2025.06.03

女子1500m、5000m日本記録保持者で、すでに9月の東京世界選手権の参加標準記録を2種目で切っている田中希実(New Balance)が海外転戦を重ねている。
世界トップ選手と同じように、ハイレベルなレースをこなしている田中は、5月に一時帰国し、セイコーゴールデングランプリにも出場。そのタイミングで国内合宿中の田中にここまでのシーズンについて話を聞いた。
新設の高額賞金シリーズ大会に日本からただ1人参戦
まさに“道なき道”を突き進んでいる。
「7月の日本選手権までに、かなり多くのレースが入っています。前例がないことをしているので、不安が大きいんです。9月に向けて、というよりは、目の前のレース一つひとつに対しての不安です」
田中の屋外シーズンは4月4日、6日にジャマイカのキングストンで行われた新設シリーズ大会「グランドスラム・トラック」第1戦からスタート。
この大会は、男子200m、400mの元世界記録保持者であるマイケル・ジョンソン氏(米国)が陸上競技の発展を思って創設したもので、各種目で限られたトップ選手8人だけを招待し、3日間で1人2種目に出場。キングストンの後、米国のマイアミ、フィラデルフィア、ロサンゼルスと6月下旬まで4大会を転戦し、賞金総額はなんと20億円というビッグイベントだ。そこに、田中は日本からただ1人参戦している。
初戦のキングストンでは3000mを8分49秒10、5000mは15分31秒93で、いずれも8人中7位。4月12日の熊本・金栗記念(1500m4分11秒31の2位)を挟んで再び渡米。4月26日のペン・リレー(フィラデルフィア)では1500mで4分05秒44の3位と好走したが、5月のグランドスラム・トラック第2戦(米国・マイアミ)は上位選手から大きく後れて5000m7位(15分06秒78)、3000m8位(8分44秒51)と苦しいものとなる。

「グランドスラム・トラック」第2戦マイアミ大会でのウォーミングアップ風景。30度近い気温で体調管理が難しかった 写真提供:ATHTRACK AC
ペースメーカーもいない“生きた”レースは「自分の居場所が見つけにくい」
「ペン・リレーはみんながペースメーカーについて行って、私もそこにぶら下がる、一番合ったレースのスタイルで流れてくれたお陰でタイムも出ました。でも、グランドスラム・トラックはペースメーカーもいない“生きた”レースが難しくて……」
世界最高峰シリーズのダイヤモンドリーグ(DL)にも多く出場している田中だが、DLはペースメーカーや電子ペーサーの設定もあり、「勝負もしつつ、タイムも狙える大会」。一方のグランドスラム・トラックは賞金が懸かった8人だけのサバイバルレース。「自分の居場所が見つけにくい状態」になるのだという。
「DLであれば順位が取れなくても、粘っていれば前の選手を拾っていって、自己ベストや日本記録を狙えるというのがあります。だからこそ、最後まで集団から離れないように、と思えるんです。ただ、グランドスラム・トラックは順位だけが大事。パッカリと(集団が)分かれてしまうんです。前の集団につくには実力が足りないし、中間くらいの力はあるのかもしれませんが、自分でそこに持っていける自信や力はありません」
米国での2戦目は「タイム差を少しは粘れて、最小限で食い止められたのですが、力不足」を痛感。「ペン・リレーで良い状態が作れていると思った中で勝負にならなかった挫折感があって、レースの後は陸上を続けるかどうかも悩んでしまいました」と明かす。
「本気で挑んでいるからこそ、常に挫折を味わう場になる」
タフなレースが続き、「身体が整っていないから仕方ないのは理解しているのですが、世間に向けては“結果”が求められる。その精神的なきつさはあります」と吐露。「じゃあ、出なければいい、と思われるかもしれませが、出ることで次につながることがあると思っています。あきらめるより、踏みとどまる自分が好きなので、ちゃんと“自分が好きな自分”でいられます」とも言う。
苦しみながらも、チャレンジを続けるのは世界の「トップ・オブ・トップ」を目指しているから。「本気で挑んでいるからこそ、常に挫折を味わう場になってしまう」と田中は理解している。
