2023.04.27
休養を経て「走る」楽しさを再認識
そう思えるようになったのは、競技から離れる時間を取ったことが何よりも大きい。
昨年の日本選手権。100mで6位に敗れた桐生は、その後、休養に入った。4×100mリレーも含め、オレゴン世界選手権に出場できるチャンスはあったが、それも放棄。プロ選手として収入がなくなるリスクを承知の上で、それでも、好きだった走ることが「楽しくない」と感じてしまう自分には、必要なことだと決断した。
オフの間は「まったく陸上のことを外して、家族旅行に出かけるなどしてリフレッシュ期間に充てていました」。家族や友人とともに過ごした時間は、桐生の心の疲れを確実に取り除いでくれた。
桐生は、この休養期間の中で確かな力が戻ってきたこと、「走りたい」という気持ちが芽生えてきたと感じた。それは、目の前の練習、目の前の試合に純粋に挑んだ中学生や高校生の時のような感情に近い。
その気持ちを大切にするために、再始動後は練習環境も変えている。これまで拠点にしていた東洋大を離れ、一人でのトレーニングを開始した。
「今までは環境が整い過ぎていたところもありました。グラウンドに行けば誰かがいて、ウエイトトレーニング場も、室内走路も、練習するための設備は全部整っている。すべて、アスリートにとってありがたいことですけど、何かを変えないとこれまでとまた同じようになってしまうと思ったんです」
母校から離れ、小島茂之氏に専任コーチを変更。長年、心身のサポートを受ける後藤勤トレーナーには継続で見てもらう、新たな「チーム桐生」を組み、冬季練習を積んできた。
基本は自分でトレーニングができる環境を探し、自分自身と対話をしながら一人で身体を作り上げる。その中で、年始に恒例の洛南高の合宿に参加。そこで高校生たちととことん走ったことで、走ることの楽しさを再認識した。「走りたい」という気持ちがどんどん湧き、トレーニングにも熱が入る。
一つ問題があるとすれば、オールウェザートラックでスパイクを履いた練習をする環境がなかったこと。3月の豪州から積極的にレースをこなしてきたのは、スパイクでのスピード練習を兼ねてのことだった。同時に、昨年6月以来レースに出ていないことから、「試合勘も戻す」という意図もある。
織田記念でいよいよ集中モードへ
「今はとにかく走りたい、試合がしたい」 そんな言葉とともに、桐生祥秀(日本生命)がトラックに帰ってきた。 すでに豪州で昨年6月の日本選手権以来となるレースを2試合こなし、東京・国立競技場で行われた4月22日のTOKYO Spring Challenge 2023の200mを20秒88(-0.7)で制して国内復帰戦を飾った。次戦は、4月29日の織田記念。100mのスタートラインに立つ。 その名が陸上界にとどまらず日本中の誰もが知るアスリートとなったのが、ちょうど10年前の織田記念だった。 京都・洛南高の3年生だった桐生は、その予選で「10秒01」を叩き出した。当時の日本記録は、伊東浩司が1998年アジア大会準決勝で出した10秒00。日本人にとって、「9秒」の壁はまだまだ分厚い時代である。 だからこそ余計に注目を集め、レースに出るたびに「日本人初の9秒台」を期待された。同じ年の9月に東京五輪開催が決まり、その期待に拍車がかかって重圧を背負い続けることになるのだが、桐生の競技人生におけるターニングポイントが織田記念だったことは間違いない。 そして10年後、桐生は織田記念で本格的なリスタートを迎え、いよいよ「集中モード」に入っていく。 ここまでの3試合は、冬季練習からの移行の段階であり、トレーニングの一環という意味合いが強かった。100mも豪州で2試合こなしているが、いずれもスタート、レースプランなど、さまざまな試みをしている。 だが、国内ではそうはいかない。本来は、国内初戦は4月16日の出雲陸上で迎える予定だったが、左膝に違和感が出たために直前で回避。ただ、桐生の走りを見るために訪れたファンは確実にいるし、国内復帰レースを報じるべく集まったメディアも多い。 「戻ってきてほしという声をもらっていること、そして実際にファンの前に戻ってこられることは僕自身もうれしい。でも、遅いまま戻っても、おもしろくないですよね」 復帰する以上、周囲から「速い桐生祥秀」を期待されることはわかっている。だからこそ、「速い桐生として戻ってきたい」と言し、さらに言葉を続ける。 「速くなる過程を一緒に見てもらいたい」休養を経て「走る」楽しさを再認識
