2022.12.28
廣中との激闘に思い出した光景
元々1500mを専門とするスピード型で、昨年は日本選手権1500mで6位。「苦手意識があった」という5000mに本格挑戦し、「ラストの切れ味は自信があるので、持久力をしっかりつけようと」と取り組んだ。
その成果から、10月の全日本大学女子駅伝では1区区間賞で流れを作り、富士山女子駅伝でも4区区間賞で独走態勢を築いて優勝をたぐり寄せた。
今季は「スピードとスタミナが噛み合ってきた」と山本。1km3分ペースが限界だったところから、「今は3分切りでも楽にいけるようになりました」。普段は「レースペースを想定して練習する」タイプ。目標タイムが上がれば、自然と設定タイムも「どんどん上がっていきました」。練習が積め、記録にも表れたことで、「自信を持って走れるようになりました。アスリートとして集中力もついてきたと思います」と、精神的にも成長できている。
そして、世間に大きなインパクトを与えたのが10月の栃木国体5000m。日本代表の廣中璃梨花(日本郵政グループ)に真っ向から挑み、日本人学生最高記録である15分16秒71で勝ちきった。
「まったく想像していませんでした」。国体では同学年ながら世界を舞台に活躍する廣中に「どこまでついていけるか」がテーマ。タイムについてはまったく考えていなかったという。飛び出した廣中に食らいつく山本。その脳裏にはふと、ある光景が思い浮かんだ。
「これが佑美の見ていた景色なのかな」
4年前の12月、京都。記念大会枠で東海大会を勝ち抜いた光ヶ丘女子高。当時、1500mを得意としていた山本は4km区間の2区で仲間を待つ。廣中が爆走するなか、それにただ1人食らいついたのが同級生の藤中佑美だった。
「ずっと親友ですが、高校時代はライバルだけと手が届かない存在。佑美がいたからもっと頑張ろうと思えた高校3年間でした」。普段はおっとりしているという藤中が見せた強気な走り。「2区で待っていて、あの走りに感動しました」。
藤中と山本はともに名城大に進んだ。藤中は途中で退部したが、今でも仲良しでゼミも同じ。一度陸上部を離れた時も話を聞いてくれたという。
「何か縁があるのかな」。リベンジなどという気持ちは微塵もなかった。「テレビで見ていた廣中さんの走りを真後ろで見るのが不思議な感じで、夢みたいにフワフワしていました。あっという間でした」。同じ年の手が届かなかった存在の2人に、少しだけ追いついた。

山本は名城大の中心選手として活躍してきた
全日本大学女子駅伝では3区を走って史上初となる6連覇に大きく貢献。卒業後は荒井とともに積水化学で競技を続ける。
「ワクワクしています。積み上げてきたことが無駄にならないようにしたいです。すぐに、とは言えませんが、いつか日本代表になりたい。廣中さんと一緒に代表になれたらいいですね。日本代表になってから、陸上人生を終えたいです」
その前に、大きな仕事が待つ。目標にしてきた大会でもあり、離れるきっかけになった大会でもあり、そして、今年の飛躍を感じさせる快走を見せた大会。富士山女子駅伝だ。
「名城大として最後の駅伝。一番良い記録を出して、気持ち良く終わりたいです」。これまで3年間4区を走ってきたが「もう少し長い距離を走らないといけない」。役割を自覚している。
「毎日、あと何日って意識していますよ。カウントダウンが始まってドキドキです」
苦しい思いをしていた2年前とは違う。支えてくれた人たちの思いを胸に、心の底から楽しいと思える走りを刻んで、山本有真は名城大から飛び立つ。
文/向永拓史
母の分まで走りたい
飛躍――。女子学生長距離でこの言葉が最も似合うのが山本有真(名城大4)だろう。「悔しい大会もありましたが、飛躍と言ってくださるように、すごく充実していました」。 シーズン当初に立てた目標は5000mで15分25秒。それを「全日本大学女子駅伝までに出せれば」と考えていたが、5月のゴールデンゲームズinのべおかで早々にクリアする15分23秒30を叩き出す。「もっと行けるかな」と上方修正したという。 今年10月には5000mで日本人学生最高記録となる15分16秒71をマーク。トラックでも大きな注目を集めるランナーへと成長を遂げた。 そんな山本だが、実は一度シューズを脱いでいる。大学入学後、ケガが耐えなかった山本。2年目の富士山女子駅伝に向けて「走りたいけど脚が痛くて、ポイント練習だけ我慢してやるほど、ギリギリの生活でした」。それが実って富士山女子駅伝の4区区間賞(区間タイ)を獲得。だが、心は限界だった。 その後、帰省して成人式に出ると、同い年のみんながきらめいて見えた。「友達は夜まで遊んだり、アルバイトをしてオシャレをしたり。それがすごくうらやましかったんです」。痛みに耐えて、目標は達成した。当時は「日本代表とか、世界大会とか考えてもいなかった」。駅伝を走れて、満足のいく結果も出た。「それ以上はいらない」。2021年1月に米田勝朗監督に「辞めたい」と伝えてチームを離れた。 「他のスポーツもせず、何も動きませんでした」。