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ドキュメント/今年も福井の夏を彩った“奇跡の夜”ナイター陸上に選手、ファンが笑顔


東京五輪の熱狂冷めやらぬ8月27、28日に、福井県営で行われたAthlete Night Games in FUKUIには、東京五輪代表12人が顔をそろえた。クラウドファンディングを活用して開催されるナイター陸上も今回が3回目。観客がトラックの近くでパフォーマンスを堪能でき、好条件下で良い記録が次々と誕生するため、選手・ファンともにリピーターも多い注目の大会となっている。コロナ禍とあって厳しい状況のなか、この大会にどんな思いと意義があったのか。

東京五輪を見て「やろう」

福井陸協は揺れ動いていた。2019年に立ち上げたAthlete Night Games in FUKUIを、開催するのか、しないのか。できるのか、できないのか。本当にしてもいいのか。

スタジアムDJが音楽を鳴らし、種目を絞ってナイターで開催。観客を近くまで入れる。クラウドファンディングで運営資金を集め、その多くを選手たちの“賞金”へと費やした。ファンが近くで応援し、選手を支える。好条件となる競技場ということもあって過去2大会では日本記録や好記録が続出する大会は“伝説の夜”“奇跡の夜”として、観戦するファンからも、出場する選手からも好評を集めている。

だが、各地で新型コロナウイルスの感染者が過去最高を更新。開催日は8月27日、28日の2日間で決まっている。7月20日にクラウドファンディングはスタート。この大会の醍醐味であるトラック横で見られるスペシャルシート付きのリターンはすぐに埋まった。だが、福井も例外なく事態は一進一退。「昨年よりも厳しい状況だった」と関係者が言うように、開催を前提に準備は進めたものの、8月に入っても中止・延期の判断は当然あった。

そんな中で開催に舵を切ったのは8月6日。東京五輪の4×100mリレー決勝の日だった。メダルを目指した日本はバトンをうまくつなぐことができず途中棄権。選手たちは涙に暮れた。その光景をテレビで見た福井陸協の木原靖之専務理事(敦賀高教諭)は「やろう」と決意した。

「彼らの涙を見て、すぐにみんなに連絡しました。『ナイトゲームズを開催しよう』と。彼らはまた努力すると思う。努力を選手たちだけに任せていていいのか。私たちができる努力はいい試合を作ること。選手、ファンと三位一体になるこの大会が必要なんだ。選手たちを支えられるように、選手のためになる大会を開こう」

東京五輪代表が合計12人出場した

桐生が福井でプロジェクトをスタート

その日から3日後。4×100mリレーでバトンを受けることなく終わった桐生祥秀(日本生命)の陣営から連絡が入った。

「50mのイベントをやりたいんです」

桐生が立ち上げたプロジェクト・ブランド「K-Project」の一環として、「誰もが走ったことのある」50mにチャレンジする企画「Sprint 50 Challenge」をスタートさせ、ジュニア選手たちと一緒に走りたいのだという。

涙からわずか3日後に、すでに前を向く姿勢に木原専務理事は感銘を受ける。「この姿勢を福井の中高生や関係者に伝えたい」。もちろん快諾。打ち合わせを重ねてタイムテーブルも変更して組み込んだ。

「誰でも走ったことのある50mのイベントは前から構想を練っていたのですが、オリンピックが終わるまでは緊張感が切れないようにしていました。今シーズンは日本選手権で終わりと思っていたのですが、リレーで五輪に出られて、それなら思い出の地の福井でスタートさせたらインパクトもあるかな、と。急ピッチで準備してくれました」

2017年の日本インカレで、当時東洋大4年だった桐生はこの福井の競技場で日本人初の9秒台となる9秒98をマーク。その後、競技場は「9.98スタジアム」の愛称がついた。このAthlete Night Gamesを立ち上げるきっかけとなったのも、まさにその出来事。「陸上競技であんなにも人々が興奮し、感動する。そんな大会を開きたい」という福井陸協がゼロから創り上げた。その桐生が“再スタート”の場所に福井を選んでくれたのもうれしかった。

大変な状況だったが、「プロも含めてすべてのスポーツが中止にならない限りは後押しする」と県政も支援。準備を加速させた。

新設されたトラック真横のスペシャルシートは完売

コロナ禍にあって、一般販売されたスタンド席は約50%の1500枚しか売れなかった。好評のフィールド内観戦100席のリターンは60人。「楽しみにしていたけどコロナ禍で自粛します」という声も多かった。それでも最終的には目標金額の300万を大きく上回る502万5000円が集まる。さらに「支援してくださる地元企業の数は昨年よりも増えました」。昨年、現地観戦して新たにスポンサーとなった地元の酒造会社は、自社製造の消毒用アルコールを合計900本無償提供した。