そう思えるようになったのは、競技から離れる時間を取ったことが何よりも大きい。 昨年の日本選手権。100mで6位に敗れた桐生は、その後、休養に入った。4×100mリレーも含め、オレゴン世界選手権に出場できるチャンスはあったが、それも放棄。プロ選手として収入がなくなるリスクを承知の上で、それでも、好きだった走ることが「楽しくない」と感じてしまう自分には、必要なことだと決断した。 オフの間は「まったく陸上のことを外して、家族旅行に出かけるなどしてリフレッシュ期間に充てていました」。家族や友人とともに過ごした時間は、桐生の心の疲れを確実に取り除いでくれた。 桐生は、この休養期間の中で確かな力が戻ってきたこと、「走りたい」という気持ちが芽生えてきたと感じた。それは、目の前の練習、目の前の試合に純粋に挑んだ中学生や高校生の時のような感情に近い。 その気持ちを大切にするために、再始動後は練習環境も変えている。これまで拠点にしていた東洋大を離れ、一人でのトレーニングを開始した。 「今までは環境が整い過ぎていたところもありました。グラウンドに行けば誰かがいて、ウエイトトレーニング場も、室内走路も、練習するための設備は全部整っている。すべて、アスリートにとってありがたいことですけど、何かを変えないとこれまでとまた同じようになってしまうと思ったんです」 母校から離れ、小島茂之氏に専任コーチを変更。長年、心身のサポートを受ける後藤勤トレーナーには継続で見てもらう、新たな「チーム桐生」を組み、冬季練習を積んできた。 基本は自分でトレーニングができる環境を探し、自分自身と対話をしながら一人で身体を作り上げる。その中で、年始に恒例の洛南高の合宿に参加。そこで高校生たちととことん走ったことで、走ることの楽しさを再認識した。「走りたい」という気持ちがどんどん湧き、トレーニングにも熱が入る。 一つ問題があるとすれば、オールウェザートラックでスパイクを履いた練習をする環境がなかったこと。3月の豪州から積極的にレースをこなしてきたのは、スパイクでのスピード練習を兼ねてのことだった。同時に、昨年6月以来レースに出ていないことから、「試合勘も戻す」という意図もある。 [caption id="attachment_100082" align="alignnone" width="800"]
「日本新を出して日本の陸上を盛り上げたい!」
そんな流れもあって、シーズンの組み立て方は自然と変わっていった。今までは、3月からトップギアに入れ、その勢いのままシーズンを進んでいくかたち。「3月から『桐生、速いぞ』と見せつけないと不安だった」と明かすが、この流れで世界大会が控える夏にピークが合わないことが、しばしばあったことは否めない。 だが、「休んでいる時に感じた『忘れられるかも』という不安以上のものなんてない。だから、最初からタイムを出さないと、とは思わなくなりました」。だったら、やり方を変えてみよう。ちょうど、「高校生のインターハイ路線みたいに、支部予選、京都府大会、地区大会、全国と、夏に向かって仕上げるっていう感じを、大人になってやっていくというイメージです」。ピークは夏。そこで狙うのは「記録」だ。 「陸上は記録を出すと、盛り上がりますよね。僕は自己ベスト(9秒98)が5年止まっているので、記録を出すことでより一層盛り上げたい。桐生が戻ってきたぞ、復活したぞということで、少しでも盛り上がればいいし、何よりも僕自身が速く走りたいんです」 日本を背負う重圧に耐えてリオ五輪4×100mリレーで銀メダルを手にし、「日本人初の9秒台」の期待に応えて2017年に9秒98の日本新記録を樹立した。東京五輪では個人種目の出場を逃し、リレーは決勝で途中棄権と「あの悔しさが100%晴れることはない」ほどの悔しさを味わった。頂点も、どん底も経験し、桐生はそれでも「走ることは楽しい」と思っている。 今年のブダペスト世界選手権、来年のパリ五輪はもちろん、頭の中にはある。特にパリ五輪は、「東京五輪に出られなかった100mに出たいし、リレーではリオのようなレースをもう1度したい」。ただ、今は「自分に集中して、自分自身を信じて走りたい」。 目指すは、互いにライバルと認め合う山縣亮太(セイコー)の日本記録「9秒95」。それが成し遂げられれば、日本の陸上界は絶対に盛り上がる。 [caption id="attachment_100085" align="alignnone" width="800"]
など、ファンサービスをした桐生(TOKYO Spring Challenge 2023)[/caption] きりゅう・よしひで/1995年12月15日生まれ。滋賀県出身。彦根南中→京都・洛南高→東洋大→日本生命。自己ベストは100m9秒98(日本歴代3位タイ)、200m20秒39 文/小川雅生
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