友達と出かけ、遊びに行く。楽しいことがたくさんあったし、「もう戻らないだろう」と思いつつ、心のどこかで「モヤモヤ」は消えなかった。 ある日。10歳離れた東京に住む姉と普段通りの何気ない話をしていた時に、姉がふと亡き母の話を始めた。母がこの世を去ったのは山本が3歳のとき。脊髄の病気だった。「私は記憶がなくて残された手紙でしか知らないんです。でも、10歳違いの姉は母のことを覚えているので、きっとつらい経験だったと思う」。だから、あえて話題を遠ざけていた。 姉は、母がどんな人だったのかをたくさん教えてくれた。優しかった。スポーツが大好きだった。姉に「陸上に戻ってほしい」というような他意はなかったのだろう。ただ、山本の心の「モヤモヤ」は晴れていく。 「自分を健康的な身体に生んでくれた母のために走りたい」 母のぶんまで目一杯、スポーツを楽しみたい。姉に「戻りたい」と話した。 離れて2ヵ月ほど。すんなり戻れる状況ではない。ただ、チームを離れてからも、小林成美や荒井優奈ら同期は毎日のように電話やメッセージをくれていた。「忘れずにいてくれた」。迷っていた心を最後に突き動かしたのは荒井。一緒に食事に出かけると泣きながら「一緒にいないとさみしいよ」と言ってくれた。山本は再びシューズを履いた。 もちろん、大学駅伝連覇を続ける強豪チームにあって、自分のわがままで離れたことは厳しく注意された。2ヵ月ブランクがあり、チームは合宿中。「5分走るのもきつかったです」。どっちも覚悟の上で、山本は戻った。 米田監督は「戻ったからには日本代表を目指せ」と伝えたという。「5分を走るのもやっとな状況なのに。その時は自信もなかったですが、迷惑をかけた分、覚悟を決めて日本代表を目指すつもりでやるしかない。頑張ろうと思いました」。 「言葉で表すのは難しい」と言うものの、「走る」ことへの価値観は「大きく変わりました」。走ることが楽しい。遊ぶことがダメとか、部活をしていることがすごいとか、そういうことではない。 ただ、離れてみてわかった。走ることの本当の楽しさが。「駅伝部に20人くらいいて、日本一を目指している。こんな生活ができるのは限られた人だけ」。あの日以来、一度も足を止めようと思ったことはない。「なんなら、ずっと走っていたいですよ」と笑った。 次ページ 廣中との激闘に思い出した光景廣中との激闘に思い出した光景
元々1500mを専門とするスピード型で、昨年は日本選手権1500mで6位。「苦手意識があった」という5000mに本格挑戦し、「ラストの切れ味は自信があるので、持久力をしっかりつけようと」と取り組んだ。 その成果から、10月の全日本大学女子駅伝では1区区間賞で流れを作り、富士山女子駅伝でも4区区間賞で独走態勢を築いて優勝をたぐり寄せた。 今季は「スピードとスタミナが噛み合ってきた」と山本。1km3分ペースが限界だったところから、「今は3分切りでも楽にいけるようになりました」。普段は「レースペースを想定して練習する」タイプ。目標タイムが上がれば、自然と設定タイムも「どんどん上がっていきました」。練習が積め、記録にも表れたことで、「自信を持って走れるようになりました。アスリートとして集中力もついてきたと思います」と、精神的にも成長できている。 そして、世間に大きなインパクトを与えたのが10月の栃木国体5000m。日本代表の廣中璃梨花(日本郵政グループ)に真っ向から挑み、日本人学生最高記録である15分16秒71で勝ちきった。 「まったく想像していませんでした」。国体では同学年ながら世界を舞台に活躍する廣中に「どこまでついていけるか」がテーマ。タイムについてはまったく考えていなかったという。飛び出した廣中に食らいつく山本。その脳裏にはふと、ある光景が思い浮かんだ。 「これが佑美の見ていた景色なのかな」 4年前の12月、京都。記念大会枠で東海大会を勝ち抜いた光ヶ丘女子高。当時、1500mを得意としていた山本は4km区間の2区で仲間を待つ。廣中が爆走するなか、それにただ1人食らいついたのが同級生の藤中佑美だった。 「ずっと親友ですが、高校時代はライバルだけと手が届かない存在。佑美がいたからもっと頑張ろうと思えた高校3年間でした」。普段はおっとりしているという藤中が見せた強気な走り。「2区で待っていて、あの走りに感動しました」。 藤中と山本はともに名城大に進んだ。藤中は途中で退部したが、今でも仲良しでゼミも同じ。一度陸上部を離れた時も話を聞いてくれたという。 「何か縁があるのかな」。リベンジなどという気持ちは微塵もなかった。「テレビで見ていた廣中さんの走りを真後ろで見るのが不思議な感じで、夢みたいにフワフワしていました。あっという間でした」。同じ年の手が届かなかった存在の2人に、少しだけ追いついた。 [caption id="attachment_89925" align="alignnone" width="800"]

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