2025.07.23
7月4日から6日に行われた第109回日本選手権で、田中希実(New Balance)が躍動した。先に行われた女子5000mを大会新となる14分59秒02で4連覇を達成。最終日の1500mも4分04秒16で制し、こちらは同種目初の6連覇。4年連続の“2冠”で、世界選手権2種目内定をつかんだ。
世界選手権は5000mで出場した2019年ドーハ大会から、22年オレゴン、23年ブダペストに続いて4大会連続の代表入りとなる。2種目内定に安堵感を浮かべ「これでやっと世界選手権に向かっていける」と気持ちを入れ直していた。
世界に跳ね返されて気づいたこと
日本選手権の一つのテーマは原点回帰だった。今季、世界最高峰のダイヤモンドリーグ(DL)に加えて、一握りしか出場できないグランドスラム・トラックという新設大会にも出場。「毎月、世界大会に出ていくような感じ」だったという。
そうした“世界”が日常的になることで、走りの面で「自力がついている」と実感できた以上に、「自分の在り方、日本代表としてのアイデンティティーを感じるきっかけにもなった」というのも収穫だった。
これまで、五輪や世界選手権に出場すると『日本代表』という4文字に喜びもありつつ、「プレッシャーを感じることが多かった」。そこを「未熟だった」と捉えていたが、改めて“日本”を背負って戦うことの価値や意味を実感したという。
海外レースで記録面のアベレージは確実に上がっていたが、「1回、1回、モチベーションを世界大会のように持っていくのは難しくて、中途半端な気持ちで臨んで、当然、しっぺ返しを食らって痛い思いをたくさんしました」。
レース後には「自分は陸上競技に向いていないんじゃないか」「勝負事に向いていないんじゃないか」とコーチである父・健智氏に吐露したこともあったという。ただ、本当の意味で『世界のトップ・オブ・トップ』を目指すために、こうした経験を踏まえて「次のフェーズに来た」と言う。
原点に立ち戻った日本選手権
「力がついている」ことと、『結果』と『内容』は、決してイコールにならない。だからこそ、日本選手権では“原点”に戻ろうとした。ライバルがいるなか、“ヨーイドン”だ。
5000mは、盟友とも言える廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が復活。久しぶりのガチンコ勝負に「ぶつかっていかないといけない。それを思い出させてくれるのが璃梨佳ちゃん」。先頭を引っ張る廣中の背中を見て走りながら、田中の心は「負けるかもしれないという緊張感があった」。もちろん、現状の力関係や、廣中がまだ復調途上と考えれば、力を発揮すれば勝つ可能性が高かっただろう。それでも、その緊張感は田中にとって心地良かった。
中盤からは一気にペースアップし、影を踏ませぬ完勝。日本選手権で“14分台”は初めてのことだった。「璃梨佳ちゃんがいたから出せた」。世界に立ち向かっていくのとはまた違う、ライバルとの“ヨーイドン”に、田中の目は輝いていた。
1500mは「その流れを止めてしまった」と自身の大会記録(4分01秒44)に届かず悔しさがつのった。「昨年、ペースメーカーがあって出した記録を、1人で出せてようやく“世界”と言えるのに……」。そのフラストレーションをぶつけるため、翌週のミドルディスタンスサーキットに急きょ出場。タイムは4分05秒95にとどまり、圧勝したレースでも不完全燃焼の内容となった。
だが、さらに翌週、世界のトップクラスと対峙した7月19日のダイヤモンドリーグ(DL)ロンドン大会5000mで自己3番目、今季ベストとなる14分34秒10をマークして7位。2年前に自身が樹立した日本記録(14分29秒18)に迫って調子は上向きだ。
世界選手権に向けて「熱中症対策」も重要
世界選手権で目指すのは1500mと5000mの2種目決勝、そして入賞。これまで、21年東京五輪1500mで8位、23年ブダペスト世界選手権で5000m8位の入賞があるが、2種目同時は成し遂げられていない。
「世界で勝負するためにはどんなレース展開が向いているか。自分のやりたいこと、やらないといけないこと、こうしたほうがいいんじゃないか、といったことがあるので、それをコーチと精査していきたいです」
もちろん、猛暑が予想される9月の東京で2種目を戦う上で、コンディション調整も重要になる。日本選手権翌日の代表会見でも「熱中症対策」について聞かれる場面もあり、田中流のコンディション調整法を明かした。
田中はいつもアイススラリーを愛用している。それは液体と細かい氷の粒の混合物で、凍らせて飲むシャーベットタイプの清涼飲料水だ。
