2021.07.14
男子100mで東京五輪の代表に決まった多田修平(住友電工)は、大会後の記者会見で「日本選手権よりオリンピックのほうが緊張しないと思います」と言ってのけた。それほどのプレッシャーに包まれた、今年の最速決戦。大会2日目に決勝が行われた男子100mは、6月6日の布勢スプリントで9秒95の日本記録を作った山縣亮太(セイコー)をはじめ、4人の9秒台ランナーがひしめき、10秒05の標準記録突破者は多田を含めて5人。そこから3人の代表が決まる史上最高レベルの一発勝負となった。
かつてない激闘を制したのが、今季好調の多田。スタートで他を圧倒すると、そのまま誰も寄せつけずに10秒15(+0.2)で完勝した。3年連続5位からの初優勝に、多田の目からは思わずうれし涙がこぼれた。
大阪・東大阪市出身で大阪桐蔭高から関学大へ。高校3年のインターハイ100mで6位に入ったのが、全国大会での初めての入賞だった。そんなスプリンターが大学3年だった17年に、追い風参考記録ながら9秒94を出すなど大きな飛躍を遂げ、同年のロンドン世界選手権から代表デビュー。しかし、順風満帆とはいかず、18 ~ 19年は大きなエアポケットに陥る。そこから這い上がり、日本選手権初日の6月24日に25歳の誕生日を迎えた多田に、今最も知りたい4つの質問をぶつけてみた。
構成/小森貞子
撮影/弓庭保夫
①多田流「ロケットスタート」はどのように生まれたのか?
──多田選手と言えば、あの低い姿勢から真っ先に飛び出すスタートダッシュが持ち味ですが、いつからやるようになったのですか。
多田 僕は中学1年から陸上を始めたのですが、ずっとあの姿勢です。もっと言えば、小学校の運動会でもそうでした。「変わった走り方やな」と何回も言われていたので(笑)。もちろん、今のように低く、長くは前傾していなかったですけど。
── 衝撃的だったのが、2017年6月の日本学生個人選手権(準決勝)でマークした9秒94(+4. 5)です。一躍「多田修平」の名を日本中に広めました。
多田 あの時も、意識するところは全然変えていないですね。低いスタートで、力を使わずに、重心移動だけで出ているイメージです。
──その年、前年の10秒25から一気に10秒07まで自己記録を引き上げましたけど、18~ 19年あたりは更新できず、悩みました。
多田 「OSAKA夢プログラム」の支援で、その前年に続いて冬季に2度アメリカへ合宿に行く機会を得て、身体作りなど学ぶことも多かったのですが、僕のスタートについても指摘され、言われた通りにやってみたんです。でも、自分の中ではしっくりいかなかった。脚が後ろに流れて、その脚を前に持ってくるのに時間がかかる。言われたのは「1歩1歩力強く」というイメージでしたね。
その走りが癖になってしまって、元に戻すのにすごく時間がかかりました。自分の武器はスタートから中盤にかけての爆発力なのに、それがなくなって、全体を通していい走りができなくなりました。思い切り走っても、タイムがついて来ない。2018年あたりは武器を持たずに、素手で戦っているようなシーズンでした。
── 当時、悩み、苦しんだ原因はそこですね。
多田 一番悩んだのはそこです。全部力ずくで行ってしまったので、その分体力が減って後半も伸びず、スタートからフィニッシュまで最悪のパターンに陥りました。それを戻すのにどうしたらいいのか1人で考えたんですけど、なかなか答えが見つからず、負の連鎖でした。
そこで、OSAKA夢プログラムで大学1~2年の頃からお世話になっている佐藤真太郎コーチ(大東大男女短距離ブロック監督)に相談し、佐藤コーチの客観的な意見と僕の感覚をいろいろすり合わせ、マッチさせたら、時間はかかりましたけど、いい方向へ進むようになりました。
初めて日本選手権王者の称号を手にした多田(中央)。左は2位のデーデー・ブルーノ(東海大)、右は3位だった日本記録保持者の山縣亮太(セイコー)
──2019年の春、大学を卒業してから拠点を佐藤コーチのいる埼玉に移したのも、そういう経緯からですね。
多田 そうです。2018年のシーズンを終えてから「僕はスタートがダメだ」と気づいて、前のスタートに戻そうと取り組み始めました。でも、アメリカで教わったことが身体に染みついていて、その癖を直すのに時間がかかりましたね。僕は2017年に「ポッと出」の選手のまま向こうへ修行に行った感じで、何を教わるのかも決めずに行っていました。自分の経験不足が生んだ失敗だったと思います。
──それにしても、日本選手権の決勝レースは、前傾姿勢が長かったですね。
多田 意識してやっているわけではないんですけどね。頭を上げる位置は、感覚です。練習の成果で、前傾を作りやすくなっているのかもしれません。頭を上げたら「あ、ゴールか」って(笑)。それが最近の感覚です。ずっと前傾でいいぐらいに「すごく走りやすいな」と、僕自身感じています。トップスピードも前傾区間で出ています。起き上がると、僕の走りはバネで上へ跳んじゃって、スカスカしてしまいます。もうちょっと(前傾区間を)長くすれば、もう少しタイムが伸びるかな。意識的に長くするのはまずいですけど。
②後半の落ち込みをどのように克服したのか?