「声を出して応援できないので、昨年から敦賀高の高校生たちの声援を録音して流していましたが、今年はさらにバージョンを増やしました。スティックバルーンも用意するなど、バージョンアップさせました。家でテレビを見るように楽しめるようなイメージです」(木原専務理事)

27日に予定されていた800m元日本記録保持者の横田真人氏がコーチを務めるTWOLAPS TCの共催で、トップ選手たちがペースメーカーとなって市民ランナーが参加する「D.T.T(誰でもタイムトライアル)」は残念ながら開催1週間前に開催を見送った。当初出場を予定していた山縣亮太(セイコー)や多田修平(住友電工)は辞退したものの、東京五輪代表12名がエントリー。着々と舞台は整えられていった。

今年もスタジアムDJが盛り上げ役を担った

参加した誰もが笑顔となる奇跡の夜

迎えた当日。午前中から昼過ぎまで小学生~中学生のレースが行われた。通り雨が降ったがすぐに上がる。14時30分。「Sprint 50 Challenge」に出場する小学生の精鋭6人と桐生が登場すると大きな拍手が起きる。ルールは簡単。スターティングブロックは使わず、50mを一生懸命に走る。これまで見たことのない、トップスプリンターと小学生の50m真剣勝負。「スピード感を感じてほしい」。号砲が鳴ると、桐生はあっという間に小学生たちを突き放した。みな目をまん丸にし、「速かった」「すごかった」「クラスで自慢したい」。目線を合わせてグータッチする桐生に、小学生たちはうれしそうであり、照れくさそうでもあった。

記録は5秒87。「5秒7は出したかったですが、向かい風(-1.4m)が結構、強かった。これがこのルールでの日本一の記録になるので、陸上部以外の人もチャレンジしてほしいです」。全力だったの? そんな問いに「本当にガチで走りましたよ! スピードを味わってもらいたかったので」と桐生は笑った。

曇り空とひと雨の影響もあって、“モンスタースタジアム”とさえ呼ばれる絶好の風向きは、ホームストレートが向かい風となった。「好条件と聞いていたんだけどなぁ…」と苦笑いで恨み節の選手もどこか楽しそうだ。試合が延期・中止になるなか、選手たちはその記録やパフォーマンスはもちろん、観客の前で走れることに幸せを感じている様子。200mで優勝した小池祐貴(住友電工)は「子どもたちが喜ぶようなレースができればと思っていました。喜んでもらうことを喜ぶと言いますか」と、うれしそうだった。

小学生と50mで真剣勝負を繰り広げた桐生

最後の100m。昼過ぎに50mを小学生と走った桐生は、100m予選と含めて3本目。「25歳で1日“3本”はきついっス」と冗談を飛ばしつつ10秒18をマークして貫禄勝ち。ずっと向かい風だったが、このレースだけ無風だったのは“モンスター”の粋なはからいか。桐生は着けていたリストバンドを消毒してから子どもに投げ、表彰式でもらった花束をリターン席にいる子どもに手渡した。ここにスポーツの、アスリートの価値があるのではないか。

1回目を終えたあと、「赤字だったので、黒字にして続けていかないと」と話していた木原専務理事。「今年も赤字ですか?」。そう関係者に聞くと、うれしそうにうなずく。コロナ禍で開催でき、アスリートとファンの笑顔が見られた。今年はそれで十分だったのかもしれない。

地元のチーム・ユティックの選手たちが応援

「来年からは、元々想定していたバドミントンなど他のスポーツといろいろとコラボレーションしてイベントをやっていきたい」と木原専務理事は構想を明かす。立ち上げた当初から、「選手のため」というのは変わらない。「東京五輪のあと、多くの企業はスポーツから引いてしまう。でも、アスリートは残ります。アスリートが生きていける時代を作らなくてはいけない」と、木原専務理事は前々から語っていた。そのためにもこの大会をよりバージョンアップしていく。

今回、歴史に残る大記録は誕生しなかった。それでも、ほんの少しの間でも関わった人たちが暗い陰を忘れてスポーツに触れられる幸せを感じた“奇跡の夜”は、今年も確かに福井の夏を彩った。

文/向永拓史



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