2025.09.10
中学2年生からハードルに挑戦した。「めっちゃ楽しい! それから今まで、ずっと“ゾッコン”なんです」。これが、中島ひとみ(長谷川体育施設)が選んだ、女子100mハードルという道のはじまりだ。中学で日本一になってから、ずっとあこがれていた日本代表のユニフォームに、30歳となって始めて袖を通す。
非常に稀有なキャリアを歩んできた。兵庫・荒牧中時代に全中100mハードルに優勝。同大会の四種競技を制しているのは福部真子(現・日本建設工業)だった。
夙川学院高に進むと、2年時に日本ユース選手権優勝など、エリート街道を歩んでいる。だが、転機は高3シーズン。「その時は、それがすべてだった」と語るインターハイに進むことができなかった。
「近畿大会を前にストレス性の胃腸炎になりました。無理をして出たのですが(準決勝敗退)、インターハイに行けず、心がからっぽになりました。こんなにがんばっても報われないんだって」
その大舞台で、福部真子はインターハイ3連覇の偉業を達成。隣を走っていたライバルたちはずっと前を走っていた。この経験は、中島の心に重い蓋をする。
「大きい目標を立てないようにしよう」「他人と比べないようにしよう」
競技を続けるか迷ったが、兵庫のあこがれの先輩である宇都宮絵莉の背中を追って園田学園女大に進学。大学、社会人と記録面では少しずつ自己記録を更新していたが、タイトルからはどんどん遠ざかった。いつしか、「負けても何も思わなくなってしまった」。
中島は心の奥で気づいていた。

あこがれだった先輩の宇都宮絵莉さん。昨年引退し、退社してからもサポートに駆けつける
「勝ちたいし、勝ちたい、と思える自分になりたい。それがないとあの場所には戻れない。陸上競技をしていて、中学、高校と、やっぱり数字や順位として出たのがうれしかった。もう一回、日本一の景色、それを争う景色を見たかった」
どれだけ自己ベストを更新しても、“12秒台時代”に加われず「胸がギュッと締めつけられた」。2020年にはオーバートレーニング症候群にもなった。21年、東京五輪シーズンを最後に引退しようと思った。
だが、その年の日本選手権の予選で、右脚付け根を剥離骨折。予選は通過したが、準決勝で敗れて決勝に進めなかった。心の奥に眠っていたものがうずく。
「勝ちたいっていう気持ちがバンって出てきたんです。まだ腐っていなかった。こういう気持ちを持てるんだって気づいたんです」
22年に福部が12秒73という日本新記録を樹立。苦しみながら復活を遂げた同期の存在、道を切り開いてくれた先輩たち、どんどんと成長してくる後輩たち。それらを刺激に中島は1つ、高かったハードルを跳び越えた。
23年に400mハードルのドーハ世界選手権代表の豊田将樹(富士通)と結婚。研究熱心で、陸上競技に対する姿勢に感銘を受けつつ、「日本記録を出せるポテンシャルがある」とずっと背中を押された。「身近な人に言われると、できるような気がしてくるんです」。
昨年9月に、初めて13秒台の壁を破る12秒99。「これでやっと戦う土俵に立てる」。そして、「どうしても東京世界選手権に出たい」と初めて公言するようになった。
今季、織田記念で優勝したのが、全国レベルの主要競技会13年ぶりのタイトル。“新星”のような扱いに、「全然、嫌な捉え方ではなくて、『あ、私、やっぱり消えていたんだ』って思ったんです」。そんな自分が走り、結果を出すことで、「努力が必ず実るわけではないけど、いろんな楽しみ方、向き合い方があるんだよって中高生に知ってもらえたら、アスリートとして幸せです」。
細身の身体ながら、持ち味はスプリント力とバネ。手動100mでは11秒0~1台を安定して出している。夫と同じように自身の練習や海外選手の走りの動画を繰り返し見るように鳴り、「高いところから下ろしていく」ハードリングを身体に染みこませた。
日本選手権後、7月に渡欧し、フィンランドのレースで東京世界選手権の参加標準記録(12秒73)を破る12秒71をマーク。帰国後の実業団・学生対抗でも同タイムで走って見せた。「抜き脚ももっと『縦抜き』にできれば、12秒6台、5台も見えてきます」と手応えをつかんでいる。
日本代表壮行会では、選手代表を務めてあいさつもした。「世界選手権が東京で行われる瞬間に競技者として立ち会えることを誇りに思います。チームジャパン一丸となって一緒に戦いたいです」と堂々とスピーチ。「持ち時間が急きょ短くなったのでショートバージョンです。元々言いたかったのは飛んじゃいました」と舌を出す。