「大事な試合に、つじつまを合わせて結果を出すというようなところは目指していないんです。シーズン通して本当に世界水準で走れる選手でないと、頂点の大会でも勝負ができません。そうした選手になるためには、根本から変えないといけない。身体の構造、考え方、走りの感覚………。今までと違うことに取り組んでいます。苦しいですが、挑戦という意味では、純粋に向かっている大会がずっと続いているのは充実していますし、仲間にも恵まれています」
プロアスリートとして大事なのは「ケガをしないこと」、体調管理にも注力
父・健智コーチをはじめ、フィジカル&メンタル両面のサポートとして新たにコーチを招き入れた。田中は23年に実業団チームを離れてプロとして活動。それまで以上にスポンサー各社の支えを感じている。
プロアスリートとして過ごす中で、最も大事にしているのは「ケガをしないこと」だそうで、体調管理にも注力している。スポンサーにもそうした企業が並び、例えば4年前からサポートを受ける大正製薬の『リポビタン Sports』シリーズの各製品は海外遠征にも持参。ケニア合宿では現地のランナーが興味津々だったという。
「5月のマイアミは30度近く気温が上がってすごく暑かったので、アイススラリーなど、リポビタンの製品を一通り準備して行ったので支えになりました」と言う。

熱中症対策としてアイススラリーを積極活用している田中
「ケニア人選手のような“宙に浮いている”走りをしてみたい」
5月18日のセイコーゴールデングランプリ(東京・国立競技場)では3000mでペースメーカーを務めたあと、約1時間半後に1500mに出場するという異例の新たなチャレンジ。4分06秒08の力走で2位に入っても「ペースメーカーをしたかどうかは関係なく、地力で負けました」と悔しがったが、「どんな展開でも気持ちを切らさないことはできました」。
その後は7月上旬に控える日本選手権まで再び海外遠征となる。
「地力は上がっている感じはしますが、新しい感覚で走ろうとしているので、比べられない部分もあって……。自分の良さを出したほうがいいかもしれないという葛藤はありますし、荒唐無稽なことをしているかもしれませんが、ケニア人選手のような“宙に浮いている”走りをしてみたいんです」
誰もやったことのない挑戦。正解かどうかもわからない“道なき道”を突き進む。その先に、見たことのない景色が待っていると信じて――。

海外転戦はタフな日々の連続だが、すばらしい成果につながることを信じて突き進んでいる 写真提供:ATHTRACK AC
新設の高額賞金シリーズ大会に日本からただ1人参戦
まさに“道なき道”を突き進んでいる。 「7月の日本選手権までに、かなり多くのレースが入っています。前例がないことをしているので、不安が大きいんです。9月に向けて、というよりは、目の前のレース一つひとつに対しての不安です」 田中の屋外シーズンは4月4日、6日にジャマイカのキングストンで行われた新設シリーズ大会「グランドスラム・トラック」第1戦からスタート。 この大会は、男子200m、400mの元世界記録保持者であるマイケル・ジョンソン氏(米国)が陸上競技の発展を思って創設したもので、各種目で限られたトップ選手8人だけを招待し、3日間で1人2種目に出場。キングストンの後、米国のマイアミ、フィラデルフィア、ロサンゼルスと6月下旬まで4大会を転戦し、賞金総額はなんと20億円というビッグイベントだ。そこに、田中は日本からただ1人参戦している。 初戦のキングストンでは3000mを8分49秒10、5000mは15分31秒93で、いずれも8人中7位。4月12日の熊本・金栗記念(1500m4分11秒31の2位)を挟んで再び渡米。4月26日のペン・リレー(フィラデルフィア)では1500mで4分05秒44の3位と好走したが、5月のグランドスラム・トラック第2戦(米国・マイアミ)は上位選手から大きく後れて5000m7位(15分06秒78)、3000m8位(8分44秒51)と苦しいものとなる。 [caption id="attachment_170776" align="alignnone" width="800"]
ペースメーカーもいない“生きた”レースは「自分の居場所が見つけにくい」