「海外遠征も含めて、普段より多めにアイススラリーを持っていきます。身体をしっかり冷やすことを心掛けているので、凍らせたアイススラリーを頭や首にあてて外から冷やし、その後シャーベット状になったものを飲むようにしています。また、動いた後に吹き出した汗をしっかり拭くことも大事だと思っています」
アイススラリーとは、結晶が小さく流動性があるとされ、2010年頃から海外でも熱中症対策の現場で活用することを提唱されはじめ、現在では特に夏場のスポーツの現場において熱中症対策のアイテムになっている。
プロランナーの田中は2021年から大正製薬のサポートを受けており、『リポビタン Sports』が心強い味方になっているようだ。
満員の国立競技場で走るのが楽しみ
「代表に決まったことで、ここからさらに本腰を入れてトレーニングを積んでいけます。ダイヤモンドリーグなどを中心に海外レースに出場しながら、高地トレーニングを積んでいきます」
昨年のパリ五輪。田中には忘れられない景色がある。「地元のフランス代表への声援がすごくて、聞いていて怖くなるくらいの地鳴りのような声援でした。それが選手の背中を後押しするんだなと肌で感じました」。東京五輪ではコロナ禍で無観客だったスタジアムの中で熱走した。9月、満員の国立競技場で駆け抜ける姿を、自らも楽しみにしている。
代表会見のあった7月7日は七夕の日。「早く、“自分”が戻ってきますように」と短冊に願いをしたためた。「今年は自分で自分がわからなくなることが多い。自分らしさはなんだろうって思ったら、やっぱり日本選手権のように“無心”になって走ったこと、これこそが自分らしさだと思っています」。
昨日の自分より速くなりたい。1秒でも速く走りたい。無我夢中で挑戦し、無心で「生き生きと走る」ことができたとき、田中の一つの夢が現実のものとなる。
世界に跳ね返されて気づいたこと
日本選手権の一つのテーマは原点回帰だった。今季、世界最高峰のダイヤモンドリーグ(DL)に加えて、一握りしか出場できないグランドスラム・トラックという新設大会にも出場。「毎月、世界大会に出ていくような感じ」だったという。 そうした“世界”が日常的になることで、走りの面で「自力がついている」と実感できた以上に、「自分の在り方、日本代表としてのアイデンティティーを感じるきっかけにもなった」というのも収穫だった。 これまで、五輪や世界選手権に出場すると『日本代表』という4文字に喜びもありつつ、「プレッシャーを感じることが多かった」。そこを「未熟だった」と捉えていたが、改めて“日本”を背負って戦うことの価値や意味を実感したという。 海外レースで記録面のアベレージは確実に上がっていたが、「1回、1回、モチベーションを世界大会のように持っていくのは難しくて、中途半端な気持ちで臨んで、当然、しっぺ返しを食らって痛い思いをたくさんしました」。 レース後には「自分は陸上競技に向いていないんじゃないか」「勝負事に向いていないんじゃないか」とコーチである父・健智氏に吐露したこともあったという。ただ、本当の意味で『世界のトップ・オブ・トップ』を目指すために、こうした経験を踏まえて「次のフェーズに来た」と言う。 [caption id="attachment_176490" align="alignnone" width="800"]
日本選手権では14分59秒02と大会史上初めて14分台に突入した5000mには納得していたが、1500mでは自己の持つ大会記録に2秒以上届かぬ4分04秒16にとどまって不満が残った[/caption]
原点に立ち戻った日本選手権
「力がついている」ことと、『結果』と『内容』は、決してイコールにならない。だからこそ、日本選手権では“原点”に戻ろうとした。ライバルがいるなか、“ヨーイドン”だ。 5000mは、盟友とも言える廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が復活。久しぶりのガチンコ勝負に「ぶつかっていかないといけない。それを思い出させてくれるのが璃梨佳ちゃん」。先頭を引っ張る廣中の背中を見て走りながら、田中の心は「負けるかもしれないという緊張感があった」。もちろん、現状の力関係や、廣中がまだ復調途上と考えれば、力を発揮すれば勝つ可能性が高かっただろう。それでも、その緊張感は田中にとって心地良かった。 中盤からは一気にペースアップし、影を踏ませぬ完勝。日本選手権で“14分台”は初めてのことだった。「璃梨佳ちゃんがいたから出せた」。世界に立ち向かっていくのとはまた違う、ライバルとの“ヨーイドン”に、田中の目は輝いていた。 1500mは「その流れを止めてしまった」と自身の大会記録(4分01秒44)に届かず悔しさがつのった。「昨年、ペースメーカーがあって出した記録を、1人で出せてようやく“世界”と言えるのに……」。そのフラストレーションをぶつけるため、翌週のミドルディスタンスサーキットに急きょ出場。タイムは4分05秒95にとどまり、圧勝したレースでも不完全燃焼の内容となった。 [caption id="attachment_176491" align="alignnone" width="800"]