念願だった日本代表ウエアに袖を通した中島
紆余曲折のハードル人生。「何回もケガをして、うまくいかないことがありました。何度も辞めようと思いました。すごくしんどかったですが、大事な時間でしたし、だから私はここに立てています。今までの自分の決断を大切にしたい。何度、生まれ変わってもここの道をたどりたい」。
趣味はアニメと漫画。ノア・ライルズ(米国)と同じく『ドラゴンボール』を愛して止まず、「セル編の悟飯が特に好き」。今季の中島は、そのシーンと同じく、まさに覚醒した。
世界で一番強いヤツを決める、天下一の大舞台。「最大限の準備をして、0.01秒でも速く、1本でも多く走りたい」とびきり全開パワーで初の世界大会にぶつかっていく。
■東京世界選手権
女子100mH 予選14日午前、準決勝・決勝15日午後
文/向永拓史
あこがれだった先輩の宇都宮絵莉さん。昨年引退し、退社してからもサポートに駆けつける[/caption]
「勝ちたいし、勝ちたい、と思える自分になりたい。それがないとあの場所には戻れない。陸上競技をしていて、中学、高校と、やっぱり数字や順位として出たのがうれしかった。もう一回、日本一の景色、それを争う景色を見たかった」
どれだけ自己ベストを更新しても、“12秒台時代”に加われず「胸がギュッと締めつけられた」。2020年にはオーバートレーニング症候群にもなった。21年、東京五輪シーズンを最後に引退しようと思った。
だが、その年の日本選手権の予選で、右脚付け根を剥離骨折。予選は通過したが、準決勝で敗れて決勝に進めなかった。心の奥に眠っていたものがうずく。
「勝ちたいっていう気持ちがバンって出てきたんです。まだ腐っていなかった。こういう気持ちを持てるんだって気づいたんです」
22年に福部が12秒73という日本新記録を樹立。苦しみながら復活を遂げた同期の存在、道を切り開いてくれた先輩たち、どんどんと成長してくる後輩たち。それらを刺激に中島は1つ、高かったハードルを跳び越えた。
23年に400mハードルのドーハ世界選手権代表の豊田将樹(富士通)と結婚。研究熱心で、陸上競技に対する姿勢に感銘を受けつつ、「日本記録を出せるポテンシャルがある」とずっと背中を押された。「身近な人に言われると、できるような気がしてくるんです」。
昨年9月に、初めて13秒台の壁を破る12秒99。「これでやっと戦う土俵に立てる」。そして、「どうしても東京世界選手権に出たい」と初めて公言するようになった。
今季、織田記念で優勝したのが、全国レベルの主要競技会13年ぶりのタイトル。“新星”のような扱いに、「全然、嫌な捉え方ではなくて、『あ、私、やっぱり消えていたんだ』って思ったんです」。そんな自分が走り、結果を出すことで、「努力が必ず実るわけではないけど、いろんな楽しみ方、向き合い方があるんだよって中高生に知ってもらえたら、アスリートとして幸せです」。
細身の身体ながら、持ち味はスプリント力とバネ。手動100mでは11秒0~1台を安定して出している。夫と同じように自身の練習や海外選手の走りの動画を繰り返し見るように鳴り、「高いところから下ろしていく」ハードリングを身体に染みこませた。
日本選手権後、7月に渡欧し、フィンランドのレースで東京世界選手権の参加標準記録(12秒73)を破る12秒71をマーク。帰国後の実業団・学生対抗でも同タイムで走って見せた。「抜き脚ももっと『縦抜き』にできれば、12秒6台、5台も見えてきます」と手応えをつかんでいる。
日本代表壮行会では、選手代表を務めてあいさつもした。「世界選手権が東京で行われる瞬間に競技者として立ち会えることを誇りに思います。チームジャパン一丸となって一緒に戦いたいです」と堂々とスピーチ。「持ち時間が急きょ短くなったのでショートバージョンです。元々言いたかったのは飛んじゃいました」と舌を出す。
[caption id="attachment_181578" align="alignnone" width="800"]
念願だった日本代表ウエアに袖を通した中島[/caption]
紆余曲折のハードル人生。「何回もケガをして、うまくいかないことがありました。何度も辞めようと思いました。すごくしんどかったですが、大事な時間でしたし、だから私はここに立てています。今までの自分の決断を大切にしたい。何度、生まれ変わってもここの道をたどりたい」。
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