「ペン・リレーはみんながペースメーカーについて行って、私もそこにぶら下がる、一番合ったレースのスタイルで流れてくれたお陰でタイムも出ました。でも、グランドスラム・トラックはペースメーカーもいない“生きた”レースが難しくて……」 世界最高峰シリーズのダイヤモンドリーグ(DL)にも多く出場している田中だが、DLはペースメーカーや電子ペーサーの設定もあり、「勝負もしつつ、タイムも狙える大会」。一方のグランドスラム・トラックは賞金が懸かった8人だけのサバイバルレース。「自分の居場所が見つけにくい状態」になるのだという。 「DLであれば順位が取れなくても、粘っていれば前の選手を拾っていって、自己ベストや日本記録を狙えるというのがあります。だからこそ、最後まで集団から離れないように、と思えるんです。ただ、グランドスラム・トラックは順位だけが大事。パッカリと(集団が)分かれてしまうんです。前の集団につくには実力が足りないし、中間くらいの力はあるのかもしれませんが、自分でそこに持っていける自信や力はありません」 米国での2戦目は「タイム差を少しは粘れて、最小限で食い止められたのですが、力不足」を痛感。「ペン・リレーで良い状態が作れていると思った中で勝負にならなかった挫折感があって、レースの後は陸上を続けるかどうかも悩んでしまいました」と明かす。「本気で挑んでいるからこそ、常に挫折を味わう場になる」
タフなレースが続き、「身体が整っていないから仕方ないのは理解しているのですが、世間に向けては“結果”が求められる。その精神的なきつさはあります」と吐露。「じゃあ、出なければいい、と思われるかもしれませが、出ることで次につながることがあると思っています。あきらめるより、踏みとどまる自分が好きなので、ちゃんと“自分が好きな自分”でいられます」とも言う。 苦しみながらも、チャレンジを続けるのは世界の「トップ・オブ・トップ」を目指しているから。「本気で挑んでいるからこそ、常に挫折を味わう場になってしまう」と田中は理解している。 「大事な試合に、つじつまを合わせて結果を出すというようなところは目指していないんです。シーズン通して本当に世界水準で走れる選手でないと、頂点の大会でも勝負ができません。そうした選手になるためには、根本から変えないといけない。身体の構造、考え方、走りの感覚………。今までと違うことに取り組んでいます。苦しいですが、挑戦という意味では、純粋に向かっている大会がずっと続いているのは充実していますし、仲間にも恵まれています」プロアスリートとして大事なのは「ケガをしないこと」、体調管理にも注力
父・健智コーチをはじめ、フィジカル&メンタル両面のサポートとして新たにコーチを招き入れた。田中は23年に実業団チームを離れてプロとして活動。それまで以上にスポンサー各社の支えを感じている。 プロアスリートとして過ごす中で、最も大事にしているのは「ケガをしないこと」だそうで、体調管理にも注力している。スポンサーにもそうした企業が並び、例えば4年前からサポートを受ける大正製薬の『リポビタン Sports』シリーズの各製品は海外遠征にも持参。ケニア合宿では現地のランナーが興味津々だったという。 「5月のマイアミは30度近く気温が上がってすごく暑かったので、アイススラリーなど、リポビタンの製品を一通り準備して行ったので支えになりました」と言う。 [caption id="attachment_170778" align="alignnone" width="800"]
「ケニア人選手のような“宙に浮いている”走りをしてみたい」
5月18日のセイコーゴールデングランプリ(東京・国立競技場)では3000mでペースメーカーを務めたあと、約1時間半後に1500mに出場するという異例の新たなチャレンジ。4分06秒08の力走で2位に入っても「ペースメーカーをしたかどうかは関係なく、地力で負けました」と悔しがったが、「どんな展開でも気持ちを切らさないことはできました」。 その後は7月上旬に控える日本選手権まで再び海外遠征となる。 「地力は上がっている感じはしますが、新しい感覚で走ろうとしているので、比べられない部分もあって……。自分の良さを出したほうがいいかもしれないという葛藤はありますし、荒唐無稽なことをしているかもしれませんが、ケニア人選手のような“宙に浮いている”走りをしてみたいんです」 誰もやったことのない挑戦。正解かどうかもわからない“道なき道”を突き進む。その先に、見たことのない景色が待っていると信じて――。 [caption id="attachment_170779" align="alignnone" width="800"]
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