日本選手権の翌週に行われたミドルディスタンスサーキット(東京・世田谷)の1500mに急きょ参戦し、4分05秒95で優勝した田中[/caption]
だが、さらに翌週、世界のトップクラスと対峙した7月19日のダイヤモンドリーグ(DL)ロンドン大会5000mで自己3番目、今季ベストとなる14分34秒10をマークして7位。2年前に自身が樹立した日本記録(14分29秒18)に迫って調子は上向きだ。
世界選手権に向けて「熱中症対策」も重要
世界選手権で目指すのは1500mと5000mの2種目決勝、そして入賞。これまで、21年東京五輪1500mで8位、23年ブダペスト世界選手権で5000m8位の入賞があるが、2種目同時は成し遂げられていない。 「世界で勝負するためにはどんなレース展開が向いているか。自分のやりたいこと、やらないといけないこと、こうしたほうがいいんじゃないか、といったことがあるので、それをコーチと精査していきたいです」 もちろん、猛暑が予想される9月の東京で2種目を戦う上で、コンディション調整も重要になる。日本選手権翌日の代表会見でも「熱中症対策」について聞かれる場面もあり、田中流のコンディション調整法を明かした。 田中はいつもアイススラリーを愛用している。それは液体と細かい氷の粒の混合物で、凍らせて飲むシャーベットタイプの清涼飲料水だ。 「海外遠征も含めて、普段より多めにアイススラリーを持っていきます。身体をしっかり冷やすことを心掛けているので、凍らせたアイススラリーを頭や首にあてて外から冷やし、その後シャーベット状になったものを飲むようにしています。また、動いた後に吹き出した汗をしっかり拭くことも大事だと思っています」 アイススラリーとは、結晶が小さく流動性があるとされ、2010年頃から海外でも熱中症対策の現場で活用することを提唱されはじめ、現在では特に夏場のスポーツの現場において熱中症対策のアイテムになっている。 プロランナーの田中は2021年から大正製薬のサポートを受けており、『リポビタン Sports』が心強い味方になっているようだ。 [caption id="attachment_176492" align="alignnone" width="800"]
夏場はアイススラリーを積極的に活用して熱中症予防に努めている[/caption]
満員の国立競技場で走るのが楽しみ
「代表に決まったことで、ここからさらに本腰を入れてトレーニングを積んでいけます。ダイヤモンドリーグなどを中心に海外レースに出場しながら、高地トレーニングを積んでいきます」 昨年のパリ五輪。田中には忘れられない景色がある。「地元のフランス代表への声援がすごくて、聞いていて怖くなるくらいの地鳴りのような声援でした。それが選手の背中を後押しするんだなと肌で感じました」。東京五輪ではコロナ禍で無観客だったスタジアムの中で熱走した。9月、満員の国立競技場で駆け抜ける姿を、自らも楽しみにしている。 代表会見のあった7月7日は七夕の日。「早く、“自分”が戻ってきますように」と短冊に願いをしたためた。「今年は自分で自分がわからなくなることが多い。自分らしさはなんだろうって思ったら、やっぱり日本選手権のように“無心”になって走ったこと、これこそが自分らしさだと思っています」。 昨日の自分より速くなりたい。1秒でも速く走りたい。無我夢中で挑戦し、無心で「生き生きと走る」ことができたとき、田中の一つの夢が現実のものとなる。 [caption id="attachment_176493" align="alignnone" width="800"]
9月の東京世界陸上には世界中の陸上ファンが集結。田中は満員の国立競技場で走ることを楽しみにしている[/caption] RECOMMENDED おすすめの記事
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