2025.09.10
2021年、無観客だった国立競技場を誰よりも熱くしたのは田中希実(New Balance)だった。21歳、真夏の大冒険は、女子1500m3分台と8位入賞という驚きの物語を刻んだ。
それからの4年間、プロランナーとなり、父・健智コーチを含めた“TEAM NOZOMI”とともに歩み、未知の領域へと足を踏み入れている。
ダイヤモンドリーグ(DL)転戦、ケニア合宿、今年は初開催のグランドスラム・トラックに日本人でただ1人参加。「世界のトップ・オブ・トップの仲間入りをしたい」と突き進んできた。東京世界陸上にも1500mと5000mでしっかりと内定。進化して聖地へ戻ってくる。
シーズン序盤はグランドスラム・トラックの参戦により、「壁に跳ね返された」。それでも日本選手権で「原点回帰」して立て直すと、7月のDLロンドンでは5000mを14分34秒10の好記録。その後はイタリアのセストリエーレとリヴィーニョで合宿し、DL2戦を経て国内合宿を迎えた。
東京五輪は1500m入賞、ブダペスト世界陸上は5000m8位。悲願の「2種目決勝、2種目入賞」に向けて、最終調整だ。
実は今年、父子関係に少し変化があった。5月。米国・マイアミでのレースの後に感情があふれ出た田中は、レース後はコーチを務める父・健智コーチに思いをぶつけた。
シーズン序盤は初めての試みであるグランドスラム・トラックへの参戦など、モヤモヤしたレースが続いて「挫折感があった」と振り返る。
「レース直後に陸上を続けるかどうかも悩んでしまいました。勝負事に向いていないのかもしれいない。自分はここでピークじゃないのはわかっていても、相手のピークももっと上にある。勝負にならないと判断するのは早いとわかっていても、世界の頂点に並べないのなら、努力を続ける必要があるのかなって」
そんな思いを包み隠さず思いっきりぶつけられたのは“家族”だから。「いつもなら飲み込んで、あとから悶々として大きなぶつかり合いになるのですが、ちゃんと伝えられたのでスッキリしました」。その後、自分が父にどうしてほしいのかを訴えかけたという。
父・健智コーチは常々、「違うコーチに見てもらったほうがいい」と娘に伝えてきた。それは投げやりではなく、本心からだった。もっと違う世界へと到達できるチャンスがあるのではないか、と。
「私がのしたいことに付き合わせている部分があったと思います。マイアミのレースのあと、改めて世界陸上や、その先の頂点を求めていきたいと思った時に、父にも同じところを見てほしかったんです。『巨人の星』のように父に私が合わせるのでもなく、私に嫌々付き合うのでもなく、本当の意味で一緒に目指したいと訴えかけました。自分のためだけではなく、本当の意味で父と目指したい、と」
特異な親子関係だから葛藤はある。「どうしても甘えてしまう」と娘。「苦しいことや我慢をさせている。できることなら親の立場に戻って応援したい」と父。昔から家の外まで聞こえるくらいの言い争いもしてきた。そうやって前に進んできた。
大会1ヵ月前の穏やかなイタリアでの日々。「そういえば、最近、ケンカはちょっと落ち着いてきています」。そう言うと親子はそっくりな笑顔を浮かべつつ、「ここからは私の精神状態によって、だと思います」と田中ははにかんだ。この父子でしか描けないストーリーだ。
今季、「自分の成長を感じるっていうところにはまだ来られていない」。それでも挑戦を続けてきた。「あきらめるよりは、踏みとどまろうとする自分のほうがやっぱり好き」。成長したと思ったら跳ね返され、挫折し、また強くなって世界の頂点に挑戦する。たとえ一縷の望みだったとしても信じて。
2種目出場する田中は、すべて走り切れば5日間、合計14500mを走ることとなる。5000mは好調なだけに、「先に行われる1500mで自分の感触をつかむのが大事だと思っています」。大会初日の1500m予選がプロローグだ。
愛書家としても知られる田中が最近読み進めているのは『日本神話』や日本古代史を題材にしたもの。グランドスラム・トラックにただ1人の日本人として参加したことで、自分が『日本人』であることを痛烈に意識したのも、そうした題材に興味を持つきっかけだった。これまで以上に『日本代表』を意識して自国開催の世界選手権を迎えることになる。
十数年前、身長153cmの小さな日本人が1500mで3分台に入って五輪で入賞し、5000mで14分30秒を切るなど、世界の誰が想像しただろうか。田中が支えてくれる人たちと綴ってきた“おとぎ話”のような物語。一つの区切りとなる東京での熱走は、後世まで語り継がれる。
文/向永拓史
■東京世界選手権
女子1500m予選13日午後、準決勝14日午後、決勝16日午後
女子5000m予選18日午後、決勝20日午後
父・健智さんと道を切り開いてきた田中[/caption]
大会1ヵ月前の穏やかなイタリアでの日々。「そういえば、最近、ケンカはちょっと落ち着いてきています」。そう言うと親子はそっくりな笑顔を浮かべつつ、「ここからは私の精神状態によって、だと思います」と田中ははにかんだ。この父子でしか描けないストーリーだ。
今季、「自分の成長を感じるっていうところにはまだ来られていない」。それでも挑戦を続けてきた。「あきらめるよりは、踏みとどまろうとする自分のほうがやっぱり好き」。成長したと思ったら跳ね返され、挫折し、また強くなって世界の頂点に挑戦する。たとえ一縷の望みだったとしても信じて。
2種目出場する田中は、すべて走り切れば5日間、合計14500mを走ることとなる。5000mは好調なだけに、「先に行われる1500mで自分の感触をつかむのが大事だと思っています」。大会初日の1500m予選がプロローグだ。
愛書家としても知られる田中が最近読み進めているのは『日本神話』や日本古代史を題材にしたもの。グランドスラム・トラックにただ1人の日本人として参加したことで、自分が『日本人』であることを痛烈に意識したのも、そうした題材に興味を持つきっかけだった。これまで以上に『日本代表』を意識して自国開催の世界選手権を迎えることになる。
十数年前、身長153cmの小さな日本人が1500mで3分台に入って五輪で入賞し、5000mで14分30秒を切るなど、世界の誰が想像しただろうか。田中が支えてくれる人たちと綴ってきた“おとぎ話”のような物語。一つの区切りとなる東京での熱走は、後世まで語り継がれる。
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