──昨年の日本選手権は70m付近までそのロケットスタートで先行しながら、桐生祥秀選手(日本生命)らに逆転を許し、5位に終わりました。多田選手は序盤が良くても終盤が課題でしたが、そこはどう改善されたのでしょうか。
この続きは2021年7月14日発売の『月刊陸上競技8月号』をご覧ください。
定期購読はこちらから
①多田流「ロケットスタート」はどのように生まれたのか?
──多田選手と言えば、あの低い姿勢から真っ先に飛び出すスタートダッシュが持ち味ですが、いつからやるようになったのですか。 多田 僕は中学1年から陸上を始めたのですが、ずっとあの姿勢です。もっと言えば、小学校の運動会でもそうでした。「変わった走り方やな」と何回も言われていたので(笑)。もちろん、今のように低く、長くは前傾していなかったですけど。 ── 衝撃的だったのが、2017年6月の日本学生個人選手権(準決勝)でマークした9秒94(+4. 5)です。一躍「多田修平」の名を日本中に広めました。 多田 あの時も、意識するところは全然変えていないですね。低いスタートで、力を使わずに、重心移動だけで出ているイメージです。 ──その年、前年の10秒25から一気に10秒07まで自己記録を引き上げましたけど、18~ 19年あたりは更新できず、悩みました。 多田 「OSAKA夢プログラム」の支援で、その前年に続いて冬季に2度アメリカへ合宿に行く機会を得て、身体作りなど学ぶことも多かったのですが、僕のスタートについても指摘され、言われた通りにやってみたんです。でも、自分の中ではしっくりいかなかった。脚が後ろに流れて、その脚を前に持ってくるのに時間がかかる。言われたのは「1歩1歩力強く」というイメージでしたね。 その走りが癖になってしまって、元に戻すのにすごく時間がかかりました。自分の武器はスタートから中盤にかけての爆発力なのに、それがなくなって、全体を通していい走りができなくなりました。思い切り走っても、タイムがついて来ない。2018年あたりは武器を持たずに、素手で戦っているようなシーズンでした。 ── 当時、悩み、苦しんだ原因はそこですね。 多田 一番悩んだのはそこです。全部力ずくで行ってしまったので、その分体力が減って後半も伸びず、スタートからフィニッシュまで最悪のパターンに陥りました。それを戻すのにどうしたらいいのか1人で考えたんですけど、なかなか答えが見つからず、負の連鎖でした。 そこで、OSAKA夢プログラムで大学1~2年の頃からお世話になっている佐藤真太郎コーチ(大東大男女短距離ブロック監督)に相談し、佐藤コーチの客観的な意見と僕の感覚をいろいろすり合わせ、マッチさせたら、時間はかかりましたけど、いい方向へ進むようになりました。 初めて日本選手権王者の称号を手にした多田(中央)。左は2位のデーデー・ブルーノ(東海大)、右は3位だった日本記録保持者の山縣亮太(セイコー) ──2019年の春、大学を卒業してから拠点を佐藤コーチのいる埼玉に移したのも、そういう経緯からですね。 多田 そうです。2018年のシーズンを終えてから「僕はスタートがダメだ」と気づいて、前のスタートに戻そうと取り組み始めました。でも、アメリカで教わったことが身体に染みついていて、その癖を直すのに時間がかかりましたね。僕は2017年に「ポッと出」の選手のまま向こうへ修行に行った感じで、何を教わるのかも決めずに行っていました。自分の経験不足が生んだ失敗だったと思います。 ──それにしても、日本選手権の決勝レースは、前傾姿勢が長かったですね。 多田 意識してやっているわけではないんですけどね。頭を上げる位置は、感覚です。練習の成果で、前傾を作りやすくなっているのかもしれません。頭を上げたら「あ、ゴールか」って(笑)。それが最近の感覚です。ずっと前傾でいいぐらいに「すごく走りやすいな」と、僕自身感じています。トップスピードも前傾区間で出ています。起き上がると、僕の走りはバネで上へ跳んじゃって、スカスカしてしまいます。もうちょっと(前傾区間を)長くすれば、もう少しタイムが伸びるかな。意識的に長くするのはまずいですけど。②後半の落ち込みをどのように克服したのか?
