上がったら終わりだと思ったので、その動きとリズムで行こうと。中村さん、大迫さんに置いて行かれた時は「3番でもいいか」という思いがチラッと頭をよぎったんですけど、そこからは「2番に入れば内定だ」と思い直しましたね。
中村 3番でも代表になれる可能性はありますけど、たぶん「待つ」というのは苦しいと思うので、確実に2番までに入りたいと思っていましたよね。

──トップでフィニッシュした時の気持ちは?
中村 うれしかったですし、安心しました。でも、直後はあまり実感なかったんです(笑)。

※この続きは2019年10月12日発売の『月刊陸上競技11月号』をご覧ください。