──昨年の日本選手権は70m付近までそのロケットスタートで先行しながら、桐生祥秀選手(日本生命)らに逆転を許し、5位に終わりました。多田選手は序盤が良くても終盤が課題でしたが、そこはどう改善されたのでしょうか。 この続きは2021年7月14日発売の『月刊陸上競技8月号』をご覧ください。
|
|
RECOMMENDED おすすめの記事
Ranking 人気記事ランキング
2024.10.27
甲南大が女子4×200mR学生新記録! インカレ四継Vメンバーで1分35秒42
-
2024.10.27
2024.10.27
【大会結果】第42回全日本大学女子駅伝(2024年10月27日)
-
2024.10.24
-
2024.10.11
-
2024.10.05
-
2024.10.19
-
2024.10.19
-
2024.10.13
2022.04.14
【フォト】U18・16陸上大会
2021.11.06
【フォト】全国高校総体(福井インターハイ)
-
2022.05.18
-
2022.12.20
-
2023.04.01
-
2023.06.17
-
2022.12.27
-
2021.12.28
Latest articles 最新の記事
2024.10.27
ケジェルチャがハーフマラソンで世界新! キプリモの記録を3年ぶり塗り替える57分30秒 女子ゲティチも歴代2位の1時間3分04秒/バレンシアハーフ
10月27日、バレンシア・ハーフマラソンがスペインで行われ、男子ではY.ケジェルチャ(エチオピア)が57分30秒の世界新記録で優勝した。従来の世界記録は2021年のリスボンでJ.キプリモ(ウガンダ)が樹立した57分31秒 […]
2024.10.27
甲南大が女子4×200mR学生新記録! インカレ四継Vメンバーで1分35秒42
10月27日、兵庫県伊丹市の住友総合グランド陸上競技場で、第13回日本記録挑戦記録会が行われ、女子4×200mリレーで甲南大が日本学生新、日本歴代3位の1分35秒42をマークした。 甲南大のオーダーは1走から奥野由萌、岡 […]
2024.10.27
拓大7位で2年ぶりシード!中盤上位の奮闘、5区・不破聖衣来「1つでも前へ」/全日本大学駅伝
◇第42回全日本大学女子駅伝(10月27日/宮城・弘進ゴムアスリートパーク仙台発着・6区間38.0km) 第42回全日本大学女子駅伝が行われ、立命大が2時間3分03秒で9年ぶり11度目の優勝を飾った。 拓大が2時間6分4 […]
2024.10.27
城西大が復活の3位!4区まで「100点」の継走で20年ぶりトップスリー/全日本大学女子駅伝
◇第42回全日本大学女子駅伝(10月27日/宮城・弘進ゴムアスリートパーク仙台発着・6区間38.0km) 第42回全日本大学女子駅伝が行われ、立命大が2時間3分03秒で9年ぶり11度目の優勝を飾った。 城西大が2時間5分 […]
Latest Issue 最新号
2024年11月号 (10月11日発売)
●ベルリンマラソン
●DLファイナル
●インカレ、実業団
●箱根駅伝予選会展望